番外1056 再び王都へ
オービル達のルーンガルド訪問に関する通達も終わり、一休みしてから水脈都市の中央施設内部も見せてもらう。ここはあちこちからの水路が集まり、交差や分岐をするような造りになっていた。
公的機関として物資の集積と管理、発送等、物流に関する仕事を行っているようで、防水処理の施された樽や箱を一旦受け取り、プレートに書かれた宛先に繋がる水路に担当員が運搬するといった具合だ。
ここは郵便局や物流センターのような役割を果たすと同時に、水路を利用する旅人の身分を確認する、関所のような役割も担っているらしい。
「陸を進むより安全で早いからな。維持と管理のためにいくばくかの賃金や運賃は必要となるが、魔界を旅する折に利用する陸上の種族も多い」
メギアストラ女王が教えてくれる。解説をして貰っている間にも水路を流れてきたディアボロス族の男が一旦水路から上がり、シュリンプル族の役人相手に手続きをし、目的地に向かう水路に乗り換えてまた旅立って行った。
陸上の種族が水路を利用する場合、水中で活動できるように俺達と同様に術を活用したり魔道具をレンタルしたりしているわけだな。
ともあれ、地下水脈は魔王国にとって高速道路や鉄道のような役割でもあるわけだ。
「何と言いますか、機能的で面白いですね」
「そうだな。魔王国にとっては重要な役割を担っている。これだけのものを水の友らが造り上げたというのは素晴らしい事だ」
そうして水脈都市内部を見学しつつ中央施設を上へと向かっていく。塔の最上部は水脈の天井部を貫くように続いていて。俺達が水脈都市に入る時に使ったような縦穴が上へ続いているようだ。その縦穴を上に抜けると、やはり円形のプールのような場所に出た。
「なるほど。連絡通路というわけですか」
「はい。地上の城の下層部となっております。一般には開放されていませんが、通路で繋がっているわけですね」
と、プールから顔を出したオービルが教えてくれた。オービルも水から上がってくると、水魔法を用いて自分の身体についた水気を飛ばしている。乾くとラッコの毛並の良さがよく分かるような気がするな。
こちらの連絡通路からではなく、庭園の入り口側から案内してくれたのは、あの入口から見た景観が都市全景を見通す事ができて見事なものだったからだろう。
都市内部を観光し、中央の塔から地上に向かう事で一通りの物を見ながら戻ってくることができる、と。まあ、普通の来訪者は連絡通路を使えないようではあるが。
「見晴らしのいい場所から入って、一周して地上に戻ってくるというのは、観光する側としては楽しい趣向でした」
「そう言って頂けると嬉しく思います」
みんなも俺の言葉に頷いたりして、オービルは嬉しそうに応じてくれたのであった。
自分の顔を両手で揉むような仕草を見せたりと、理知的なのに時折ラッコそのままの動きを見せるオービルであるが、このへんは個人の癖なのか種族的なものなのか、気になるところだ。
そのまま地上の城の一角で少し休憩してお茶を飲んだり、地下水脈由来の食糧であるオキアミを軽く試食させてもらう。
オキアミに関しては普通のエビのような味と触感で、焼いたり炒めたりすると香ばしくて良い感じだった。
「ん。オキアミはお米とか醤油も合うと思う」
というのはシーラの感想である。ストリームクリルとは種類が違うが、ヴェルドガルの港付近でも釣り餌としても使われたりするので、釣りが好きなシーラとしては馴染みがあるのだろう。
魔王城に戻ってからまた宴は続くので腹いっぱいになるほど食べるという事はしないが、水揚げしたばかりのオキアミは新鮮なので間食としては十分なものであった。
そうして暫くしてからクシュガナの地上と地下水脈を預かる面々に見送られ、シリウス号、オブシディア号に乗り込み、俺達は水脈都市を後にする事となった。
甲板に向かって大きく手を振るオービルやムーレイにこちらも手を振り返す。ティールも水脈都市は楽しかったのか、声を上げて大きくフリッパーを振っていた。
「またお会いしましょう!」
オービルも大きな声でティールに応えて手を振り返してくる。ラッコの姿をしているので手は短いのだが、それが何とも愛嬌があるというか。シャルロッテはやはりモニターの向こうでにこにことしているが。
「今度はルーンガルドでお会いしましょう……!」
と、俺からも応じて、そうして段々と水脈都市の面々も遠ざかっていくのであった。
さて。王都とその近郊の周遊という事でクシュガナを出発し、魔界を少し見学しながら王都へと戻る。帰り道も、操船は魔王国の面々に任せ、低速且つ軽めの飛行訓練をしながらの移動だ。
クシュガナから王都ジオヴェルム間に関しては水路では繋がっていないので、馬車ならぬ狼車に乗せて物資を輸送しているようだ。
狼車に魔王国軍の護衛が随行。行商や旅人もそれに同行する事で魔物の襲撃に対抗する、というのが一般的らしい。してみると、ブルムウッドの石化を治すために魔石鉱脈の回収に出ていたヴェリト達は、目的のために結構無茶をしていたというか、危険を顧みずに行動していたのだなというのがよく分かるな。
ともあれ狼車を中心に移動している一行については公的な集団が守りについているので、オブシディア号の事は通達を受けているのか、こちらの姿を認めると足を止めて敬礼をしてきたりしていた。こちらも甲板から顔を出して挨拶をしてから、また王都に向けての移動を開始する。
『ふむ。最近は魔王国内を竜達が移動して王都に来ていたり、アルディベラとエルナータが遊びに来ているからか、陸路でも魔物との遭遇被害が減っていてな』
「ああ。大物が活動していると逃げる魔物も出てきますか」
甲板に戻ってきて腰を落ち着けたメギアストラ女王に、そう尋ねると大きく頷く。
『うむ。安全性が増しているのは良い事だな。というわけで、そなた達が遊びに来るのは歓迎している』
魔界の魔物は凶暴とはいっても、流石にベヒモスや竜は逃げるか。
『人化の術を使うとジオヴェルムで出してもらえる食事が美味いから最近ちょくちょく通っていたが、そんな事になっていたのだな』
『我らとしても目印にしやすいから街道に沿って飛んでいた所はあるしな』
と、メギアストラ女王の言葉に、頷く竜達である。
『我としてもジオヴェルムやフォレスタニアに遊びに向かうのはエルナータの安全には良いと感じているな。生き抜く力を蓄えるならば……迷宮でも可能か?』
割合真剣な表情で思案を巡らせているアルディベラ。
「ギガス族の迷宮用区画なら訓練できそうな場所もあるね」
『ほう』
俺の返答に興味深そうな反応を見せるアルディベラである。エルナータの訓練が必要であるというのなら、迷宮探索のような実戦形式の前段階として色々と手伝える事もあるだろう。
そういった話をすると、エルナータも「よろしくお願いします」と丁寧にモニター越しに一礼してくる。人化の術も覚え、前よりも言葉も流暢になっているエルナータである。
そんなやり取りを交わしつつシリウス号とオブシディア号は進んで行き、やがて王都に戻ってくる。王都上空に差し掛かるので、オブシディア号の操船はまたカドケウスとバロールが受け持つ。
お祭り騒ぎはまだまだ続いているようだな。二隻の飛行船が戻ってきたのを認めると、建物の上に出て大きく手を振ったり、少し酒に酔った風情でふらふらと飛びながらシリウス号とオブシディア号について来ようとしたりしていた。
「ふふ、王都の皆さんも元気ですね」
グレイスがその光景を見て笑うと、ユイもにこにこしながら頷く。そうして俺達は飛行船を魔王城に横付けし、サロンへと戻ってくるのであった。