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番外1033 常世の宴

「皆、よく集まってくれた。妾が目を覚まさず、暗躍する者もいたという状況だ。そなた達には随分と苦労と心配をさせてしまったと思うが、もう大丈夫だと伝えておこう。現世からやってきた友――フォレスタニア境界公とその仲間達、妾の眷属達とレイス達に力を借り、冥府の底に蟠る闇を払う事ができた」


 大広間の正面奥に作られた檀上にて、ベル女王が宴の始まりを告げる口上を述べる。

 勝利と先王帰還の祝いを兼ねての宴だ。戻ってきてそのまま宴を行う流れなので、冥府を挙げての大規模な宴とまではいかないが、マスティエルを討伐して平穏が戻ってきた事を冥府に宣言する意味合いとしては重要なものだろう。


 会場は塔の一角にある大広間。ここに現世組用のテーブルと冥府の面々のテーブルを分ける形で配置し、間に交流用のスペースを置くという形だ。

 ベル女王は一旦言葉を切り、そうして更に口上を続ける。


「此度の騒動が大きな被害を及ぼす前に収束に向かったのは、偏にテオドール公やその友人、保全部隊の面々の勇猛なる奮戦があればこそだ。勿論、自らの成すべき事を成して、妾が不在の間を支えてくれたそなた達の働きも大きな助けになっている。改めてそなた達の高潔なる想いと行いに敬意と感謝を表そう」


 ベル女王がそこまで言うと、冥精達から拍手と歓声が起こる。ベル女王を称える声。俺達に感謝を示す言葉。

 俺達と、水晶板モニターの向こうにいるみんなも、冥精達と一緒に拍手を送る。


「冥府の底に眠っていた災厄……我が父、先王ローデリックはそれを縛る封印の礎となっていたが、テオドール公の大魔法と、災厄の元凶討伐により、封印から解放する事ができた。この事によって冥府の体制、今の決まりごとに変わりはないが、その事実は広く周知していきたい。此度の宴は祝勝であり、平穏の訪れを告げるものであり、父の帰還を祝うもの。そして、妾から皆への感謝を伝え、その行いを語り継ぐためのものでもある。存分に楽しんでいってくれると嬉しく思う」


 そう言って、ベル女王が酒杯を掲げる。あの酒に関しては神酒と言われる結構貴重なもので、冥精や亡者達の力を高めてくれるらしい。やはり半霊体で構成されているので俺達は飲めないが、冥精達は飲める、との事だ。俺達は俺達で、地上から持ち込んだもので乾杯といったところか。


「冥府と現世の平穏と友情に!」

「冥府と現世の平穏と友情に!」


 ベル女王の言葉に続いて掲げられた酒杯が煽られ、そうして宴が始まった。

 半霊体の各種果実と神酒を食べたり飲んだりなので、現世の宴会料理とはまた違った趣ではあるが……これなら逆に混入の心配もないな。

 冥精達が楽器を持ち寄って音色を奏で、楽しそうな歌声を響かせて踊ったりという点では現世の宴と大きくは変わらない。


 その一方で現世の食材で作った料理はと言えば……エビチリ、ポテトサラダ、酢豚に唐揚げ、卵スープといった所だ。それらを大皿から取り分けられるようにしたので、現世と冥府の料理を間違えて食べてしまうという事もないだろう。


 フォレスタニア城でも同様に料理を作って、みんなも作戦室で一緒に食事をとっている。


 因みに亡者達が現世の物を食べた場合どうなるのかは、ヘスペリアやマデリネに聞いてみたが……味を感じず、栄養源というか活力にもならないので、基本的には意味がない、らしい。

 冥精達は条件が揃えば現世側で活動できるが、その時に持ち帰った物もあるそうで、そうした事も一応分かっているそうな。


 但し基本的には、という事で……墓前へのお供え物のように、最初から亡者に饗する事を目的としたものであれば、そこから亡者達が活力を得る事はできるそうだ。これについては生者からの祈りや想いが込められたものだから、というわけだな。

