番外1083 湖底の演奏会
交流会のために広場に集まっていた面々が美しい旋律と歌声を響かせる。
セイレーンの竪琴を中心に、深みの魚人族が石琴を鳴らしたり、マーメイドやネレイドがパラソルオクトと踊る。
それぞれの持つ声の高低に分かれてハーモニーを響かせ……踊りも音楽に合わせた、中々に凝ったものだ。光の粒もまた、音楽に合わせて舞う……何とも幻想的な演奏だった。
合同練習の成果だな。交流会の最初に歓迎の意味で披露するから、グランティオスの海の都やタームウィルズ、フォレスタニアで演奏に参加する面々が集まって練習を積んでいたのだ。
元々セイレーンはハーピーや迷宮村の面々と合同練習もしていたし、劇場での公演もしていたから、ああした舞台装置の魔道具による演出も熟知している。
舞台装置を使って演出もするという事で、ハーピー達もアドバイザーとしてセイレーン以外の種族に協力しているそうだ。
そうやって練習を重ねた事もあって演奏はかなり見事なものだ。セイレーン達の歌声は流石の一言だが、中心になったり他の種族の歌声にハーモニーを当てたり、演奏のみに集中して引き立てたりもしていて……歌に優れているからこそ、多種族の交流会に相応しくサポート役に回ったりもしているな。
今の歌声も呪歌というわけではないが他の種族の声と見事に調和していて、聞いていて心地が良い。
セイレーンは他種族との交流や公演もあって、レパートリーも増えているから……交流会らしい、楽しげで賑やかな曲から始まり、静かで美しい旋律の曲、アップテンポな曲と色々披露してくれる。
「ああ。これは素晴らしい……」
「綺麗な歌声――ですね」
魔界から来た水の友は劇場での公演も初めてなので、光や泡を交えた演出に目を奪われているようだ。やはり芸術方面だしマーメイドやセイレーン、ネレイドといった面々はパペティア族にとっても美しい姿をしているからか、カーラも演奏に聞き入っている様子であった。
「ふふ、ソロンさん達やレンフォスさん達も楽しそうです」
と、エレナが表情を綻ばせ、マルレーンが笑顔でこくこくと頷く。
「確かに……これは良いな」
舞い踊るパラソルオクト達と楽しそうに戯れるように踊る魚人族や深みの魚人族達。
パラソルオクト達は……何というか、目を細めて笑顔になっていたりするのが分かるというか、感情から出る表情の作り方が意外と人と同じで分かりやすい。小さな身体でかなり俊敏に泳ぐのだが、くるくるとその場で回ったり身体を大きく広げて色とりどりの身体を見せたり……観客の事を意識しつつも楽しそうだ。
魚人族達についてはどちらも戦士の一族ということもあって……体格が良くてやや強面の印象が強いものの、彼らが泳いだところにパラソルオクト達が連なって続いたりして……弧を描いたり、身体の周りを舞ったり。一緒に楽しそうに踊る姿は微笑ましさや温かさを感じさせるものであった。
恋慕を題材にした静かな曲では――綺麗な歌声を響かせるカティアに、パラソルオクト達がそっと舞い落ちるようにして降りてきたと思うと、慰めるように回りをふわふわと舞ったりして。カティアも小さく笑ってパラソルオクト達に手を差し伸べたりして。パラソルオクト達が意外に芸達者というか、表現力が高い。
恋慕を題材にした曲も……地上の人間に恋をしたという内容で、ヘルフリート王子は少し頬を赤らめて照れているのかカティアに見惚れているのかといった様子だが、いずれにしても多種族交流の場と考えると相応しい内容だと思う。先程のヘルフリート王子とカティアの口上もあって大いに盛り上がった感があるな。
