番外1049 魔王城のサロンにて
魔王城の臨時サロンにて、みんなと和やかな時間を過ごさせてもらう。挨拶回りも一段落して、今は楽士達の奏でる音楽を聴きながら各々歓談をしたり、運ばれてくる食事やお茶を楽しんでいる。料理も手が込んでいるのが見て取れるな。
魔界の食材は総じて魔力が芳醇で風味が濃厚という印象がある。植物が自衛のために噛みついて来たりするし、見た目も魔物っぽくなっているが総じて成分に問題はないというのも分かっているし、味も良い。
「ボルケオールさん達の育てたキノコは美味しいですね」
と、グレイスはキノコのソテーを口にして笑顔を見せる。
ファンゴノイドの育てているキノコも料理やお茶として振る舞われており……これらも美味だ。元々ファンゴノイド達が住んでいた里で育てられていたキノコは食材だけでなく優れた薬にもなると評判であったらしい。森の賢者達が育てたキノコだという神秘性も一役買っているのだろう。
ベルムレクス――当時は正体こそ分からなかったが、謎の敵の襲撃から逃れるためにファンゴノイド達ごと行方不明になって、その辺もかなり惜しまれていたそうな。
「そうだね。昔は里で育てたキノコが、たまに市場に出回ると高値がついていたって聞いたよ」
「ファンゴノイド族は、貴重なキノコでも普通に育てられるようだものね。……栽培の依頼は、受け付けているのかしら」
俺が答えると、割と真剣な表情で思案してそんな風にこぼすローズマリーである。
「大抵のキノコであればご要望に答えられると思いますぞ。キノコの生えている朽木や周辺の土といったものがあれば何とかなるかなと」
「それは有難いわね。では……入手する機会があったらお願いするかも知れないわ」
「でしたら喜んで」
『稀少なキノコが素材として自由になるというのは、魔術師には垂涎の環境よね』
と、ボルケオールとそんなやり取りを交わしていると、水晶板モニターの向こうで母さんも顎に手をやって頷いていた。
母さんは自分が冒険者だった経験があるからか、採集可能なもの、栽培が容易なものは自分で集めたり、栽培してしまうタイプの魔術師だったからな。
キノコは魔法薬を作ったりする上で重要な位置にあるし、ファンゴノイドの協力は魔術師としての立場で見るなら非常に有難いものとローズマリーに共感しているようで。
ともあれ温度や湿度などの情報を必要としないあたり、キノコそのものから栽培に必要な情報を引き出す事ができるのかも知れない。そのへんはファンゴノイドならではだろう。
そうして食事も一段落して、お茶を飲みながらの歓談の時間だ。広々としたバルコニーに出れば魔界の様子も見て取れるので、ジョサイア王子とフラヴィアは揃って外の様子を見に行っているようだ。
城勤めのディアボロス族やインセクタス族の面々も交え、外を指差して解説を受けたりしているようだ。感心したような反応を見せたり笑い合ったりと、穏やかに談笑している様子が見て取れるな。二人とも飛行船による魔界観光を楽しみにしているように見える。
メルヴィン王とクェンティン、メギアストラ女王が言葉を交わす隣でミルドレッドとロギも歓談していたりして。統治者としての談議と武人としての談義が並行して行われているようだ。
ティエーラとコルティエーラのスレイブユニットに使われている技術を見たパペティア族にカーラやアルバート達が質問を受け、笑顔で応じていたりもするな。
イルムヒルトとユイ、セラフィナが楽士達に返礼というように演奏や歌声を披露して。各地からモニター越しにツチブエや二胡の演奏を響かせたりと、音楽交流も行われている。
総じてみんなにとって今回の魔界訪問とルーンガルドとの交流は有意義なものになっているようで何よりである。
歓談も一息ついたところで、サロンのバルコニー付近にフロートポッドを召喚して係留しておいた。これで宿泊している区画からフロートポッドに乗って移動したりと、色々と融通が利く。
お披露目までに俺がしておくべき事もなくなり、後はのんびりと待つばかりだ。ランタンを使っての冥府の話は明日お披露目が終わってからという事になったが。
というわけでみんなの体調の事もあって一旦部屋に戻らせてもらった。シーカーやハイダーを配置しておけば更に中継して部屋で寛ぎながら必要な時に会話というのもできるし、サロンからもそれほど離れていないので問題はあるまい。
改めて案内された貴賓室を見てみれば……広々としていて立派な部屋だった。毛足の長い絨毯が敷かれて寝台も大きく……空調関係の魔道具も導入されていて、部屋のどこでもゆったりと過ごせる。魔道具完備の内風呂やトイレがついているので、マイペースに過ごせるのも有難いかな。
そんなわけで部屋の長椅子に腰かけたり寝台に横になったりしつつ、一人一人軽く循環錬気をして体調を確かめていくが……うん。反応を見る限り問題なさそうだな。
「みんな楽しそうで良かったわ。私も音楽交流できたし」
「水晶板があるから今日いない方々の演奏が聴けましたからね。楽士の皆さんも喜んでいました」
先程のインセクタス族とのセッションを思い出したのか、イルムヒルトが表情を綻ばせると、エレナが応じた。魔界の楽士はインセクタス族が多いからな。音楽関係でも互いに感覚が違って新鮮なものがあるらしい。
「ふふ。演奏中はユイさんも楽しそうでしたね」
グレイスも先程の演奏中の事を振り返ってか、そんな風に言って微笑む。
「そうだね。ユイも物怖じしないし元気が良いから、魔界の人達からも印象が良さそうで良かった」
「ジョサイアも上機嫌だったわね。普段は自分から苦労を背負い込む事が多いけど、今回はフラヴィア様も一緒だからか、肩の力を抜いているように見えて安心したわ」
ステファニアから見てもジョサイア王子の反応は良いものであったようだ。姉としての意見なのでその見立ては確かだろう。
「今回の交流というか、迷宮のお披露目は良い感じに進んでいるようね。魔界の住民の話を聞いている限り、迷宮への反応も上々だもの」
「ん。戦闘訓練を兼ねた狩りにもなるって聞かされて、喜ばれてるってオレリエッタから聞いた」
「魔界は……外に狩りに行くと想定外の種族との遭遇戦も多そうですからね」
クラウディアの言葉にシーラとグレイスが答え、マルレーンもにこにことしながら頷く。
「迷宮なら区画ごとに出現する魔物は決まっているからね。魔界の場合、何か目的があって狩りや採集に向かうにしても目的の場所まで移動する必要があるし、魔力溜まりとか関係なく強力な魔物がいる可能性があるからね。その辺で、迷宮の環境が受け入れられやすい下地があるのかも知れない」
ルーンガルドの場合、街道沿いは比較的安全な場所が多い。魔力溜まりに近い、難所と言われる場所でも常日頃から巡回と間引きをしていれば目立った被害にはなりにくいし。
迷宮は戦いこそ避けられないものの、道中出る魔物の種類がある程度決まっていて、一度ルートを確保してしまえば目的の狩場、採集場所まで一気に飛べる、などメリットが多い。
魔界ではあまり組織立っていなかった狩人による素材の調達と売り買いであるが、今後はルーンガルドの冒険者ギルドに似た組織の構築も考えているそうだ。迷宮で段階的に戦闘に慣れることができるというのも、外で活動する時の応用が利くようになるから魔界の住民としても望むところだろう。
まあ、いずれにしてもお披露目が楽しみな事である。今日は夫婦水入らずで過ごさせてもらい、明日に備えるとしよう。