番外1094 兄弟それぞれの決意
「マリー、体調は大丈夫?」
「問題ないわ」
バイロンとの話も終わり、僅かに安堵したような表情を見せたローズマリーに尋ねれば、小さく笑って答えが返ってくる。ん。大丈夫そうだな。
「テオドールは……確かに、結構変わった気がするな」
俺とローズマリーとのやり取りを見ていたバイロンはそんな風に言って穏やかに笑っていた。
「バイロンもね」
俺の記憶ではこういう表情の笑みをバイロンから向けられたのは、初めてな気もする。
「そう見えるなら、嬉しいが」
そんな風に言って、やや自信が無さそうに笑うバイロン。
「また折を見て伯爵領に来た時には会いに来るよ。多分……次は父さん達やみんなと一緒に来られると思うし」
そう伝えると、バイロンは「その時を楽しみにしている」と答え、再会を約束して頷き合う。
そうしてローズマリーや護衛についてきたシオン達と共に案内や警備の兵士に挨拶をしつつ邸宅を後にし、バイロンの話が無事に終わった事も通信機で伝える。
『それは何よりだ。戻ってきたら少し話をしよう』
父さんからは通信機にそんな返答があった。バイロンとの面会を経ての結果も口頭で父さんに伝える必要があるだろう。
俺との和解が成立しても、まだ先代ブロデリック侯爵の後始末に絡んだ問題もあるので、父さんには色々と考える事、調整するべき事もある。
「まあ……良かったわ。テオドールが和解したのにわたくしが台無しにしてしまっては、意味がないものね」
フロートポッドに乗る前に、ローズマリーが言う。不慣れな場面だけに、安堵感も大きかったようだ。
「バイロンに伝わったのはマリーも腹を割って話したから、だと思うよ」
「変化については、テオドールの近くにいれば思う事でもあるわね」
と、ローズマリーが苦笑する。邸宅の外では中継をしているので、その話を聞いていたステファニアやマルレーンがにこにこと微笑み、ローズマリーは羽扇を取り出して表情を隠してしまった。そうして、俺達は穏やかな雰囲気の中でガートナー伯爵家へと戻るのであった。
ガートナー伯爵家に戻り、改めてバイロンとのやり取りを父さん達に伝える。ローズマリーの話についても俺から伝えればいいだろうという事で……ローズマリーはみんなの集まるサロンにて、一仕事終えたという感じで、ステファニアやマルレーンに明るい笑顔で迎えられていた。
「――というわけで話をしていても結構落ち着いていて、過去の出来事については今の生活の中で、色々と思うところがあったように見えました」
過去の出来事に対する現在の心境の吐露。それから当時の俺やバイロンの内心について伝え合った時の印象。それらの話を伝えるとダリルが口を開く。
「兄上は、父上にも感謝してるって……そう言ってた。自由はないけど静かな環境の場所を選んでくれたり面会に来てくれたり、気遣ってくれてるのが分かるって」
父さんは――ダリルの言葉を耳にすると静かに目を閉じる。
「私は……死睡の王襲撃の被害から領地を立て直す事が私のすべきことと信じて動いていたが、その分、家族に目を向けられなかった。当主と父親としての立場の間で均衡を間違えずに進めているかは……自分では分からないが、それでも信じる事を進めて行こうと思う」
そんな、父さんの言葉に頷く。父さんは……そうだな。領主や当主としてきっちりとした信賞必罰を示さなければならないというのもあるが、そうしてけじめを示しつつもバイロンが立ち直るのを静かに待っているという印象がある。それはバイロンに限った話だけでなく、ダリルやキャスリンに対してもそうだった。
「わたくしは、何かしたり、言える立場にはありませんが……ヘンリー様の選ぶ道を応援しています」
キャスリンも思うところがあるのか父さんに言う。
父さんからの想いに感じ入る部分もあるだろうし、バイロンやダリルに対する接し方、過去の行動への後悔もあるのだろう。
「きっと……父さんの想いはバイロンにも、伝わっていると思います」
「そうであればいいのだが」
