番外1102 シルン伯爵領の近況は
温室の様子を見に行ってみれば、ノーブルリーフ達が総出で迎えてくれた。俺達の姿を認めると葉っぱを振って挨拶をしてくる。
「みんな元気で、いつもこうやって迎えてくれるんですよ」
「ふふ、こんにちは」
アシュレイが微笑み、イルムヒルトと共にくすくすと笑って浮遊する鉢植えで飛んできたノーブルリーフの葉っぱの先と握手をする。俺のところにも握手をしにやってきてくれたり、ミシェルの来訪を喜ぶように周囲に浮遊したりと、ますます人懐っこくなっている印象がある。
「きちんと人の顔を覚えてくれているようですからね。新しく発芽した子は慣れるまで少し控えめだったりしますが、周りのみんなから学んで段々と挨拶もしてくれるようになります」
ミシェルが説明してくれる。学習能力や認識能力に関しては前の報告書でも触れられていたな。
ミシェルが世話をしているノーブルリーフ達とは初顔合わせとなる面々もいる。ユイやリヴェイラには挨拶も抑えている印象があるが……アシュレイが翻訳の魔道具を使ってユイ達を紹介すると、ノーブルリーフ達も頷いて握手をしに集まる。
「はじめまして。よろしくね……!」
「よろしくお願いするであります」
ユイ達もノーブルリーフ達と握手をして嬉しそうな様子だ。ノーブルリーフ達は――アシュレイやミシェルから紹介された相手なら安全と、そんな風に認識しているのかも知れない。
そうしてノーブルリーフ達とも顔を合わせてから、ミシェルの実験用栽培を見せてもらったり、水田の様子を見に行ったりした。
ミシェルは現在ノーブルリーフ農法と水耕栽培を組み合わせて、植物の継続的な影響を見たり、農法で出来上がった作物を鶏や豚にも食わせて生育の違い等を調べたりしているらしい。
「その辺も結果が出てきたら報告書に纏めますね。既に動物達からの食いつきが違う印象はありますが……ノーブルリーフ農法だと単純に作物が美味しくなるというのもありますからね」
「報告書を読むのが楽しみね」
ローズマリーが頷く。そうして一旦ミシェルと別れ、今度はリンドブルムにフロートポッドを牽引してもらって、次の場所へ向かう。視察先は――魔力送信塔だ。
移動中、森の中を探索している冒険者達の姿も確認できた。ジョアンナの話によれば、送信塔の位置で大まかな現在地、魔道具の効果の具合で森に入ってからの時間が分かるので冒険者達も探索しやすいとの事だ。
銀世界の森の中にあって、魔力送信塔の敷地だけは結界の影響でそのままの姿を見せている。月に魔力を送ったりもするので、時間帯問わず目印にしやすいだろう。
ここはシルン伯爵領の領内にあるが、少し立ち位置が特殊だ。重要施設なのでヴェルドガル王国と月の共同管理態勢が敷かれている。
ただ、森の中にあって高所から広範囲を見渡せるので……魔物の群れなどを発見した場合はシルン伯爵領にも知らせて連係できるように、狼煙を上げる設備等も持ち込まれている。
フロートポッドで飛んでいくと、警備の任についていた武官達が俺達の姿を認めて敬礼をしてくる。フロートポッドから顔を見せると、旗が振られて魔力送信塔の門が開いた。リンドブルムには正門から敷地内に入ってもらう。
「これはテオドール公。視察については陛下から伺っております」
と、月の武官が挨拶してくる。シルン伯爵領に滞在するので、魔力送信塔を見てこようとオーレリア女王と話をしている。
建築してから少し時間も経ったしな。警備のしやすさや防衛態勢等々、現場を見たり配置された人間の生の声を聴いておこうというわけだ。
武官達に挨拶を返していると転移門を通ってオーレリア女王が現れる。
「これはオーレリア陛下」
「こんにちは、皆さん。テオドール公とは、先程話をしたばかりではありますが」
と、オーレリア女王が笑い、挨拶を交わす。バイロンとの相談の折、俺達が帰路、シルン伯爵領とその近郊をあちこち見て回るという事で、どうせならオーレリア女王も送信塔で合流したいという話になっていたのだ。現地視察がてら、俺達とも交流を、というわけだな。
