番外1071 任務継承
契約魔法の継承と更新については同じ処理を複数回行うので魔法陣を描いても良いのだが、今回はそれほど数が多いわけでもないので、順番にマジックサークルを展開していく、という事になった。改めて部屋に魔法陣を描かなくても良いし、更新は対話のように長時間かかるわけでもないので、そっちの方が手軽と言えば手軽だろうか。
冥府では魔法処理をした鉱石を使えば魔石粉と同じように魔法陣を描くなどの用途に使えるそうなので、そっちも試してみたくはあったけれど。
というわけでマデリネ達が作った身体に昇念石を組み込んで、シーカー達を起動させると、立ち上がってからぺこりとお辞儀をしてきた。
「ん。おはよう。まずは継承儀式の前に基本能力を試しておこうか」
仮想循環錬気を用いて術式通りになっているか調べておこう、というわけだ。そう伝えると冥府シーカーはこくんと首を縦に振る。
冥府の自然石や建材といった品々も用意してもらっている。周囲との同化とその状態を維持したままでの移動。中継能力等々、シーカーとしての基本能力を一通り試してその魔力の動きを仮想循環錬気で見ていく。
土を入れた箱の端から端への同化移動。石材と同化移動等々一つ一つ試してカモフラージュと隠密性も確認する。潜った土や石の表面を変化させずに端から端まで移動しているのは、表面の形通りに纏った周囲の構造物に変形しながら動いているからだな。
「見た目には問題なさそうだね」
アルバートがシーカーの動きを見て満足げに笑みを見せる。
「魔力の動きと大きさも大丈夫かな。現世シーカーと少し魔力波長が違うだけで、制御術式は同じだし、冥府の環境魔力にも紛れやすい」
水晶板とはまだペアリングされていないが、魔力の動きを見る分には中継機能も問題無さそうだ。
「きちんと術式通りに出来ているようで何よりです」
昇念石の加工を担当したリルケ達が嬉しそうな表情を浮かべる。冥精達の魔法技師としての技量も確かなものだな。では……出来上がった順番に継承の儀式を進めていってしまおう。
「それじゃ、確認し次第進めていくっていう形で良いかな?」
「うん。それで良いと思うよ」
というわけで現世シーカーと冥府シーカーを並ばせ、アルバートと向かい合ってもらう。ウロボロスの石突を床に立ててマジックサークルを展開。アルバートと二体のシーカーを、それぞれ小さな光の円が包む。
「準備できたよ」
そう伝えるとアルバートも頷き、現世シーカーに向かって「それじゃあ――」と前置きしてから言葉を紡ぐ。
「これより汝を魔法で結んだ任務から解き、隣にいる後継者に契約を継承するものとする。異存なき場合、首肯を以って賛意を示すように」
アルバートの言葉に現世シーカーが頷くと足元に展開しているマジックサークルと、二人のシーカーも淡い光を纏う。現世シーカーの纏った光が冥府シーカーの方に引き寄せられるように移って――そうして契約魔法の継承が完了した。
ペアリングしている水晶板モニターの映像にも気を付けていたが、契約の継承が完了すると同時に少しだけアルバートの映っている映像が切り替わった。現世シーカーと冥府シーカーの立っている場所が違うので、視差が生じたわけだな。今は冥府シーカーから映像が送られてきている。
「これで大丈夫です。契約魔法の主体はシーカーとハイダーにありますから、結びついている水晶板の交換が必要になった時はもっと簡単な手順で済みます。保守交換に関しては設計図と使っている術式、手順を記した内容だけあれば問題ないかなと」
「それは手軽で良いですね」
マデリネが応じてくれる。冥府内にモニターを置いて上層から中層、下層、禁忌の地等を監視できるようにしている。
現世からの物品は珍しいが別に御法度というわけでもないし冥精が管理しているので、そのまま残しておいて必要になった時に交換すれば良いだろう。
冥府から現世への中継に関しても継承を行えばそのまま水晶板を使い続ければいいだけなので何も問題はない。
儀式が終わったシーカー達には目印を持たせておこう。土魔法で作った花の模型で問題あるまい。花を受け取ったシーカー達は体育座りで待っている仲間達の近くに行って、自分達もそこに座って待機の姿勢を取る。
『何と言いますか、可愛らしいですね』
花を抱えて座っているシーカー達にアシュレイが表情を綻ばせ、マルレーンもにこにこしながら同意していた。
そんな調子で、順番に組み上げられた冥府製のシーカーとハイダー達の能力を確かめ、同じように継承の儀式をしてから目印を渡して任務を交代させていく。
「ふむ。ノーズとサウズも置き換える予定なのかな?」
「ノーズとサウズは双子である事が結び付きの条件になっていますから、置き換えは難しいかなと。冥府との行き来に関しての安全策にもなっていますし、保留でもいいのかなと思っています。ノーズとサウズにはベル陛下との契約魔法を組み込むのも良いかも知れませんね」
と、ベル女王の言葉に答える。
冥精達にシーカーとハイダーを利用してもらうのとは違って、ノーズとサウズは俺達が冥府との接点を作って調査する目的で作られた物だ。
だから今回置き換える意味はあまりない。上層にいきなり移動してくるなど、利便性を高める事に繋がっているし、いざという時は現世側か冥府側に両方とも移動させればそれだけで行き来を制限できてしまう。まあ、召喚術式関連の手順を俺が余人に伝えなければ、という但し書きが付く話ではあるのだが。
冥府との交流を悪用させないように安全策を講じる事にも繋がっているので……これで良いだろう。
「ふむ。それは確かに」
ベル女王は納得したというように言う。契約魔法の内容については不都合が出ないようにもう少し慎重に考える必要のあるものなので、今この場で決めなくとも大丈夫だろう。
置き換え作業も順調に進んで行き、そうしてシーカーとハイダー達の任務継承も一通り完了する。
「では、この子達を元いた場所に送っていけばよいわけですね」
天使達が言うと、冥府シーカーと冥府ハイダー達が立ち上がってやる気を示すように頷いていた。
「うむ。禁忌の地のみは念のために連絡を絶やさぬようにシーカーとハイダーを残していたから、交代で引き揚げてくる事になるな」
「承知しました。では、再配置と最後の子達の迎えに行ってきますね」
そうして冥精達が冥府シーカーと冥府ハイダーを抱えて部屋を出て行く。ユイが「行ってらっしゃい」と手を振ると冥府シーカー達は短い手を振り返していた。任務を継承した現世組のシーカーとハイダー達も手を振って冥府組を見送る。
道中に関して上層と中継が繋がっているので安心だな。まあ、今の冥府は平和だから問題はないだろうけれど。
そんなわけで、禁忌の地から最後のシーカー達が冥精と一緒に戻ってくるまで俺達も待機だ。一泊もすれば戻ってくるだろうという事で、今日は冥府に滞在予定である。
アルバートもエステル王妃と再会できたわけだし、のんびりして貰えば良いだろう。
「それじゃあ、今日のお仕事は終わりかしら?」
「そうだね。少しのんびりできると思う」
そう答えると母さんが笑みを見せる。母さんも今現在、冥府上層で力を高めるために修業中との事だ。杖が出来上がったら修業も本格化するらしい。
「リサ様の杖に関しては今現在、鋭意製作中です」
と、リルケが笑みを見せる。
「何だか、かなり力を入れて作ってくれているみたいなのよね」
「仕上がりが楽しみなことよな」
母さんの言葉を受けて、ベル女王が顎に手をやって言う。何というか、マスティエルとの戦いで高まった好感度がそのまま母さんの杖作製のモチベーションに繋がっているような気がするな。