番外1063 冥府と魔界と
ベルディオーネ女王達と再会してから上層の知り合いや中層、下層の知り合いの面々ともモニター越しに挨拶をする。
今日はこの後、魔界迷宮の様子を見てくるという用事があるのであまり冥府に長居はできないが、それでも俺が少しだけ冥府に顔を出していると聞いて、通信できる場所まで顔を見せに来てくれる面々も多かった。
『これから迷宮で仕事か。生者はその辺忙しないな』
『確かに……亡者は生活に追われるわけではないからな。その点、この任務は緩やかになり過ぎずに丁度良い』
と、モニターの向こうで語るのはベリスティオとヴァルロスだ。もう下層に行って、負の想念の解消のために戦闘区画でレイスとしての任務に就いているそうな。
『お前らの言う……丁度良いに合わせてたら、もう一回死んじまいそうだがな……。もう二度とてめえらに合わせて仕事はしねえ……』
モニターから見える奥の方で、疲労困憊といった様子で床に座ってぼやいているのは、ゼヴィオンと共に襲撃を仕掛けてきた魔人ザルバッシュ……の人間形態らしい。
今はフードを取っているが、痩せぎすで切れ長の目をした、やや神経質そうな印象を受ける人物だ。
ザルバッシュについてはヴァルロスとは面識があったので冥府で再会したそうだ。ザルバッシュとしては自身の抱えた生前の業が早めに解消するならと負の想念の解消任務に同行したそうな。まあ……向かった先で何があったかは何となく想像がつくというか。
『ふ……。まあ、こっちはこんな調子だ。人員が入れ替わる事もあるかも知れないが適当にやっている』
「ん。元気そうで良かった。仕事が落ち着いたら、下層にも顔を出すよ」
『承知した』
小さく笑うヴァルロスと、そんなやり取りを交わす。リネット達は中層で街中の警備をしているそうだが、ゼヴィオンあたりは下層にも顔を出して解消任務もする気満々なのだとか。
そんな調子で一通りの面々と挨拶を交わしたら出発だ。これから魔界迷宮の一般開放とその状況を見る仕事がある。
「それじゃあ、テオ。いってらっしゃい。ユイちゃんとリヴェイラちゃんも、気を付けてね」
「ああ。母さん」
「はい。リサ様」
「いってくるであります……!」
母さんと言葉を交わし、ベル女王もそのやりとりに少し笑って。
「では――行ってくると良い。そなた達の行く先に幸運を願っている」
「ありがとうございます。陛下」
そうして俺達はリヴェイラを連れて冥府から戻ってくるのであった。
というわけで天弓神殿に到着するとティエーラとオウギ、中継用の水晶板モニターを運ぶティアーズとシーカーが俺達の事を待っていてくれた。
「ティエーラ様、こんにちはであります」
「ふふ。お話は聞いていますよ。冥府の精霊は私達と違ってお仕事があるので大変そうに思いますが……応援しています」
畏まった様子で挨拶をするリヴェイラに、ティエーラが穏やかに笑う。
オウギが「主共々よろしくお願いします」と挨拶をすればリヴェイラもしっかりとお辞儀を返して「こちらこそよろしくお願いするであります」と応じる。
そうしてオウギ、シーカー、ティアーズも合流して、連絡通路へと向かう事になった。リヴェイラは首を傾げて尋ねてくる。
「私が魔界迷宮の奥に行っても良いのでありますか?」
「問題ないよ。冥精はその存在自体、現世の利害からは隔絶しているところがあるし、リヴェイラに関してはジオやメギアストラ陛下も承知している。この辺はまあ……総合的な判断ではあるかな」
冥精である事と、ユイとの関係を考えてというわけだ。他の者であれば、考慮しなければいけない事が他にもあるので、また違った結果になっていたかも知れない。まあ……リヴェイラがより重要な位置付けになるというのはあるが、そういう点はラストガーディアンの在り方を変えようと考えた時点で想定して折り込み済みだ。
「私は、リヴェイラちゃんと一緒にいられる時間が増えるのは嬉しいな」