 冥精達もマジックポーションから魔力回復していたが、これもやはり食事とは意味合いが違う。


「どうかな。ゴーレムが作った物だから、想いが篭っているかっていうと、自信がないんだけどね」

「そんな事はないわ。味は確かに感じないのだけれど……不思議ね。温かくて優しいような……そんな感覚が広がるわ」


 と、俺の作った食事を口に運んで笑みを浮かべている母さんである。みんなの再会を見ながらゴーレム達を動かしていたので、間接的ながらもそこで想いが篭った、というのは有るかも知れない。そうだとしてもやはり味は感じないようだが。


「なるほどな。刺激される感覚は違うが、他者の感情が流れてきた時に似ている、と思う」


 ヴァルロス達やエルリッヒ達、カイエン達も現世の料理を口に運んで頷いている。生者からの想いが篭っているなら普通の食事と違って心地良く感じるものなのかも知れない。


 母さんの場合は、まだ今後の事をどうするか保留にしているところがあるからな。ヘスペリア達の話を聞いて、それならばと冥府の果実や神酒等は飲食せずに、現世側の料理を食べる事にしたわけだ。


 まあ……母さん達に喜んで貰えて良かったと思う。これならば自分の手で料理をしても良かった気もするが、そうした機会ならこれから先にもあるだろう。


 中層、下層でも順次宴を行い、ベル女王が祝辞に赴くそうだ。俺達としては、その際同行するなら変装する必要があるかな。

 食事を楽しみながらのんびり冥精達の催し物を楽しんでいたが……檀上で演奏していた冥精達が一段落したところで、保全部隊にも加わっていた冥精が、笑顔で拍手を送っていたリヴェイラに尋ねる。


「ふふ。ありがとうございます。そう言えば、リヴェイラ殿は現世で楽器を貰ったとお聞きしましたが」

「はい。このツチブエを頂いたであります」


 卵型をしたツチブエを大切そうに見せるリヴェイラである。

 そうして、リヴェイラさえよければ音色を聴いてみたい、という話になるまでそう時間はかからなかった。


「まだ練習中で僭越ではありますが……現世で貰った大切なものでありますし、みんなにも喜んで貰えるなら演奏するであります」

「ふふ、リヴェイラちゃんが演奏するなら、私も一緒に練習してたし、お披露目に付き合うね」

「ありがとうであります……!」


 と、リヴェイラと一緒にいたユイもそう言って。二人で檀上に昇る。みんなの注目が集まる中で、リヴェイラとユイによるツチブエと篠笛の二重奏となった。


 どちらも素朴な音色だけに合わせた時の相性も良い。穏やかでしみじみとした曲調の音色が広がっていき、冥精達は目を閉じてその音色に聞き惚れていた。賑やかな宴の雰囲気という曲ではないが、平穏の訪れを祈念するものとしては相応しいのかも知れない。


 かと思えば弾むような明るい曲を奏でたり、疾走感のある曲を奏でたり。色んな曲を練習している二人なのである。

 ユイが歌い、リヴェイラが笛を吹いたり、またその逆にユイが吹いてリヴェイラが歌声を響かせたり。現世で練習していたものを皆で披露し、そこに更にベル女王も参戦して、ローデリックに儀式で捧げていた歌も拡がっていく。

 ローデリックも口元に笑みを浮かべて、穏やかな表情でそれに耳を傾けていた。


 そうして食事や演奏も一段落したところで交流用のスペースに足を運んで冥精達と挨拶をしたり、宴の席は賑やかに過ぎていく。

 宴が終わったら――上層で一晩ゆっくり休ませてもらい、それから今後の話をして現世に帰ることになるだろう。下層、禁忌の地でも状況は落ち着いていて、マスティエル関連に関しては一件落着と見てよさそうだ。


 他にまだ結論が出ていない事では母さんに関する事となるが……当人として数日の間に色々考えて、早めに今後についての方針を決めると言っていた。冥精として力を蓄えるなら冥府にいた方が良い、というのも確からしいしな。

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