番外1090 銀世界と墓守と
みんながシリウス号に乗り込み、シートベルトを装着。準備も整ったところで操船席の傍らに座るアルファに頷き、水晶球に触れる。水魔法のフィールドを展開してやると、シリウス号に降り積もった雪が弾けるように細かく散って、陽の光を受けて輝きながら舞っていった。
そんな光景に艦橋ではユイとリヴェイラ、シオン達やカルセドネ、シトリアといった面々が「おお……」とモニターを見て声を上げ、造船所を警備している兵士達が驚きの表情を浮かべていた。お祖父さんやヴァレンティナもそんな年少組の反応に表情を綻ばせる。
甲板はフロートポッドを固定してやる関係で前もって綺麗にしたが、他の部分の雪ならばこうして一気に除雪できるというわけだな。
「それじゃ行こうか」
周辺の安全確認もしたところでそう言うとアルファもこくんと頷いて、シリウス号がゆっくりと浮上を開始する。
「昨日は雪が降ってどうなる事かと思ったけれど、晴れて良かったわね」
「ガートナー伯爵領やシルン伯爵領も晴れているそうですよ」
ロゼッタの言葉にアシュレイも笑顔で応じる。
母さんの命日という事で、ロゼッタ、お祖父さんやヴァレンティナ、シャルロッテも今回は同行している。冥府と中継で話ができるようになったというのもあるので、墓参りというよりは今回はお祝いという側面が強いかも知れない。
やや人数が多いので母さんの家だけでなく、シリウス号も宿泊用として使う事になるだろう。アルファは尻尾を振って喜んでいるし、賑やかで良い事である。
まだ早めの時間という事もあり、雪も降ったばかりなので眼下は一面銀世界だ。
除雪作業等が効率的にできるわけでもないので冬場は陸路での人の往来はどうしても減少する傾向がある。
大雪が降ったわけではないので何となく道も分かるけれど、星球儀や計器も見て現在位置を見失わないようにして進んで行くとしよう。
「――ふうむ。今回の里帰りはテオドールも考える事が多くて大変そうだが、大丈夫かの?」
飛行船でしばらく移動していたが、お祖父さんもバイロンとの面会については話を聞いているからか、そんな風に尋ねてくる。心配してくれているのだろう。
「ありがとうございます。過去の事で思い悩む事も少なくなりましたから、寧ろ迷いというのはない気がします」
「ふむ。すまぬな。そなたは自分で解決してしまう強さがあるから背負い込み過ぎていないかと逆に心配もしてしまったが……無理をしていないならば安心ではあるの」
「今回の事にしてもみんなやお祖父さんや……色んな人に支えて貰って、冥府での事もあって……昔に比べて気持ちに余裕があるから行動に移せたのだと思います。ですから、そうして心配してもらえるのは嬉しいですね」
そう答えると、お祖父さんは穏やかな笑みを見せた。
「その表情では話をする内容ももう決まっている、といったところかの」
「バイロンについては……結局は腹を割って話をするしかないのかなと」
バイロンに付随する人間関係も色々あるが、それは一旦置いておいて、向き合う事が必要だろうと。そんな風に思う。
「そう、かも知れんな。あれこれと考えるよりも、真摯な言葉の方が人の心に届くというのはある」
あまり捻った結論ではないが、お祖父さんも含めみんなも俺の返答に、納得したように目を閉じたり頷いたりしてくれた。
「ふふ。お話も一段落したようだし、お茶のおかわりはどうかしら?」
「ん。ありがとう」
と、クラウディアからお茶を淹れて貰う。そんな光景に微笑むイルムヒルトがリュートを奏で、ユイとリヴェイラも笛を吹いてと……和やかな雰囲気の中、シリウス号は東へ東へと進んで行くのであった。
出発の時刻が朝早めだった事もあって、ガートナー伯爵領に到着したのは割合まだ早い時間帯であった。急ぎではないので程々の速度で飛ばしてきたというのもあるな。