「ふふ。私もであります」
と、笑みを向け合うユイとリヴェイラに、心なしか満足げに頷くオウギ。モニターの向こうでグレイス達も微笑ましそうな様子だ。
さて。そうして連絡通路を移動しながら通信機でメギアストラ女王達に連絡を入れて、境界門の前までやってくる。
「それでは、いってらっしゃい。私はフォレスタニア城に戻っていますね」
「うん。いつもありがとう、ティエーラ」
「このぐらいの事はお安い御用です。精霊としての役割ではなく、管理者だからこそ気軽に手伝える事があるというのは嬉しいのですよ」
と、ティエーラは笑って応じてくれる。フォレスタニア側でもコルティエーラがうんうんと手にした宝珠を明滅させながら頷いていたりするが。
管理者だからこそ、か。確かに始原の精霊の立場としては身動きがとりにくいというのは分かる。そこで管理者として動くのを嬉しいと思ってくれるのは……俺としてもありがたい事だな。
そうして一旦ティエーラと別れて境界門を潜ると、ジオグランタとメギアストラ女王もやってきていて。
「お待たせしました」
「いや。予定を合わせるのに通信機は便利なものだな」
「では行きましょうか」
そんな言葉を交わしつつ魔界迷宮の中枢部へと移動する。転移の光が収まると、そこは迷宮核の間の隣――ラストガーディアンの間だ。
戦闘に向いた広々とした空間である。
「それじゃあ、始めよう」
ユイに視線を向けると、頷いて部屋の中央に向かって手を翳す。ユイがマジックサークルを展開すると、それに呼応するように部屋の中央――床から上に向かって光のフレームが広がった。
魔界迷宮の全体像を、簡易に可視化したものだ。フレームで構成された四角い部分がそれぞれの区画を示す。
細かな構造や正確な構造ではなく区画同士の繋がりを示す、視認性優先の見取り図だな。
上層で瞬く光点は……迷宮のどの区画にどのぐらいの探索者がいるかを示している。光のフレーム内の光点の移動具合で、簡易見取り図でも大凡の位置も分かるな。
『改めて見ると便利なものね。ルーンガルドの迷宮は長い事機能不全になっていたから、私やヘルヴォルテはこうした機能もあまり活用できなかったけれど』
と、それを見て少し残念そうに苦笑するクラウディア。確かに、この辺の機能が活用できれば色々できた事もあったかも知れないな。
『まだ一般開放されたばかりだからか、最初の区画にしか人はいないみたいね』
見取り図の様子からイルムヒルトが言う。
「そうだね。結構探索の人数も入ってるように思うけれど、まあ、これは一般開放の初日という事を考えたら一時的に多くなっているっていうのもあるかな」
『実際迷宮内部を探索してみて、合う合わないを判断する冒険者も多いようですからね』
俺の言葉にアシュレイが言う。そうだな。どのぐらい迷宮探索を継続するか等は、もう少し追って見ていかないと判断もできないだろう。まあ、滑り出しは好調といったところか。
「もっと詳しく見ていくね」
ユイが何かを掴んで引き寄せるような動作を見せると、見取り図も変化を起こす。上層の区画がユイの手元に引っ張られてきて、拡大表示された。
今度は特定の区画を拡大してその詳細を見ていく形だな。四角いフレームにユイが触れると、更に上層区画の迷路を光のフレームが再現してくれる。迷路のどこに何人ぐらいいるか、というのをしっかりと表示してくれるわけだ。
『ん。光点の動き方で探索の仕方や状況も何となく分かって、面白い』
シーラが言う。斥候を立てて曲がり角のクリアリングをしているチームがいたり、戦闘中なのか大立ち回りをしているチームがいる様子も見て取れるな。
「この辺の探知機能も問題無さそうね」
ジオグランタが静かに頷く。
中枢部侵入の懸念のある区画に探索者が近付いたら警報も出せる。探索者ではなく、悪意ある侵入者が出た場合にも管理側はこれを参考にする場面も増えるだろうから、使い慣れておくのは大事だな。




