番外1032 宴の前に
感情の波が落ち着いたところで……俺も隣の部屋を借りて、宴に参加ができるようにゴーレムで作業を進めていく。
結構な時間、みんなそれぞれで再会の喜びに浸っているが、ベル女王達も宴の準備があるからな。準備ができたら連絡するとの事なのでゆっくりさせてもらっても問題はあるまい。
互いに昔の出来事、思い出話や近況報告を伝え合って。空白の時間を埋めるように嬉しかった事、悲しかった事も寄り添って話をして、語りかけて頷き合う。
更にモニターで中継して現世の色々な人とも話をしたりした。エリオットやカミラ、それにケンネルもモニター越しに先代シルン男爵夫妻、ジョエルとモリーンと話をして……。
「エリオットも……随分と苦労をしたのね」
『記憶がありませんでしたので、目の前の事を追いかけてばかりでした。ですから、苦労とは思いませんでしたよ。ただ、大切な人や記憶を……取り戻せて良かった』
少し遠くを見るような表情を浮かべるエリオットの言葉に、ケンネルもハンカチで涙を拭ったりして。
「――メイナード卿……救国の英雄が吸血鬼の始まり、か。驚いたな」
『はい。忌まわしいと思った事もある力ですが、メイナード卿の想いを知った今となっては、私にとっての誇りでもあります。お父さんから受け継いだ力でもありますし、テオの背中や、誰かを守る力にもなりますから』
グレイスも魔界で生まれた最初の吸血鬼と、血玉の話を伝えるとエルリッヒは想像もしていなかったと言うように驚きの表情を浮かべ、それから今はどう思っているのかを聞かされて、目を細める。
「今は日常生活も不便はないのね?」
『そうですね。陽光や力加減に気を使う必要もないですし、吸血衝動も問題ありません』
指輪に触れて微笑むグレイスに、ティアナは安堵の表情を浮かべる。
それに、メルヴィン王とエステルも。
『そなたの穏やかな笑みを見る事が出来て安心した。しかしそなたを……政争に巻き込むような事になってしまったのは――』
メルヴィン王がそう言いかけたところで、エステルは首を横に振って続く言葉を留める。
「いいえ。陛下はそうしたものから遠ざけようと気遣って下さいましたし、アルバートとマルレーンを守ろうと尽力して下さったことも知っています。陛下達が私の事を想って下さった事も。その気持ちも、きちんと届いておりますよ」
エステルは胸のあたりに手をやって答え……メルヴィン王は「そう、か。分かった」と静かに頷く。
そんな調子でみんなが語らっていると、それをシグリッタが見て頷く。
『後で……みんなのお父さん、お母さん達を、絵にするね』
『ああ、それは良いね』
『出来上がりが楽しみ!』
シグリッタの言葉に、シオンとマルセスカが楽しそうに笑う。カルセドネやシトリアもにこにこと作戦室の様子を見守っていて、再会の際の感情も少し落ち着いてきたからか、みんな和やかな雰囲気になりつつある。
ユイやリヴェイラも再会の様子を見守ったりしていたが、今はにこにことした上機嫌そうな笑顔だ。
それにしてもシグリッタがみんなの両親を絵にする、か。うん。最近では普通の絵の腕前も上がっているので、確かに仕上がりが楽しみだ。
そうやって段々落ち着いてきたところで、みんなの両親が俺にも挨拶をしてくる。
「改めまして御挨拶を。エルリッヒ=フラムスティードと申します」
「では、こちらも改めて。テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと申します」
エルリッヒ達と改めて挨拶と自己紹介をする。
「その、娘の事をよろしくお願いします。皆仲良く幸せそうにしているので安心しました」
「そこに至るまでの詳しい経緯も聞けましたからね」
「確かに」
と、エルリッヒ達は頷き合う。
「そうですね。僕にとっても……大切な人達です。ここでこうしてお話ができて、よりその気持ちが強くなりました」
「ふふ、それならば良かった」
そうしたやり取りを交わしてから、近くで微笑ましそうに見守っていた母さんにもエルリッヒ達が挨拶をする。
「パトリシア様……。それともリサ様とお呼びした方が良いでしょうか?」
「そうですね。では……リサでお願いします。テオにはその名前の方が親しみもあると思いますし」
