番外1036 冥府との今後は
『また……お会いしてお話できたら嬉しいです。リサ様』
「はい。顕現できたら、是非」
少しするとキャスリンも落ち着いて、母さんとそうしたやり取りを交わす。
『ではな、リサ。早くグレイス達とも会えるようになると良いな』
「ふふ、ありがとうヘンリー。そうね。私も楽しみだわ」
そうして、父さん達との話が終わる。
母さんは中継が終わるのを待って頷くと、俺に向き直る。
「テオも、ありがとう」
「俺は――今回は何もしてないよ」
「ううん。今回に限らず、いつも力を貰っているわ」
母さんはそう言って微笑む。それなら……嬉しいが。母さんの言葉に笑みを返して、作戦室で待機していたティアーズに視線を向ける。
「ティアーズ。話は終わったから、みんなに知らせておいて」
モニター越しにそう伝えると、ティアーズはマニピュレーターを振って了解の合図を返すと部屋を出て行った。
『ああ、大丈夫そうで安心しました』
程無くしてグレイス達がティアーズに先導されて作戦室に戻ってきたが、俺や母さんの様子を見て、表情を綻ばせる。戻ってきた面々の中にはロゼッタとシャルロッテもいて。
『久しぶりね、リサ。ヘンリーとの話は、落ち着くところに落ち着いたようで何よりだわ』
『は、初めまして、リサ様』
「ロゼッタ……! それにあなたは、シャルロッテちゃんね。お話はテオやエミール様から聞いているわ」
二人を認めると、母さんも明るい表情で迎えた。シャルロッテは少し緊張していたようだが、エミール……自分の父の知り合いでもあるからか、母さんに丁寧にお辞儀をして、顔を上げた時には笑顔になっていた。
『問診に来たのだけれどね。うん……。また、話ができて嬉しいわ』
「ええ、私も……!」
ロゼッタと母さんはモニター越しに再会の挨拶をし合う。
『積もる話もあるけれど……今回は今後の話をする、という事だったわね』
「ふふ。そうね。それじゃ、ロゼッタにも一緒に聞いてもらって良いかしら?」
『ええ、勿論』
そうだな。父さんやキャスリンときちんと話をしないと、母さんとしても方針が定まらなかった部分はあるのだろうけれど。
みんなが改めて腰を落ち着けたところで、母さんは一呼吸置いてから顔を上げる。
「今の状態は……そうね。私としても嬉しいわ。ただ、死んでしまった私が現世に戻る事で誰かが混乱したり、世間的な余波が出ないかが心配ではあったのだけれど……。一番気掛かりだったヘンリーとキャスリン様は、話をしてみて大丈夫そうって安心できたかな」
「ん。他の事も、あまり表に出なければ、問題は無さそうだね」
復活ともまた違う話だが、亡くなった誰かに会えるというのは……結構な大事になるだろうし。俺の言葉に、母さんは同意するように大きく頷く。
「その辺も気を付けておく必要はありそうだけれど確かにそうね。いずれにしても当分は顕現できないのだけれど……暫くはこのまま冥府にいておこうかなって。その……みんなとお話できるのが嬉しくて。我儘なのかな、とも思ってしまうのだけれど」
少し気恥ずかしそうに母さんが言うと、みんなも表情を綻ばせる。
『良いんじゃないかしら。死睡の王の被害が止まった事や、イシュトルムの能力が封印されていて、その後に同じような被害が出なかった事や、戦いが有利に運んだのもリサが頑張ってくれていたからだもの』
『月での戦いに負けていたら、本当に世界の終わりでしたからね』
ロゼッタの言葉にアシュレイも微笑んで同意し、マルレーンもこくこくと首を縦に振っていた。
そうだな。疫病をばら撒くというのはイシュトルムの能力の活用法の中でも相当厄介なものだったし、それを最初から封じた上で戦う事ができたのはかなり大きい。
冥精への変化等も含めてかなり特殊なケースだし、あまり表に向けて喧伝しなければ問題はあるまい。
「それじゃ、母さんは冥府に留まるっていう事で良いのかな?」
「そうね。ベルディオーネ陛下のお話では、墓所も冥精としての私の領地、という事になるようだし、あの場へなら冥府と現世の間で移動もできて交信も可能だから……ハロルドとシンシアの事も見守っていられるもの」
母さんは目を閉じて虚空に手を翳す。どうやらハロルドとシンシアの事も感知できているようだ。
現世に身を置いていても顕現できるようになるまで時間がかかってしまうしな。確かに、こうなってくると現世に身を置いておく理由の方が乏しくなるか。
みんなとしても今後も母さんと継続的に話ができるというのが嬉しそうだ。
「シャルロッテちゃんにも封印の巫女に絡んだ事については、きちんと伝えないとね。封印術はテオが色々応用技術を編み出してくれているようだから技術継承に関しては安心ではあるのだけれど、巫女の仕事は少し形を変えて継続しているようだし」
『はい。不肖の身ではありますが、よろしくお願いします』
母さんとシャルロッテがそんなやり取りを交わす。
封印の巫女として。ベリスティオの封印関係は解決したが、魔人達の慰霊を行う神殿で祈るというのは今後も継続していく。
魔人化の解除や特性封印については、技術継承や儀式としての手順の確立、後世への伝達も重要になってくるから、その辺で封印の巫女や慰霊神殿の役目は大きな意味を持ってくる。シャルロッテと共にシルヴァトリアの七家やフォルセトを始めとしたハルバロニスの面々も魔人達の慰霊をしているし、神殿の活動にも協力的だ。魔法技術に優れた面々が多く、この辺は安心できる材料だな。
母さんの今後についての話も纏まった。中層、下層共に異常も起こらず……冥府ですべきことも一段落したという印象があるな。
当然、俺達も現世に帰る事になる。ベル女王がその旨を通達してくれた。見送りたいという面々が結構多いらしく、再び上層に集まるとの事だ。
というわけで、上層の塔――サウズを配置した大部屋で待機する。
「ノーズとサウズの交代か。それからシーカー達だな。この者達は責任を持って預かろう。全域において中継して話をできるようにしておく」
「ありがとうございます」
「今後の事については追ってその都度連絡するとしよう。マスティエルの後始末やヴァルロス、ベリスティオについてはそなた達も気になるであろうからな」
ベル女王が今後について教えてくれた。
上層にいる母さんやみんなの両親達、中層にいるシーラの両親やリネット達。暫くの間下層に身を置く事になるヴァルロスやベリスティオ。そうした面々とも今後継続して交流が持てるようにいつでも中継ができるようにしておく、というわけだ。
メンテナンスを考えると、昇念石等、冥府の素材に置き換えたシーカーやハイダー達に順次交換していっても良いかも知れないな。
「それから、リヴェイラについてだが……」
と、ベル女王がリヴェイラに視線を向けると、にこにこしながら応じる。
「少し冥府に身を置いてから、落ち着いたら現世に遊びに行きたいであります」
「ふふ、楽しみに待ってるね」
リヴェイラの言葉にユイも嬉しそうに笑った。
そうして大部屋で待機しながらみんなでのんびりと話をしていると、冥府で再会した面々、知り合いになった面々が続々と見送りのために集まってきた。
先王ローデリック。プルネリウスとディバウンズを始めとした保全部隊の面々。ヘスペリアやマデリネ、司書のシェスケル。リネット達レイスとなった元魔人達。カイエンとユウ、サンダリオといった神格者達。ヴァルロスとベリスティオ。そしてエルリッヒ達、みんなの両親。
流石に一堂に会すると壮観で賑やかな事である。現世に戻る前に、しっかりと話をしていくとしよう。