番外1053 水脈都市クシュガナ
稲光が走る遠くの空や、歩き回る茂みを眺めながらシリウス号とオブシディア号が進む。目的地は王都から街道を暫く進んだところにある地方都市クシュガナだ。遠くの空に巨大な鳥の影を見かけてやや緊張する場面もあったが、それも近付いては来なかったので一安心といったところだ。
地下水脈は海と繋がっていて、最も王都に近い場所に来ているのがクシュガナという話だが、王都とは直接繋がっていないらしい。
『地下水脈を王都まで伸長すれば便利という意見が出たこともあるのだがな。地下水脈にも流れがある関係上、下手に手を加えると様々な場所に影響が出ると予想されているので大規模な拡張は禁止されている』
『地下水脈内部の都市部にしてもできるだけ元々の地形を利用し、術式による保全もしておりますよ』
『海流水路に乗って地下水脈内部を移動して王国内の移動も行いますから、魔王国にとっても物流の面で大切な位置付けになっています。大きな魔物や蛮族もいないので、地上よりも安全ですから』
「実際に行ってみるのが楽しみですね」
メギアストラ女王の言葉をボルケオールやカーラが補足してくれる。地下水脈と言っているが、海と繋がっているので内部に流れているのは海水らしい。ルーンガルドでは類を見ない場所なのでどんな場所なのか、色々と気になるところだ。
道中でボルケオール、ロギ、ブルムウッドといった面々も、オブシディア号の操船を交代で行っていた。
『操船は浮遊炉の制御と主翼で飛ばすだけなら想像より難しくはない気がしますな』
『確かに。高速飛行も真っ直ぐ飛ばしていれば問題は起こりにくいという話ですし』
ロギが言うとブルムウッドも頷く。まあ、そうだな。浮遊炉による飛行は安定している。速度を上げた場合はそれに応じて高度も高く取る必要があるが、今はそれなりに軽快、程度なので視認性も良いし。
「幻術を使って疑似的に飛行船を飛ばす訓練ができる装置、というのも良さそうですね。魔道具化は……やや難しそうなので専用の施設にする方が良さそうですが」
『それはまた興味深いな』
メギアストラ女王が相好を崩し、各国の王達も頷く。
要するにフライトシミュレーターだな。通常の浮遊炉のみによる巡航速度なら問題は起こりにくいが、高速飛行や戦闘機動となると訓練の場があった方がよい。
シミュレーターである為に処理が複雑となるのが予想される。魔道具化するよりも迷宮内に専用施設を造る方が、想定される様々なトラブルを後から組み込む事もできて良いだろう、という判断だ。
訓練に足を運んでもらう必要はあるが、それも交流になると考えれば悪いものではあるまい。
街道を進んで行くと、やがて地上の都市部が遠くに見えてくる。魔界の都市らしく外壁を守る茨があったり刺々しい尖塔もあったりで、ルーンガルド出身の感覚からすると物々しく感じるのは王都と同じではあるか。
シリウス号とオブシディア号による来訪については事前に通達が行っているそうで、ドラゴニアンとディアボロス族、甲虫型のインセクタス族からなる部隊が、魔王国の紋章が入った礼装に身を包み、空中で列を成して敬礼を以って迎えてくれる。
『少しばかり甲板で挨拶をしてくるとしよう』
「では、オブシディア号の操船はカドケウスとバロールが受け持ちましょう」
『助かる。では、よろしく頼む』
メギアストラ女王と言葉を返してからアルファに視線を向ける。
「アルファ、少しの間操船を頼んでいいかな?」
そう尋ねるとアルファはこくんと頷いた。安全に挨拶ができるぐらいの速度まで落とし、街の手前で停まるように頼んでおく。
後はカドケウスとバロールのオブシディア号の操船を五感リンクでシリウス号側に合わせてやれば安全に移動ができるだろう。目的地も見えているから先導してもらう必要もないしな。
「では、僕も甲板まで挨拶に向かいます」
「余も同行しよう」
「では私も参りましょう」
アルファに操船を代わってもらったところで、メルヴィン王やクェンティン達と共に甲板へ移動する。それぞれの護衛の面々も一緒だ。
