番外1106 誓いと矜持
列席者が揃い、諸々の準備が整ったところでガートナー伯爵家の面々も広間にやってくる。居並ぶ面々を見て膝を突き、臣下の礼で挨拶をしてきた。
契約、誓約、隷属に関する儀式魔法は――正式な場では魔法審問官の領分だ。デレクが司会進行役を担う。
「よくぞ参られました、ガートナー伯爵。そしてバイロン殿。今日行われるは宣誓の儀。なれど懲罰ではなく、想いを胸に抱き、新たに歩み出すための決意を宣言するための場でもある。なればこそ、祝福の言葉と共に迎えられるべきでありましょう」
デレクはそこまで言ってから、メルヴィン王に場を譲る。
「そなたの想いとここに至る経緯は聞いている。期せずしてこれだけの顔触れが集まってしまったが……余らはただの見届け人に過ぎぬ。そなたのすべきことを見失う事のなきように。少しずつでもいい。胸に抱いた想いに違わぬよう、一歩一歩を重ねていくのがよかろう」
「も、勿体ないお言葉です」
メルヴィン王の言葉に、バイロンは緊張しながらも少し目を見開いて答えた。
確かにメルヴィン王、レアンドル王、イグナード王が立ち会っていたりするが、そうした面々の面子を立てろとか、そういう話ではない。
修業にしても極論してしまえば「武官として一線級の強さを求めている」というわけではないのだ。
ルトガーもそれは分かっていて、当人に合わせて修業の内容を考える、と言っていた。武官の指導経験も豊富なのでその辺の匙加減は上手い、とレアンドル王は太鼓判を押してくれていたが。
バイロンは元々同年代では剣の腕は立つ方だったから、教導役を立てずとも鍛え直すだけでもガートナー伯爵領近郊の魔物相手なら、ある程度問題なく戦えるようになったとは思う。ただ、それでは周囲からの信頼を再構築するには足りない。
信頼するに足るかを示すのは行動だけであるが……だからこそ、修業して鍛え直したという事実が矜持や意地に繋がったりする、というわけだ。まあ、それもバイロン次第というところはあるが……。
いずれにせよ、メルヴィン王の言葉は気負い過ぎるな、という気遣いでもあるな。
「ではバイロン殿。広間の中央――魔法陣の円の中へ」
「はっ」
デレクの言葉に促されて、バイロンは立ち上がる。緊張からか表情は硬かったが……一瞬ダリルと視線が合って。ダリルが真剣な面持ちで頷くと、バイロンもまたそれに応じるように首を縦に振り……顔を上げた時には開き直ったか吹っ切れたか、表情の質が少し変わったような印象がある。
「ほう……」
と、ルトガーがそんなバイロンの様子に感心したように声を漏らす。
兄としての矜持、か。ダリルも……各国の王達との接点を持つ機会が何度かあったが、最初の内は挨拶回りでも相当緊張していたからな。バイロンの気持ちが分かるのだろう。
そうして、バイロンは真剣な表情のまま魔法陣の中心に立つ。
魔法の種類は――誓約魔法という事になる。望んだのはバイロン自身だ。誓約魔法と言えば……誓いを破れば命を落とす、とまでした逸話があってそれが有名だが……まあ、今回の場合、そこまでのリスクを負う必要はないだろう。
バイロンの場合は魔術師ではないので術式の展開と維持、制御はこちらで請け負う。
誓約の内容については、間違いのないように暗記してきたとの事であるが、要点と文言が一致しなかったり、過不足があった場合は魔法が発動しないように魔法陣を描いてあるので、バイロンの暗唱に間違いがあっても安心だな。
「では、これよりバイロン殿の宣誓の儀を執り行います。立ち会い人はこの場にいる方々全員となるでしょう」
デレクがそう言って。俺も頷いて、ウロボロスの石突を床に突き立てる。
魔法陣が輝きを放ち――そうしてバイロンは誓約の内容を述べる。
「私――バイロンは誓約します。これより以後、ヴェルドガル王国に仕える武官の1人として、正しくある為に生涯を尽くす事を」
