番外1046 お披露目の準備
試運転の前に、船の塗装の状態を確認していく。ティアーズ達はあれで意外にマニピュレーターの使い方が器用なので、塗装も上手くやってくれている。下塗りもしていたのでムラも目立たず綺麗なものだ。念のための仕上げという事で、術式により干渉して表面を整え、塗料を乾かせば外装も完成となる。
確認と仕上げの作業をしている間に警備兵や騎士団にこれから試運転するという旨を改めて伝えておく。
この辺は、今日仕上げをするから順調なら試運転もするかも知れないと通告済みだ。
黒い飛行船もまあ……見た目に威圧感があるしな。いきなり動かすと混乱を招く可能性もあるので、事前通告しておけば安心というわけだ。
マジックサークルを展開してウロボロスの先端を飛行船に翳すと、光の波が全体に広がって……表面を更に綺麗に整えて外装の完成度が上がる。最初からそうだったというように黒い鏡面のような質感に仕上がった。軽く叩くとそこから小さな光の波紋が船体表面に広がっていく。
「見事なものですな」
「シリウス号と並ぶと対照的で良いですね」
ボルケオールとカーラがそれを見て頷く。アルファもカーラの言葉にこくこくと頷いていた。うむ。
「では、わたくし達は降りて待っているわ」
ローズマリーがそんなアルファの様子に小さく笑ってからそう言うと、大型フロートポッドに乗り込んでいく。
「ああ。それじゃまた後で」
みんなと共に魔界の面々も一旦船から降りる。俺はメギアストラ女王と共に船の試運転だ。みんなが甲板から離れて安全な距離まで移動したのを見届けてから艦橋へと移動した。
「では参りましょうか」
「うむ」
操船用の水晶球に触れて、黒い飛行船を浮遊させる。そのまま飛行船を前に進ませ、海側へ向かう。
沖合なら試運転にも最適だ。飛行船を少し加速させながらまずは海上へと出る。周囲の船の位置を確認しつつ邪魔にならない場所で色々と確かめていけば良いだろう。
試運転の話を聞きつけたのか港にも人が集まっていて。黒い飛行船の姿に喝采を送っている姿が見受けられた。
「この辺なら大丈夫そうですね」
「この座席の帯で身体を固定するのだったな。うむ。余の事なら心配はいらぬぞ」
メギアストラ女王はシートベルトを確認してどこか楽しそうな様子だ。
「分かりました。では、一通りの検査をしていきましょう」
出力を上げての飛行も、確かに試運転としては必要なものだからな。
上昇、下降。浮遊炉による通常の推進制御から、続いて主翼に風を取り込み、火魔法で後方に噴出させて加速を行う。
「おお。これはまた……!」
加速度に笑みを見せるメギアストラ女王。そのまま船の制御を行い、多少アクロバティックな機動で飛ぶ。下降と上昇。流れる景色。契約魔法によって連動する計器部分を見て船の姿勢を確認しつつ一気に高度を上げる。
十分な高度を取ったところで魔力光推進により最高速へと乗せていく。雲の上を弾丸のような速度で突き進んで――そうして段々と出力を下げて、緩やかな速度にしていった。
「素晴らしい速度だ。ルーンガルドは明るいからか、速度を出すと心地良く感じるな」
「気に入って頂けたようで何よりです」
笑っているメギアストラ女王は流石に竜なだけあるという印象だ。水晶球を通して飛行船の状態を見ながら異常がない事を確認しつつ、造船所に向かって緩やかな速度で飛行していく。
そうして台座の上に位置を合わせて、ゆっくりと下降。船を停泊させた。みんなも大型フロートポッドに乗って甲板まで戻ってきて。改めて甲板で顔を合わせる。
「試運転は上々だね。諸々問題なさそうだ」
「無事にお披露目に持っていく事ができますね」
俺の言葉にエレナが微笑む。
「うん。後はジオグランタの加護の力を借りて、向こう側に召喚すればいいんだけど……まあ、そのためには船の名前も決めないといけないかな」
