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番外1034 冥府の春

 上層での宴が終わり、一晩が過ぎる。戦いの後の宴であったから、それほど長い時間を取らなかったし、疲れを取るという事もあって、風呂に入ってからはぐっすりと眠らせてもらった。

 上層の塔の一角に割り振られた生者用生活区画で目を覚ましたのは、現世側が朝になってからの事だ。冥府上層は昼夜の概念こそあるものの、現世と周期が違うので俺達にしてみると時差があるような感覚か。普段の起床時間通りに目を覚ますのは習慣だからではあるが。


 何か異常があったら起こしてもらって構わないと冥精達には伝えてあるので……朝までゆっくりできたところを見ると特に異常はなかったようだ。


「ん、おはよう」

「おはよう、テオドール!」

『おはようございます、テオ』

「ふふ、おはよう」


 身だしなみを整えてから水晶板モニターを配置した大部屋に顔を出し、朝の挨拶をする。

 同行者の面々、水晶板モニターを通してこちらを見ている現世のみんな。それに母さん。冥精達といった顔触れが俺を迎えてくれた。


 冥府での異常がない事や、現世のみんなの体調についても確認するが、問題無しとの事だ。


 今日は――俺達が目を覚ましたら中層、下層でも宴が行われる予定らしい。見学は自由との事なので、少し変装しつつ中層を見に行く予定ではある。

 宴とはいっても住民がいる中層はともかく、下層は役人、刑吏、職員といった性質の強い冥精達やレイス達が主な参加者なので、本当に酒盛りという印象になるらしい。


 神酒については……上層で採取できる果実を魔法で加工して作るのだとか。発酵させるのとは少し違うらしいが、その果実も今回の事でかなりの数が採取できたので配る事ができるとか。


「神酒が振る舞われるという事で、みんな期待しているかも知れませんね。慶事、祭事で酒蔵が開けられる事が多いので」


 冥精達が説明してくれる。なるほどな。では、朝食をとったらベル女王と合流し、中層や下層の様子を見に行くとしよう。

 そんなわけで簡易厨房にて、朝食の準備を進めてみんなで朝食をとった。パンとベーコンエッグとキノコのスープといった、軽めの朝食ではあるが。


「ああ、やっぱり温かい感じがあるわ」

「うん。それは良かった」


 母さんは俺の作った朝食を口にして、目を閉じて笑顔になる。今度はゴーレム経由ではなく手作りだし、そうした想いも意図して込める事ができたからな。

 そうして和やかに食事をしていたが、食事も一段落して茶を飲んでいたところで母さんが少し真剣な表情になって言った。


「ああ。少し話は変わるけれど、私なりの考えも纏まったから……中層や下層での宴が終わったら、その時に今後の事も話すわ」

「分かった。誰か先に連絡が必要になりそうなら手筈を整えておくよ」


 母さんは神格と共に冥精に近い性質を宿したり、結構特殊な立ち位置になっているからな。今後の事も考える必要があったが、その辺の考えも纏まったようだ。

 そんなわけで母さんと段取りを相談し、必要な所への連絡を回すべく冥精やみんなが動いてくれた。




 朝食の後……ベル女王達と合流し変装して中層や下層へと向かった。中層は結構賑やかな事になっていて、中央の塔や各所の施設で神酒と果実が振る舞われるという事で、亡者達が集まっていた。


「――花が咲き、果実が実り……清浄な魔力が満ち満ちた事からも分かる通りだ。ここ最近皆に不安を感じさせていた異変も解決した。妾としてはそなた達も冥府の民として心安らかに過ごしてくれる事を望んでいるが……此度は大きな被害が出る前に異変が解決した祝いとなる。どうか存分に楽しんで欲しい」


