番外1050 式典の幕開け
貴賓室の内風呂は広々としていて、みんなで一緒に湯に浸かる事のできるものだった。
あまり熱いお湯にはせずぬるめのお湯を張ってのんびりと浸かったり、風呂から出てからは寝台で横になり、循環錬気によってみんなの体調と魔力の流れを整え、生命力の補強をしていく。
「どうでしょうか?」
「今日も異常なしかな。子供達から返ってくる生命反応が少しずつ強くなってきて、こっちが驚くくらいの時があるね」
「ん。良い事」
グレイスの言葉に答えるとシーラがこくんと頷いて、みんなも笑顔になる。生命反応の変化に関しては俺としても安心できる材料ではあるかな。
そうやって寝台に身体を預けつつ、みんなと手を繋いで温かな感覚に身を委ねる。心地良さに身を任せていると、天井を眺めるような形になって。ふと、ステファニアが言った。
「お風呂もだけど……貴賓室の内装も素敵よね。天井の梁まで装飾されているし」
「魔王城のこの一角は、ルーンガルドからの来訪者を迎える為に魔法建築で改装したらしいよ」
と、先程サロンで歓談していた時に聞いた話を伝える。パペティア族の美的感覚は魔界の住民の中ではルーンガルドの面々に近いからな。
そこでカーラにルーンガルド側の建築関係の情報も集めて貰い、魔界の建築様式を残しつつも俺達が落ち着けるものを目指したのだとか。
パペティア族が監修した貴賓室、サロン周りに関しては総じて装飾は細かく、全体から受ける印象はシックというか、過ごしていて落ち着けるものを目指しているように思う。
立体的な装飾で一つ一つ造形が細かいというのはカーラが内装を担当していたオブシディア号にも共通していて、やはりこのへんのセンスや丁寧な仕事ぶりはパペティア族特有のものなのだろうという気がする。
いずれにしてもルーンガルドとの親善を深めるために準備を進めてくれていたというのは間違いない。部屋の装飾も含めて歓待であるのだし、その辺も楽しませてもらうとしよう。
そうして魔王城で一泊する。魔界に昼夜の区別はあまりないが、あくまで俺達の感覚で一泊というところだ。
今日は食事をとったら宣言や式典等を経て迷宮と飛行船のお披露目、ということになるな。
そんなわけでサロンや各々の部屋に食事を運んでもらい、腹ごしらえをしてから少し待機する。
改造ティアーズを城外に派遣して、魔王城正門前の広場の映像中継を行う。俺達は後から飛行船に乗ってあの場に姿を現す側なので、広場に混ざって式典を見るというわけにもいかないのだが、ティアーズからの中継映像ならば問題なく観客側としての臨場感も味わえるというわけだ。まあ、それも出番が来て飛行船を呼び出し、サロンから移動するまでの間の話であるが。
広場は既に人だかりができているな。空を飛べる種族も地に降りて近くにいる魔王国の民と談笑したりと、楽しげな雰囲気だ。あちこちから楽しげな歓声や歌声も聞こえてきて、王都全体がお祭り騒ぎといった雰囲気だな。
中継映像が映し出される大きめの水晶板モニター。それを囲むように体育座りするシーカーとハイダー達が各国に映像と音声を届けているわけだ。その後ろからサロンに集まった面々が中継映像を見るという格好になり、俺としては何となくスポーツ観戦か何かをしているような感覚に陥るが。
「あちこちの建物の屋上に出て広場の方を見ている方もいるようですね。賑やかで楽しそうです」
ティアーズから送られてくる映像と音声に、アシュレイが微笑む。
「ギガス族の人達、なるべく人だかりの後ろに行って肩車をしていたりするんだね。みんな優しそう」
ユイが笑顔で言った。
そうだな。ギガス族は自分達の体格が大きい事を理解しているからか、広場でも最後尾側に集まって……体格の小さな種族を肩に乗せてやったりしているのがそこかしこで見受けられる。
「ギガス族は……そうですね。面倒見がいいと言いますか、総じて気性が穏やかで思慮深いのですが、いざとなると勇敢という印象が強いですね。仕事も丁寧なので同僚や仲間内では信頼される事が多いかなと」
そう教えてくれたのはブルムウッドだ。その言葉には中継で映像を見ている各国の面々も感心したように頷いていた。
