番外1029 花咲く都
「わあ……」
『これは――驚いたわね』
ユイとモニターの向こうのローズマリーの声。
変装した上で、外壁内部の転移施設から中層に出たところで、みんなが驚きの表情で足を止めた。
中層拠点は岩肌がごつごつして、まばらに枯木が生えているという、かなり殺風景な光景だったはずが、あちこちに花が咲いたり、草が生えていたのだ。
まばらにあった枯木も瑞々しくなっており、花が咲いたり果実が実ったり……何となく胸のあたりが温かくなるような、穏やかな魔力波長が満ちている。
色とりどりの花があちこちに咲いている光景は……何とも綺麗だ。
「これは――父上が帰ってきた事や、妾の心情が影響したのかも知れぬな。或いは……マスティエルが倒れたから、かも知れぬ」
それを目にしたベル女王が言う。忘我の亡者達も家々の壁に背中を預けながら花の近くに腰を降ろしたりしていて、割と落ち着いた雰囲気だ。
花から穏やかな波長の魔力が放たれているように思う。花を墓前に捧げるのは慰霊したいという願いを込めてのものであるが……それと同じように、あの花々は亡者の心を慰める効果があるのかも知れない。
「あっ、戻ってきたみたい!」
中層を預かっているヘスペリアが、あれこれと冥精やレイスに指示を出していたようだが、俺達が姿を見せたことに気付くと、すべき事など連絡事項を伝えてからこちらに向かって飛んでくる。
「おかえりなさいませ、女王様……! みんなも無事で良かった……!」
「おお、ヘスペリア。中層が少し変わっていて驚いたぞ」
嬉しそうなヘスペリアを迎えて、ベル女王も笑みを見せる。
「はい! 黒い怪物達が少し現れたのですが……それがいなくなってからしばらくしたらあちこちに変化が」
「ふむ。マスティエルの討伐あたりがやはり契機になっているか」
討伐か、それによる安堵等が切欠か。その辺はまあはっきりとしないが。何にせよめでたい雰囲気だな。
ヘスペリアはベル女王やプルネリウス、ディバウンズといった面々に挨拶をしてから、俺達にも「女王様を守ってくれてありがとう!」と改めてお礼を言ってくる。
「中層も、大事にならなかったようで良かった」
「本当に散発的だから……中層での襲撃は大した事はなかったけれど」
なるほどな。それでも警戒は必要になってしまうから動きにくくはなるか。この辺は最小限の戦力で足止めをしてきたマスティエルの作戦という事なのだろう。
俺達とも言葉を交わし、リネット達にもにこにことした笑みを向けると「おかえりなさい……!」と声をかけていた。
「あー……ただいま」
中層に出るにあたり、レイスとしてフードを被り直していたリネットだが、頬を掻いてそっぽを向きながらもそんな風に答えている。
リネットはヘスペリアに結構世話になっているようだしな。ゼヴィオンやルセリアージュもヘスペリアとは面識があるようで、言葉を交わす。
「みんな無事で良かった……! 下層でずっと戦っているようだから、気になってたんだよ」
「中々充実した時間を過ごさせてもらった」
と、ゼヴィオンはそんな風に答えているが。
因みにヴァルロスとベリスティオについては中層の街に出るにあたり、他のレイス達と同じようなフード付の布を用意してもらい、それを身に纏っている。
ヴァルロスとしては自分の顔を知っている者がいた場合、そうした亡者を怯えさせてしまうのは本意ではないから、との事である。ベリスティオは自分の顔を知っているものは恐らくいないだろうが念のために、と言っていた。
こうして生前に近い姿を維持しているのは、魔力の強さや意識の強さ等も関係しているそうだ。
そんなわけで、街中を通って中央の塔に向かう。ベル女王やローデリック、プルネリウスとディバウンズも中層で頑張ってくれた冥精達を労いに行くという事で、中層拠点中央の塔に向かう事にしたようだ。
