番外1086 絵画と思い出
エントランスから画廊に改造された区画内にみんなが踏み込めば、正面に見える柱の陰から何かが出て来る。
それは――鳥の姿をした騙し絵だ。
「ほう。スカイトラベラーか」
メルヴィン王が顎に手をやって声を上げる。
「シグリッタ達もスカイトラベラーと馴染みがあるそうですよ」
温かみのある茶色の色合いの羽毛と、頭部から後方に伸びた扇のような冠羽が特徴だな。丸くてつぶらな目をしているがれっきとした魔物である。
柱の陰から俺達の前までやってくると、翼を使って上品にお辞儀をするような仕草を見せ、心地の良い鳴き声を響かせた。セラフィナの属性を付与した魔石を仕込んで、鳴き声を再現しているわけだ。
スカイトラベラーについては渡りの性質を持ち、広い地域を移動する魔物として知られている。
友好的な種族で、捕獲や狩りの対象とすると冒険者ギルドからは爪弾きにされる……どころか、結構な国に跨って法的な処罰の対象となっていたりするな。
道に迷った者を人里まで案内したとか、呪歌で体力の回復をしてくれたという逸話も多いからだ。ただ、攻撃を仕掛けると呪歌で報復に出るという話もあり……国や冒険者ギルドでは攻撃や捕獲を禁じている。
少なくとも素材を買い取るという事はなく、魔石の抽出にしても小さくて高額にはならないそうだ。保有する魔石が大きくないからこそ、環境魔力だけでは足りずに渡りをするのかも知れないが。
まあ……仮に戦いともなれば、呪歌を使う鳥の群れは厄介極まりないだろうし、そもそも助けられたという者も多くて人気もあるしな。
凶暴化したという報告はない。渡り鳥故に環境魔力の良い場所で子育てを行うからだろう。
当然ながら本物ではなく、シグリッタの描いた騙し絵の顔料を動かしているものである。再現率も高いが、みんなに伝えた通りハルバロニス付近の森にも渡ってくるそうだ。シオン達もハルバロニスで暮らしていた頃は馴染みがあるそうで。呪歌で体力回復してもらったお礼に木の実等を渡したらお礼を言うように鳴き声を聴かせてもらった、との事である。
スカイトラベラーの騙し絵については――エントランスの魚達とは少し方式が違う。
床や壁の中にメダルゴーレムを埋め込み、平面上に顔料を浮かせて動かしている。メダルゴーレム自体が本体を動かせばスカイトラベラーもある程度自由に移動できる、というわけだ。
そうやって俺達を出迎えた後、スカイトラベラーは床から飛び立ち柱から天井を通って画廊の奥の方へと飛び去って行った。騙し絵なので特定のポイントに来た時に見せる想定で動かしているが……立体的に感じるので存在感があるな。
「中々に愉快な趣向よな」
エルドレーネ女王の言葉に、一同笑顔を見せる。スカイトラベラー自体、道案内してくれるとか、会えると縁起がいいとか言われているしな。エントランスから入ってきたところで歓迎してもらったので和んでいる面々も多いようだ。
そうして、みんなで画廊を見ていく。
飾られている絵に関しては大きく分けると肖像画と風景画、それから騙し絵、更に各地であった事件や思い出を再現したものに分かれるだろうか。まあ、シグリッタの絵の場合は大体が記憶の再現ではあるのだが。
絵を見ながらある程度その話題が膨らませられるように、風景画と各地での思い出を再現した絵については地方ごとに纏めて展示されている。
肖像画についても皆で眺めて楽しめるように肖像画というカテゴリで同じ区画に配置してある、というわけだ。
夕暮れの王城セオレム。シルヴァトリアの雪景色。陽炎に揺らぐバハルザードの砂漠。日の光が差し込むエインフェウスの大森林。海の都と光る珊瑚礁、星々の海と月の荒野――。
ルーンガルドや月……あちこちの風景は俺達の足跡でもある。
「ああ……。どれもこれも、見たことのない景色です」
「魔界にも同じ特徴を持つような場所もあるが……やはり明るい場所だからか、受ける印象は大分違うな」
