番外1067 空を飛ぶその時を
訓練設備と魔力の蓄積装置に諸々の安全策を組み込んでから、バグがないかシミュレーターの確認作業を続けていく。
魔力を送れるという事は術式をそこに込める事も可能という事だ。俺が操船席からシリウス号全体に迷彩フィールドを展開したのと同じだな。
だから魔力の蓄積機能の悪用や破壊工作をできないようにしておく必要がある。
契約魔法で悪意ある術式を行使しないようにし、蓄積される魔力もニュートラルな状態にしておく、と。その辺の安全策を念入りに構築したら一先ず仮想空間上の飛行訓練設備は完成だ。
訓練用のマップも景観を考えつつ構築して、中々良いものになったのではないかと思う。
さて。転移港は一般人の立ち入りが制限されている区画だ。王城と各国への通達を行い、転移港の警備兵に迷宮核による魔法建築の予定があるので、光のフレームの中に立ち入らないように、と伝えれば着工可能となる。
その辺の連絡は、みんなが通信機で進めてくれたので、俺としても迷宮核内部での確認作業に集中できた。
『今回の魔法建築に関しては場所が場所だし、そのまま進めるのが良いのでは、という話が返ってきているわ』
と、ステファニアが返答を教えてくれる。
『わかった。それじゃ、そのまま進める旨、通達しておいてもらえるかな。念のため、作業が終わるまで転移門も一時的に機能停止という事で』
『ええ。任せておいて』
俺の言葉にみんなも頷いて通信機で連絡を送る。
迷宮核によれば魔法建築中でも転移設備には影響が出ないそうではあるが、まあ、建築中は念のために転移港も一時的に機能停止しておいた方がお互い安心だろう。
迷宮核での確認作業を終えて、内部の仮想空間から身体へと意識が戻ってくる。
「ああ、ただいま」
「おかえりなさい、テオ」
「おかえり」
俺が言うと、みんなも微笑んで応じてくれる。
というわけで通信機に各国からの返答が戻ってきたら、移動して迷宮核による魔法建築を進めていく予定だ。工程を見守り、出来上がった実物の確認をする事になるだろう。
「それじゃ、少し休憩しつつ返答待ちかな」
「分かりました。焼き菓子もありますのでお茶をどうぞ」
「ありがとう」
滞在用スペースに移動してエレナに淹れてもらったお茶を飲みつつ、焼き菓子を口に運ぶ。
そうしていると、各国からも『了解した』『転移港の停止については通達を終えた』と返事が出揃う。
頃合いを見て休憩を終えると、ティアーズ達が片付けを手伝ってくれた。ティーセットを流しで洗ったり、生活魔法で乾燥させてから食器棚にしまったり。いそいそと働いてくれるティアーズ達である。
「ふふ。ありがとう。それじゃあ、移動しましょうか」
クラウディアがそんなティアーズ達に表情を綻ばせて言う。
そうして転移魔法によって移動する。マジックサークルが展開して術式が発動。光が収まれば……そこは転移港だ。
「これはテオドール公。来訪をお待ちしておりました」
転移港の警備兵達が俺達の姿を認めて、すぐにやってくる。王城からの通達も既に行っているようだな。
「ありがとう。これからあの辺の地下部分に魔法建築が行われる予定なんだ」
「ああ。だから光の枠が小さめ……という事なのでしょうか?」
迎賓館の横――光のフレームが展開されたスペースを見ながら兵士が尋ねてくる。
「そうなる。地上部分はこれから先も転移門が拡張される可能性もあるし、有効に使いたいからね」
兵士達に答えると、納得したというように敬礼して応じて警備と通達に戻っていく。
地下なら拡張しやすいからな。飛行訓練の需要が多いのなら複製して縦に並べれば設備の増築も可能だし、地下へ繋がる通路も拡張できるようにしている。まあ、増築に関しては設備の確認作業が終わって、その後の運用状況を見てからで良いだろう。
と、そうこうしている内に魔法建築の開始の予告が起こる。光のフレームの輝きが少し強くなったかと思うと、建設予定部分にマジックサークルが広がった。
見せる事を意識した造り方ではないので……恐らくセオレムが建造された時に近いな。施設の天井部分がマジックサークルの地面から生える様に上にせり上がってくる。同時並行的に地下部分も構築されていっているはずだ。
