番外1101 デュラハンの帰還
同盟各国の王達は今回の話に好意的な印象だった。ガートナー伯爵家は俺が対魔人で自由に動けるように目立たないように立ち回っていたし、そんな折に持ち上がった問題に対し、身内だからと甘えのない対処をしたからな。
その辺はきっちりと筋を通した行動として受け入れられていたし、同盟各国にとってはそうした諸々の事情で伯爵家が不利益を被ることのないようにして欲しいと、メルヴィン王に伝えていたらしい。そこに来て今回の話だ。積極的に協力したいという話になるのもまあ、分かる気がする。
『では――どうかよろしくお願いします』
『こちらこそよろしく頼む。同盟初期の国々から最適だと思って譲って貰えたのは有難い事だし、ドラフデニアとしても武官達にとって良い刺激になると思っているのでな』
父さんがモニター越しに一礼し、レアンドル王も笑みを返す。
バイロンの今後について話が纏まったところで、父さんも交えて今後の事について説明をする事となった。
バイロンに魔法を用いる日程も決まり、その際タームウィルズにて父さんとバイロン、レアンドル王と教導役の人物が顔合わせをする、という事になっている。
バイロンの実力については――蟄居生活でやや衰えてはいるものの、武官として見るなら同年代では筋の良い方と評価される位置だ。
この辺、バイロンとしては趣味嗜好が武芸に向いていたというのもあるだろうし、やはり家族から長兄、後嗣として頼りにされたいと努力してきた部分でもある。
そういった事もあって、ヴェルドガルの正統派剣術を身に着けた人物がドラフデニアに修業に来るというのは武官達にとっては興味深い事、というわけだ。
『テオドール公の知己の中から自国が修業先として選ばれた、とあっては武官達も確かに喜びそうですね。まあ……流石に月は修業先として不適ではありましたが、条件が合えば名乗り出ていたところではあります』
『確かにな。グランティオスもやや条件に合わないか』
オーレリア女王が微笑むとエルドレーネ女王も苦笑しながら頷く。
月は――まあそうだな。月の武官達は地上での活動も想定して自分の身体に負荷をかけながら訓練をしたり……魔法が使える事が前提というところがあるようで。発達している武術も月面での防衛を想定した技術体系だったりするので、やはりバイロンにとっては条件が合わない。
グランティオスも同様だ。当然ながら水辺や水中での戦い方に特化しているし、陸上で戦う場合はその技術を如何に水中に近い形で運用するかに主眼が置かれている。
エインフェウスの場合は獣人族それぞれに特化した戦い方が発達しているし、グロウフォニカを始めとした海洋国家では船上での戦いを前提とした剣術となる。
その辺は……いずれもやはりガートナー伯爵領の事情には合わないだろう。
東国やバハルザードの場合、同じ剣術でも曲刀で技術体系が違うので応用が利かないところがある。魔王国は……やはり種族が空を飛べたりするので技術体系が違う、と考えていくと、残るのはシルヴァトリア、ベシュメルク、ドラフデニアあたりとなるわけだ。
その内、魔物の対策という点で一番ヴェルドガルに近いのは、やはりドラフデニア、だろうな。シルヴァトリアとベシュメルクはそれぞれの保有する魔法技術――ベシュメルクの中枢部では呪法技術だが――を戦法に組み込んでいたりする。
『その点、ドラフデニアの場合は、力になれそうな人物にも心当たりがあったのでな。実際その教導役を任せたいと思っている御仁にも話を通してみたところ、是非にと言っていた』
レアンドル王がそんな風に教えてくれる。教導役となる人物についても色々教えてくれたが中々興味深い人物のようだ。
それほど時間を置かずしてタームウィルズで会える予定なので、その時を楽しみにしておこう。
そうして今後の予定等々も纏まったところで、水晶板での話し合いが一段落した。母さんも頃合いを見計らっていたのか、通信室の水晶板に顔を出して、冥府上層に戻った事を教えてくれた。
執務室の水晶板を食堂に持っていって、みんなも交えて母さんと話をする。
『――というわけで、デュラハンに上層まで見送りをして貰ったわ』
と、母さんが微笑み、デュラハンが母さんの隣でこちらに向かって手を振ってくる。マルレーンがにこにこと頷いて早速マジックサークルを展開。デュラハンを現世側に召喚した。冥府側に召喚ゲートが開かれ……母さんに挨拶をするように軽く手を振ったデュラハンは、ゲートを通って光と共にこちらに戻ってくる。召喚元の様子を見る事ができる、というのも中々興味深いものではあるが。
「おかえり。それから、見送りもありがとう」
そう伝えるとデュラハンも手にした首を軽く縦に振って応じてくれた。母さんはそれを見て頷くと、自身の胸のあたりに手をやって言う。
『私からもお礼を言わないとね。お墓参りの時、みんなの温かな気持ちも届いていたわ』
「ん……。それなら良かった」
母さんの言葉にみんなも微笑む。
「調子はどうかしら? 冥精への変化と言っていたけれど」
「ああ。それは私も気になるわ」
『んー。正直自分では違和感がないっていうか、そんなに違いが分からないのだけれど、お墓参りの時とか……込められた気持ちをより感じられるようにはなった、かな? 少なくとも、悪い感覚はないわね』
ロゼッタとヴァレンティナが尋ねてグレイス達も視線を向けると、母さんは少し首を傾げながらそんな風に答える。違和感はないという事でみんなもその返答に安心したようだ。
明日も……先代シルン男爵夫妻――ジョエルとモリーンの墓参りをしてからタームウィルズに帰る予定だ。母さんも二人には明日の予定を伝えておく、と言ってくれた。当人に予告しての墓参りというのも些か不思議な感覚ではあるが、アシュレイも母さんに「ありがとうございます」と、笑顔を見せていた。きっと、二人にも喜んで貰えるだろう。
さてさて。母さんも交えて少し歓談した後で、シルン伯爵領の領内を視察してくるという事になった。日々の執務の延長という事もあるな。
そんなわけでフロートポッドに乗ってシルン伯爵領内の視察へと向かう。シルン伯爵領はジョアンナから聞いていた通り、冒険者がそれなりに滞在しているようだ。
冬場でも仕事があって魔道具の支援も受けられるからな。冒険者の滞在に合わせるように商人も訪問してきており、薬草や魔物素材を買い付けたりしていて雪が降った後なのに結構活気がある。
「おお……。あの空飛ぶ乗り物は一体? 竜籠ともまた違いますし……お屋敷に停泊しているのがシリウス号なら、飛行船……ではないのですよね?」
と、こちらを見て驚いている商人の姿もある。
「あれはフロートポッドっていう乗り物だってさ」
「王都でも飛んでるのを見たな。境界公が身重の奥方のために拵えたと聞いたよ」
「それはまた……良いお話ですな」
談笑していた冒険者が答えて、商人は感心したように頷いていた。フロートポッドについてはタームウィルズでも見せていたので、それなりに知名度も広まっているようだ。
シリウス号を初めて見たというような反応を見る限り、商人は国外からやってきたのかも知れないな。
フロートポッドには境界公家の紋章もあるからか、子供達は目を輝かせながら手を振ってくれたりして……まあ、中々にシルン伯爵領は平和な事である。母さんもそうした中継映像を見て表情を綻ばせていた。
さてさて。このままフロートポッドで直轄地やその近郊を見て回って、それからシルン伯爵家でのんびりさせてもらうとしよう。