番外1073 魔人達のこれからを
下層拠点内には冥府シーカーも配置されていて。冥精達は既に下層の奥へと向かったそうだ。現世、上層や中層にいる面々とも顔を合わせつつ、腰を落ち着けて話をする。
「第一世代の魔人達とも、少し話をしてきた」
近況報告という事で、ヴァルロスが教えてくれる。第一世代の魔人達。ガルディニスにザラディ、アルヴェリンデやウォルドムといった顔触れだ。盟主であるベリスティオと共に魔人となった最古参達だな。
「どんな様子だった?」
「魔人化が解けているからか、皆落ち着いている印象だったよ。ザラディは――俺の近況を聞いて、安心していたようだったが」
ヴァルロスは少し遠いところを見るような表情を見せる。そう、か。魔人化が解除されてからは、ガルディニスも大人しくしているというしな。色々心境に変化があったのかも知れない。ガルディニスについては仲間内でも野心的で危険視されていたから、折を見て話をしておきたくはあるが。
そして……ザラディか。予知能力を持つ魔人で、テスディロスとウィンベルグから聞いた話ではヴァルロスの腹心という位置付けであったらしいが。
「ザラディは俺がハルバロニスを出奔してから、その時の騒動を聞きつけて俺を探していたらしいな。個人の能力では遠い将来まで見通せるわけではなかったが、儀式と組み合わせることで大まかにではあるが、占いを行う事ができた。それを用いて放浪していた俺を探し出し……色々言葉を交わした」
そうしてヴァルロスが知ったのは、魔人達から見た歴史の裏側や暮らしぶりであるとか……表では語られる事のない情報であったらしい。
七賢者との戦いにベリスティオが封印され敗れた後は一旦散り散りとなり……求心力のある者が派閥を作ったそうだ。
その中では魔人達同士での抗争もあったし、個々人の心の赴くままに暮らす者もいて、結局一つに纏まる事はなかった。
派閥を作って抗争を起こしたというのはやはりガルディニスらしい。海王ウォルドムも自分の得意とする領域である海で眷属を作って建国を始めた。
ただ、そんな中にあってもコミュニティそのものは存在していた。個々人で独立独歩であったから魔人が種として栄えるとまでは行かずとも、一族と呼べる程度には途絶える事はなかったわけだ。
「ガルディニスやウォルドム、それにオズグリーヴを見ていると思う。歪んだ形で長命を手に入れてしまったからこそ、目的が必要なのだろう、とな」
「それがない者は摩耗して疲弊する、か。そういう者達も見て来たな」
「第二世代以降は魔人としての目的があるわけではないものね。心を動かす興味が、戦いや食事に向くというのは分かるわ。覚醒して敵がいなくなってからは私も退屈していたから……私もいずれはそうなっていったのでしょうね」
ヴァルロスの言葉にゼヴィオンとルセリアージュが真剣な表情で言うと、リネットも目を閉じる。
「あたしはその点目的があったから問題はなかったが……仮に覚醒したらそうなっていった、かもな」
最初から長寿である種族はそれに適した心の形態を持っているものだが……魔人は長命の種族としての変化がそもそも後天的だ。それに呪いによる精神変容も相まって、目的そのものに喜びや楽しみを見出すというのが中々に難しい。
月の王も長命であるがこれは最初から月の民を纏め、統治するという役割、目的を持っている。それでも迷宮に精神の摩耗を防ぐ手立てを施すあたり、月の王家はそうした問題を理解していたのだろう。
「戦いだけでなく、日々の摩耗の中で自ら命を断った者もいる。第一世代でなくとも、古参と呼べる者達はまだ現世にいるのだろうが……目的か。確かに、そうだな」
『何と言いますか。些か悲哀のようなものを感じてしまいますな』
ベリスティオの言葉に、モニターの向こうでオズグリーヴが言った。
「そう思うのは……魔人としての特性が抑制されているからだろうな」
『でしょうな。以前の私であればこのようには感じなかったはず』
『だからこそ、ヴァルロス殿に話を持ちかけられた時は目の前が開けて行ったように思う』
テスディロスが言うと、ウィンベルグも静かに頷く。みんなの視線がヴァルロスに集まった。話の続きが気になるのだろう。
「そうだな。俺はそんな魔人達の現状を聞いて憤った。大きな力と自由を手に入れて、血を流してもおいて、何も成していない、とな。現状を変える何かが必要だと思った。俺が自由を手にするそのために払った犠牲もある。無駄にする事は――許されまい、と」
『ヴァルロス……』
その言葉に、フォルセトが目を閉じる。ナハルビアの主城を吹き飛ばした事も払った犠牲であるなら、過去の盟主の戦いで流された血もヴァルロスにとっては同じく犠牲か。
ハルバロニスを出たヴァルロスから見れば、魔人達の現状は納得のいく在り様ではなかったのだろう。
「ザラディもまた魔人達を憂いていたが力が足りず……新参の魔人でしかない俺には情報や人脈が足りなかった」
だから手を組んだ……というよりは、ザラディがヴァルロスの力と考え方に心酔して盛り立てていたようだ。
ガルディニスのように大きな力と派閥を持つ魔人がいるから、上下関係というよりは横並びの協力関係の構築になったようではあるが、あちこち散らばった魔人を集められたのはザラディの協力とヴァルロスの突出した力や来歴が組み合わさればこそ、だったのだろう。
「俺が魔人達の未来を輝かしいものにするのではなどと、占いで予言されたらしいが――」
それがザラディの……ヴァルロスに入れ込んだ理由か。ヴァルロスはそこまで言うと俺に視線を向ける。
ザラディの占いの解釈と、結果として俺との約束によって魔人達に齎された変化、という事だろうか。
「約束は――守っていきたいと思っているよ」
「後始末を頼んでしまったから、悪いとも思っている」
「我らの業を押しつけるような形になってしまったな。改めて言わせて欲しい。どうか、我が子孫らの事を頼む」
「負担とは思ってないよ。二人にも助けてもらったからね」
ヴァルロスとベリスティオの言葉に、俺も頷く。受け継いだ力にしても、ラストガーディアンの力を削った事にしてもそうだ。
『近くに共存している魔人がいると分かれば――信じてくれる魔人もきっと増えていくと思います』
オルディアが胸に手を当てて真剣な表情で言うと、テスディロスとウィンベルグ、オズグリーヴも同意するように頷く。
そんなオルディアやテスディロス達の様子に、ヴァルロスとベリスティオはふと柔らかい表情を浮かべる。
「ああ。だから俺はここにいる事に納得ができる」
ヴァルロスは静かに笑う。納得。納得か。それがヴァルロスの求めていたものなのかも知れない。
そんなヴァルロスの言葉に、フォルセトもどこか安堵したような表情になっていた。
ヴァルロスに関してはフォルセトからしてみると武人として尊敬していた面があったそうで複雑な思いがあるようだが、だからこそその生き方や在り様を心配していたのだろう。
「新しい世代の魔人や、月の民の子孫であるテオドールの封印術が魔人達の力になる、か。何というか、不思議な縁だな」
ベリスティオがそう言って笑って。母さんやみんなも何かを感じるように思索に耽ったり、目を閉じたりしていた。
挨拶に来た形ではあるが、随分有意義な話ができたように思う。下層に来る前に、丁度魔人の解呪と共存についても考えていたが……そうだな。改めてこうした話ができるようになったのだし、ヴァルロスやベリスティオ達にも今後の事を相談してみるというのも良いかも知れないな。