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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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178 商人と過去と

 店舗の確保、販路の開拓、道具作製の人員確保など、ミリアムの仕事は多いようだ。

「……どうしようか。何か作ってきっちり納品というのは少し難しいよな」
「僕達にも他に優先しなきゃならないことがあるからね」

 アルフレッド、ビオラは通信機の開発に魔人対策の仕事を抱えている。なので販売にあたり、生産のための職人を確保する必要があった。

「そのことでしたら、商工ギルドから職人を紹介して貰えると思います。こちらで雇って働いてもらう感じで……まあ、信用の置ける者を見繕いはしますが。流石に普通の職人達には魔道具の根幹部分に関しては手が付けられませんが」
「魔道具は販売となるとそれなりに高価にせざるを得ないし……そんなに数多くの納品とはならないだろうから、何とかなると思う」
「いざとなれば、俺も手伝うが」

 タルコットが言うと、アルフレッドが苦笑して頷く。
 さて。商工ギルドには組合員同士の取り決めがあり、販売価格や取り分の割合、技術情報の秘匿、製品の品質管理、後継者の育成等々……様々な事柄に決まりがあるらしい。

 これを無視すると商工ギルドから爪弾きにされて、便宜を図ってもらえなくなるそうだ。
 追放されると商売ができない……とは言わないが、孤立無援では生産、仕入れ、販売と色々不都合が生じるだろう。
 俺は商工ギルドの組合員ではないが、まあ決まり事があるのならミリアムとの間の取り決めも、それに準じる形で構わない。こちらとしてはあまり手間をかけずに作った物を流通に乗せられれば、それで副収入としては充分なのだし。

 大体取り決めるべきことを決め、これで話は終わり。そう思っていたのだが、ミリアムが少々意外な事を言った。

「どうでしょうか。大使様の考えたものだと分かるよう、商品に装飾というか……意匠などを刻んでみるというのは」
「意匠ですか?」
「私は珍しい物や新しいことが好きなもので、先日劇場にも足を運びました。境界劇場の理念も拝聴しております。製品を販売すると同時に、意匠の中に理念を組み込んでいけたらと考えたのですが、どうでしょうか」

 ……なるほど。製品が普及すると同時に意匠の来歴に触れる機会があると、自動的に啓蒙活動にもなると。ブランドのロゴのようにも機能するだろうし、悪くない。品質管理だけきっちりしておけば、プラスに働くだろう。

「面白い案ですね。少し考えてみます」
「ありがとうございます。では店舗の場所が決まりましたら、またご挨拶に伺います。ええと。そうですね、明後日までにはというところでしょうか」

 俺やアルフレッドとの連絡の利便性も考えて、東区に店舗を構えるつもりのようだ。まあ、開店したらご近所さんということになるか。

「分かりました。意匠もその時までには用意できるようにしますので。これが住所になります」

 紙に住所を書きつけてミリアムに手渡した。ミリアムからは連絡用に今使っている宿の場所を書いた紙を受け取る。



 ――といった感じで話も纏まったので、集会所を後にすることとなった。通路を進むミリアムの足取りは軽く、色々とやる気に燃えているというか、浮かれている感じが傍目に見て取れる。
 まあ……モチベーションが高いのはこちらとしてはありがたい限りだ。アルフレッドと顔を見合わせて苦笑する。

「――おや。ミリアムじゃないか」

 集会所を出たところで、ミリアムに声をかけてきた男がいた。

「……デクスターか」

 ミリアムが僅かに眉を顰める。

「タームウィルズに戻ってたのか。こんなところで何をしているんだ?」

 デクスターと呼ばれた男が薄く笑う。

「お前には関係ない。放っておいてくれないか」
「そうかよ。お前が行商の真似事をしてあちこち放浪している間に、俺はタームウィルズに腰を落ち着けて随分と稼がせてもらっているがね」

 デクスターは自分の身なりをひけらかすように肩を竦めて見せる。
 ……確かに。貴族か何かのように上等な仕立ての衣服で身を固めてはいるが。
 何と言うか、表情から所作1つ1つに至るまで品が無い。ミリアムのように身のこなしが武術的な洗練をされているわけでもないし。
 何だかな。バイロンあたりと共通するような印象を受けてしまうんだが。

