番外1103 冬のシルン伯爵家にて
「――では、まずグレイスさんのやや子から、という事になりますか」
オーレリア女王はお茶を飲みながら、そんな風に言って頷く。やや子――オーレリア女王の赤ん坊の言い回しは古風ではあるが、いずれにしても子供達の顔を見るのを楽しみにしてくれているようで、シルン伯爵領に到着すると子供達の話になった。
「そうですね。予定としては大体冬の終わりぐらい、でしょうか」
「それから春にかけて私、マリー、イルム、シーラ、と続く形になりますね」
グレイスが微笑み、ステファニアもオーレリア女王にそう伝える。
「私達もみんなと変わらないみたいだから、それは良かったわ」
「ラミアの場合はそうね。ケンタウロスの子あたりだと、少し生まれるまでが早かったりするのだけれど」
「ん。ハーピーの子は、最初卵だって聞いた」
と、イルムヒルトの言葉にクラウディアとシーラが答える。人との間に子供を成せる魔物種族も結構いるが、ラミアの場合は人とあまり変わらないという話だ。
ハーピーの子供……雛達は卵からか。それはそれで孵化するのを心待ちにする事となるのだろうけれど。まだ雛鳥のハーピー……リリー達は大人のハーピー達とはまた羽毛の質が違っていたっけな。
『会えるのが楽しみね。それまでに顕現できるように、なるかしら?』
「ふふ。カミラ様やオフィーリア様も控えていると聞きましたし」
モニターの向こうで母さんが表情を綻ばせ、オーレリア女王も嬉しそうな笑みを見せる。
「そうですね。カミラ義姉様は春のご予定という事ですよ」
「オフィーリア様は……少し間を置いて、初夏でしたね」
アシュレイとエレナが補足するように言ってマルレーンがこくこくと頷いた。そうだな。大体カミラはイルムヒルト、シーラと同じ時期。オフィーリアは更に2ヶ月程間を置いて、という事になるだろうか。
「二人についても健康状態も良いし……みんな順調ね」
「ええ。私もルシール様も同じ見解ですよ」
と、ローズマリーが言うと、ロゼッタが太鼓判を押してくれる。
「そうですね。アルとエリオットさんの力も借りて循環錬気で補強しているというのもありますから」
カミラとオフィーリアも母子共に健康との事で、みんな体調も安定している。
「そしたら、私達もおねえさん?」
「そうなりますね。お姉さんですよ」
「なら、シオンちゃん達やユイちゃん、リヴェイラちゃんも、おねえさん」
カルセドネにシャルロッテが答えるとシトリアが言う。
「それは何というか――嬉しいですね」
「うんっ。楽しみだな……!」
シオンが頷いてユイが笑顔を見せる。マルセスカとシグリッタ、リヴェイラも顔を見合わせて喜びあっているようだ。
ユイは迷宮生まれだし、リヴェイラも冥精としての生まれが化身としてだから見た目の年齢は離れてしまうが……実年齢的には近いという事になるのか。シオン達も年齢的にはそこまで離れていないし嬉しそうだ。
中々複雑な事だが……だからこそお姉さん的立ち位置となるのは嬉しいようで、子供達の話でみんな和気藹々としている。
そんな話をしている内に食欲をそそる香りが食堂に漂い始め、ケンネルも食事の用意ができたと和やかな笑顔で伝えにやってくるのであった。
そうしてシルン伯爵家に泊まり、ゆったりと過ごさせてもらってから一晩が過ぎ――朝がやってくる。
今日は先代シルン男爵夫妻の墓参りに行ってからタームウィルズに帰らせてもらう予定であるが……急ぎではないしシルン伯爵家の墓所は屋敷の敷地内にあるので、ゆっくりしていても問題ない。やや遅い時間に起きて朝食をとってから、みんなと歓談する。
「んー、オルトナさんも良い毛並ですね」
シャルロッテもミシェルの使い魔であるヒュプノラクーンのオルトナを膝の上に抱えてブラッシングしていたりして。