海の民の演奏が一通り終わると、参加した種族達が広場中央に並んで一礼する。俺達は広場の外周に造られた扇状の階段席からそれを見ていたが、みんなで歓声を返す。水の中なので拍手はしにくいけれど、歓声に関しては水中呼吸の術などもあって問題なく感動の意を伝える事ができるというわけだ。
「いやはや、素晴らしいものを見せて頂きました。返礼、というわけではありませんが、我らも交流会に備えて歌や踊りの準備をしてきたのです」
歓声が落ち着いたところでオービルが水の友を代表して言う。
「良いですね。是非お聞きしたいです」
「ふふ。呪歌や呪曲を使える種族がいるわけではありませんが」
そう言って……今度は水の友が広場中央に。階段席に海の民が座る。
まずは口上からという事で、一礼をしてからオービルが口を開く。
「今日はこのような温かな歓迎の場を設けて頂き……素晴らしい歌曲まで聞かせて頂いて、我ら一同、とても嬉しく思っています。先程も申し上げた通り、呪曲を操る種族はおりませんが、歌や踊りを好むのは我らも同じ。返礼という事でお聞きいただけたら幸いです」
「ふふ。今日は特別だな。演出用魔道具があると聞いたので余も幻術で手伝う事にした」
メギアストラ女王も楽しそうに笑う。幻術で演出の支援をするというわけだ。メギアストラ女王は水の友の面々に先んじて境界劇場を見ているからな。
そうしてみんなが見守る中で、水の友の演奏が始まる。ケイブオッター達は何か、光沢のある丸い石のようなものを手と手で打ちつける。
何というか、ラッコらしい仕草というか。打ちつける度に澄んだ音色が鳴り響き……材質なのかそういう風に加工されているのか、魔力の込め方で響く音色の高低が変わる仕組みのようだ。リズミカルに打ち鳴らされる音が小気味よく響き渡る。
ムーレイとノプリアスが鋏を打ち鳴らして打楽器の代わりを務め、ペディオ族の面々が歌声を響かせ……何とも楽しげな雰囲気だ。
打ち鳴らされる音に合わせてメギアストラ女王の幻術が煌めきを放つ。聞いているだけでリズムに乗りたくなるような、楽しげな曲が披露された。
魔界の……それも水の友の楽器か。中々貴重なものを見せて貰っているように思う。打ち鳴らすだけではなく、重ねて擦るようにしてまた違った音色を奏でられるようで。独特の澄んだ音色が面白い。
歌う面子が入れ替えられて、今度はノプリアスが澄んだ歌声を響かせ、静かな曲を情感たっぷりに聞かせてくれた。
水の友の歌は――家族や友人との絆や団欒を題材にした曲が多いな。交流会の目的故にそういった曲を選んでいる、というのはあるかも知れないが、水の友に関しては魔王国が今の形として成立する前から地下水脈内部で相互扶助をしてきたようだから、助け合いの精神がかなり根付いているようだ。
地下水脈に関しては外海からの外敵侵入を防ぐ役回り、水路を整備する役回り、食糧を増やす役回り、浄化する役回りと、魔法技術を抜きにしてもそれぞれの種族の持つ能力を持ちより、仕事を分担してきたらしい。
外海の危険生物の感覚器官を誤魔化したり、地下水脈の外壁の修繕や補強を重ねて……今は魔王国と統合されているのでそうした危険生物への対策も色々と講じられているが、過去には迷い込んできた外敵に一致団結して当たったりといった歴史もあるそうな。
だからというか、こうした友情を扱った歌曲が多いのも納得だろう。そうして海の民と水の友、それぞれ歓迎とその返礼も終わり……今度は海の民から水の友へと大きな歓声が広場に響いたのであった。
この後は――湖底施設の迎賓館にてしばらく歓談の時間を取っている。食事についてはフォレスタニア城で用意しているので、そちらで食事をとって、それから夜にはフォレスタニア城見学の予定だな。タームウィルズとフォレスタニア観光共々、楽しんでもらいつつ、友好関係を深められたらそれ以上はないな。