番外1096 雪の降った朝に
「また少し雪が降ってきたね。そんなには積もらなそうな印象だけれど」
風呂から上がってきて外の様子をみんなに伝える。母さんの家の風呂場は樹上にあるので見通しが良いからな。ちらほらと細かい雪が降り始めてきているようだ。
「明日はまた、雪かきの必要があるかも知れませんね」
「そうだね。墓参りの集合時間も少し遅めにしてあるから雪かきをしてからで大丈夫だと思うけれど」
お湯に浸かって少し上気した様子のグレイスにそう答える。みんなと共に入浴してきたところだ。
「ああ、良いお湯だったわ。空気が澄んでいて眺めも良いから素敵よね」
ステファニアが言って、マルレーンもこくこくと頷く。母さんの家の風呂場はまあ、露天風呂と言っていいのだろうが、冬場は寒くなり過ぎないように魔道具が組み込まれていたりする。だが、露天風呂なので空気は爽やかだ。
ほのかなサボナツリーの洗髪剤の香りも漂って、心地の良い風呂上がりである。
流石に人数が多いので、シリウス号の船内風呂も活用している。シリウス号は元々討魔騎士団と行動を共にできるように、という目的があったし、結構広々とした船内風呂がついているのだ。男湯、女湯に分かれているので便利だな。
「シリウス号のお風呂は楽しそうですね……!」
先程の事であるが、シンシアはそう言って喜んで、シオン達やカルセドネ、シトリア、ユイやリヴェイラといった面々とシリウス号の船内にある女湯に向かっていった。ハロルドもそんな妹の様子に笑みを見せながら男湯に向かったようだ。
俺達が風呂から上がってきて暫く居間でのんびりしていると、船内風呂に向かった面々も戻ってくる。
「良いお湯でした。少し雪が降ってきたようですね」
と、戻ってきたハロルドが伝えてくる。
「うん。今丁度、明日の朝の雪かきについて話をしていたところでね。母さんの家の周りや墓所の事だから、手分けしてって考えていたんだけど、手伝わせてもらってもいいかな?」
「分かりました。では、ご一緒に」
理由を説明するとハロルドとシンシアは少し笑って頷く。ハロルドとシンシアは何というか、誇りを持って墓守の仕事をしているからな。俺達が手伝わせてもらう、という形になるわけである。理由を説明すればそう答えてくれるあたり、俺とのやり取りにも慣れている感がある。
雪が降れば明日の朝は少し早めに起きて雪かきする予定だったからな。このまま、みんなが風呂から上がってきたら寝室に戻らせてもらおう。
「ああ。リサの家に泊まるのは久しぶりね」
「樹の家は素敵よね。学連の近くに雰囲気が似ていて、私も好きだわ」
と、ロゼッタとヴァレンティナが笑い合う。元々母さんと仲が良かったから、思い出話をした事で二人も仲が良くなった、という印象がある。今日は子供達が多いし明日も早いから我慢するが、今度アウリアを交えて酒でも飲もうか等と、そんな話をしていた。
さてさて。少し手狭ではあるが客室や居間も使って寝袋も活用すればみんなで泊まり込む事もできるだろう。ティアーズ達も居間や客室で寝泊まりする用意を始めて、眠るための準備を整えてくれた。
というわけで眠る前の準備を諸々終えて寝室に戻り……みんなと共に眠る前にのんびりと循環錬気を行っていく。
「みんなの体調も、大丈夫そうだね」
「ふふ。旅の疲れもないようで、良かったです」
俺がそう言うと、隣で手を繋いでいるエレナが嬉しそうに微笑む。
何か体調不良があったら遠慮なく起こしてもらって構わないとロゼッタに言われているが……循環錬気で見る限りでは問題無さそうだ。
「ん。風呂上がりの循環錬気は温かくて好き。みんなで循環錬気をすると効果も上がるし」