ベル女王が問題解決に動いた事は中層でも伝わっているのか、意識がはっきりしている亡者達も沿道に詰めかけ、歓声を以ってベル女王や俺達を迎えてくれた。
俺達に関しては――対外的には女王の助っ人という事で周知するようにと、水晶板モニターを介して各所に通達が行っている。
生者が冥府に来ていたとなると不安定な亡者には影響があるからな。そこが伏せられる事には俺達としても異存はない。
「あ、レイスのお姉ちゃん!」
と、沿道に姿を見せている亡者達の中にはリネットの顔見知りの子供達もいて。
「ああ。今戻ってきたところだ」
リネットも子供達の所に行って、無事だったと伝えているようだ。まだやる事があるので後から顔を出す、と子供達に伝えていた。一旦中央の塔へ行って、その後子供達の所に顔を出すというわけだ。
「いやはや、良い雰囲気ですな」
「皆が楽しそうにしているのを見るのは好きだな」
カイエンが言うと、ユウも穏やかな笑みを見せる。
「良い光景だ。後で深みの魚人族の祖霊達にもお礼を言いに行かないといけないな」
「ふふ。そうね」
サンダリオもドルシアと寄り添って道端の花に表情を綻ばせたりしている。
そうして和やかな雰囲気の中で中央の塔に向かうと、そこには冥精達が並んで俺達の到着を待っていた。ブラックドッグ達もみんな尻尾を振っていて何となく和む光景だ。
「うん……。みんないい人達みたいね」
母さんも中層の住民達の様子に表情を綻ばせている。視線が骸骨の姿をした住民を追っていたりもするが……その辺も母さんからの好印象に繋がっていたりするのだろうか。幼い俺やグレイスを怖がらせないようにこの辺の嗜好は伏せていたとロゼッタから聞いているが、その辺は変わらずなのかなと思うと、俺としても少し笑みが漏れてしまう。
「女王様!」
「おかえりなさい!」
と、飛んだり駆け寄ったりしてくる冥精達。
「うむ。妾が不在の間、よく中層を守ってくれた。そなた達の働きには感謝している」
「勿体ないお言葉です……!」
ランパスやブラックドッグ達に囲まれて楽しそうな雰囲気だ。
ローデリックに関しては「訳あって封印の礎となりそれを維持していたベルディオーネ女王の父、先王である」と紹介される。冥精達から丁寧に挨拶されたりして、ローデリックも微笑ましそうな表情で応じていた。
「お戻りになるのを待っておりました。皆様ご無事のようで、誠に喜ばしい事です」
やがてベル女王達への挨拶も一段落し、ブラックドッグのマデリネが俺達のところにも来て丁寧にお礼を言ってくれる。
落ち着いた物腰のマデリネであるが、尻尾は思いきり左右に振られているあたり、内心の嬉しさが出ているようで。
「こちらこそ。中層全体が喜びに沸いているようで良かったです」
「平和が戻ってきた事を示すように、綺麗な花も咲きましたからね。私達も嬉しいのです」
との事だ。塔に置いてある品々を受け取りに来た旨を伝えると、マデリネは頷く。
「分かりました。ですが、また皆様が訪れてきた時の事を考えると、生者の方々用の設備は残しておいても良いかも知れませんね」
「確かに。では、それ以外の物だけ引き上げておきます。状況から見て、まだ連絡が必要になる場面は多いでしょうし、中継用の設備は一部残しておきましょう」
「ありがとう。ふふ、助かるなぁ」
ヘスペリアもそう言って俺の言葉に笑みを見せた。
というわけで諸々塔から回収してくる。
プルネリウスやディバウンズは中層の冥精達と言葉を交わしたら、先に上層に戻って宴の用意を進めるそうで、この後は俺達も上層に行って色々と準備を進める事になるだろう。
リネットは約束があるので、子供達の所に顔を出してから上層で合流するとの事だ。