ゆったりとした速度まで落として互いの船が一定の距離を保ったまま進んでいくと、出迎えの部隊も隊列を維持したままこちらに進んできた。
「おお。トラウドか。出迎えご苦労」
「これは魔王陛下。皆様の来訪を心よりお待ちしておりました」
トラウドという名のディアボロス族の男が責任者であるらしい。メギアストラ女王と言葉を交わし、俺達にも同行している面々と共に丁寧に一礼してくる。
移動しながらお互い軽く自己紹介をして進んで行き、やがて都市部の手前で飛行船が停止する。
トラウドがマジックサークルを展開すると、外壁を守る茨の防衛機能を一時停止させたようだ。契約魔法も絡んだ、使役している魔物へ指示を出すための術式だ。因みにトラウドはクシュガナの地上部分の警備責任者という話だ。地下水脈内部の都市部とは、求められる適性がまるで違うので所属する部署が分かれているらしい。
「これで都市内部へと進める。ふむ。クシュガナ城には庭園があるから、その上に停泊させればよかろう」
「分かりました。では、参りましょう」
モニター越しにアルファに城の庭園まで移動するように伝える。アルファも頷いて応じ、そうして二隻の飛行船は緩やかに指定された場所まで向かう。
庭園は――石材で人工池や水路が造られているが、これまた独特というか、何となく貝殻を模したような流線的且つ生物的な印象を受ける建築様式だ。石材に紋様が刻まれているが……水の浸食や劣化を防ぐ強化の紋様が装飾も兼ねて使われているようだな。
船を停泊させ、みんなでタラップを降りて庭園に移動する。水晶板モニターとハイダー、シーカー達もティアーズ達が運んでくれるので、映像と音声の中継に問題はない。
「あの建物から下層――地下水脈側に降りる事ができます。おお。下層から出迎えも来ておりますな」
ロギが教えてくれる。庭園の一角にはドーム状の屋根を持つどっしりとした建物があって……その中から下層――魔王国に所属している水棲種族が姿を見せた。と、水晶板モニターの向こうでシャルロッテが目を見開く。
あれは……ラッコ、だろうか? 魔王国の紋章が入ったローブを纏っているし二足歩行。後ろ足も俺の知るラッコよりは歩行に適した長さと形状をしているが。顔の作りや毛並みはラッコのそれに近い。
「おお、よくぞ参られました。私はケイブオッター族のオービルと申します」
ケイブオッター……洞窟ラッコといったところだろうか? 俺達もオービルに挨拶を返す。
「水脈都市の観光が終わりましたら是非城にもお立ち寄りください。食事を用意しておきます」
と、トラウドが笑みを浮かべて伝えてくれる。
「ありがとうございます」
というわけで水脈都市観光だ。オービルの案内で建物の中に入ると広間の真ん中に、円形のプールのようなものがある。これが地下水脈への入り口というわけだ。
地上の者が訪問しやすいよう魔道具の備えもしっかりとあるらしい。空気を身体の周りに纏って水の中を自由に移動できる魔道具と、水中呼吸と水流移動が可能になる魔道具を取り揃えているようだが、身体を冷やさないようにという事で今回は空気を纏う魔道具を使わせてもらおう。精霊王の加護があるから大丈夫ではあるが、念のためにということで。
「水脈には水流があるそうですが、何か注意するべき事はありますか?」
尋ねるとオービルは顎に手をやって思案を巡らせている様子だった。
「ふうむ。そうですね……。危険な場所と言われてもすぐに思いつくところがないぐらいには我々にとっては安全ではあるのですが。地上に生きる方々だと、水流に関しては流されると行動の自由が利かず、脅威に感じたりするかも知れません。ですから水路に近付かなければ問題はないかなと。魔道具があれば逆行する事もできますし」
なるほど。それなら安心ではあるかな。一応自前でも水中呼吸の魔法を皆にかけておけば、魔道具の効力が切れた時も安心だろう。というわけで、早速水脈内部の見学といこう。