そう言って、父さんは目を閉じる。
「後は……差し当たっては、バイロンの決意に対する返答、ですか」
「決意、か。確かに当人にその気が無くとも、周囲の人間や状況が働きかけてくる事はある。懲罰的な魔法ではなく、決意を維持するという意味でならば支持もできるし、今の生活を変えて正常化する事に繋がるかも知れないな」
確かにそこに至る理由、というのは重要だろう。父さんは「それについてはもう少しバイロンと話をして進めていく」と、そう俺達に言う。
「その後に考えるべき事としては……バイロンの立ち位置でしょうか」
「バイロンは……そうだな。状況が変わろうとも継承権を無くしているからな。当人の意思を確認する必要はあるが、昔から武術に力を注いでいたからな。問題が諸々解決できれば、武に関係する道を、というのも良いのかも知れないな」
継承権については……そこで戻してしまっては示しもつかないから変えられない部分でもある。今のダリルを取り巻く人間関係的にもな。後継として周知されているし応援もされているから。
バイロンが武術に力を注いでいたというのは確かに。領主としての道とも共存できるものではあったからな。
鍛え直す必要はあるが、そういった道なら今までの経験も無駄にはならないだろう。
ダリルも、父さんの言葉にはっきりと頷く。
「僕も……状況が変わったからと言って迷ったりはしません。きちんと領主として後を継げるように、力を付けていきたいと思います」
「そうだな。私も伝えられる限りのことを伝えよう」
ダリルの言葉に父さんは穏やかに答えるのであった。
そうして……父さん達にバイロンとの面会の報告を終え、ガートナー伯爵家で少しの間のんびりさせてもらってから、母さんの家に向かう事になった。
伯爵家の面々とネシャートも、中庭に停泊させているシリウス号のところまで見送りにきてくれる。
「ではな。また明日、墓所にて」
「はい。父さん」
と、父さんとも言葉を交わす。父さんはこの後バイロンの所に行って、先程の話も踏まえて今後について色々と話し合いをしてくるそうだ。明日には結果も聞けるだろう。
「ありがとうございました。ダリル様も安堵しているようで、私も安心しました」
ネシャートも一礼して俺にそう言ってくる。ネシャートはガートナー伯爵家の事情も知っているし、その上でダリルの婚約者としてここにいる。
「僕自身の生き方に関する事でもありますし、家族の事でもありますからね。ダリルも迷わないと言っていたので僕としても面会しに行って良かったなと安心しました」
「ふふ。ダリル様はそういうところが頼もしいですよ」
「その、僕だけの事じゃなくてネシャートの事もあるからね」
ネシャートの反応に答えるダリルである。まあ、そうだな。ダリル自身だけで完結する事ではなく、伯爵家の後嗣の婚約者になったネシャートの立場にも関わってくる事だし。
「それは……嬉しいお話ですね」
「んっ、んん」
そんなネシャートからの率直な反応と笑顔に、顔を赤らめて咳払いするダリルである。二人の仲は……相変わらず良好なようで何よりだ。
みんなもダリルとネシャートの様子に微笑ましそうに表情を綻ばせる。
そんな穏やかな雰囲気の中、父さん達に見送られてみんなでシリウス号に乗り込む。
「ふふ。ガートナー伯爵家も大きな問題は解決しそうじゃな」
「そうですね。先代の後始末等もまだあるのかと思いますが、そちらはどちらかというと小さな問題なのかなと」
お祖父さんとそんなやり取りを交わす。手を振る父さん達に手を振り返し、そうしてゆっくりと浮上して母さんの家に向かう。
さてさて。ではまず、母さんの家の掃除からかな。バイロンとの面会の結果も良い方向に進みそうだし、ゆっくりと母さんの家に滞在させてもらうとしよう。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます!
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