番外1070 王子と絆
「では……これをお願いしますね」
お互いに自己紹介を終えてから冥精達にシーカーとハイダーの術式を書きつけた紙を渡していく。
シーカーとハイダーを冥界産に置き換えるのはメンテナンスをしやすくする意味がある。現世から持ち込んだものの取り扱いについては、そこまで神経質にならなくてもいいらしいから、この紙の扱いもあまり気を遣う必要はないようだ。冥精達が現世から持ち込んだものが多少は存在しているのだし。
「ありがとうございます。では拝見しますね」
天使達は紙を受け取ると、その内容に目を通していく。天使やブラックドッグ……今日この場に集められた冥精達は現世における魔法技師のような技能を持っているらしい。というより、生前魔法技師だった者達とも交流を持って意見交換や技能習得もしているとの事で、冥府において魔道具が必要になった時にその作製を担当している、というわけだ。
冥精達はしばらく紙の術式に目を通していたが、やがて一同の中のチームリーダーである天使――リルケが顔を上げる。
「なるほど。シーカーさんは機動力、ハイダーさんは継続力に特化している、という事でしょうか?」
「そうですね。潜入用がシーカー。配置して長時間活動させる事に重きを置いたのがハイダーです。任務の性質上、隠密性もハイダーの方が高くなりますか」
ハイダーの方が活動に力を使わない分、魔力反応も小さくなるし……そもそも定点での監視役なので動き回るという事をしないしな。
しかしまあ、書きつけた術式からその辺の事を正確に読み取るあたり、リルケの魔法技師としての実力は確かなもののようだ。
「それと、シーカーとハイダーの姿についてなのですが、魔法での結び付きがなされていれば問題ないので、姿形を現世版と全く同じにする必要はありませんよ」
「というより、見分けがついた方が、かえって良いかも知れないね」
「確かに。新しい姿もみんなで考えていこうか」
アルバートとそんな会話を交わす。
「ああ、それは楽しそうですね」
俺の提案にそう答えたのは、尻尾を大きく振っているマデリネだ。ブラックドッグ達はこれで手先も器用で、工房で言うならビオラ達のような役割としてこの場にいるそうな。
マデリネは尻尾から大分感情が分かりやすいので、モニターの向こうでそれを見ていたイルムヒルトも相好を崩し、シーラも腕組みをしつつ目を閉じてうんうんと頷いていた。
と、そこにベルディオーネ女王と先王ローデリック、そして母さんと……第三王妃のエステルが姿を見せた。アルバートとマルレーンの実母だ。
「ああ……。母上」
「いらっしゃい、アルバート」
驚きの表情を浮かべるアルバートにエステルはそう言って微笑む。マルレーンがモニター越しに微笑んで頷くと、エステルもまた目を細めて。アルバートをそっと抱擁していた。
「立派になったのね。ヴェルドガルの人達のために役に立てるような人になりたいって、小さな頃のあなたが、そう言っていたのを覚えているわ。夢を――叶えたのね」
「そうなれていると……母上に思ってもらえるなら、こんなにも誇らしい事はありません。母上にまたお会いできて、嬉しいです」
アルバートの口調は落ち着いていたが、少し目尻に涙が浮かんでいた。マルレーンもにこにこと微笑みながらも少しだけ涙を拭って、やはり涙目になっているオフィーリアと抱擁しあっている。何度かエステルとはモニター越しに話をしているが、やはり顔を合わせると違う、という事なのだろう。
「マルレーンの事も守ってくれて、ありがとう」
「母上にそう言っていただけるのは……嬉しいです。守っているつもりが僕自身もマルレーンとオフィーリアに支えられていました。二人や……それにテオ君との出会いがなかったら、僕も魔法技師としてどこまでの事ができたか」
アルバートの言葉に、エステルは目に涙を浮かべつつ静かに微笑む。
「アルバート殿下も再会できて良かった……」
「……うん。本当に」
「良かったであります」
「アルはずっと努力してきたからね」
その光景を眺めながらほっとしたように言う母さんに、ユイとリヴェイラが応じて。俺も頷く。
王位継承からは距離を置きながら、自分にできることをと。そう模索し、努力した結果がアルバートの今の在り方だ。
「テオドール公にも改めてお礼を言わなければなりませんね」
「いえ。僕もアルやマルレーンにはいつも助けられていますから」
だから礼には及ばない。明るい二人の性格や人柄は俺にとっても励みになってきたし、これからもきっとそうなのだろう。沢山の人に助けられて、支えられたと。そう言うのであれば俺も同じだ。
「そういう事ならこれからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
と、エステルとお辞儀をし合えば、モニターの向こうのみんなも、周囲の冥精達も温かい拍手を送ってくれた。それから、穏やかな表情で拍手を送ってくれていたローデリックと向かい合う。
「ローデリック様もお元気そうで何よりです」
「そうだな。調子も大分良くなってきた。深淵に想いを届けてもらったからか、回復も早いようだ」
「ふふ。テオドールのお陰よな」
ローデリックと共にベル女王が笑う。
冥府を司る役割は既に負っていないが、それでもローデリックからは重厚な魔力を感じる。冥府で休養して調子も戻ってきたか。
マスティエルから切り離す際の術式も想いを届けるというものだったからか、精霊であるローデリックには良い影響を残しているようで。
そうして再会の挨拶も終わったところで、シーカーとハイダー達のデザインを決めようとしていたところだと伝えるとみんな嬉しそうに応じてくれた。
ベル女王とローデリックとしては「自分達が意見を出すとそれに決まってしまいそうだから方向性だけを」との事で。シーカー達の面影を残しつつも冥府らしい姿をしているのがいいのでは、とそんな風に言ってくれる。
「冥府らしい……うん」
と、納得している母さんであるが……何となく考えている事が読めるような気もする。
ともあれ、みんなでこんな姿をしているのが良いのではと話し合い、最終的にはシーカーとハイダーの姿も決まる。
完成予想図としては、デフォルメした動物の骨を被ったシャーマン風のシーカーとハイダーとなった。被っている骨の兜は周囲に同化する時に質感や色も変えられる仕様なので作戦行動中は目立たない。シーカーとハイダーのデザインを踏襲していて、短い手足は共通だ。このへんはオウギにも受け継がれている部分ではあるのかな。
「私のお墓にある人形と少し似ていて可愛いわね」
『ふふ、確かにそうですね』
母さんの評にグレイスも笑顔で頷いていた。骨の種類は違うが似ているかも知れない。
そうして姿形も決まったところでリルケ達が昇念石に術式を刻んでいき、マデリネ達が集めた素材を使って姿形の造形を始めていく。
「これが終わったら俺達の出番かな」
「うん。丁寧に仕上げていきたいね」
アルバートと言葉を交わす。俺達の仕事は契約魔法の更新だな。ペアリングされている水晶板モニターを冥府シーカーと冥府ハイダーに継承させるわけだ。
俺がマジックサークルで場を整え、契約魔法を構築したアルバートが立ち会って継承を行う、と。まあ、作業というよりは儀式を行うわけだ。
「シーカーとハイダー達には、現世に戻ったら、また違う水晶板と契約魔法を更新してもらうからね」
と、継承する側であるシーカー、ハイダー達に伝えておく。自意識の薄いシーカー達だが、この辺は役目を欲する魔法生物の本能的にも嬉しいらしく、こくこくと体育座りをしながら反応して、みんなも表情を綻ばせるのであった。