そうして誓約魔法の発動する条件や、破った場合にどうなるか等を一つ一つ述べていく。例えば、ガートナー伯爵家の後継問題に関しては一線を引き、触れないようにするとか、負の感情や一時の激情で他者を傷つけないようにする予防策であるとか。
誓約はあっても内心はある程度自由だ。ただ誓約に背くような故意の行動を起こそうとしたり、悪意に基づく不作為に対しては術式が働く。
平時であれば口以外の身動きができなくなり、然るべき相手に罪の告白と赦しを得ることで解除される。有事の最中であれば害意を伴った行動は阻害され、平常時に戻った時に同じように身動きが取れなくなる、という具合だな。この辺はローズマリーの時の誓約魔法を参考に、文言を考えているところがある。
バイロン自身も内容の取り決めに参加しているという事もあり、本気であるからか、内容の暗唱もしっかりしていた。やり直しになるという事もなく、最後の一文まで朗々とした声が騎士の塔の広間に響き――。そうして場の魔力の高まりと共に、地面に描かれた魔法陣が眩い光の柱を噴き上げる。
その光に、バイロンは驚きの表情を浮かべていた。光が収まったところで、デレクが高らかに宣言する。
「このデレク=ボルジャー。確かにバイロン殿の決意と誓いを聞き届けました。ヴェルドガル王国に仕える魔法審問官として、そして宣誓の儀に立ち会った者の1人として。誓約魔法の成立に間違いがない事を、この名において宣言します」
そのデレクの言葉に、居合わせた面々から大きな拍手が起こる。バイロンは拍手をその身に受けながら、驚きの表情で空を見上げていたが、やがて目を閉じて大きく頷く。
「大丈夫? 何か身体に不調はない?」
「問題はない、と思う。ただ……少し思っていたのと違ったんだ。もっと厳粛なものかと思ったら、温かい感じがして……」
やや放心した様子のバイロンにダリルが尋ねると、バイロンは心配ないというように笑って答える。
「立ちあった周りの人間が受け入れてくれているから、かしらね。誓約魔法は決意の証でもある。わたくしも誓いが自分の力になっていると思う時があるわ」
バイロンのその感覚にはローズマリーにも身に覚えがあるらしい。その言葉にバイロンは納得したように頷いていた。
宣誓の儀が終わったところで床に描いた魔法陣を片付ける。魔力が通せるのでゴーレム化する事で魔石の粉を集めて木箱に戻せば後片付けも完了だ。
「では――迎賓館に向かおうか。新たな門出を祝う席を設けていてな。その席にて初対面の面々と歓談するのが良かろう」
「あ、ありがとうございます」
感極まった様子のバイロンにメルヴィン王は軽く笑う。
というわけで騎士の塔から迎賓館に場を移しつつ、まずはバイロンと初対面の面々を紹介する。
レアンドル王にイグナード王、ルトガー、ラザロ、イグナシウスといった顔触れにバイロンは流石に硬直していたが、気を取り直したように一礼して応じて、レアンドル王達も笑みを浮かべる。
ラザロ程にヴェルドガル王国内での知名度があるわけではないが、騎士を目指すものとしてバイロンはルトガーの話も美談として耳にしていたようで、教導役に名乗り出た事であるとか、ラザロは本人の影という話を聞いてまた硬直しつつ、ぎこちない仕草でお辞儀していた。ルトガーやラザロはそんなバイロンの様子に楽しそうに笑っているが。
「ま、そんなに畏まる事はないさ。俺も若い頃に失敗してレアンドル陛下や周囲に助けられた。そうやって支えてくれる人がいることを嬉しいと思うのなら……お前も将来そうしてやれるようになれば良い」
「――はい」
穏やかな口調のルトガーの言葉に、真剣な表情で応じるバイロンである。そんなバイロンの様子にイグナード王も笑みを浮かべたり、ラザロも頷いたりしていた。
まあ、初対面の互いの印象は悪くなさそうだ。宣誓の儀の土壇場で振り切れた胆力については中々評価が高かったようで。
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