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番外1092 想いと共に

 警備の兵士達から敬礼を受けつつ、敷地の中に入る。キャスリンが一時期生活していた場所ではあるが、前にはなかった窓の格子等が増えていたり結構厳重だ。

 先代ブロデリック侯爵の派閥残党からの干渉を考えると、逃亡と侵入の両方を警戒してのものなのだろう。


 まあ、それでも屋敷の中での暮らしならば普通に許されているとは言うし、父さんも定期的に面会に来るそうだ。

 領主として、貴族として責任があるとはいえ、徹底しすぎても重苦しくなる。そういうのは父さんとしても好かないのだろう。それはこの邸宅の雰囲気にも表れていて、警備の厳重さ等を除けば庭そのものは綺麗なものだ。


「バイロン殿は普段も面会に使われている部屋にて待っています。私も……すぐ近くに控えておりますので、何か問題がありましたらお呼び下さい」


 中庭に配置された兵士に挨拶して自己紹介を行うと邸宅の扉を開けて、そう俺に教えてくれた。父さんからは俺の護衛と邸宅内の案内も任せられているそうだ。


「分かりました。バイロンが落ち着いているようなら……そうですね。二人で話をしたいので部屋の外で待ってもらう、という事はできますか?」

「それがテオドール公のご希望であれば。伯爵からもそのように仰せつかっています」


 では、問題ないな。自衛はできるし何かあっても俺から責任を問う等ということはないし。頷いて邸宅内部へと入る。


 そうして面談室として使われている部屋をノックすると、中から返答があった。


「どうぞ」


 と、些か緊張したような声色で……それは間違いなくバイロンのものだ。護衛の兵士が扉を開き、先に入室して俺の到着を伝えると共に安全確認を行う。


「では、私は外で待っております」


 内部の安全確認が終わったのか、護衛の兵士がそう言って部屋から出てきて廊下で待機する。礼を言ってから面談室に入室した。


 面談室は話をしやすいようにこちらと向こう側とで仕切りが設けられていて……仕切りの向こう側にバイロンがやや所在無さげに立っていた。

 部屋の奥側にも扉がある。誰かが会いに来た際に警備をしやすいように工夫された造りだ。まあ、領主と後継者が主な面会相手なのでこうした造りになるのも納得ではあるのかな。


 扉を閉めて向かい合うと――バイロンは意を決したように顔を上げる。そして――。


「これまでの無礼な振る舞いや、理不尽な行いを謝罪します。申し訳ありませんでした」


 と、開口一番、謝罪の言葉を口にすると頭を下げたのだ。

 それは――バイロンの対応として予想していたものではあったが、今までの関係を考えると少し意外に感じてしまうものでもあって。


 俺の訪問の目的については……バイロンには知らされていない。どう転ぶかは分からないが「話をする」事自体がここに来た理由だからだ。

 だから父さんは「テオドールが話をしたいと言っている。お前が面会を望むのであればという条件ではあるが……話をするのならば、今度はきちんと向き合って言葉を交わしなさい」と、そう伝えたそうである。

 目的も話をする内容も……判断は全てバイロンに任せるというわけだ。確かにそうでなければ……何も意味はないのかも知れない。

 だから、こうされた時の俺の反応も決まっている。


「頭を上げて下さい。僕は今日――ここに話をする為に来ました。今の謝罪を受けるかどうかも、すぐには結論を出せない事ではあるのです」


 俺だけの事ならばいい。けれどバイロンの変化と処遇については父さんやダリルの将来にも関わる事だ。

 安易に許すと結論を出すわけにもいかない。だから目的としては話をしにきた、としかならないのだ。


「まずは座って下さい。少し話をしましょう」


 おずおずと頭を上げたバイロンに、俺がそう言うと神妙な面持ちで頷いて椅子に腰かける。


「この場では……口調や呼び方も昔のままにした方が、お互いの気持ちも伝わりやすいかも知れないかな」


 そう言うと、バイロンは少し考えた後に口を開く。


「分かりました。いえ……。分かった、でいいのですか?」

「公的な場じゃないからね。家名に懸けてこの場での口調の事で不利益はない、と伝えておく」

「……分かった」


 改めて頷くバイロン。少しの沈黙の後で、俺から言葉をかける。


「少し痩せたみたいだね」

「流石に剣の訓練みたいな行動は許されていないから、どうしてもな。健康維持のため程度の運動は許されているが。テオドールは……背が伸びたか」

「まあ、ね。俺……僕が今日話をしに来たのは、なんて言えばいいのかな。僕自身も約束があって考え方が変わってきたから、なのかも知れない」


 バイロンと接していた頃の、景久の記憶が戻る前の頃を思い出しながら言う。考え方が変わったのは、バイロンも同じか。俺に謝罪をするという事自体が、昔の関係からは考えられなかった。俺自身との関わりではなく、父さんやダリル、キャスリンや周囲の環境の変化を見て、その中で辿りついた答えという事になるのだろう。


