番外1104 帰還と約束と
先代シルン男爵夫妻の墓参りも終えて、シルン伯爵家で少しのんびりして昼食もとってからタームウィルズに帰る、という事になった。
シリウス号に乗り込む俺達をシルン伯爵領の面々――ケンネル、ジョアンナ、ミシェルにその祖父のフリッツ、カミラの父親のドナートが見送りに来てくれる。
ドナートに関しては現在、エリオットの領地で暮らしている。少しシルン伯爵領領内で暮らす知り合いに挨拶してから、フリッツと共に合流し、その後で先代シルン男爵夫妻の墓参りに来た、というわけだ。
やはりリヴェイラが仲立ちしてくれて、ケンネルやフリッツ、ドナートは墓参りをしたら何となく気持ちが軽くなったという感想を抱いたようだ。
ケンネル達も先代シルン男爵夫妻には色々思うところがあるのだろうな。
まあ、そのへんは、冥精が一緒にいるからきっと故人にも想いが届くのだろうという事で納得してもらっている。
「ふっふ、中々有意義な話ができましたな」
「確かに。今度は是非タームウィルズにも遊びに来て下され」
フリッツとお祖父さんが笑顔でそんなやり取りを交わす。墓参りの後でフリッツもシルン伯爵家にやってきたのだが、お祖父さんとのんびり魔法や魔道具、杖術といった内容についての話をしていた。趣味嗜好が近いので中々意気投合している様子の二人である。そんなお祖父さんの姿にヴァレンティナも相好を崩したりして。
「では――明後日ですね、またお迎えに上がります」
「ああ、ありがとう」
エリオットの言葉に、ドナートが応じる。ドナートはシルン伯爵領に少し滞在していくとのことだ。まあ、領内に知り合いも多いだろうしな。
「それでは、道中お気をつけてお帰り下さいませ」
「ありがとうございます、ケンネルさん」
「爺やも……寒い日が続くので気を付けて下さいね」
見送りの言葉をかけてくれるケンネルに俺とアシュレイがそう答えると、ケンネルは嬉しそうに笑う。
「ふふ。問題はありませんぞ、アシュレイ様。ジョアンナ殿の補佐もあって、最近は余裕を持って生活ができておりますからな。体調も良いのです」
ケンネルは胸のあたりに手をやって笑う。そうだな。ケンネルは――元々体調不良があったというわけではないが、実際前よりも健康状態が良くなっている。循環錬気で診断して整調と補強もしているので尚更というか。精霊達の加護もケンネルに及んでいるし、アシュレイやエリオットとしても諸々安心だろう。
「ジョアンナも――いつもありがとうございます」
「勿体ないお言葉です」
アシュレイの言葉にジョアンナも丁寧に一礼して応じる。
そうして俺達はシリウス号に乗り込む。いつも通り人員が揃っているか確認したら手を振るケンネル達に俺達も甲板から手を振り返し――そうしてシルン伯爵領を後にする。
ゆっくりとシリウス号が浮上して、シルン伯爵家の直轄領や銀世界の森が段々小さくなっていく。十分な高度を取って魔力送信塔も眼下に眺めつつ、シリウス号はタームウィルズに向けて動き出すのであった。
オーレリア女王に関しては――このままタームウィルズに向かうそうな。
地上からの物資の仕入れに関しての話があるとの事で、タームウィルズで月の武官、護衛達と合流するとの事である。向こうに到着したら転移港まで送っていくというのが良いだろう。
銀世界をゆったりとした速度と高度で進んでいけば、やがて山の向こうにセオレムの尖塔が見えてくる。
「やはり、遠くにセオレムが見えてくると、帰ってきたという感覚がありますね」
グレイスが微笑むと、マルレーンもこくこくと頷く。セオレムの尖塔を見るとみんなも安心する、というところがあるようで。
「そうだね。今回は大きな事件とかがあったわけじゃないけど、考えなきゃいけない事はあったからね」