建築様式は全体の調和がとれるように既存の設備である転移港や迎賓館に合わせている。ただ、ギガス族も利用しやすいように扉や地下に繋がる通路は広めに取ってあるが。
「あのハーピーは――飛行船用の訓練施設だから、という事ね」
ローズマリーが入口部分の意匠を見て頷く。訓練施設の入口に、翼を広げたハーピーの意匠が配置してある。大空に目を向けて、どこか楽しそうというか期待に満ちたような。そんな表情にしたつもりでいるが。
「ハーピーが初めて空に飛び立つところを想像して構築してみたんだ」
「良い表情……。ドミニクちゃん達は喜びそうね」
それを見たイルムヒルトも楽しそうに表情を綻ばせ、マルレーンもこくこくと頷く。確かにハーピーのみんなは喜びそうではあるな。
意匠の表情をイメージする際に参考にしたのは……実はBFOで空を飛べるとなった時のプレイヤー達の記憶であったりするが、初めて空を飛ぶ事への期待という点では大きく外れたものではない、と思う。
そうしていると、マジックサークルも集束していき、作業が終わったという事を示すように光のフレームも薄れて消えていく。
「魔法建築は完了ですか?」
「そうなるね。中身も見て確認していこうか」
そう言うとみんなも頷く。扉を開けて施設内に入ると地下に続く階段もあって。そこを降りていくと飛行船の艦橋にそっくりな扉があった。ある程度長時間訓練をしやすいように、地下に降りた所にトイレ等も併設してある。
水分補給ならば艦橋部分に魔道具を設置してあるし本格的に食事や休息を取りたいのなら迎賓館を活用してもらえばいいだろう。
扉を開けば――そこは馴染みのあるシリウス号の艦橋そっくりの部屋だった。
魔力反応装甲の一部を引っ張ってきてあって、そこに衝撃を与える事で魔力供給できるシステムであるとか、伝声管であるとか、その辺も作りこまれている。
但し座席等に関しては、様々な種族がある程度使いやすいように幅の広いものになっているので、どちらかというとオブシディア号に近い仕様だな。俺達の場合なら二人掛けの席としても使えるし、それを想定してシートベルトの形状や固定具も少し工夫を凝らしてある。
みんなも座席についた所で、操船席に移動して確認作業を行っていく。本物の飛行船にはない水晶板パネルが一つだけついており、それが訓練用のメニューを色々と設定できる操作板となっている。
手で触れると、ルーンガルド西国と東国、古代文字や魔界文字と……言語選択のメニューが現れる。多国籍の訓練施設なので色々と言語選択できた方が便利だろうというわけだ。表示形式を変えるだけなのでそれほど手間でもないしな。
文字の翻訳がきちんとできているか、何度か選択し直したりして確認していく。
それから最後に西国で使われている、俺達に一番馴染みのある文字を選択。訓練内容の項目から――まずは離着陸と停泊の訓練を選ぶ。
すると――艦橋内部の水晶板モニターにそれぞれ対応する外の景色が映し出された。訓練用のパネルには次にするべき事の指示が書かれている。まずは安全確認。次に浮遊炉の起動による離陸だ。
「ああ。これは本物っぽいと言いますか」
「確かに。シリウス号に乗り慣れている私達がそう思うほどですね」
アシュレイが表情を明るいものにするとグレイスも首肯する。モニターに見える周囲の状況を確認すると、一つのモニターに兵士が立っているのが見える。
外部伝声管で警戒を呼び掛けると、モニターに映っていた人物が離れていくのが見えた。こうした危険性を無視すると、警戒するように文章を出して注意点を促してくれるわけだ。
みんなのシートベルト装着も確認したところで水晶球に触れて船を動かしていく。浮遊炉の起動と出力調整。この辺の操作感に関して言うなら……普段の感覚のままだ。景色も連動して動く。
「起動と上昇はいい感じだね。普段通りの感覚で動いてくれていると思う」
実機のデータを入力したからか、再現性が高くなってくれているようで何よりだ。このまま色々と訓練項目を試していくとしよう。