番外1084 水の友と魔王国の歴史
演奏の後に俺達が向かった湖底の滞在施設についてはグランティオスの宮殿を参考にしている。俺達も過ごせるようにサロンとして作った大部屋には空気があるが――プールも併設されていて、水棲種族は水に浸かりながらのんびりと陸上の面々との会話も可能という仕様だ。
「月では――まず外界に空気が流出しないようにする事が重要ですね。空気がなければ他の事以前の問題ですから。住環境に直結していますし食糧や水の生産の前提でもあります」
オーレリア女王が月の環境維持についての話をする。オーレリア女王とオービル達、水の友の各族長は歓談の時間という事で湖底の滞在施設に到着すると、早速そうした会話をする事にしたようだ。
月の場合は食糧と水については魔力送信塔からの支援を受けて魔法技術で補い……余裕が無ければ多数、或いは何人かが持ち回りで計画的に眠る事で維持するといった方法を用いている。まあ、迷宮を造り上げた月の民だからな。閉鎖された環境でも衣食住を構築するノウハウは持っている。
「なるほど……。地下水脈内部はかつて……というより今もですが、外敵の隔離と内部の水質浄化を命題としてきました。水流があるからこそ継続的な浄化もできているというわけです」
オービルがオーレリア女王に答える。地下水脈の維持については魔王国に存在を認知されて編入される前の方がやはり大変だったそうだ。
水の友はその頃から協力し合っていたが、陸に生きる種族からは身を隠していたから地上の資源は不足しがちだったし、外海との隔離も完璧ではなく……時々中型の危険生物に察知されて地下水脈内部に侵入され、戦いの中で犠牲になる者もいたのだと言う。
「近年では魔王国の支援もあって安定していますな」
紋様魔法を全域に施すだけの資源も、強固な外海との隔離も魔王国に組み込まれたからこそ実現できたらしい。魔王国も水脈がある事で安全且つ高速の輸送路という物流が確保できるという事で、組み込まれる事は互いにとっての利益になっているそうだが。
「水の友が魔王国に組み込まれたのは、3代前の魔王の頃の話ね」
と、ジオグランタのスレイブユニットが教えてくれる。
「3代前と言いますと……メギアストラ陛下がセリア様と面識を持つ前の代、という事になりますか」
「うむ。歴史書では水の民が、外海から侵入した外敵から子供達を逃すために地上に出て……魔王国の知るところとなったとされている。まあ……ジオは水の友の存在自体は知っていたようだが、それが公に知られる事はまた違う、という事だ」
「あの子達には……魔王国に手出しをするだけの戦力や動機がない事は理解できていたからね。私は魔界の維持のために魔王と共にいるけれど、だからこそ種族それぞれに対してはできる限り中立という立場を取っている。代々の魔王もそれを理解しているからこその魔王ではあるわ」
俺が尋ねると、メギアストラ女王とジオグランタが答えてくれる。ティエーラやコルティエーラ、マールも納得したように頷いていた。
そこは始原の精霊とその協力者だから、というわけだ。
ジオグランタはティエーラと同じく生命種全体の繁栄を望んでいるし、なるべく干渉もしない代わりにそれぞれの自主性も重んじている。
そして、それと同様に、魔王国と水の友が手を取り合うならば、その選択を尊重する、という事でもあるな。
「その後がどうなったのか気になるであります」
「当時の魔王が自ら水脈に乗り込んで外海の危険生物と交戦。これを排除した、とある。子供達も助かったそうだ」
リヴェイラが尋ねるとメギアストラ女王が笑って答えた。
「良かった……!」
「そうですね。安心しました」
「そうした経緯があるからこそ、我らの先祖も魔王陛下に敬服したのでしょうな」
ユイとアシュレイが微笑むと、オービル達も首肯する。
「ふむ。それに関してはテオドール達とも似たところがあるな」
メルヴィン王が言うと、海の民や魔王国の面々も頷いていた。自ら戦って、という部分についての話、だろうか。
ともあれ、それから色々とオーレリア女王とオービル達は技術的な話も交わしてお互い笑顔になっていた。技術交流をするという事で話が纏まったようだ。
そうして真面目な話をしたり歴史に触れたりする一方で……オービルの娘――リジーも族長の娘という事でやってきていたが、まだ少し幼いという事もあって真面目な話からは外れて楽器についての話をしているようだ。
先程演奏に使った石についてはリジーも知っているようで、イルムヒルト、ユスティア、ドミニク……それにセイレーン達といった面々を交えて石の解説をしてくれているようだ。にこにことしているシャルロッテも混ざっているが。
「これをにぎってね、おもいをこめるの」
と、リジーが少し舌足らずな口調で、体格に比して少し大きめの石を振りながら、使い方を説明してくれる。
あの石は漣石と言って、水路内部のとある区画で採掘ができるらしい。光沢のある、丸みを帯びた石で、マーブル状の模様がある。原石を磨いて、ああした丸い形に整えて使うとの事だ。
オービル達が演奏でやっていたように、軽く打ち付けて音を鳴らしたり、擦り合わせたりしながら、魔力の込め方で音の高低や長短を調整するそうだ。
少しばかり練習が必要という話だが、リジーは幼いながらも器用に簡単な曲を演奏してみせた。みんなが喜ぶとはにかんだような笑みを浮かべるリジーである。
漣石についてはお土産としても持ってきてくれているそうで、代わりに竪琴や石琴など、海の民の楽器と交換するという事で。そうして互いの楽器の使い方を教え合ったりして、交流会は随分と盛り上がっていた。
歴史や技術関係、音楽談義で盛り上がった後はフォレスタニア城での会食だ。船着き場に料理を用意してもらっている。
魚介づくしの料理の数々だ。焼いたり揚げたり蒸したりといったものもあれば、新鮮な食材に醤油を垂らして網で焼いたりといったものも用意している。
「ああ……この調味料の香りは良いですね。匂いだけで食欲をそそられると言いますか」
ペディオ族の面々が言う。醤油の香ばしい匂いがあたりに立ち込め……シーラは耳と尻尾を反応させつつ深呼吸をしたりしているが。
「今日用意した食材に関しては迷宮産の物が多いのです。ユイやヴィンクルが修業を兼ねて調達に行ってくれたんですよ」
「おお、それはまた。これだけの食材を集めるのは大変だったのでは?」
ボルケオールが尋ねると、ユイは屈託なく笑って答える。
「ヴィンクルちゃんやリヴェイラちゃんと一緒だったから、狩り自体はそこまで大変じゃなかったかな? 目標だった手加減も、きちんとできたし」
と、ヴィンクルやリヴェイラと頷き合うユイである。リヴェイラも同行して閃光や暗闇で迷宮魔物を幻惑するといった方法で手伝いをしていた。
光と闇を扱えるのはまあ、冥府の女王直接の眷属となったからこそだな。普通のランパスと違って、他の冥精にも通じる力も宿しているリヴェイラである。
食材調達の裏話をしている間にカートに乗せられた料理も次々船着き場に運ばれてくる。鯛や貝の炊き込みご飯等、基本的な料理は主食や副菜問わず魚介類がふんだんに使われているが、デザートも用意しているので楽しんで貰えたらというところだ。
そうして各々に配膳が行き渡ったところで食事の時間となった。
「おお……。何とも調味料と魚介類との相性が良い……」
「これは――。ルーンガルドの食文化……素晴らしいものです」
と、醤油で味付けされたサザエを口にして喜びの声を上げるムーレイと、炊き込みご飯を口に運んで驚きの表情を浮かべるノプリアスである。
水の友の面々にも喜んで貰えているようで何よりだな。