番外1027 先王と女王
「ユイも、ありがとう。きっちり後衛のみんなを守ってくれてたし、支援も助かった」
「うんっ。上手く力が使えて良かった」
洞穴を抜けて前線基地へ。メダルゴーレム達を回収したりその道中でみんなにお礼を言ったり、無事を喜び合ったりしながら程々の速度で飛行していく。
肩にリヴェイラを乗せてにこにこと上機嫌そうなユイにそう言うと、嬉しそうな声で返答があった。
「これならお仕事もちゃんとできそうって、そんな風に思えた、かも」
ユイの場合のお仕事というのはラストガーディアンの事だ。鬼門がユイにとっての自信に繋がるならそれは良い話だと思う。
「通力で何ができるかとか、それに合わせた修行法とか、後で色々考えてみようか」
「うん!」
笑顔で頷くユイである。鬼門と名付けたらしいユイの通力であるが、自由な形の異空間形成ができるらしく、物や魔力の出し入れが可能であったり、2点間を繋ぐトンネルを構築したりできるようだ。
後方から俺の支援のために繋いでくれたし、有効な距離もかなりのもの、というのが分かる。
同系統の空間系術式や能力の中でも、かなり応用が利く部類だな。アーキタイプとの戦いでやったように防御手段としても使えるし、相手の大技の種類次第ではそのまま攻撃に転用したりもできる。
内部に生物、魔法生物が入れるのであれば誰かを匿ったり、身を隠したりも可能だろうか。流体騎士達を伏兵として待機させたり、壁抜けや疑似的な転移として使えるという事になる。検証は必要ではあるが、相当強力な能力なのではないだろうか。
空間系の能力なので安全性を高められるように契約魔法などを組み込んで、想定される危険性を防ぐリミッターを作れば……ユイとしても安心して通力を使えるかも知れないな。
そんな調子でユイの通力について考えを練り、みんなとも話をしながら進んでいく。礼を言ったり、これからすべき事も少し話をする。リヴェイラの、ベル女王からの分離にしてもそうだ。
「――リヴェイラの今後については……そうさな。妾から分かたれた後は、そなたの思うように過ごせるように手配しよう。保全任務、及びマスティエル討伐の功労者であるし、父上の事についても伏せる必要が無くなった以上は、出自を秘匿する必要もない」
「ありがとうであります……!」
ベル女王の言葉に、リヴェイラは満面の笑みを見せた。そんなリヴェイラの反応に、ベル女王やユイ、冥精達も微笑ましそうに表情を綻ばせる。
冥府で自由に暮らしても良いし、現世で暮らしたり、遊びに行ったりするのも自由というわけだ。別の存在として分かたれて化身ではなくなるということは、呪法や封印術等も相互に影響しなくなるしな。
「それと……そなたの母やヴァルロスとベリスティオについてだが……」
「俺についてなら、罪を償うつもりでいる。自らの道を信じての行動ではあったが、その為に犠牲にしてしまった者がいるのは事実だ」
ベル女王が言及すると、ヴァルロスが答えて――水晶板モニターの向こうでフォルセトが静かに目を閉じた。ヴァルロスが……外の世界に出て行こうとした時に止めようとしたハルバロニスやナハルビアの者達の事、だろうな。それにヴァルロスの性格だと、魔人達を率いて行動を起こした後に犠牲になった人達も含まれているかも知れない。
そうした犠牲を無駄にしないためにも、ヴァルロスは立ち止まれなくなったのだから。
「私も同じだ。行動を起こした事に後悔はないが……子々孫々に呪いを背負わせた事については意図したものではなかった。そこについては償うべき罪があると認めている」
ベリスティオもそう言って遠くを見るような目をした。
「俺の信じたものも、少し形が変わっているが受け継いでくれている」
「そうだな。後の事はテオドールに任せると……そう信じた」
ヴァルロスとベリスティオの言葉に、ベル女王は静かに頷く。
「心情は理解した。そなた達は既に神格を宿している。妾に裁きの権限はないが……過去の例に照らし合わせれば罪への償いをして、更にレイスとして善行を積む事、となる、か?」