 ベル女王やヘスペリアが挨拶をし、事態が解決した旨を宣言すると、歓声と拍手、女王を称える声が響き渡る。そうして酒と果実が配られて中層の住人達の宴が始まった。


 各々、仲の良い者達で集まり、中層に咲いた花を囲んでの酒盛りとなる。


「おお。こいつは……」

「何と言うか、力が湧いてくるな」


 神酒を口にした亡者達が驚きの声を漏らす。忘我の亡者達にもランパス達が配りに行って、丁寧に飲酒を勧める。干渉できるという事は冥精達からの意図を伝える事も出来るという事で……忘我の亡者も杯を受け取っておずおずと口に運んでいた。


 神酒を飲んだからと忘我の亡者達が元に戻るというわけではないそうだが、嘆きの声を漏らすのを止め、花の傍らに腰を落ち着けて、飲む前より落ち着いている様子が窺える。

 あまり量を作れないので毎回振る舞うというわけにもいかないとは思う。これも一時的なものだしな。だがまあ、現世ではペネロープがこうした冥府の事情を知って、月神殿の神官や巫女達の間でもこうした忘我の亡者達のために祈るのは良いのではないかという話が持ち上がっているそうだ。


 冥精達によれば、それでもいずれ根源の渦に戻って転生する事になるのは変わらないだろうという話だが、それまでの間を亡者達が心安らかに過ごせるようになるから、そうした試みは歓迎したいとの事である。


 神酒で力が満ちてくるので酔うのとはまた違う感じで心地良くなるらしい。それで上機嫌になって歌を歌い出したり踊り出したりと、冥府は陽気な雰囲気だ。花が咲き誇り、春めいた暖かな気配があって。そこで花を見ながら酒盛りする住人達に、フォレスタニアでもみんな表情を綻ばせていた。


 そうして塔からあちこち見ていたが、子供達がリネットの手を引っ張っていくところであるとか、それにゼヴィオンやルセリアージュも子供達に招かれて、一緒に果実を食べたりしている場面等が目に入ってきたりする。


 魔人化が解けたからか、中層の住民とも穏やかな関係を築けそうで何よりではあるかな。


 他に中層で気になるものはと見回していたが、情報収集で模型を売った亡者の商人を見かけたので、少し塔から抜け出して挨拶に行く。


「こんにちは」

「坊主か。元気そうで何よりだ」

「うん。あれは売れたかな?」

「おう。一斉に花が咲いた時は石の花じゃ売れなくなるんじゃないかって思ったが……どうも同じような力が宿ったみたいでよ」


 花と鳥の模型について聞いてみると、亡者の商人はそんな風に教えてくれた。それはまた。


「まあ、込められている意味が大事なのかなって気がするからね」

「それはあるな。死者への献花って事なら、咲いてる花のお陰で和むってのも分かるってもんだ。だが、ああいう効果があるなら、俺が扱うよりは冥精達に仲介してもらった方が坊主のためにも何かと良いかも知れねえな。俺も冥府での商売も利益を追究してるわけじゃあねえし」


 あまりに付加価値が高いとトラブルの元になりかねない、という事らしい。

 そうした品は冥精達に仲介してもらった昇念石換算での価値も安定するだろうし。


「そっか。そういう事なら……。土魔法で冥精達の仕事の手伝いもできることになったから、作ったものは冥精達に仲介してもらうかも知れない」


 あまり冥府に入り浸るわけにもいかないが、そうした物を作って届けるぐらいの事はできるだろう。花にそういった効果があるのなら、冥精や亡者達も喜んでくれると思うし。


 そんな調子で中層の様子を見てから、下層の拠点にも向かった。

 こちらでは中層と違って事情を広く説明できる。討伐に参加した面々もいるからか、下層の刑吏である鬼や悪魔達がベル女王の口上に拍手喝采を送り、今回のマスティエル討伐を祝っての賑やかな酒盛りとなっていた。


「いやはや。めでたい事です」

「お前達はテオドール公と討伐に向かったって聞いたが」

「ああ。凄かったぞ……!」


 と、そんな会話を交わし、身振り手振りを交えて戦いの様子が伝えられて、固唾を飲んで聞いていた者達から喝采が送られてと、結構な盛り上がりを見せるのであった。

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