番外1082 湖底の交流会
フォレスタニアの街中を通り、陸の部分を少し案内しながら城へと向かう。城内を案内しつつ、船着き場を通って湖底へと移動するわけだ。
「タームウィルズの迷宮前広場で紹介したのと同じように、フォレスタニアにも劇場が造られています。これらの劇場は、それぞれ鑑賞できるものの種類が違っていて特色がありますので、交流会が終わった後で予定を組んでいますよ」
「楽しみが目白押しですな」
「劇場はどちらも楽しいですよ」
と、俺の言葉にアザラシのペディオ族――カオロが答え、ロヴィーサが少し笑って補足説明をすると、水の友の面々は馬車の中から劇場に期待するような視線を送りつつ進んでいく。
ちなみにタームウィルズ側の境界劇場に関しては、今現在イルムヒルトは出産を控えて休んでいる。代わりにハーピーやセイレーン、ラミアの面々からゲストを呼んで演奏してもらっているわけだ。
流石に毎回公演に出ているイルムヒルト程にはユスティア、ドミニクとの連係が完璧とまではならないものの、みんな歌声や演奏も綺麗で、それぞれの得意とする楽器も披露してくれる。
観客の反応は気になるところではあったが、蓋を開けてみれば境界劇場の常連はイルムヒルトの応援もしてくれているそうだし、毎回変わるゲストを目当てに新しく来てくれる層も増えている、との事で……そうした応援の声や新規のお客様はありがたい話だな。
ゲスト演奏者については好評だからな。イルムヒルトが公演に復帰しても、そのままゲストを招くのは継続しようかという話になっていたりする。
そのまま冒険者ギルド、運動公園や鎮魂の神殿を巡り、その解説を交える。
「神殿については、先に戦いがあったと伺っています」
「そうですね。元魔人達の鎮魂と慰霊を目的として建てられたもので……今は和解と共存を目的として動いていますから、その一助になってくれたらと――そう考えています」
俺がそう言うとオービル達は感じ入るように目を閉じる。
「魔王国でも和解や共存を目的とした碑が建てられていてな。我らにとっても理解や共感をしやすく、また応援したいものだ」
メギアストラ女王が言ってメルヴィン王やジョサイア王子、エルドレーネ女王も静かに頷く。魔王国は多種族からなる国家だからな。
今の魔王国の姿になる過程――歴史を考えるなら、そうした目的の碑を残すというのは分かる話だし……それで魔王国の面々からも応援してもらえるというのは嬉しい話だ。
そうやって話をしながら城に続いている橋の前までやってくる。馬車に乗っての移動はここまでだ。馬車で橋の中央部を通って正門前まで乗り付けられるが、折角だから動く歩道も体験してもらおう。
「この橋の歩道については運動公園と同じ術式を使っています。城に続く橋なので遊びには使わないように運動公園を改めて造りました。体力と魔力を同時に鍛えられるという副次的な効果もありますから運動の励行には丁度良かったと言いますか」
「ほうほう」
と、感心するオービル達である。そうして楽しそうに滑る歩道に乗ってみんなで城まで移動する。転倒しないように術式は組んであるが、グレイス達はフロートポッドに乗っての移動だ。
「おお。水に暮らす私達でも問題なく移動できるのは面白いですな」
「水流に乗っている時のようで楽しいですね」
ムーレイやノプリアスが歩道の上を滑っていく。
「楽しんで貰えているようで何よりね」
その姿を見て頷くローズマリーである。
「人化の術がなくても色々な種族が使えるように術式を組んであるからね」
この辺は様々な種族の来訪を想定しているから魔王国の面々にもマッチしたというところがあるな。
腹ばいになって滑っていくティールを見ながら少し笑って答える。マギアペンギン達の場合はあれが普通の移動法であったりするからな。コルリスとアンバーはぺたんと地面に座ったままで滑っていったりしていたが、慣れているというのもあるだろう。