「前例に照らして考えるならば。確かに、罪もあるでしょう。ですが同時に世界を守るために尽力した事や今回テオドール公を助けるためにマスティエルとの戦いの場に身を置いた事も加味する必要もありましょう」
ベル女王とプルネリウスがそう言うと、二人は頷いて応じる。
冥府に来た経緯もベル女王に祈りを捧げての特異なものという事もあり、その辺も考える必要があるそうだ。
面会もできるように取り計らう等の配慮もする必要があるだろうと、プルネリウスは言う。
神格を宿している以上、現世と常世の間で祈りと加護のやり取りもできてしまう。だからこそ考えなければならない事もあるそうで、荒神や祟り神の性質等も考えると、単純に功罪だけではないという事なのだろう。
そうした話の内容に、テスディロスやウィンベルグも安心したように息をついて、オズグリーヴやリネット達も納得したというように頷いていた。
ヴァルロスとベリスティオの話が一段落したところでベル女王がこちらに顔を向けてくる。
「それから、テオドール殿の母君であるが……こちらはまた事情が特異よな」
「そう、なのですか?」
ベル女王の言葉に、母さんが目を瞬かせる。ベル女王は何かを探知するかのように母さんに軽く手を翳し、それから首肯する。
「やはりな。恐らくは現世に留まり、信仰に近い感情を向けられていた事。同時に高位精霊達からの加護を受けていた事から……そうさな。良い意味での変質が進んでいるようだ。有体に言うなら、亡者や神格者の霊体ではなく……妾達、冥精に近い存在になっている」
冥精に近い……。なるほどな。ベル女王は更に言葉を付け加える。
「冥府で暮らすのなら、やはり上層で、という事になろう。冥精であれば地上との行き来も可能であろう。それについて制限をするつもりもないが……まあ、当分は現世での顕現は難しいのではないかな」
「それは……分かりました。今後の事についても少し考えてみます」
母さんは真剣な表情で応じる。悪い報せではないというか、良い話の部類、だと思う。
そうして話をしながら進んでいくと、洞穴の出口が見えてくる。平原に出ると……そこにはディバウンズ達が待っていた。前線基地に戻っていた冥精達と、それから――。
「ああ――父上……!」
ベル女王が声を漏らして駆け寄る。
「ベルディオーネか……立派になったな」
冥精達から身体を支えられていた先王であったが、冥精から離れてベル女王を迎えようとしたところで、体勢を崩し、咄嗟にベル女王に支えられる。
「大丈夫、ですか? 父上」
「と、すまんな。力が衰えてしまっているようだが……まあ、次第に回復はするだろう」
それでも並みの精霊より遥かに大きな力を感じる先王であるが。
「帰ってきて下さって……とても嬉しいです」
「うむ……。そなた達がここに戻ってくるまでの間に、色々と聞かせてもらった。今日の冥府の在り様……よく力を尽くしてくれたのだな」
「父上との約束もありましたから。冥府の皆も……信じてついてきてくれました」
ベル女王の言葉に、先王は柔らかい笑みを見せていたが、少し真剣な面持ちになると口を開く。
「そう、さな。話をしたい事は色々あるが……まず皆の前で伝えておかなければならない事がある。こうして目を覚ましたが……今の冥府の形は良いものなのだと、そこな者達と話をしている内に感じた。王位を譲った者がまた戻るというのも問題があろう。ベルディオーネの女王としてのこれまで歩んできた道、そしてその立場は何一つ揺らぐ事はない、とここではっきりと宣言しておく」
「その言葉は――嬉しく思います」
それは、改めての引退と女王の正統性を認めるという意味でもあるな。先王として目を覚ましたからこそ、その辺をもう一度はっきりさせておく必要があるという事なのだろう。
「それから……テオドール公とリヴェイラ。そして共に戦った皆々。そなた達に私は救われた。あの暗闇の淵にあっても、そなた達の温かな想いは確かに届いていた。このローデリック、改めて感謝の言葉を伝えたい」
そう言って自身の胸のあたりに手を当てるローデリック。俺達も一礼して応じるとローデリックは穏やかな笑みを向けてくるのであった。