「……失礼。行きましょう」

 ミリアムはデクスターを無視することにしたらしく、馬車が停めてある場所まで連れ立って歩いていく。
 ミリアムの馬車は行商用の幌馬車のようだ。俺の馬車と、アルフレッドの馬車。となると……この金ピカに悪趣味な装飾がしてあるのがデクスターの馬車か。ほんとに品が無いな。

「何ですか、あれは」

 まだこちらを窺いながら薄笑みを浮かべているデクスターを横目で見やり、尋ねる。

「昔、私が隊商にくっ付いて行商していた時に知り合ったのですが……まあ、その時に色々ありまして。あいつの持ちかけてきた話を断ったのですが、以来顔を合わせるとあんな調子なわけです。私はあまりタームウィルズにいないので、今までは特に問題は無かったのですが」

 タームウィルズに店舗を構えるとなると、また状況が変わってくるだろう。

「……今後嫌がらせなどしてくるという可能性は?」
「あれでも一応組合員ではありますから、面と向かって商売の邪魔というのは流石に考えにくいとは思いますが……」
「親方連中は昔気質が多くて買収とかは殊の外嫌うからね。互助組織だけに商工ギルドで槍玉に挙げられるだろうし」

 アルフレッドが補足説明してくれる。

「申し訳ありません。私の過去の不始末で。もし迷惑をかけるようでしたらこの話は――」
「いえ。ミリアムさんのような方は探そうとしても探せないと思いますので。そんなことで考え直すというのはちょっと」

 と答えると、ミリアムは静かに頭を下げる。

「自分との繋がりを隠して、手下に嫌がらせをさせるとか……そういうのは出来なくもない……かな?」

 アルフレッドが言う。

「一応、これでも護身の心得はありますので……その手の手合いは何とかなるとは思います」

 そう言って荷物の中から、何かを取り出す。それがミリアムの武器であるらしかった。
 鞭……それも、完全に戦闘用の鞭だ。先端部が金属で作られていて、かなり殺傷力が高そうである。

「……なるほど。いずれにしても何か困ったことがありましたら相談に乗りますので」
「ありがとうございます」

 ミリアムは深々と頭を下げて幌馬車に乗って宿へと戻って行った。

「どう思う?」
「面倒そうだね。あの手の手合いはしつこいから」

 アルフレッドが表情を曇らせる。まあ、少し動向を調べておくか。



 それから――工房で少々魔道具……つまり綿あめ製造機に関するアイデアを練って、術式を書き付けるなどしてから家に戻ってきた。
 綿あめに関しては、道具でやるとなるとザラメでないと焦げ付いたり目詰まりを起こすとか聞いたことがある。材料に関しては普通の製法で用意してから魔道具を調整するという方向で纏まった。

「デクスターなら知ってる」

 夕食の合間に昼間の顛末を皆に話して聞かせると、シーラがそんなことを言う。

「へえ」
「あいつは、西区でよく見かける。取り巻きを連れて暴れることもあるから、かなり評判が悪い。私も一度、下の人間に手をあげているところを見た」
「……そうなのか。あいつも商工ギルドの組合員って言う話だけど……何の商売をしてるの?」
「貿易って聞いた。船も持っているみたい。噂話で良ければ、情報もある」

 シーラは皿の上の魚を捌きながら言う。魚の身を切って、綺麗に骨だけを繋がったまま抜いている。

「聞いておこうかな。参考になるかも知れないし」
「多分、テオドールの期待している方向の話ではないと思うけど……。ずっと前に旅の行商人を無理やり口説こうとして、こっぴどく投げ飛ばされた後に酒場から蹴り出されたとか。この話は有名で、酒場であいつに対する愚痴が出た時は必ずこれで落ちがつく」
「……ああ。その旅商人は眼帯をしてるとか、そんな話は聞いたことがない?」

 尋ねると、シーラは記憶を辿るように首を傾げて、それから真っ直ぐ俺を見て頷いた。
 ……うん。確定だ。ミリアムが口を濁したのはそれだな。
 確かに、商売の席で……しかも俺やアルフレッドに聞かせるような話でもないだろう。ミリアムは真っ当な感性である。
 デクスターは……振られたのを逆恨みしているのか、それとも投げ飛ばされたのを根に持っているのか。

「少し、情報を集めてみる?」

 シーラが言う。

「そうだな……。情報は持ってるだけで有利だし、動向も読みやすくなる」

 デクスターが何か事を起こすにしても自重しているにしても、色々調べておいて損にはなるまい。
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