「その後、月から見ての魔力送信塔はどうですか?」
「魔力供給と転移門としての役割については問題なく果たしてくれていますね。ゴーレム兵を配備して防衛能力を上げています」
オーレリア女王が手を翳してマジックサークルを展開すると、塔に配備されていたゴーレム兵達が反応を示し、ゆっくりとした速度で下降して整列する。
銀色の金属光沢の身体を持つゴーレム兵達だ。精霊殿にも配備されている水晶ゴーレムに近い魔力波長が感じられるが身体付きはスマートな印象を受ける。
迷宮の精霊殿にも七賢者は関わっているから、水晶ゴーレムと技術系統は同系なのだろうけれど。
折角なのでゴーレム兵の仕上がりを解析して想定していない弱点がないか確認して貰えたら助かると、そんな風にオーレリア女王が伝えてくる。
「では、僭越ではありますが」
「助かります。テオドール公は様々な技術系統の知識がありますからね」
というわけでオーレリア女王がマジックサークルを展開すると、ゴーレムの動きが止まる。メンテナンス用という事でセキュリティ回りを止めているらしい。
魔力を通し、仮想循環錬気と五感リンクを行いつつ、解析して見て行く。
「これは――乗っ取りや阻害の対策をしているわけですか」
デコイとなる領域を作って、制御術式の中に隔離結界のようなものを構築できるらしい。
「ええ。魔力的な繋がりを作って術式に不全を起こしたり、制御系を乗っ取ったりする系統の術式に対してはある程度の耐性を備えているはずだわ。迷宮核の機能不全の話を聞いて月の技術者達も気合を入れた結果ですね」
なるほど。制御術式の流れを見る限りだと、管理回りに幾つかの段階を設けているようだ。現場の指揮官の命令もスムーズに受け付けるが、制御系に手を加える事ができるのは、月の王家やその許可を得た者だけのようで。
「既存の技術体系への対策や、制御関係の安全性は高いと思います。魔力の容量から予想される能力も高そうですね」
ゴーレム兵として見た場合はかなり優秀だろう。一日中休まず警備してくれるというのもそうだが、警報と通報の機能も備えていたりで、転移門のある設備に配備するのを想定しているわけだ。
「ふふ。その言葉は、皆も喜ぶと思います」
オーレリア女王は満足そうに頷く。解析が終わるとオーレリア女王の命令を受けて、ゴーレム兵達は元の警備任務に戻っていった。ゴーレムに加えて武官達が常駐しているので、魔力送信塔の防備は結構厚いな。
「警備のしやすさや滞在のしやすさ等はどうですか? 施設の性質上、気軽にシルン伯爵領やガートナー伯爵領とやり取りできないというのもあるので、その辺は気になっているのですが」
と、武官達にも話を聞いてみる。
「冬場は見通しが良いので周辺の監視はしやすいですね。塔に関しても基本的に一本道になりますから、警備も防衛もしやすくなっております」
「入り口部分の結界に遊びがあるのが良いですね。目印になるので冒険者が魔物に追われた時に逃げ込みやすい場所ですが……外の結界部分で待機してもらって対応すると言うのが可能ですから、任務で切り捨てずに済むので彼らとの連携の面でもありがたく思っております」
そう言って頷き合う武官達である。そう、だな。冒険者達が緊急時に避難する事も想定して結界の範囲を調整している。敷地内に部外者を招かずに守ることができる、というわけだ。
「滞在設備の居心地は良いですよ。魔道具で色々補っているので冬でも暖かいし快適です」
結界や外壁にも綻びや損耗がない事を確認し、そうして俺達はシルン伯爵領の視察を終えてシルン伯爵家の屋敷へと戻ったのであった。
オーレリア女王と共にシルン伯爵家に戻るとミシェルも戻って来ていた。では――改めてオーレリア女王も交えてシルン伯爵領でのんびりとさせて貰う事にしよう。