「考え方……」

「敵だと思っていた相手と共闘して一つの約束をしたんだ。母さんの仇だから、そんな相手とは分かり合えないって昔はそう信じていたし、疑いもしなかったけれどね。約束をこれからも守っていきたいと思っているから、バイロンとも話をしてみる必要があるって……最近落ち着いてきたって聞いて、そう感じた」


 それが話をしに来た動機というか経緯だな。だから、その約束に矛盾しない生き方をするためではあるが、だから間違いを許すという事にはならないんだ。それでは俺がバイロン自身を見ていないから。きちんと言葉を交わす必要がある。


「そうか……。俺にはお前らしい、とも言えない、な。分かり合えないって言ったけれど、俺はお前の事が……一緒に暮らしていても全然分からなかったんだ」


 バイロンはそう言って一旦目を閉じ、少し俯いたまま遠くを見るような表情になって口を開く。


「俺は、さ。父さんの後継ぎで、行く行くは伯爵になるって信じて疑っていなかった。少し前のダリルは……気が弱くて頼りなかったっていうのもある。俺が長兄らしく強いところを見せてやるんだなんて、後継ぎの事を意識した頃からそんな風に意気込んでたよ。ダリルも……頼りにしてくれた。騎士団の面々にも剣の筋がいいとか、褒められてさ」


 そう。そうだったな。確かに、バイロンは剣の腕を自慢にしているところがあって、身体も鍛えていた。その目を見て頷くとバイロンも頷いて、更に続ける。


「そうしてる内に、あの事件が起こったんだ。死睡の王の、あの事件……。テオドール達が同居するって聞いて、最初は力になってやらないとなって……そんな風に思った。そりゃ正直に言うなら俺にも思うところは、あったんだけど」


 バイロンからすると、母さんや俺は妾とその子供だしな。そこで複雑な気持ちになるのは仕方のない事だと思う。

 だけれど俺はあの事件の後、しばらくは魂が抜けたようになっていたと思う。バイロンはそんな俺に、かけるべき言葉が見つからなかったのだと、そう言った。父さんは立ち直るまでそっとしておいてあげなさいと、そう諭したという。


「その後は――部屋に篭っていたお前が外に出て来るようになってからは……どうだったかな。頼ってくるんじゃないかって、そう思ったこともある。けど、お前はずっと1人でいて、それで良いみたいな風にしていて、さ。一緒に食事をしたり、騎士としての訓練を受けたりしても、周りの事を見てないみたいで。何を考えてるか分からなかったんだ。だから……ああなっちまった、のかな」


 そう……だったかも知れない。ダリルも言っていたっけ。俺は何か別の物を見ているようだと言うような事を。それは、そうなのだろう。

 きっと、長兄として後継ぎとしてあろうとしていたバイロンには、俺が理解できなかったのだろうし……バイロンは口にしないまでも先代ブロデリック侯爵の息がかかった使用人達はキャスリンの子の後継を脅かす可能性がある俺を疎ましく思っていただろう。キャスリンやバイロンの近くにいたからにはそういった事を吹き込んだだろうと思う。


 だから。だから俺は、あの頃の気持ちをありのままにバイロンに伝えて、改めて理解してもらう必要がある。


「あの頃の僕は――そうだね。部屋から出た頃には、もう決意を固めていたんだ」

「決意……?」

「目の前で戦いや……その後に衰弱していく母さんの姿を見て。何もできなかった自分が許せなかった。仇討ちをする相手も既にいなくて。だけれど二度とこんな思いを味わいたくない。魔人を滅ぼす力が、戦える力が欲しいって、そんな考えばかりだったよ」


 俺が選んだ方法は、魔法を身に着ける事だった。剣では駄目だと……部屋の窓から、騎士達や兵士達が訓練する姿を見て思った事は覚えている。

 あれでは、魔人に届かない。瘴気を操る魔人には魔法でも不利は否めないというのは知識として知っていたが、滅ぼすに足るだけの力は――母さんが見せてくれたから。


 守りたい人――グレイスには、俺がいなくても静かに暮らせる道があって、俺には守るだけの力すらもなかった。ただ一人で黙々と、父さんの書斎から持ち出した教本を読み術式構築の知恵を独学で巡らせていた。


「そう、だったのか」


 当時の考えや陰でしていた事を伝えると、バイロンは納得したような呆然としたような、少し複雑な表情でそう答えた。


「俺は――相手にされてないように感じてたんだ」

「それは……前に近い事を言われたよ。どこか遠いところを見てるみたいだって。本当は……ただ余裕がなかっただけなんだ。その内に関係も拗れていて。嫌われてるんだろうなって思って」


