番外1105 ドラフデニアの騎士
バイロンの宣誓の儀については王城セオレムで行われる、という事になっている。公的な記録を残しつつ、俺達、メルヴィン王やジョサイア王子、魔法審問官のデレク、レアンドル王と教導役の人物、父さんとダリルといった面々が立ち会いを行うというわけだ。
身内である父さんとダリルは一旦除外されるが、立ち会った面々はバイロンの宣誓の証人、という事になる。
バイロンの失敗に関する情報がどこかで漏れていたとしても、それを理由に不当に貶めるような事をすれば証人に対しても不当な言いがかりをつける、ということになるわけだ。
更生が目的であるから、俺達が後ろ盾になるというのとは少し意味合いが違う。バイロンが行動で示していかなければならない部分もあるだろうが、それでも殊更に悪意を向けてくる相手ならば対処するための保険になる、というわけだな。
俺は俺でみんなと共に当人を含めた関係者の意向を聴きつつ、宣誓の内容等も精査する作業を進めた。
宣誓するのはバイロンなので、バイロン自身が考えた言葉を精査し、問題があれば修正する形だな。
立ち会う魔術師の役割としては……予想される危険な状況、宣誓の文言を悪用されないか等を諸々詰めて、危険性、脆弱性等を排する事が求められるだろう。
その甲斐もあってか、納得のいく内容になっていると思う。危険性や脆弱性は少なく。かつ日常生活、緊急時でも困る事のないようにバイロンが意識すべきことはシンプルに、というわけだな。
そうして数日が過ぎ――日々の仕事と執務をこなしている内に当日がやってくる。
宣誓の儀を行う場所は迎賓館の近くにある騎士の塔の広間だ。魔法的な儀式ではあるが、バイロン自身は騎士や武官を目指す立場だし、宣誓を行うならば騎士と関わりの深い場所の方が相応しいだろうという判断だ。
というわけで朝から騎士の塔の広間の床に魔法陣を描いているという状況である。父さんとダリル、バイロンは早めにやってきて、騎士の塔の一室で待機中だな。
「よし……。こんなところかな」
バロールに広間の天井付近に移動してもらい、ウィズと共に魔法陣に間違いがないかを確認をする。
カドケウスは迎賓館でみんなと一緒にいる。みんなも宣誓の儀に列席する準備を整えている最中だ。
そうして確認作業を終えたところで、広間にメルヴィン王が姿を見せた。
「おお。テオドール。良い朝よな」
「おはようございます。そうですね。良い天気になりました」
よく晴れたので、その分朝は冷えてはいるが、騎士の塔の静謐な雰囲気と相まって気が引き締まる、ような気がする。宣誓の儀をするのには良いのではないだろうか。
「レアンドル王とイグナード王に関しては、ジョサイアが迎えに行っている。程無くして転移港から戻ってくるであろう」
「分かりました。僕はこのまま、宣誓の儀まで魔法陣の管理をしておきたいと思います」
バイロンにとってこれからの人生に関わる事だし、間違いのないようにしておきたいからな。
「あい分かった。その気持ちは、きっと彼の者にも伝わるであろうよ」
俺の言葉にメルヴィン王は相好を崩して言う。
「余も少しばかり準備をしてこよう。まあ……装いを少し変える程度ではあるから、それほど時間もかかるまいが」
「分かりました。では後程お会いしましょう」
メルヴィン王は頷き、一旦広間を退出していく。
宣誓の儀には礼装で臨むという事になっているからな。形式を整えるというのは魔法的な儀式に力を与える。列席する面々の賛同や尊重といった想いもそうだ。だから俺もキマイラコートを変形させて礼装だったりする。
「みんなの準備ができましたのでそちらに向かいますね」
と、迎賓館にいるグレイスがカドケウスに向かって微笑む。グレイス達も装いを正装にして宣誓の儀に列席するというわけだ。
『分かった。魔法陣は問題なく出来上がっているから、このまま待っているよ』
通信機でそう答えて少しの間待っていると、礼装に着替えたグレイス達が広間に姿を見せる。
「ん。お待たせ。着替えてきた」
やってきたシーラが礼装を見せるように腕を広げてくるりと回る。そんなシーラに少し笑いつつ俺も頷く。
「うん。もう少ししたらメルヴィン陛下やレアンドル陛下もやってくると思う」
広間の隅に用意された参列者の席に腰かけて、関係者の到着を待っていると、まず礼装を纏ったメルヴィン王がイグナシウス、ラザロ、それから魔法審問官のデレクと共に戻ってきた。全員礼装だ。ラザロはいつもの甲冑姿ではあるが、サーコートを纏っている。
「これは皆様、お揃いで」
「うむ。話は聞かせてもらった。あまりできる事が多いわけではないが、バイロン殿の今後については是非応援させて貰いたいと思ってな」
「立ち上がり、前を向いて歩き出すというのは中々に難しい事だ。家族や武の道に向ける想いを成就させたいというのなら、俺も応援したいと思っている」