と、シーラが言う。そうやって寝台に寝転がって循環錬気をしながら髪を撫でられたり繋いでいる手の感触を楽しんだりしながら談笑していると、温かで穏やかな感覚に眠気も増してきたのか、マルレーンが少し眠そうに目蓋を閉じたり、小さくかぶりを振って目を開いたりしていた。
「ん……。そろそろ寝ようか」
そう言うとみんなも頷く。そうして魔法の明かりを消して、目を閉じたまま緩やかに循環錬気を続ければ、段々と心地良い眠気がやってくるのであった。
そして夜が明ける。少し早めに起きて厨房にバロールを送り、アクアゴーレムを構築して朝食の準備を始める。料理の匂いが漂い出すと居間で眠っていたみんなも一人一人と起き出して、段々賑やかな雰囲気になっていく。客室に泊まっている面々にもそれは伝わってみんな起き出してきたのであった。
身支度を整えて朝食をとったら、早速外の雪かきだ。昨晩雪は降ったが厚く積もるような降り方でもなく、薄らと雪を被っている、ぐらいのものだった。
街道沿いもこの分なら往来や馬車の行き来に困ると言うほどではないから、墓参りを希望しているガートナー伯爵領の面々の移動に関しても問題はなさそうだ。
とはいえ、母さんの家の周りと墓所。そこに続く森の小道ぐらいは綺麗にしておきたい。というわけで早速雪かきを始めていく。
ハロルドとシンシアは魔道具を使って雪を除けていく。俺も雪玉型のスノーゴーレムを構築して、転がして雪を巻き込むようにして除雪作業だ。適当な大きさになったら邪魔にならないところに置いて重ねて雪だるまにする、というのは造船所で除雪した時と同じだな。
「テオドール様の除雪の魔法は楽しそうだし効率的ですね」
母さんの家の周辺を、逆方向から除雪しているハロルドが笑みを浮かべる。
「魔法も多少遊び心があると調子が良かったりするからね」
「ああ。気分が乗っていると魔道具の調子がいい、というのは何となく分かります」
ハロルドが言って、シンシアも頷いていた。
そうした感覚が伝わるというのは……魔力の扱いに慣れてきているからだろう。お祖父さんも雪を魔法で脇に除けながら、そんなハロルドとシンシアの言葉に穏やかに笑って頷いていた。
そうして母さんの家の周りの雪かきをしたら、墓所に繋がる森の小道の雪を除けていく。俺が道の片側を担当。ハロルドとシンシアがもう片側を担当するようにして除雪しながら道を進んで行く。
やがて母さんの墓所に到着する。ここは少し開けているので綺麗に雪を被っているが……まあ、道中共々普段から雪かきしてくれているので苦労はない。
瞑想していた母さんの影響だろうか。普段よりも澄んだ、温かな魔力に満ちているような気がする。
「魔力の波長が心地良いであります」
と、リヴェイラが目を閉じて言う。冥精にとっても心地良いのかも知れない。或いは――母さんが歓迎してくれているからか。墓参り前だからまだ母さんはこの場に来ていないようだが、母さんの冥精としての領地でもあるから心情が影響を及ぼすというのは考えられる。
グレイス達はフロートポッドで移動してきているが「魔法を使う程度なら問題ないから」と、ステファニアやローズマリーも個人用フロートポッドに乗ったままで、魔法を使って除雪作業を手伝ってくれた。
そうして手分けして進めて行けば、程無くして墓所とその周辺も綺麗になる。墓所の端にちょこんと座っているデフォルメされたドクロ人形もいつも通りだな。
「これで……準備もできたかな。一旦船に戻って着替えてこよう」
「分かりました」
と、俺の言葉にアシュレイも頷く。礼服と花束を用意してきているからな。
着替えて準備をしていれば丁度良い頃合いになって、父さん達とも合流できるはずだ。俺達と少し時間をずらして領民達も墓参りに訪問してくるとの事なので、知り合いの子供達にも会えるだろう。