ガートナー伯爵領も晴れているが、昨晩の内に雪が降ったばかりのようで。やはり銀世界だ。ただ、母さんの家の周りや森の中に続く道は――雪が除けられているのが見て取れる。
ハロルドとシンシアが頑張ってくれているのだろう。
「ああ、ハロルドとシンシアがいるわ」
「フローリア様も一緒ですね」
ステファニアが外部モニターを見て言うと、エレナも笑顔で言う。
シリウス号の下部モニターに森の小道の中からこちらを見上げるハロルドとシンシア、それからフローリアの姿が映っている。3人ともにこにこと笑顔でこちらに向かって手を振っていたりするな。
フローリアに関しては今朝フォレスタニア側で顔を合わせているが、その後本体の方に顕現してハロルドとシンシアに同行しているようだ。こちらも距離を合わせて高度と速度を落としていくと、向こうも俺達が気付いた事を理解したらしく更に大きく手を振ってくる。
丁度良い頃合いを見計らって、操船席の隣にいるアルファに声をかけた。
「操船を代わってもらって良いかな。3人を甲板に迎えやすい座標で停泊してもらえると助かる」
そう言うとアルファはこくんと頷いて応じてくれた。
というわけで、3人を迎えに甲板に移動する。シリウス号は緩やかに速度と高度を落としていき、丁度3人が甲板から見える位置関係で静かに停止した。
アルファの性格や戦い方は結構アグレッシブだが、こういう時の操船に関しては丁寧で精密なので俺としても助かる。人狼形態でも高レベルで体術を繰り出してきたしな。船を自分の身体と見立てれば操船が精密で丁寧なのも納得といったところか。
こちらから迎えに行こうと思ったが、ハロルドとシンシアはレビテーションの魔道具で軽く跳躍すると、木々の枝を足場にシリウス号の甲板に届く高さまで登ってくる。フローリアも二人に合わせるように宙に浮いて、ハロルドとシンシアの後を追う。
「そのままこっちに来られる?」
「はい。大丈夫だと思います」
「私も大丈夫です」
ハロルドとシンシアの見立てに、フローリアも笑顔を見せる。
「何かあっても、レビテーションもあるし、私もいるから心配いらないわ」
なるほどな。魔道具の扱いも大分習熟しているようだし、フローリアもサポートしてくれるのなら大丈夫だろう。
甲板にそのまま飛び移って乗り込んでもらって構わないと伝えると、シールドを展開してそこを足場に、跳躍して甲板まで渡ってきた。
「ん、おはよう」
「おはようございます、テオドール様」
「おはようございます」
「ふふ」
ハロルドとシンシアは嬉しそうに挨拶を返してきて、フローリアも楽しそうに笑った。
「結構朝早くから雪かきを進めてくれていたのかな? 助かるよ」
「昨晩の時点で雪が降っていましたから、早めに眠って朝から作業をしようと妹と話をしていたんです」
「フローリア様も一緒に来て下さるというので安心でした」
ハロルドとシンシアの言葉にフローリアも頷く。
「フローリアもありがとう」
「安心してもらえたのなら良かったわ」
その言葉に頷いて、改めて甲板の上から森の中を見回す。母さんの家の周りと湖畔。墓所とそこに繋がる道と、大体雪かきの作業は終わっているように見受けられる。
「さっきの動きもそうだけど、二人ともかなり魔道具の扱いに慣れてきてるみたいだね」
「元々使いやすいというのもありますが、魔道具があると捗るのでついつい仕事にも気合が入ってしまいますね」
ハロルドの楽しそうな言葉に、シンシアとフローリアもうんうんと頷いていた。
雪かき作業に関しても、最初は俺達の来訪に合わせて最低限を進めておくつもりが、魔道具のお陰でかなり効率的に進んだので、俺達が母さんの家に来た時の行動範囲全域に広げて行っていたとの事で。
二人とも前に会った時より魔道具を使い慣れたせいか、魔力も増強されて洗練されているように感じるな。