竜人の顔で人の良さそうな笑みを見せるイグナシウスと、その言葉に静かに頷くラザロである。
「ご無沙汰しております。此度の宣誓の儀に関してはとても意義深いものと理解しております。審問官として列席できる事を誇らしく感じておりますぞ」
と、魔法審問官のデレクは晴れやかに笑っていた。懲罰的な意味合いではないから、デレクとしても喜ばしく感じるものなのだろう。
それからジョサイア王子とレアンドル王とイグナード王。それに教導役を担ってくれる件の人物が姿を見せる。
「おお。皆揃っているようだな」
「皆元気そうで何よりだ」
「おはようございます」
到着した面々に挨拶をする。レアンドル王は頷き、それから傍らにいる人物を俺達に紹介してくれた。バイロンの教導役を担ってくれる人物である。
「この者がルトガー=マクニールだ」
「お初にお目にかかります」
レアンドル王の言葉を受けて、ルトガーが一礼してくる。歳の頃は30後半ぐらい、だろうか。精悍な顔つきの人物で、頬に爪で引っ掻かれたような痕がある。
よく鍛えられているという印象で、腕の立つ武人特有の雰囲気があった。立ち居振る舞い等の所作に隙がない。
「初めまして。テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと申します」
「お噂はかねがね。お会いできて嬉しく思っております」
自己紹介して握手を交わす。掌は剣ダコがあって、武術に関しては現役で鍛えている事を窺わせる。
知り合いでは冒険者ギルドのオズワルド、騎士団長のミルドレッドやラザロ、イグナード王といった顔触れに近い雰囲気だろうか。いずれにしてもかなりの技量を持つ武人だと予想される。
ルトガー=マクニールについてはレアンドル王から聞かされている。
武に優れるが若い頃はかなり奔放で型破りな性格、であったらしい。地方貴族に仕える騎士の家の生まれだったそうだ。
ところが仕えていた家の後継ぎが不正を行い、それを諌めた家臣を理不尽に罰するという事件が起きた。その家臣が……ルトガーにとっての恩人であった事から、大きな騒動になった。ルトガーが後継ぎを捕えて手酷く打擲したのだとか。
騒動を聞きつけて止めに入った他の武官達を投げ飛ばし、叩きのめしたというのだから相当なものだ。ルトガーがまだ若かった当時で、素手で彼らよりも腕が立ったという事だしな。
まあ……そんな事をすれば当然ルトガーだけでなく家の立場も悪くなる。大暴れしたルトガーは自分の首で許して欲しいとそのまま主家の当主の元に向かった。
だが当主も一角の人物であったらしい。理不尽な扱いを受けた家臣を見舞い、ルトガーもその家族も罪には問わない、としたそうだ。そうして後継ぎの教育の至らなさを謝ったそうである。
ただ……当主はそういった対応であってもルトガーは同僚達相手にも大暴れをして怪我もさせているので、その後の人間関係は複雑だし、立場が悪くなるのは否めない。
そこに助け船を出したのが情報を聞きつけた……当時は王太子のレアンドル王だ。
ルトガーの家と、諫言をした家臣の家と。全員の面倒を見るために手を尽くしたのだそうな。
ルトガーはレアンドル王の対応にいたく感じ入り、更に腕を鍛え……魔力溜まりの魔物の間引きなど、危険な仕事に従事する道を選んだという。
年齢を重ねてからは後進の指導に取り組んでいるというから、ヴェルドガル王国で教導官をしているラザロと同じような立場だな。
「若者が感情に任せて道を誤るのは、よくある事です。私もあの御仁も、そうでした」
レアンドル王からバイロンの教導について話を受けたルトガーはそう言って是非自分に預けて貰えないかと応じたという。
あの御仁、というのはルトガーが打擲した当時の後継ぎだ。ルトガーの一件が相当堪えたのか、それとも当主が教育し直したのか。心を入れ替え、今では結構な名君と言われているそうだ。
感情に任せた行動で道を誤り、その後に周囲の人に助けられて更生を果たすというのは……ルトガーにとっても、自身の人生の様々な場面でも共感する部分があって。だからこそバイロンの力になりたいと思っているのだろう。
魔物との戦闘経験や武術の指導経験も豊富で、そうした背景、動機を持つ人物。レアンドル王が推薦する理由も分かるというものだ。
いつも拙作をお読み頂き、誠にありがとうございます!
お陰様で境界迷宮と異界の魔術師コミック版2巻の発売日を迎える事ができました!
今回もアクションがかっこよく、見所満載の内容となっておりますので、是非ウェブ版、書籍版と合わせて楽しんで頂けたら幸いです!
ウェブ版、書籍版、コミック版共々頑張っていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願い致します!