そうして城に到着すると、待っていた城のみんながやってきた魔王国の面々を歓迎する。水竜親子やマギアペンギン達。それにシャルロッテも良い笑顔で歓迎の挨拶をしているが。
「これは温かな歓迎、痛み入ります」
オービルが水の友を代表してお辞儀をして応じる。
閉鎖環境での技術周りの話をしてみたところ、是非話をしてみたいとオーレリア女王もフォレスタニア城を訪問してきて待っていたりする。
「月から来ました、オーレリア=シュアストラスと言います」
「メギアストラ陛下よりお話は伺っております。住環境維持の術式に関するお話を、という事でしたな」
「ええ。月もまた限られた空間と資源を有効に活用しなければならない場所です。きっとお互いにとって良い話ができるでしょう」
「有意義な時間を過ごせそうですな」
というわけで紹介と挨拶も終わったところでオーレリア女王やシャルロッテも加わり……中庭を抜けて船着き場へと向かう。マギアペンギン達は雛もいるのでこのまま城に残るが、ティールが代表して交流会に参加するというわけだ。
水の民のフォレスタニア滞在については湖底の施設を利用するので城で客室に案内したり、手荷物を置いたりはしなくとも良い。
そのままみんなも水中で活動するための魔道具を身に着けて、船着き場の水門を開いて湖底施設へと向かった。
「なるほど。これは水質が良い」
「綺麗な水ですね」
と、湖の中に入った水の友の面々は心地良さそうに大きく深呼吸をするような仕草を見せていた。ルーンガルドの海の民や御前、河童達も頷いている。
「気に入っていただけて何よりです」
船着き場から湖底に造られた道の上を泳ぐようにして、建物のある方向へと向かう。
湖底については街並みと共に広場が造られているのだが――そこに歓迎の準備を整えてマーメイドとセイレーン、ネレイド、深みの魚人族で構成された楽団が俺達の到着を待っていてくれた。
代表という形でヘルフリート王子とカティアが前に出て、交流会を始める挨拶――口上を述べる。
「今日という日にこの場所で皆様を迎えられた事、嬉しく思います。改めて自己紹介させて下さい。ヴェルドガル王国第三王子、ヘルフリート=ヴェルドガルと申します」
「ネレイド族のカティアと申します」
ヘルフリート王子とカティアが広場中央でお辞儀をする。
「こうして交流会開会の挨拶ができる事は大変名誉な事であり、恐縮でもありますが……父上や兄上、境界公よりこの場を預けられたことには、明確な理由があります」
ヘルフリート王子は一旦言葉を切り、胸に手を当てて言う。
「僕とカティアは――将来を誓いあっている仲だからです」
そう伝えると、水の友から「おお……」という声が漏れる。
「海で生まれた種である私と、陸で生まれた種であるヘルフリート様の間には様々な困難もある、と思います。諸事情からルーンガルドでは広く伝えられない事もあるでしょう。しかし、今日という日、交流会という場では……そうであるからこそ、二人でこうして挨拶の場を譲って頂いたのだと思っています」
「陸と海……それにルーンガルドと魔界。本来は生きる場所の違う僕達ではありますが――だからこそこうして共に笑い合い、同じ時間と場所を共有する事ができるというのは奇跡であり、素晴らしい事なのだと――そう理解しています」
「私達だけではありません。様々な種族がここには一堂に会している。交流会が今日ここに集まった皆にとって有意義且つ楽しい時間になるように、私達も微力ながら力を尽くしたいと思っています」
「ルーンガルドと魔界。そして陸と海、月にさえ跨るこの同盟の絆が、より一層深まっていく事を喜ばしく思っています」
そう言ってヘルフリート王子とカティアは揃って一礼してから交流会の開会を宣言する。
居合わせた皆から大きな拍手と歓声が響いて、ヘルフリート王子とカティアが揃ってもう一度お辞儀をしてから場を譲ると、集まっている楽団が楽しげな音色と歌声を響かせ始めるのであった。