番外1064 迷宮を守るために
管理施設にもシーカーによる映像中継を派遣しているので、現地の様子を見つつ迷宮内部の反応を見る事もできる。
現時点では冒険者ギルド的な組織の成立もしていないので、兵士達が迷宮に降りる際の指導等を丁寧に行っている姿が見て取れた。迷宮に入る時間。戻ってきた時間等を記入して、遭難などにも備えているようだ。兵士達に指示を出しているロギの姿も見ることができた。総じて大きな混乱もなく推移しているようではあるかな。
「ロギさんも中々忙しそうですね」
「あれでなかなか楽しそうにしているな。当人は迷宮に潜ってみたいとも言っていたが」
メギアストラ女王がそう言って笑う。
しばらくすると迷宮核の分析も進んだのか、人の位置を示す光点も色を分けて種族を表示してくれるようになった。迷宮魔物の位置もそれぞれ別の色の光点で表示し、更に分かりやすい詳細な立体図を見る事ができる。
「この機能自体は迷宮にもあるものですが、元の術式に迷宮核からいくつか改良を加えてあります。腰を落ち着けながら状況を見ていきましょうか」
「こっちに居住用の区画があるの」
俺の言葉を受けて、ユイもラストガーディアンの間の一角を指し示す。ラストガーディアンの間に隣接された居住用スペースだな。ここはユイの生活用空間である。
ユイが展開された立体図を掴むような仕草を見せると、そのまま光のフレームの立体図が移動していく。そうして壁の一部に触れるとレリーフの部分が空間に溶けるように消えていき、通路が姿を現す。
中に入ればそこは和風の玄関口で。武家屋敷といった雰囲気だ。これはユイの趣味嗜好によるものだな。ユイにとって居心地のいい空間を追究するとこうなるというか。
「えっと、いらっしゃいませ。ヒタカノクニ式の居住区画だから、ここからは靴を脱いであがってね」
屈託のない笑みを見せるユイである。
「ヒタカノクニ……ルーンガルドの東国だったな」
「東国の様子は水晶板でしか見ていないものね」
メギアストラ女王とジオグランタも興味深そうだ。
光の立体図を引っ張って運びながら廊下を通り、襖を開くと広々とした和室に出る。大きな座卓に座布団。壁に円窓……丸い形の窓や障子があって、外には紅葉した楓のある庭が見える。
塀から外の景色は壁に遠景を映しているだけだが、敷地内の庭園等はきっちり造りこまれている。オウギのスレイブユニットがちょこちょこと動いて二体が各々左右に障子を開くと、趣のある庭が目に飛び込んでくる。
ししおどしの音が小気味よく響き渡る、純和風の庭園だ。
『マヨイガさんに似ていますね』
「そうだね。建築様式としてはかなり近いかな」
モニターの向こうで微笑むエレナに答える。さすがに迷宮核で干渉しなければマヨイガ程の構造変化はしないけれど、生活空間として厨房、風呂、トイレ、寝室、収納等、一通りの機能は完備している。
「私はこのお家、好きだな」
「良い雰囲気であります」
ユイが言うとリヴェイラも笑顔を見せる。そうしてユイが座席から見やすい位置に立体図を配置し、俺達も座卓について中継用のハイダーや水晶板モニターを配置する。そこにオウギのスレイブユニット達がお盆に乗せてお茶と菓子を運んできてくれた。
オウギとそのスレイブユニット達は小さな身体でよく動く、という印象があるな。見た目は少し怪しげではあるが愛嬌のある小鬼なので、実際に働いているところを見ると一生懸命という印象が強くて、中々に微笑ましい。ユイもオウギも、和室との親和性も高いというか。
「何か用件がありましたら、何なりとお申し付け下さい」
オウギ本体がそう言って一礼する。俺達を迎えるための一通りの仕事が終わるとスレイブユニット達は端の方に行って並んで正座していた。そんなオウギとスレイブユニット達を見て、ユイやリヴェイラも表情を綻ばせる。
そうして腰を落ち着けたところでみんなと共に茶を飲みながら迷宮の立体図の観察に戻る。
「まだ浅い階層という事もあるが、動きを見ていると余裕もありそうに見えるな」
「そうですね。この辺の階層なら魔界で狩りをできる面々なら大丈夫かなと」
一先ずは大きなトラブルも無さそうだし、一般開放はまずまずというところか。
