番外1088 冬の里帰りに向けて
一先ずは水脈都市にもハイダーと対応する水晶板モニターを送り、ヴェルドガルと魔王国の王都ジオヴェルムの間で双方向の中継ができるように手筈を整えた。
今後は今回やってきた族長達が魔王や俺達との中継窓口になって、色々と水脈都市地方と連絡を取ってくれるそうだ。
族長達とは今後も継続して交流があるとは思う。オービルは王都から最も近いクシュガナにいるので、やはり接点が増えそうな気もするが。
ケイブオッターについては見た目がラッコなのでかなり緩く感じてしまうが、水の友の中では手先が器用で紋様魔法が得意なので、技術職として頼りにされている種族という話だ。そうした性質は地下水脈の維持管理に一役買っているし、種族としての温厚で思慮深い性格も、他の族長達から信頼されて一目置かれる理由にもなっている、との事である。
海の民も魔王国を訪問する事も決まっているし、今後も王都と近いクシュガナは重要な位置を占めてくるだろう。
さて……。そんなわけで水の友を迎えての交流会も好評の内に終わり、各々が日常へと戻った。母さんの命日も近付いてきたという事もあり、俺達もガートナー伯爵領へ向かう準備を進めている。
『では――当日の準備を進めておく』
「はい。よろしくお願いします」
ガートナー伯爵領に向かう前に、父さんとも連絡を取り合う。俺達の歓迎の準備も進めてくれるとの事で、有難い話である。
歓迎と言っても領主同士、貴族家の当主同士としてではなく、あくまで家族としてのものだ。毎年命日で訪問しているのだし、これからもそうである以上、名目が家族として、ではないと負担も大きくなってしまうからな。
『ハロルドとシンシアもいつも通りに迎えられるようにして待っていると言っていた』
父さんが言う。ハロルド、シンシアのいつも通りというのはきっちり仕事をこなして準備万端にして待っている、という印象があるな。二人とも仕事については真面目だから。
「分かりました。二人にも会えるのを楽しみにしている、と伝えておいてください」
『ああ』
そんな二人が笑顔で迎えてくれる様子を想像し、俺も少し笑って答えると父さんも笑って頷いていた。
父さんと当日の流れについて話し合い、それも一段落する。最近の近況について話をしているとガートナー伯爵家側のモニターが置かれた部屋にノックの音が響いた。
『お話中、失礼します。今大丈夫でしょうか?』
「ダリルかな? 話も一段落しましたし、僕は問題ありませんよ」
扉の外のダリルの声を受けてそう伝えると、父さんも頷いて外にいるダリルに入室を促す。
『打ち合わせも一段落したところだ。入って大丈夫だぞ』
まあ、元々ダリルに伝わっても問題のない話しかしていなかったけれど、そういうところを後継者だからというところに甘えずにダリル自身がきっちり線引きしているのが窺えるかな。
『失礼します、父上。任されていた仕事が終わりました』
ダリルが部屋に入ってきて、父さんに仕事の報告していた。
『うむ。では仕上がりについては確認しておこう。問題がなければそのまま進める』
『はい、父上』
俺との話は一通り終わっているという事もあり、父さんは仕上がりを確認して後で話をすると伝え、その場をダリルに預けて退出していった。
「何か新しい仕事を任せられた? ああ、部外者に話して差し支えない範囲での話題だけれど」
『そうだね。新しい仕事っていうか、最近の仕事かな? 執務の中で比較的簡単なものを任せてもらって、問題がなければそのまま実行……。難しい案件には意見や見解を書いたりして、父さんの考え方とかやり方を聞いて意見交換をしたりしてるんだ』
「領主としての教育と訓練ってわけだね」
急ぎではないがガートナー伯爵家にとって重要な仕事ではあるだろう。先程の父さんやダリルの表情からすると結構充実している様子で、そうした領主としての教育も順調であるように見えるが。
『本当なら、こういう仕事をしていたのは自分じゃなかったかも知れないね。充実してるとは思うけど、少し迷ったり、不思議だなって感覚になる事もある』
ダリルがそう言って、少し遠くを見るような目になった。
「……何かあった?」
そう尋ねるとダリルは少し驚いたような表情を浮かべて、それから笑みを見せる。
『いや、心配されるような大した事ではないんだけどね。兄さんと……少し話をしたんだ。前より落ち着いてきた印象で……その時に応援されたから、今の自分の事とかちょっと考えて……顔に出てたかな?』
「少しだけね」
『はは。心配してくれるのは嬉しいな。ありがとう』
と、ダリルは笑って応じる。
父さんからも最近の事情は聞いている。
バイロンについては……言うなれば他家の当主に無礼を働いた事や先代ブロデリック侯爵との裏での繋がりや干渉もあって、蟄居させられている、という状況に変わりはない。
俺への対応に限った話ではなく、陰での言動や振る舞いに対する父さんの調査もあり、先代のブロデリック侯爵やその腹心達からの干渉という事情もあったから今の対応となっている。
継承権が剥奪されたのも後で侯爵家の元家臣に担ぎ上げられる事がないように、というわけだな。
そうした事もあって、何かアクションを起こすなら父さんは俺に話を通すという事も徹底している。キャスリンやダリルが面会する事にしてもそうだ。肉親ではあるから、という点に甘えないで筋を通している。
ダリルは――その面会の時のバイロンの変化を受けて、少し今の自分について思う所があったというわけだ。
一時期は荒れていて、ダリルに対しても怒りを吐露していたという話だが……。
ダリルにもう少し詳しく話を聞いてみると「領主になろうとして頑張っているのをこれだけ見せられたなら……俺だって応援するさ。俺に何ができるってわけでもないがな」と、ややそっけなくではあるが、そんな風にダリルにこぼしていたらしい。その辺は……実兄だからこそなのかな。
「時間も経って心境に変化も出てきたのかも、ね」
『そうかも、ね。でも、いつまでも険悪なままって言うのも嫌だったから……少し安心した』
「なら良かった」
俺の言葉にダリルは静かに頷く。
俺も……最近の事を考えると、バイロンと一度話をしてみる必要がある……のかも知れない。
ダリルとの関係もあるから、俺と顔を合わせるとこじれる事もあると考えれば、他家の問題として線引きし、距離を置いておくのが以前は正解だったろうし無難だっただろうとは思うが。
ただ――。ダリルやキャスリンにとっては、やはり肉親の事だからな。気にかける気持ちは分かる。
俺は……ダリルとの関係は良好でありたいとは思っているし、穏やかに過ごしてくれるならそれに越した事はないと思っている。それは俺側からの気持ちなのでバイロンにもそれを望むとは言えない。
それに俺も……魔人との共存や和解を考えているのに、バイロンとの関係は放置しておくというのもな。落としどころを探る意味でも話をしてみるのは無駄ではない、と思うのだ。
バイロンから俺に対しての気持ちというのも、伯爵家の後継者であった事や周囲……先代ブロデリック侯爵との関係性が多分に影響していただろうから、今なら多少変化しているかも知れない。
現状ではブロデリック侯爵家も周囲の情勢も安定しているというのもある。父さんとも話をして大丈夫そうなら。そしてバイロン自身が望むのならば面会するというのも、考えてみる時期なのかも知れない。