「それは確かに。私達は元々水脈から遠出はしない面々が多いですからな。ルーンガルドの景色となると尚の事新鮮と申しますか」
ノプリウスが言うとメギアストラ女王が答え、オービルが顎に手をやって頷く。
「おお、この絵は?」
ムーレイが興味を示したのはドラフデニア王国で戦った時の光景だな。
「それは隣国ドラフデニアで戦った黒い悪霊、ですね。亡国の暗君が自らをアンデッドと化した姿で……僕と一緒に描かれているのはレアンドル陛下とグリフォンのゼファードです」
他にも……シグリッタ達と行動を共にしていなかった時の出来事を描いた絵もあるが、これは参考にしたいと言われて幻影で見せたものだ。
「ん。視点は違うけど、私の記憶とも大体同じ」
「シグリッタの技量もだけれど、テオドールの幻影も再現度が高い、ということね」
それらの絵を見て言うシーラの言葉にローズマリーも同意する。
「色々あったからか……絵で振り返ると懐かしい気持ちになりますね」
と、母さんの家が描かれた絵を見ながらグレイスも目を細める。
「あ、クシュガナのおしろ!」
画廊を回っていくと、リジーが嬉しそうな声を上げ、周囲の者達が微笑ましそうな表情になる。
魔界のあちこちを描いた絵もあるが水脈都市クシュガナについては入口――高所から見た風景が印象的だったからか、水の友を迎えるためにシグリッタも頑張って描いたようだ。
やはり海の民も水の友も自分達の知らない水棲種族の住居は気になるようで。互いの住む場所の絵を見ながら質問をしたりと、楽しそうに言葉を交わしていた。
ネレイドの里の絵など……展示して構わないと当人達から事前に許可を貰っている。里に繋がる通路などが分からなければ良いのだし、画廊自体もまだ一般開放されているわけではないからな。
まあ、実際の絵を見て貰わないと秘密にしたいものが描かれているかどうか分からないというのもあるので、今日はその辺を確認してもらうのも兼ねている。シグリッタはその辺描く時点で気を付けてくれているので、特に問題があるという指摘も出なかったけれど。
「どの絵も温かみがあると言いますか、優しげな印象を受けますね」
「確かに。綺麗な色使いもですが、見ていて安心すると言いますか」
と、絵を見て回りながらロヴィーサが微笑み、ミリアムがうんうんと頷く。シグリッタの絵に関する印象はやはり、綺麗だが温かみを感じる、というもののようで。その辺も好評なようで何よりだ。
そうやって巡っていくと……二階に続く階段に到着する。一階のエントランスから画廊を巡り……二階部分を階段から出口のエントランスに向けて移動する事で一周、となるわけだ。
二階部分は肖像画と共にトリックアートが多く飾られている。三階には行けないように階段部分に壁を作って通行止めになっているが、そこにトリックアートを仕込んで、雲間に消えていく階段を描いたり。
画廊の天井部分が崩れ落ちて床に瓦礫が積もっているような絵が描かれていたり。これは天井と床の両方に描かれたトリックアートだ。天井部分の割れた部分に月と星空が覗いていたりして、よく見るとゴーレムアニメ方式で星の瞬きまで再現されていたりするな。
壁に描かれた謎かけを元に正しい答えを選ぶと絡繰りで扉が開いて、中には金銀財宝――の絵が、という展示室もあったりして、画廊というよりは少しアトラクションとしての要素があったりする。絡繰りに関してはコマチが手伝ってくれた。
「一階の絵も温かみがある絵が多くて好きだけど、騙し絵も楽しいな」
「確かにね。みんなも楽しんでくれているようだし、交流会が盛り上がって良かった」
カティアが楽しそうに言うと、ヘルフリート王子も笑って同意する。そんな調子であれこれ見て回り、出口に差し掛かると、入り口で飛び去ったはずのスカイトラベラーがいて。今度は夫婦で出迎えてぺこりとお辞儀をしてくれる。天井の隅には雛達が顔を覗かせる絵もあったりして、それに気付いたみんなが表情を綻ばせるのであった。