母さんは少し思案した後でそう答えるとエルリッヒは頷いて言葉を続ける。
「では、リサ様。改めて、娘の……グレイスの事に礼を言わせて下さい。あなたが守って下さったから、きっと今の娘の姿がある」
「そうですな。死睡の王を止めてくれた事。娘の希望になって下さった事も」
エルリッヒとジョエルからそう言われて、母さんは少し照れたように笑う。
「私のした事が良い影響を残せたというのなら嬉しい事です」
「ふふ。折角お会いできたのですし、これからも会ってお話ができたら嬉しいです」
「ああ、それは勿論です」
エステルの言葉に、母さんも快く応じる。そうして、母さんやみんなも腰を落ち着け、思い出話に花を咲かせる事となったのであった。
タームウィルズに行ってから、今日に至るまでの話を色々と聞いてもらう。マルレーンから借りているランタンを使って幻影を映し出したりして話をすると、母さん達も真剣な表情で耳を傾けていた。
現世から冥府へは伝わる情報も多いが、どうしても伝聞になるしな。当人から映像付きで聞ける情報となるとまた違うのだろう。
そうしていると隣の部屋で進めていた料理も出来上がり、ブラックドッグのマデリネがやってくる。ブラックドッグ達は好意的というか穏やかな面々も多く、上機嫌そうに尻尾を振っているので何とも和んでしまうところがあるのだが。
「こちらは宴の準備が進んでおりますよ。皆様の方はどうでしょうか?」
「簡易の厨房で料理を進めていますので問題ありませんよ。こうしてお時間を作って下さった陛下には感謝しております」
「ふふ、それは何よりです」
と、マデリネと言葉を交わす。後は半霊体の混入がないかも確認しつつ、会場で少し離れた場所にテーブルをセッティングしてやればいい。歓談なら他の場所でもできるからな。
メダルゴーレムを使って鍋等を運ぶカートを作り、そしてマデリネに案内されて会場へと運んでいく。
到着すると、そこにはリネットも姿を見せていた。中層での用事も終わって、上層で合流したらしい。
ベル女王が俺達の姿を認めると、こちらに向かって歩いてくる。
「再会は有意義なものになっただろうか?」
「はい。お陰様でみんな喜んでいました。お時間を作って頂いてありがとうございます」
「それならば良かった。常世と現世の間での交流となると……人によって抱く感情も変わるであろうし、中々一概にこうすれば喜んでくれるだろうとも言えなくてな」
「いえ。お気遣いありがとうございます」
ベル女王の考えや言葉は優しさや気遣いから来るものというのが伝わってくるので、有難いというか。
俺の返答にベル女王は頷くと、リヴェイラに顔を向ける。
「では――。改めてそなたを妾の化身という存在から解き放つとしよう。気掛かりな事があっては宴も楽しめまい」
「はい、であります」
真剣な表情で頷くリヴェイラ。少し緊張している様子のリヴェイラに、ベル女王はふっと柔らかい笑みを向ける。
「そう緊張しなくともよい。そうさな。そなたは妾の眷属であり……直接の娘という事になるのかも知れぬな。妾と父上の関係に似る」
「それは――嬉しいであります」
「ふふ。妾としても嬉しく思う。では、一旦封印の術式を解除してもらえるだろうか? それだけなら特にリヴェイラの人格、記憶等に影響は出さないようにできる」
ベル女王に視線を向けられて頷く。リヴェイラが本体に戻らないようにしている部分を解除していく。それが終わったところで伝えると、ベル女王は頷いてリヴェイラの手を取った。
「では――始めよう。そなたの新しい誕生祝いでもある」
その言葉にリヴェイラも頷いて。手を取り合うベル女王とリヴェイラの身体が淡い光を纏った。眩い輝きと、高まる魔力。ベル女王がやがてそっと手を離すと、リヴェイラは自分の掌を見て、目を瞬かせていた。
「問題はないか?」
「はいであります。何というか……とても温かいような、守られているような感覚があるであります」
「ふふ。妾の化身ではなく、これで晴れて眷属となった、という事だな」
「おめでとう、リヴェイラ」
「良かった……リヴェイラちゃん」
ベル女王とリヴェイラのやりとりに、俺とユイがそう言って。周囲のみんなやモニター越しに拍手が送られ、歓声とともに広がっていく。リヴェイラは感激した面持ちで、みんなに深々とお辞儀をするのであった。