番外1052 魔界の航空遊覧
「声と映像は届いていますか?」
『問題ない。余の姿と声は届いているかな?』
「大丈夫のようです」
艦橋に配置した水晶板を通し、メギアストラ女王とやり取りをする。シリウス号とオブシディア号の間での中継用機材は魔界に来る前に仕込んである。モニター越しのやり取り、艦橋、甲板でのやり取りも問題なくできるようだ。
サロンに置かれた水晶板も艦橋に運び込み、ティアーズ達がハイダーとシーカーも連れてくる。
「皆さんとの通信は問題ありませんか?」
『グランティオス側は問題ないな』
『同じく。テオドール達の顔がよく見える』
『月も問題ありませんよ』
尋ねると、そんな調子で各国から返答がある。各国との通信も問題ない事を確認してから出発だ。
中継しているハイダーとシーカー達はテーブルの上に固定した専用の座席に座って、正面を向いている。飛行中でも艦橋の外部モニターをブレずに捉えられるようにしてあるわけだな。艦橋で操船している視点を満喫できるだろう。
「では参りましょうか。船の距離が近いので、城を出る時と戻ってきた時、それから王都上空では僕が操船を担当して調整をしようと思うのですが問題はありませんか?」
『助かる。そなた達が次に魔界へ遊びに来る時には、その辺の技術も磨いておこう』
と、メギアストラ女王は快く明るい笑みで応じてくれた。では――移動するとしよう。
カドケウスとバロールの位置を把握し、船の距離を保ちながら動かしていく。ゆっくりと動き出すと、飛行船を見上げている王都の面々も酒杯を掲げて喝采を上げているのが見て取れた。下部モニターを見る限り、王都は相当盛り上がっているようだ。
「良い光景ですね。沢山の種族が楽しそうに笑い合っていて……素敵です」
「ふふ。確かにな。妾達はルーンガルドへの帰還を目標に掲げていたから魔界を離れてしまったが……こういう光景を見ると嬉しく思う」
嬉しそうなエレナの声にパルテニアラも目を細めて言った。
『ベシュメルクはその後も、魔界にあまり干渉はしないようにしていたから……魔界が今の形になったのはベシュメルクが長年に渡ってパルテニアラの理念を貫いたから、でもあるわね』
『パルテニアラ様が残した知識や技術は、今も魔界に活きていますぞ』
オブシディア号の艦橋でジオグランタとボルケオールが二人の会話に応じる。そうだな。ベシュメルクは魔界の調査等もしていたようだが、それも危険性を調べて備えるという理由があればこそだ。
その気になればもっと魔界の資源を利用する道もあったのかも知れないが、そうしていたら魔界や魔王国の姿も……きっと今とは違ったものになっていただろう。
そして今の魔界の住民達はと言えば――お祭りを満喫しているようで喜ばしい事だ。シリウス号とオブシディア号を並行に動かして街の上をゆっくりと旋回すると、大きく手を振ったりして、盛り上がっているようである。
魔界の種族は空を飛べる面々も多いが今日は魔王国の飛行騎士団が警備していて高度制限が敷かれているらしい。建物の屋根あたりが高度制限になっているようだ。シリウス号、オブシディア号の近くまでは来られないものの、ディアボロス族やインセクタス族の子供達が一緒に飛んで旋回する飛行船を追いかけてきているのが見えるな。
上ばかりを見て飛んでいたので、屋敷の壁にぶつかりそうになって騎士団に声をかけられ、慌てて軌道修正をしているが。
「ん。危なかった」
「ふふ、子供達はどこでも可愛いものですね」
壁を避けた魔界の子供達の様子を見てシーラが頷き、グレイスが安心したような表情になって微笑む。
「住民達の様子を見ていると、こっちも楽しくなってきますね。魔王城も魔界も……すごいものです」
フラヴィアもあちこちモニターを見て目を輝かせ、隣に座るジョサイア王子が表情を綻ばせる。
そうして王都の上空を何度か周回してから外に向かって飛ぶ。あまり遠出はしないが、魔界の雰囲気を皆で楽しんで来ようというわけだ。
「王都上空から出ました。操船はどうしましょうか?」
王都から出たところでオブシディア号に乗っているメギアストラ女王に尋ねる。
『ふむ。折角だから余らの手で操船も試してみるか。推進に浮遊炉だけ使っている分には、滅多な事も起こるまい』
「分かりました。オブシディア号の挙動はカドケウス達がいれば僕に伝わりますので、こちらで合わせます。もしもの場合は操船も代われますので」
『うむ。では、少し魔界を……というよりは王都近郊を案内するとしよう』
というわけで、まずはメギアストラ女王が操船を担当し、ボルケオール、ロギ、ブルムウッドといった面々が計器類を見てその補助を行う事にしたようだ。持ち回りで操船も試してみるとのことで、今後の飛行船の運用についても色々考えているようだな。
カドケウスのいる位置を感じ取り、それぞれの船の大きさ、形から適切な距離、速度をウィズが計算。安全な位置関係を保ちながら先導するオブシディア号についていく。
魔王国の王都周辺という事で街道付近は巡回が行われている。ある程度の安全は維持されているが、魔界の魔物は魔力溜まりに関係なく移動するので、ライフディテクションによる警戒と索敵もしておく方がいいだろう。
「周辺の索敵はこちらでしておきますね」
『確か、水晶板の視野に生命反応感知を反映させる事ができるのであったな』
「シリウス号は僕が自前でやっていましたが、オブシディア号や後発の飛行船には魔道具で機能を組み込んでいますよ。維持し続けた場合、割とまめに魔力を供給しなければなりませんが」
『なるほどな』
飛行船の性能はシリウス号に準じているが、実際に運用して便利だった部分はマイナーチェンジしていたりもするのだ。アルファがいるシリウス号にはできて、後発の船にはできない事というのもあるけれど……狼のオーラを纏っての突撃というのは必要になる場面も限られるだろうしな。
そんな調子で魔界の風景を眺めつつオブシディア号とシリウス号は進んでいく。魔界とルーンガルドで大きく違うと言えば、やはり植物の性質だろうか。王都近郊に果樹園があるとの事で、そこにメギアストラ女王が案内してくれたが……案の定というか、果実に牙の生えた口がついていたりして、中々シュールな光景が見て取れるな。
植物ごとの性質を知らないと怪我をしかねないとのことなので、船からは下りずに見学である。
果樹園を管理する人員も噛まれないようにするためか、手甲を装着していたりして、専用装備なのが面白いところだ。
「ふうむ。果実については知ってはいたが……実際の果樹園も興味深いものだな」
と、その様子を見て顎に手をやって笑うメルヴィン王である。
『この後は少し街道沿いに進んで、近くの都市部に向かおうと思っている。例の地下水脈が来ている場所でな』
「あちこちに地下から水路で繋がっている、という話でしたね」
『うむ。そして水脈に繋がる地底都市も存在する』
これからの予定もメギアストラ女王が教えてくれた。魔界では地下水脈があちこち広がっていて、水脈内部に都市を造り……そこに水棲系の友好種族も暮らしているという。
外洋は相当な危険地帯という話だからな。水棲系の種族が安全に暮らしていくなら地下水脈内部を利用するというのも分かる。
前回のベルムレクスとの騒動では関わりが無かったために見る事のできなかった部分だから、俺としても楽しみだな。
そんなわけで先導してくれるオブシディア号と共に街道沿いに飛んでいくのであった。




