番外1030 上層の塔にて
ヘスペリア、マデリネも後から上層に顔を出すらしい。中層や下層拠点でも宴を行うらしく、ヘスペリア達としては普段の同僚との宴にも参加する予定なのだそうな。
中層では実りに実った果実をランパスやブラックドッグ、レイス達が集めていた。果実を頭上に掲げて嬉しそうに飛んでいくランパスであるとか、そのランパスから果実を受け取って運んでいくブラックドッグやレイス達。普段は平和だからか、こういう仕事もレイス達は手伝う、という事らしい。
「何だか、今動いているレイスは――纏っている布の色が少し違いますね?」
「あの色は非戦闘員なのだな。適性によって仕事も違う」
なるほど。レイスとしての扱いになるからと言って、その人物が戦えるとは限らないしな。研究職や実務等々、そういう方面に向いた者は適性のある仕事に回されるし、裏方なので普段はあまり街中にも出てこないというわけだ。
戦闘職のレイスは黒い怪物達との防衛で色々動いたから、今は警戒しつつも休んでいるように見受けられる。
「では――上層に参ろうか」
というベル女王の言葉に頷いて、俺達も中央の塔を出る。生者用の設備は残しているのでいつでも中層に来る事もできるな。サウズに関しては上層に置くのが良いだろうという事で、街中を移動して上層へと向かう。
「これが上層、か」
「これは――」
転移門を抜け、設備から外に出て上層の光景を見たゼヴィオンやルセリアージュが声を漏らす。
元から穏やかな風景だった上層だが、やはりここでも変化が起きていた。
一面花が咲き誇っているところがあったり、薄明光線とか天使のはしごと言われるような雲間から光が差し込んでくる光景が遠くに見えていたり……何とも美しい。
普段の中層が殺風景だったという事もあり、ゼヴィオンやルセリアージュは風景に目を奪われているようだ。
「さっき突然お花が咲きだしたんです」
と、小天使達が嬉しそうにベル女王に伝えている。
「やはり色々と影響が出ているのだろうな。ここや中層だけでなく、下層でも場所によっては何か変化が出ていたりするかも知れない」
ベル女王は小天使達の言葉に満足そうに頷く。
悪い影響ではないが、下層については報告があった方が良いだろうという事で、水晶板モニターを通して下層拠点にもその旨を伝える。
ゼヴィオンとルセリアージュはあちこち見回していたが、やがて中央の塔に向かって移動する事になった。
柔らかな風が吹き抜けていく上層の浮遊島を通り、転移門を潜って都がある大きな浮遊島へと移動する。都では――やはり沿道に上層の住人達が詰めかけて、俺達の帰還を大きな歓声や拍手を以って迎えてくれた。
「おかえりなさい!」
「無事で良かった……!」
といった声があちこちから聞こえてくる。そんな調子で上層の住人と冥精達に歓迎を受けながら大通りを進んでいると、中央の塔の方から天使達がやってきて、ベル女王に何事か耳打ちする。
「ふむ。では、城に参るとしよう」
ベル女王は満足げに頷くと、そのまま歩みを進める。何か良い報せ、だろうか。
「悪い話ではないとは思うが繊細な部分もある。そうだな。塔の内部に入ったら、少し二人で話ができるかな?」
と、ベル女王が言う。頷いて応じ、塔の入り口のホールまで来たところで、みんなから離れてベル女王と話をする。内密な話のようだし、サウズは一先ずユイに預かって貰えばいいだろう。
「実は……前線基地で休憩していた時に中層や上層に向けて指示を出していてな」
塔の入り口まで来たところで、ベル女王が教えてくれる。
「指示、ですか?」
「うむ」
ベル女王は頷くと、どんな指示をしていたか。そしてその結果や注意事項も教えてくれた。
――ああ。そういう事、か。こうやって迅速な対応をしてくれたのは冥精達が記録を付けて、所在の把握をしているというのもあるのだろうが。
「先に知らせて前に進めてやれなかったのは済まなんだが、もし見つからずに肩透かしになってしまうようでは落胆させてしまうと思ったのだ。何より犯人が分からなかった状況で迂闊に指示を出すのも危険が及んでしまうとも思ってな。当人達は交信を望んでいる、と伝えておく」
なるほど。確かに、犯人――マスティエルの事について分からない状況では、ベル女王としても動きにくいだろう。そもそも冥府が非常事態という事もあって、そうした面々との面会、交信という状況にもなりにくかったというのもある。
「それは――はい。きっと喜んでくれると思います。僕もそうでしたから。念のため先に確認してみましょう」
少し考えたが……そうだな。それは良い事なのだろうと思う。伝えられなかった言葉や伝えたかった言葉はきっとある。
サウズを介してみんなに聞いてみるとかなり驚いていたが、やがてお互いの顔を見て頷き合い、真剣な表情で会う事を俺に伝えてくる。
『冥府に向かうなら――そういう事もあるかも知れないとは、私達でも話していたものね』
『クラウディア様も、そうでしたからね』
ステファニアが言うと、エレナも神妙な面持ちで頷いた。
「では、決まりだな」
その事を伝えると、ベル女王は少し離れた場所で待っていた冥精に顔を向けて首を縦に振る。
「では案内致しますね。皆様、こちらへどうぞ」
先程連絡にやって来た冥精が、塔の中を先導してくれる。そうして塔の中の一角にある部屋の前まで案内された。
「妾達は……そうさな。このまま宴の準備を進めてこよう」
「ふむ。では……俺達も席を外すか」
「後で会いましょう」
ベル女王がそう言うと、ヴァルロスやルセリアージュ達も席を外す事にしたらしい。レイス組は一先ず冥精が案内して別の部屋で宴まで待機という事になった。
深呼吸を一つしてから、扉をノックすると「どうぞ」と返答がある。ユイが扉を開ける前にサウズを俺に手渡してくれた。
「ん。ありがとう」
「うんっ。いいお話ができるといいね」
「大丈夫だよ、きっと」
そんなやり取りを交わし、水晶板モニターも持って扉を開けると――そこには何人かの男女が俺の到着を待っていた。
「ああ――」
部屋の中からもモニターの向こうでも、そんな声が漏れる。
俺達を部屋で待っていた面々は――そう。グレイスやアシュレイ、シーラとエレナの両親。それにマルレーンとアルバートの母親。エレナの恩師であるバスカールもだ。
モニター越しにではあるが、ベル女王には俺の結婚相手という事で紹介していたし、俺が母さんとも顔を合わせたから……だからこうして引き合わせてくれたのだろう。
この場に召喚ゲートを作って直接会うようにもできなくもないが……まだ生まれていない子を抱えた身では冥府の環境魔力は受けない方が良いだろうとベル女王は忠告してくれた。だから……みんなも今日はモニター越しの面会で我慢する、と言っていた。
グレイスとアシュレイ、マルレーン、それからエレナの両親とバスカールは上層の住人。
シーラの両親は……盗賊ギルドに絡んだ仕事をしていた。上層に迎えられるような善行を積んだわけでは無かったが、裏社会では先代のギルド長と共に弱者の為に動いていたという事もあって下層に落とされるような事もなく、中層でレイスとして冥精達に協力したりしていたそうだ。
その身の上やシーラという娘がいる事も冥精達には話していたらしい。だから連絡を受けた中層の冥精達によって、割とあっさりと所在まで掴めたそうである。
ともあれ、サウズとノーズの中継機能に俺が割り込んで、各々個別のモニターで話ができる環境を整える。俺の自己紹介に関してはみんなとの再会が一段落してからで十分だろう。
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