「けれど……きちんと話が落ち着くべきところに落ち着いて良かったわ。テオドールも安心したみたいだものね」
クラウディアがそんな風に言って微笑むと、みんなも同意するように頷く。
ええと……。バイロンとの面会に関して俺自身は平常通りにしていたつもりだったけれど、みんなからはそういう印象に見えた、という事だろうか。少し気恥ずかしくなって咳払いすると、みんなも楽しそうに微笑んでいた。
けれど、うん。クラウディアの言う通りだ。バイロンとの和解についても一件落着した。
後はバイロンへの魔法行使と、レアンドル王の紹介してくれる教導役の人物との面会が上手くいけば、ガートナー伯爵家に関しては安心だろう。
そうしている内にもシリウス号は進んでいき……セオレムも近付いてくる。まずは関係各所に通信機で連絡を取りつつ、いつも通り造船所へ。そこから転移港へとオーレリア女王を送っていくとしよう。
造船所に到着したところで今度はフロートポッドに乗り込んで転移港へと向かった。飛行訓練所の入口の意匠等を見ながら待っていると、殆ど間を置かず、月からエスティータとディーンの姉弟を始めとした武官達がやってくる。
「お待たせしました、陛下」
「いえ。丁度良い頃合いですよ」
と、エスティータの言葉にオーレリア女王も微笑んで答え、それから俺達とも挨拶をする。
「境界公もお元気そうで何よりです」
「ええ。エスティータさん達も」
といった調子で笑って受け答えしてから尋ねる。
「陛下や皆さんはこれからセオレムでお話ですか」
「そうですね。難しい話というわけでもないので気楽なものです。顔を合わせておけばお話も円滑に進みますし……ええと、その、地上に来るのも楽しいものですから機会を設けてもらった形ですね。皆さんとのシルン伯爵領の滞在も、満喫させて頂きました」
オーレリア女王はそんな風に言って少し悪戯っぽく笑い、みんなやエスティータ達もそんなオーレリア女王の言葉に和んだ様子で笑っていた。
王城からも送迎の馬車と護衛の騎士達がやってきて、オーレリア女王と武官達に歓迎の挨拶をする。
オーレリア女王達は「またお会いしましょう」と微笑んで、再会の約束をしつつ馬車に乗って王城セオレムへと向かっていった。
「それじゃ、俺達もフォレスタニアに戻ろうか」
「分かりました」
俺の言葉にみんなも頷く。クラウディアが足下からマジックサークルを展開して、フロートポッドごと転移魔法でフォレスタニアへと飛ぶのであった。
フォレスタニア城に帰ってきたら手荷物を片付けたりして、その後通信室に向かって茶を飲んだりしながら、フォレスタニアに戻った事を各所に知らせる。
レアンドル王もモニターの向こうで無事に帰った事を喜びつつ、後日の予定について話をしてくれた。
『話をしていた人物の予定も問題なく合わせられた。予定通りの日程で話を進められそうだ』
「それは何よりです。僕は魔法関係のみでの立ち会いとなりますが、その方にもお会いできるのを楽しみにしているとお伝えください」
貴族関連の誓約魔法や隷属魔法等については立ち合いというか、証人がいれば安心だしな。何かあった時に事情を説明できる者がしっかりいるのといないのとでは違ってくる。修業先がドラフデニアになった事で条件付けもそれほど特殊な事情もなく、複雑なものにはならないから、特に問題なく術式の構築もできるだろう。
『ふっふ。先方も武人の端くれとしてテオドール公に会えるのも楽しみにしていると言っていたな』
「なるほど……。武人としてという事でしたら、当日はイグナード陛下やラザロ卿も立ち会うそうですから、バイロンとその方にも喜んで貰えそうですね」
『であろうな。余とて喜ぶ面々だと思うぞ』
そう言うとレアンドル王も笑みを浮かべるのであった。