「あっ。この人達、石碑で入口まで戻るみたい」
ユイが見取り図の一角を示す。石碑のあるポイントで円い光の輪の反応が出て、探索者の一団を囲っている。ユイは立体図の機能を確かめるために、光点一つ一つに軽く指で触れると、触れたその順番に数字が表示された。
番号が付けられた探索者達が光の柱に包まれてその場から消え――入口の石碑に転移してくる。番号の付けられた探索者が入口広場に表示されているので、移動した、というのが丸分かりだ。
「おお……。これは便利でありますな」
リヴェイラがそれを見て声を上げる。
「迷宮内部を探索していた者に紐付けができる、というわけか」
「この機能については元々の術式に手を加えたものです。迷宮を利用して誘拐事件を起こした不届き者がいましたので、不審な動きをする者を追えるようにした、というわけですね」
メギアストラ女王に説明すると、シーラとイルムヒルトがモニターの向こうで揃って頷いていた。
「ただし、注意点として……この番号については本人の魔力波長や生命反応を同定して追っているので一時的なものです。数日置いて迷宮に出入りするぐらいでは消えませんが、当人が迷宮外で修業を積んで極端に生命反応が増大していたり、変異点の影響で魔力波長が変わったりした後に再度迷宮を訪問すると、個人特定ができずに同一人物なのに番号が表示されない、という事は有り得ます。仕組み上、双子も混同する可能性がありますが……双子が同時に迷宮に入れば『双子である』と補足説明を入れる事は可能ですね」
呪法で紐付けする手も考えたが、これは相手側と術式で繋がってしまうところがあるのでエルベルーレやベシュメルクの知識が一部で残っている魔界では、万一の事を考えて控えた方が良いだろう。
「指針にはなれど絶対ではない、と。念頭に置いておく必要があるな」
メギアストラ女王の言葉に、ユイとジオグランタは揃って神妙な表情を浮かべる。これについては扱う側としての心構えというか注意点だな。
捜査や監視をする上での指針にはなるので仕組みと欠点も理解した上で活用していけたら便利ではあるだろう。
それと……折角なので迷宮の構造を利用した管理側の戦術等もユイ達に話をしておこう。中枢部に敵が侵入してきた際の撃退の話だな。
防衛戦の主戦場となる下層――中枢部のマップを表示してもらう。当然下層に探索者、侵入者を示す光点はないが、そこに幻術を重ねてシミュレーションを行うわけだ。
「例えばこことここまで侵入者の一団が進んできた場合、撃退を考えるなら戦闘中に合流されないように分断しておく必要がある。例えばこの通路までやって来た時にこっちの一団にこの方向から攻撃を仕掛ければ、互いに合流できる事に気付かれる事はなくなる」
『逃走経路はそれぞれ残してあるのね』
と、ステファニアが説明を聞いて口を開く。
「追い詰めすぎると逆に危険だからね。逃げる時も合流して立て直しされなければそれで良いと思う。脱出のための最短ルートはこうなるから――捕獲、或いは壊滅を考えるならこの位置で挟撃や罠、とかね。まあ、これは撃退側の戦力が上回っているか、或いは拮抗していて消耗を狙える、という前提だけれど」
逆にこちらの戦力が劣っている場合は……中枢部に至る前に相手の戦力分析をして、流体騎士団の装備で相手の戦法に相性のいい編成を組む、といった具合だ。
ユイとメギアストラ女王も、真剣な面持ちで話を聞いている様子だ。メギアストラ女王もさすがに迷宮を舞台に防衛戦を考える、というのはやった事がないだろうが……まあ、実戦経験は豊富なのですぐにコツというか、要点を抑えてくれるだろう。
まあ、迷宮の構造は都度変わるので臨機応変な対応を求められるが、シミュレーションの数を重ねるには都合がいい環境だ。今後も折に触れてこの手の座学は続けていくとしよう。
そうして、再び上層の様子を見たり、あれこれと構造ごとの利用の仕方とか、配置されている魔物を活かした戦術を話したりして時間は過ぎて行った。
迷宮入口の管理施設の使用感や、実際魔界迷宮に潜ってみた探索者の意見などについてはメギアストラ女王が取り纏めておいてくれるそうだ。