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番外1060 魔界の空に

 メギアストラ女王とジオグランタはセリアとの付き合いも長かったからか、逸話は色々とあるようで、ある代の魔王に関する戦記のような印象でもあり、メギアストラ女王やジオグランタと普通に友人同士のような思い出も沢山あるようだ。


 魔王自身もあちこちの戦場に出向く事が多い。当時はまだ魔王国の周辺も安定しておらず争いも続いていたからか、魔王が突出した戦力でもあったので、必要とされる場面も多かったのだろうが……。


「ふうむ。料理とな」

「そう。折角貴女も人化の術を使っているのだし、一緒にどうかなって」

「何事も経験であったな。触れてみなければ分からない事は多い」

「そうそう」


 そんなやり取りを交わし明るく笑うセリアに名前の無い竜も割合真剣な表情で思案した後に応じて……一緒に並んで料理をする光景。メギアストラ女王は風魔法で声を合成する事もできるようで、幻影と共にセリアや他の登場人物の声も再現してくれる。

 微笑ましいとも言えるその姿に、幻影を見ているみんなも表情を綻ばせていた。


 人化の術を使った当時のメギアストラ女王は……そう。当人なので今の姿に似ているが、まだ幼い印象がある。一人称はともかく口調に関しては昔から変わらないようで、そこの印象は同じであったが、人化の術を使っていると尊大な口調の少女という感じだな。


 一方のセリアはと言えば……この記憶は魔王になってからのもののようで、あどけなさも抜けたものの理知的な印象は変わらず、衣装も変わってすっかり立派な女王という印象だ。


「この頃はまだジオからは魔界と魔王国の関わりについて話を聞いてはおらなんだ。セリアは友人と理解していたが、だからこそ成長に従って竜としての在り方と、平穏をもたらそうと奔走する友人の姿との間で思い悩む事もあった、な」


 メギアストラ女王が目を閉じる。始原の精霊が本来なら特定の種に肩入れをしないのと同じように、竜もまた大きな力を持つ幻獣だからこそ、高位の竜であれば力を積極的に振るうのは好まないという、本能的な傾向があるらしい。


 種として突出しているからこそ、その気になれば何もかもを焼き払い、それは自らの首を絞める事にも繋がってしまうから。高位精霊が影響力を考えて直接干渉を避けるのと同様だ。特に幻獣は精霊と同様、全体の調和を考える傾向がある。


 ただセリアと会った頃はまだ幼く、そうした竜としての精神性も未成熟だったので最初は悩む事もなかったらしい。


 だからこの料理をしている頃は、セリアの統治する魔王国に感情移入している事であるとか、魔界の安定のために奔走している友人を見て、竜である自分がもっと力を貸していいのか、悩む事もあったそうだ。判断がつかないからこそ、こうやって一緒に料理をしたりもする、と。


 友人ではあっても竜であるが故に傍観者として一歩引いた立場でもあり、それをセリアも理解していたから、魔王国の都合で戦いに巻き込むような事がないように一線を引いてくれていた。

 だからこそ、竜とディアボロス族ではあっても友としての関係を長く続けてこられたのだろうと、メギアストラ女王は語る。


「その距離感は心地良かった、と思う。余も気儘に過ごしていたし、気が赴くままに、というのは竜の本能にも逆らうものでは無かったからな。これで良いと思っていたし、そのままずっと続いていけばいいと……そう願っていた」


 変化を余儀なくされたのは――辺境での蛮族の大蜂起に端を発する。蛮族王が率いる勢力が現れ、小国を飲み込んだのだという。

 蛮族王は変異点によって出現した変種だ。精神操作の魔眼を持って軍勢を打ち破り、他種族をも隷属させる異能を持っていた。

 悪い事に、敗残兵が落ち延びてきて異能が発覚した時には、蛮族王は竜を支配してしまっていた。魔眼の情報が漏洩しても、竜が控えているのでは魔眼だけ対策すれば勝てるというものでは無くなっていたのだ。


「ならば、我が力を貸せばいい。そうではないか?」


 他の種ならいざ知らず。相手が竜であるならば自分も友との戦いに力を貸す事ができる。街中で蛮族王の異能を噂として聞かされた、名無しの竜が思った事はそれだ。だから、そんな風にセリアに申し出ていた。


「相手は成竜でしょう? それに私や貴女が取り込まれないとも限らない。単純な話ではないわ」


 セリアは乗り気ではなかったが……それでも名無しの竜は、だからこそ協力したい理由を、内心の悩みと共に説いたのだという。


「セリアを友だと思っている。だが我が竜であるが故にそなたも我も一線を引き、それを守ってきた。竜の想いを尊重してくれる事は嬉しい。そなたとの距離も心地が良い。だがな。そなたの平和な国を作りたいという想いに素直に力を貸してやれない事に、歯痒い気持ちを抱えていた事も事実なのだ。此度だけの例外として我の力を借りることを良しとは出来ぬか?」


 竜の言葉に、セリアは暫く思案していたようだが、やがて頷く。


「貴女の気持ちは分かったわ。けれど、だとしても無策で挑むわけにはいかない」

「そなたならばきっと方策も思いつくのではないかな?」

「伝手……ならばあるわね。森の賢人達に助力を求めてみましょう」


 そうしてセリアと竜は森の賢人――ファンゴノイド達に助言を求めた。

 闇雲に軍勢を差し向けても相手に取り込まれてしまうし、魔王である自分とて、対策無しに異能と相対する事はできなかったからだ。


「竜を抑えるならば竜を。心を操るような魔眼に対策をするのならば……恐らくは古代の秘術が有効かと」

「秘法……?」

「左様。遥かな過去より伝わる知識にございます」


 当時のファンゴノイド達の長は、そう言って対策を伝授してくれたそうだ。互いの心を法で繋ぐ事により、他者からの精神支配を退ける術。その術は――呪法の一種で。


「ああ――。呪術への守りは、伝えていたな」


 パルテニアラはセリアとファンゴノイド達のやり取りを聞いて、目を閉じた。正確には、精神支配から身を守るための術だ。守りのための術なのでファンゴノイド達に知識として伝えたのだと。


