番外1075 シグリッタの近況
「では、気を付けるのだぞ。そなた達に幸運があらんことを」
『良い日々になりますように』
ベルディオーネ女王が言うと、ヘスペリアもモニターの向こうで微笑む。
シーカーとハイダーの置き換え作業も滞りなく終わり、プルネリウスやディバウンズ、冥精にヴァルロス達。それにカイエンやユウ達、エルリッヒやバルトロ達といった上層と中層の知り合い達が直接、或いはモニター越しに見送りに来てくれた。
「良い日々を、か。冥府では良い挨拶として定着しそうだな」
ローデリックが納得したように顎に手をやって言うと冥府の面々は頷いて、合わせるように「幸運を」「良い日々を」と別れの挨拶として口にしてくれる。
「ありがとう。みんなにも良い日が続きますように」
そう言ってマジックサークルを展開する。現世へと帰るシーカーやハイダー達も並んでお辞儀をして……そうしてアルバート、ユイ、リヴェイラを連れて、みんなの見守る中で天弓神殿へと飛んだのであった。
そうして冥府から帰ってくるとフォレスタニア城に工房の面々も集まっていて。
魔道具の加工設備も城内にあるので、早速というか割合楽しそうにシーカーとハイダー達の新しい水晶板作製とペアリングの仕事に取り掛かっていた。
シーカーとハイダー達も冥府シーカー達に譲った任務が戻ってくるからか、整列して体育座りをしつつ、心なしか嬉しそうにその風景を眺めている。まあ、魔法生物としては役割を求めるのは本能的なところがあるからな。
「すぐに仕上がりますからね」
と、笑顔を向けるビオラに手を振ったりしているシーカーとハイダーである。
水晶板については少し数が足りなかったのでコルリスやアンバーも工房の仕事を手伝ってくれた。コルリス達が形を整えて作り出してくれた水晶板に魔石やミスリル銀線を組み込んでいくわけだ。
「透明度も高くて、厚さも丁度良いね」
コルリス達の仕上げてきた水晶板を確認してそう言うと、揃ってこくんと頷く。構造強化で破損しにくいように加工して、魔道具として扱いやすいように枠と台を形成。
後は台の部分に術式を刻んだ魔石を組み込み、ミスリル銀線を通して接続してやれば形としては完成である。新規の水晶板とのペアリング自体は簡単に進められるしな。
出来上がったものから順次アルバートが契約魔法でペアリングをしていく。シーカーやハイダーに魔石に触れてもらい、組み込まれた術式を発動させるだけだ。
新規ならばそれでペアリングできるしセキュリティ回りの術式もその後に起動する、というわけだな。
そうしてペアリングが完了した順に中継機能を試していく。映像と音声もしっかりと届いている事を確認すれば作業は終わりだ。セラフィナとリヴェイラがシーカーに向かって手を振れば、水晶板モニターにもそれが映し出される。
「問題無さそうだね」
「シーカーさん達も嬉しそうです」
と、机の上のシーカーに軽く手を翳すようにして、ハイタッチをするセラフィナとリヴェイラである。それにエレナが表情を綻ばせていた。
そんな調子で和やかにシーカー達の水晶板モニターを仕上げていたが、それをシグリッタが両手の人差し指と親指で四角く枠を作って、絵にする構図を考えているようだ。
シグリッタとしては、ああして指でフレームを作る方法はキャンバスに絵として記憶を再現する際に便利なようだ。絵画の構図を決めたりカメラの撮影でも使われる技法だが……この辺を伝えてみたところ大分重宝がってくれているようで。
両手で作るフレームの広さ――指をくっつけるか、肩幅まで離すか。それから顔から指までの距離で画角を調整できるノウハウのようなものがある。この辺は景久の記憶にある情報だ。美術部の友人にあれは何の意味があるのかという話になった時に聞かせてもらった知識だな。
シグリッタの場合は視野角を意識しないと見たままを記憶したままに描けてしまうからな。人間の視野は左右に180度ぐらいはあると言われているが、視野で見える範囲内をそのまま絵として再現すると、視界の端にあるものは中心からの距離が遠くなるので超広角レンズを通したような絵になってしまう。
絵にすると不自然に感じてしまうが、映像として捉えている時はそれが自然なのだ。
だからシグリッタとしては記憶を平面としての絵に落とし込む際にどこで絵として不自然にならないようにするかを考える必要があったし、ハルバロニスで絵を描き始めた頃はそれで少し悩んだ事もあるらしい。
こうした知識や手法の他にも、改めてペレスフォード学舎から絵画の教本を借りてきて読んだり、盗賊ギルドお抱えの似顔絵絵師に技法を聞いたりと、絵の勉強をしているシグリッタなのである。
絵画に関する事は映像に関わる話でもあるので、そうした資料や知識については俺も役立たせてもらっている。
「シグリッタの絵も、大分溜まって来たよね」
「色使いも前と何だか変わってきた気がする。綺麗で好きだよ」
「ん……色の組み合わせとか……勉強、した」
シオンとマルセスカが言うと、シグリッタはサムズアップで応じる。
シグリッタが言うには、絵として自然に見せるために多少の嘘を混ぜているのだし、色だって綺麗な組み合わせになったり、伝えたいものがあるなら記憶の色とは全く別の色を使って自由にしてもいい、とそんな発想から色使いの実験をしたらしい。シグリッタの絵画具現化の術は基本モノクロームのインクだし、色使いについては完全に趣味という事で改めて学んだというわけだ。
「シグリッタの絵の変遷も気になるわね」
クラウディアが微笑み、みんなもその言葉に同意する。シグリッタは魔法以外の絵もきちんと勉強をするとの事で、ある程度納得のいくものになったらみんなに見せてびっくりさせたい、と言っていた。意見も必要ということでシオンとマルセスカ、カルセドネとシトリア、それに絵に興味のある同好の士には作品を見せあっているそうだが。
「シグリッタちゃんの絵、好き」
「うん。私も」
と、カルセドネとシトリアがにこにことした笑顔を見せる。
「どうかしら。そろそろ絵は見せられそう?」
フォルセトが楽しそうに尋ねるとこくんと頷くシグリッタである。
「それじゃ、シーカーとハイダー達の作業が一通り終わったらみんなでシグリッタの絵を見せてもらおうか」
「分かった……。見に来て」
シグリッタの私室には描きあがった絵が色々置いてあるらしい。
やや手狭になってきたという話だから保管用の部屋も新たに割り当てている。
というか、フォレスタニア城の一角に、そうした設備を用意して存分に絵を描いたり勉強のできる環境を整えてしまっても良いかも知れないな。
絵画に関しては迷宮村や隠れ里の住民達も興味を示していたりするからだ。そうした面々を同好の士として、作品を見せたりもしている。
文化活動の振興とまで言うつもりはないが、シグリッタの絵に隠れ里の住民達も感銘を受けたりしているようだしな。
自分で描くにしても見る専門だとしても……場合によっては一生を通しての趣味にもなるかも知れないし、才能を開花させたり、生き甲斐にしてくれるかも知れない。そう考えると俺としてはその辺の奨励もしていきたいところである。
「うん。楽しみになってきたな。頑張って仕事を進めていこう」
アルバートが言って、工房の面々も笑顔で頷く。というわけで、仕事が終わったらみんなで美術鑑賞という事になったのであった。