ブラッシングしているシャルロッテもだが、されている方のオルトナもご満悦といった様子だな。翻訳の魔道具によるとラヴィーネやコルリスといった面々からシャルロッテのブラッシングは相当上手いと聞いているが。好きこそものの上手なれといったところだろうか。
「ご歓談中失礼します。エリオット様とカミラ様が到着なさいました」
と、そんな調子でまったりとしていると、嬉しそうな表情でエリオット達の到着を伝えてきたのはケンネルである。エリオットとカミラも転移門で合流し、それから墓参りに行こうという事になっているのである。
ケンネルに少し遅れて、エリオットとカミラも食堂にやってくる。エリオットにエスコートされてやってくるカミラ。相変わらずおしどり夫婦といった印象で何よりであるが。
「これはお二方とも。おはようございます」
「はい。おはようございます。奥方様達もですが、アシュレイも元気そうで良かった」
エリオットが笑みを向けるとアシュレイも笑顔で応じる。
「ふふ。そうですね。おはようございます。エリオット兄様、カミラ義姉様」
「ええ、おはようございます」
そうしてみんなもエリオット夫妻と挨拶を交わし、少し歓談した後で準備を整え、先代シルン男爵夫妻の墓参りへと向かう事となった。
屋敷裏の林を少し進めばそこが墓所だ。雪かきはされているので墓所までの足元は綺麗だが、まあ冬場だしな。みんなやカミラにはフロートポッドに乗って移動してもらった方が良いだろう。
そうして林を進むと三角屋根の石造りの祠といった様相の……立派な墓所が見えた。敷地内にあるので手入れは行き届いている。前に来た時は静謐な空気があったが、今回はどこか温かなものに感じられる。それは多分、母さんが当人達に話を通しているからだろう。先に顔を合わせてしまうと墓参りという空気でもなくなってしまうから墓参りの後で、モニター越しに挨拶を、という事になっているが。
そうして、アシュレイとエリオットが用意してきた花束を墓前に供えて黙祷を捧げる。俺達もアシュレイ達に続いて黙祷を捧げる。
込める想いは――そうだな。みんなで一緒に平和に暮らしているというのを報告したい。いつものみんなとの日常を黙祷の中に込めて、みんなと一緒に笑うアシュレイの楽しそうな様子を脳裏に描いた。
そうしていると……何だか温かいような感覚が胸の内側に広がる。先代シルン男爵夫妻からの返礼、だろう。
本来なら母さんとは違うのでこうはならないが、場の魔力とリヴェイラの魔力が高まっていたから、リヴェイラが中継というか仲立ちというか、そういった事をしてくれているようだな。
「ありがとう、リヴェイラ」
「喜んで頂けたなら嬉しいであります……!」
と、明るい笑顔を見せるリヴェイラである。
みんなも黙祷を捧げ終わったところでフロートポッドに積んできた中継モニターに先代シルン男爵夫妻が顔を見せてくれる。
アシュレイとエリオット、カミラからまずは挨拶をして貰おう。
『おはよう、二人とも』
「おはようございます、父上、母上」
「おはようございます」
と、穏やかな笑顔で挨拶を交わし合うアシュレイ達である。
『ふふ、まさか冥府に来てから現世にいるお前達や孫の顔を見る事ができそうだとは思いもよらなかった。世の中……何が起こるか本当に分からないものだ』
「ええ、本当に」
「私も父上にこのような報告ができようとは」
ジョエルの言葉にアシュレイとエリオットも穏やかに応じる。
『テオドール公のお陰でもありますね』
『うむ。そうだな。改めてお礼を言わなければなるまい』
モリーンの言葉に頷いて、俺の方に向き直り『境界公には感謝しております』と、お辞儀をしてくる先代シルン男爵夫妻である。
「いえ。お二方も楽しそうで何よりです」
と、そう答えて。シルン伯爵家の墓参りの時間は穏やかに過ぎていくのであった。