名付ける事でジオグランタの加護を受けやすくしたり、召喚術式に反応しやすくする、というわけだな。この場合は――俺が名付けるよりメギアストラ女王に名付けて貰った方が良いだろう。視線をメギアストラ女王に向ける。
「余が名付けてしまっても良いのかな?」
「そうですね。魔王国の船となるわけですし」
「ふむ……。では……オブシディア号というのはどうかな?」
黒曜石のもじり、かな。見た目を踏襲した上でのネーミングというわけだ。
「良い名前だと思います」
俺の言葉をみんなも笑顔で首肯するとメギアストラ女王も笑顔で頷く。
「では、決まりだな」
というわけで船の名前はオブシディア号に決定である。後は魔界迷宮のお披露目に合わせて魔界側に召喚するための手筈を整えておけば良いだろう。
さて。そんなわけでオブシディア号の準備も整い、魔界迷宮お披露目の日程も決定した。魔界に絡んでの俺の仕事としては、迷宮入口となる施設の構築が残っている。
というわけで予め魔界迷宮の中枢部――迷宮核へと向かう。メギアストラ女王、ユイ、パルテニアラといった面々が付き添ってくれる。
事前に迷宮核で準備だけしておいて、後は時限式で建物を構築する予定だ。建築予定の場所については既に区画の整備が終わっているので、そこに合わせて建物を作る形だな。
術式の海に身を置いて、仮想空間にて建物を構築していく。縦穴に沿う螺旋階段と入り口の石碑、固定構造の地下一階部分はルーンガルド側の迷宮とほぼ同じだ。
但し、体格の大きなギガス族でも利用しやすいように螺旋階段の幅や奥行、高さを広く取っていたりする。地下一階部分で分岐を作り、ギガス族が探索しやすい区画を構築する事で誰しもが迷宮そのものを利用しやすくしたり、というアレンジがしてある。
地下二十階あたりから分岐点を色々作ってそれぞれ他の種族も得意そうな区画も用意してあるので、上手く活用して貰えればというところだ。
反面、地下一階部分から続く浅い階層は、迷宮独自のルールに慣れてもらうチュートリアルのような意味合いがあるな。構造もそこまで複雑ではないし、出てくる魔物も然程強くないので……まあ、魔界の住民なら苦労はするまい。
縦穴部分と地下一階から地下二階にかけての接続部分を整備したら、後は地上の管理施設を構築していけば完成だ。これについては魔王城に建築様式を合わせて、街並みと調和のとれるものにしてある。模型でも既に構築済みなので、データを流し込んで再現してやれば作業完了である。内部にはある程度の規模の人数で泊まり込みができるよう必要な設備は諸々整えてある。
後は時限式で、お披露目の日時が来たら迷宮核が構築を開始するように設定しておけばよいだろう。
『ああ。もし予定時刻になった際、建設予定地に人がいた場合は構築実行を停止する、という事で良いでしょうか?』
「そうだな。当日は警備を置いて建設予定地の立ち入りを制限する予定だから問題はあるまい」
通信機にて迷宮核の外で待っているメギアストラ女王に尋ねると、カドケウスにそういった返答があった。というわけで、迷宮核にその旨を伝えておく。時間になったら光のフレームが展開されてどこまで退避すればいいのか分かりやすくすれば、警備も混乱する事はあるまい。
そうして……迷宮核内部での諸々の作業を終えて、外へと意識が戻ってくる。
「ただいま戻りました。これで一先ずは大丈夫かなと」
「おお。これで後は当日まで待つばかりだな。テオドール公には礼を言わねばなるまい」
「妾からも礼を言おう」
「いえ。魔界の維持のためでもありますからね」
と、メギアストラ女王とパルテニアラの言葉に笑って応じる。
迷宮のお披露目については魔王国の国内でもあちこちに通達しているし、当日は王都に人が集まりそう、なのだそうな。
ちょっとした祭りのように受け止められているとかで、ユイもラストガーディアンとして思うところがあるのか、そんなメギアストラ女王の言葉にこくこくと頷いていた。