なるほどな。気は優しくて力持ちというのは巨人族のイメージとして確かにあるが、それを地で行く種族らしい。一方で魔界には邪悪な巨人族と呼ばれるのもいて、こちらはギガス族とは明確に区別されているそうな。
ゴブリン、オークと同じく蛮族と呼称される連中との事なので、トロールやオーガの変異体か、或いは何かから変異したか……出自は今の話だけではよく分からない。
数は多くないらしいが、いずれにせよ敵対的な種族という事なので魔界のどこかに出かける機会があった時には注意をしたいところだ。
そうして街中の様子を見ていると「そろそろ式典が始まります」と、パペティア族の女官がサロンにいる俺達に教えてくれた。
程無くして礼装に身を包んだ兵士達が高らかにラッパの音を響かせ――魔王城正面から見える演説用のテラスにメギアストラ女王が姿を見せると、街中から大きな歓声が上がる。
迷宮が入り口とその管理施設を構築し始める予定時刻に変更はない。メギアストラ女王は工房製の懐中時計を活用し、タイムスケジュールに合わせて魔王国民への口上を組み立てたとの事で。
「メギアストラは結構気遣いが細やかなのよね。竜のみんなには変わり者って言われるらしいけれど」
というのはお披露目について打ち合わせをしている時に、その事を教えてもらった時のジオグランタの言葉だ。魔王としてジオグランタと共にやってきたわけで、その人柄をジオグランタも好ましく思っているのだろう。メギアストラ女王自身は自分の事を竜の中では変わり者、というような事を言っていたけれど。
俺達の見ている前で、歓声を受けるメギアストラ女王が笑みを浮かべて軽く両手を広げる。足下からマジックサークルが広がって、メギアストラ女王の幻影が大写しになった。幻影というよりも本体の動きに連動した立体映像だな。王都中のどこからでも見られるように、という事だろう。
歓声と「おお……」というどよめきが収まるのを待って少し間を置いてからメギアストラ女王が口を開く。ああいう間で、細かい時間調整もしているようだな。
『案ずる事はないぞ。術を用いて姿と声を少しばかり届きやすくしているだけだ。まずは……今日というめでたき日に、こうして数多くの臣民が国中から祝福のために集まっている事を嬉しく思うと伝えておきたい。話に聞いて各地から集まってきた者達もいるだろう。王都でこの時を楽しみに待っていた者もいよう。今日という日はこの魔界と、ルーンガルドとの間に新たな絆が結ばれた、その証が王都に顕現する節目となるであろう。その事を皆が祝福してくれている事を、余は嬉しく思っているのだ』
その言葉に王都ジオヴェルムに集まった面々から、再び歓声が広がる。メギアストラ女王は大きく頷くと、王都の一角を指し示す。
メギアストラ女王の幻影が指差す先――王城に隣接する土地は空き地になっていて、そこには既に光のフレームが展開されていた。ロギを始めとした騎士団の面々が空き地への立ち入りを規制しているようだな。
『騎士団長達が立ち入りを規制している土地であるが……今いる場所から見えない者は、後程見に行ってみるとよいだろう。魔界迷宮が構築される予定地だ。話を聞き及んでいる者も多かろう。余剰の魔力を集める事で土地を正常に維持し、代わりに魔力資源を魔物や宝箱の形に転化して産出する。必然的に立ち入れば多数の魔物と戦う事になり危険も伴うが……王都にいながらにして準備を万端にした上で狩りに臨む事ができるとも言えるわけだ。迷宮についてはルーンガルドのヴェルドガル王国にも存在し、王国の発展に大きく寄与している、という事を皆に伝えておこう』
メギアストラ女王としては無闇に臣民が傷付く事は望まないから無謀な事はせずに準備をしっかりとした上で、危険を感じたら早めに撤退するように、とも通達していた。
魔界の歪みを解消するための迷宮魔物の生成でもあるが、この辺は土地の維持という表現で規模を上手い事ボカしているな。魔界であれば変異点の噴出の抑制という風に取れるし、実際そういう効果もあるだろう。
何はともあれ、お披露目の式典は幕を開けた。俺達も頃合いを見て、飛行船を召喚したり、乗りこんだりして動いていく事になるだろう。