 心と心を繋ぐ事で呪術的な壁を作り、外部からの干渉を受けなくするというもの。


「この時にもパルテニアラに助けられていた、という事だな。改めて礼を言おう」

「礼など。そうした術を後世に伝えてくれていたのはファンゴノイド達だ」


 笑みを向けあうメギアストラ女王とパルテニアラ。エレナやジオグランタ、ファンゴノイド達もその光景に微笑む。


 そうして異能の対策を終えたが、それでも成竜とまだ年若い竜という点では不安が残る。それを――名前の無い竜は笑った。人化の術を使ったままで、不敵に笑って見せた。


「何。凡庸な竜になど遅れを取るものか。もし力が届かずとも、時間稼ぎぐらいはして見せよう。セリアが蛮族王を叩き潰せば済む話だしな」

「では――お伝えしましょう。但し、この術を使うには互いの名前が必要となります」


 ファンゴノイドが言う。契約魔法の類でも良くある話だ。セリアが名前の無い竜を見やる。竜は少し思案したが、やがて頷いた。


「名前か……。セリアが我に付けてはくれぬか?」

「良いの?」

「我の知識にある竜の姿からは随分離れてしまったからな。また蛮族王相手に竜らしからぬ行動を取ろうとしている。今更だ」


 そう言ってにやっと笑う竜に、セリアは真剣な表情になって頷くと居住まいを正して告げる。


「我が友にして偉大なる竜に問うわ。貴女の名は――メギアストラというのはどうかしら?」

「メギアストラ……メギアストラか。承知した。魔王セリア=ジオヴェルラよ。その名の由来を聞いても?」

「魔法と……空に輝く光、という古代語の意味を組み合わせたものね」


 メギアはマギアのもじり。アストラ、或いはステラは星の意味だろうな。魔界に星はないから――空に輝く光という意味で伝わっているわけだ。

 魔法の星。魔界の空に輝く星。魔界の空に輝く、偉大なる竜。そんな意味が込められた名前。


「良い名だな」

「喜んで貰えて嬉しいわ」


 そうして――魔王と竜は準備を万端整えて蛮族王との決戦に臨む。

 軍勢を率いて進軍していた蛮族王の前に現れたのは若い竜だ。メギアストラの姿を見た蛮族王は喜んで竜の背に乗り前に出てきて、魔眼の力を発動させる。ふらふらと近寄ってくるメギアストラの姿に蛮族王は満足そうに笑みを浮かべるが――それ自体が策だった。


 なまじ強力な魔眼だったからこそ、結果を出してきたからこそ、その力を疑わない。操られたふりをして油断させて近付いたメギアストラが溜め込んだ力を解き放つ。


 吐息を浴びせるも、精神支配を受けた竜はかろうじて蛮族王への直撃だけは防ぐ。その背から転がり落ちた蛮族王を追って、メギアストラの翼の陰に幻術で隠れていたセリアが飛び出した。展開される魔法の障壁が、蛮族王とセリアの周りを覆い、分断する。


 竜も軍勢からも分断された事に気付いた蛮族王が激昂してセリアに向かい、メギアストラと体勢を立て直した竜とが咆哮を上げて、地上と空中でぶつかり合った。

 魔王と蛮族王。竜と竜の戦い。セリアの操る魔法と蛮族王の闘気が光芒となって激突し、二頭の幻獣が空中を飛び回りながら巨体を交差させ、爪と牙、尾で空間を引き裂き、吐息を撒き散らす。


「――友と、その国を守るための戦い。であるが故に初手で蛮族王を仕留められればそれが最善だったのだがな。まあ、成竜との戦いは余にとっても意地であった。性質が違う事は分かっていたから、当時でも速度と小回りの面で勝っていたのは僥倖だったが。蛮族王の力押しをいなすのはセリアの奴も同様でな。まあ、お互い中々に厳しい戦いになったものだ」


 そう語るメギアストラ女王は、楽しそうに目を細めて笑う。

 それでも。それでもセリアは友の期待に応えて見せた。メギアストラと竜との戦いに最終的な決着がつく前に、蛮族王を爆炎の中に焼き払ったのだ。


 だからこそ――その後の混乱も比較的早く収まったと言える。蛮族を率いていたからこそ、王が敗れても尚、軍勢の大半は敵対的な種族であったから。

 未だ竜2体は健在で、蛮族王の軍勢に揃って咆哮を浴びせた。蛮族王の軍勢はそれで瓦解し、辺境に向かって潰走する事となった。


 魔王軍も軍勢を控えさせていたが、魔眼の事もある。呪法防御の備えがある陣地からは大きく離れられないという縛りもあって、蛮族王との決着がつくまでは防戦と分断のための障壁の維持の注力を余儀なくされたが、そこからの蛮族への追撃戦は一方的なものだった、という。


「余の話は――これで終わりだ。セリアとは生涯を通して良き友であったよ。余が竜ではあるが魔王という役割を引き受けたのも……この国が友の国であったから。そして、セリアとジオグランタを通して魔界の真実を知ったから、でもあるな。世界を維持する事に否やはない」


 そうしてメギアストラ女王が友の話を終えるとジオグランタも静かに頷き――サロンに居並ぶ面々とモニターの向こうから大きな拍手と歓声が広がっていくのであった。

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