 けれど当時の俺には目的があったから、他のものはどうでもいいと考えた。


「けどそこは今にして思うと……もっと回りの人に目を向けるべき、だったようにも思う」


 そう言うと、バイロンは首を横に振った。


「だからって、俺のした事が許されるわけじゃないだろ。余裕がないなんて事に、気付けもしなかった。こういう立場になって時間が経たなきゃこんな風にも……思いすらしなかった」

「考え方が変わってきたのは……やっぱりダリルを見て、なのかな?」

「ああ。ダリルは父上の許可を得て会いにくるけど、その度に変わっていったから」


 バイロンは少し顔を伏せて言う。バイロンの知るダリルはもっと気弱で、自分の後ろについてくる姿だったのだろう。

 それがどんどん変わっていった。体格も剣よりも農業で鍛えて。落ち着いて、自分の考えを伝えるようになって。


「一度……会いに来たダリルに八つ当たりしたことがあって……その後で一人になって、心底自分が情けないって思ったんだ。今の俺には何もないし、何ができるわけじゃないけど。俺は、それでもあいつの兄貴だから……あいつが頑張っているのを、邪魔するのは違うって」


 バイロンはそこまで言って、片手を自分の顔に当てる。長兄としてという点に誇りがあったバイロンだから、後継者として成長していくダリルを見てショックを受けたというのは分かるし、ダリルを弟として大切に思っているという点にも偽りはなかったのだろう。


「だから、今回の話を聞かされて、僕とも会おうと考えた?」

「ああ。謝ろうと思ったのも、ダリルや父上には迷惑をかけたくなかったっていうのもある。正直に言うなら、会って話をって考えた時に、許してもらえなかったらとか、お前が仕返しを考えていたらとか……。そういうのが怖かった。今だってそうだ。だけど……だけどさ。俺がしてきた事を考えたら、自分がどうなるか分からない時に相手の良いようにされるのが怖いなんて、俺がお前にしてきた事と同じじゃないか。だから……」


 だから顔を合わせたら謝らなければならないと。そう思ったとバイロンは少し青褪めた顔ながらも、俺を真っ直ぐに見て言った。

 そう、か。どれが本音とか建て前とか、そういう事ではなく。今伝えようと言葉にした事、全てがバイロンにとっての偽らざる気持ちなのだろう。


 俺自身の事は伝えた。俺もバイロンの当時の気持ちは聞いた。その上でバイロンに答えを返す必要があるだろう。


「さっきの言葉への返答だけれど。謝罪の言葉は確かに受け取ったよ。仕返しだとか、今回の話の内容でダリルや父さんに迷惑とかは、考えてない」


 そう伝えると、バイロンは呆けたように脱力する。安堵したのか、気が抜けたのか。俺に内心を吐露する上で、かなり緊張していたのは間違いないだろう。


「ダリルやキャスリン様とも、和解しているから……実を言うと今回話をしに来たのは、それも理由としてあってさ。何時までも宙吊りのままにしておくよりは、話をして良い方向に転がって欲しいなって感じたからなんだ」

「そう、だったのか」

「ブロデリック侯爵家の先代の派閥との兼ね合いもあるから、僕との関係だけっていう単純な話でもないけどね。それでも……前に進んだ。さっきの言葉も、信じるよ」


 そう言って仕切り越しにではあるが、握手を求めて手を差し出す。バイロンは驚きの表情を浮かべたが、やがて真剣な表情で頷いて俺の手を取った。


「その……ダリルの事も、ありがとう。多分、あいつが変わった理由にも、関係がありそうだし」

「どう、かな。俺は多分大した事はしてないよ」


 バイロンの言葉にそう返す。ダリルはバイロンが言うように気弱なところも確かにあったけれど。変わったのはダリル自身が色々考えたからで、それはきっと今のバイロンだって同じだ。

 けれどきっと、そうやって反省したり想いを改めて変化する事よりも、それを生き方に反映させて、続けていく事が重要なのだろう。それはきっと、大変で難しい事で、俺も約束を守ろうとしている途中でもある。

 その事を伝えるとバイロンは頷き、静かに目を閉じるのであった。



いつも拙作をお読みいただきありがとうございます!


今月、6月25日に境界迷宮と異界の魔術師の書籍版コミックス版2巻が発売予定となっております!


詳細については活動報告でも掲載しております。

こうして報告できるのもひとえに読者の皆様の応援のお陰です。改めて感謝申し上げます!


今後ともウェブ版共々頑張っていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願い致します。

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