171 拠点制圧
「……もう一度言ってみろ」
逃げてきた男達の報告に、首領らしき男は顔をしかめた。
森の中にあったのは地面を掘り抜いてから固めたような、盗賊団の拠点であった。洞窟よりは多少マシと言った感じの作りで、あくまで町を襲撃するまでの準備を進めたりするための場所なのだろう。
魔法建築に近い技術が使われていると予想されるが、それほど精密なものでもない。せいぜい雨風を凌ぎ、最低限の生活が可能な程度の仮住まいといったところだ。
「で、ですから、空から魔術師のガキが降ってきたんですよ!」
「多分、それ竜籠からですぜ。見たんですよ、俺」
「それに獣人やラミアや――やたら馬鹿力の使用人なんかもいやした」
「……他にもデュラハンとか……」
口々に言う一味の言葉に、首領は怪訝そうな表情をしながら念を押すように尋ねる。
「そいつらにあっさりと状況をひっくり返されたと?」
「そ、そうです。魔術師のガキがその。身体から獅子や山羊を生やしていてですね……」
全員が示し合せたかのようにこくこくと頷く。
「……何を言っているのかさっぱりだな。分かったから、もう行け」
首領は首を振る。そうして手下が出ていくと傍らにいた男に話しかけた。
「どう思うね。ライオネル」
「……あいつらがふざけているってわけじゃなさそうだが」
意見を求められた男――ライオネルはやや困惑した様子だ。
首領とライオネルは、2人とも魔術師らしき風体である。片方がバリスタや拠点作成といった魔法建築担当で、もう一方が死霊術という役割分担だろうか?
そこから推測するに、土魔法や木魔法に造詣の深い魔術師に加えて、もう1人が闇魔法を使いこなす魔術師ということになる。まあ、どちらがどちらと判断する情報はまだないが。
「まあ、連中の話の信憑性はともかく、負けたのは事実なんだろうさ。となれば……さっさとここを引き払うべきだろう」
「墓荒らしの真似事までしておいてこの体たらくか……」
墓荒らしというのはリビングデッドやらスケルトンやらを作るためにだろうか。
ライオネルは表情を曇らせたが、首領は譲らなかった。
「最初の一歩を躓いてしまってはな。敵が現れたのは竜籠からと言ったろう? 飛竜を使って近隣から兵を呼ばれでもしてみろ。逃げるのも侭ならなくなるぞ」
「……あいつらは迂回して逃げてきたと言ったが」
「そんな得体の知れない魔術師相手に、どれほど効果があるやら。それにな。恐らく捕虜として仲間を捕えられている。ここが露見するのも時間の問題だろう」
その言葉が決め手だった。ライオネルは疲れたように溜息を吐く。
「……仕方が、ないか」
「そういうことだ。失敗の旨は報告するしかない」
「あいつらは連れていくのか? どうせ俺達の素性なんざ知らないんだ。放っておいても……」
「駄目だ」
言いかけたライオネルの言葉を、首領は言下に否定する。
「偽装は必要だ。負け戦でもそれなりに振る舞わなきゃならんさ。隊商に偽装させて脱出を図る」
「そうかよ……」
苦虫を噛み潰したようなライオネルに、首領は笑う。
「なあに、どうせ傭兵団崩れの盗賊の首領なんざ、捕えられても尋問なんぞされまいよ」
「あんたの割り切り方が羨ましいよ。ドノヴァン」
また……何やらキナ臭いな。こいつらの背後にも何かいるってことでいいのか? どこかの貴族の家臣などが私掠目的で盗賊団を結成するということだってあるのだし。
ともかく誰かしらの意図があって、傭兵団だか盗賊団だかを率いている魔術師2人組。そして手下達はそれを知らず……と。
いずれにしても、ここまで来たら泳がせる意味はあまり無い。
このままカドケウスで奇襲してやりたいところだが、こいつらがローズマリーのように不意打ちを防御するための魔道具などを身に着けていると、不発に終わる可能性がある。逃走された際の追跡用にカドケウスはぎりぎりまで伏せておくのが良いだろう。
「……必要なことは大体分かった。突入する」
五感リンクで得た情報をみんなに知らせる。魔術師2人には、警戒してかかるべきだろう。そして、閉所での戦いとなるから飛行の恩恵を得られにくいが……まあ、そういう場所は迷宮探索で慣れているので。
「見張りは2人」
「私が」
アシュレイが動く。セラフィナの能力で茂みをかき分ける音も消されて、あっさりと射程内まで近づいた彼女の手から水魔法スリープクラウドが吹きつける。
眠りの雲に飲まれれば一瞬だ。見張り達は声を上げたようだったが音は無かった。そのまま崩れ落ちる。同時にシーラのアラクネアバンドから粘着糸が飛んで、見張り2人を拘束してしまう。
アジトの入口は茂みに偽装されている。パッと見では気付かないが、俺はカドケウスで中に入るところを見ているので問題ない。
内部の部屋などに不透明なところはあるが、首領のいる場所までは分かっている。
マルレーンがランタンに火を灯すと、見張りの片割れと同じ姿をした幻影が浮かび上がる。これに先行させて進もうというわけだ。
まず脱出経路を潰す。土魔法で入口を密封して誰も出られない状態にしてから制圧に乗り出した。松明の灯る通路を奥に進む。
「おい。お前、持ち場は――」
最初に遭遇した相手は1人。幻影の胸板を突き破るようにしてグレイスの手が伸びた。胸倉を掴むと、そのまま床に叩き付ける。
呼吸が止まるほどの衝撃を受けて悶絶した賊をアシュレイが眠りに落とし、粘着糸で拘束。一連の流れは全くの無音だ。遭遇した端から流れるように処理していく。
「残党は――食堂らしきところに集まってる」
開けた場所だ。首領のドノヴァンが撤収する旨を呼び掛けている。
町を襲撃する関係もあって人が出払っているから、拠点に残っているのは既に最低限の人員だけのようだ。作戦遂行中であったり、これから撤退することになるという関係もあってか、全員が武装してしまっている。
だがまあ――奇襲を仕掛けるのだからあまり関係ないが。
「行くぞ!」
食堂に飛び込むと同時に、人の集まっている場所に火球を叩き込む。
爆発、炎上。悲鳴が上がる。
「あああ! あの魔術師のガキだ!」
俺を見た賊の1人が叫ぶ。
「首領は俺が!」
「分かりました!」
分散した仲間達が賊どもに向かって突っ込む。乱戦になるのは承知。アシュレイとラヴィーネの作り出す氷の陣地で戦況を有利に運びつつ引っ掻き回す。考える余裕、態勢を立て直す時間は一切与えない。
元より、連中の腕前で俺の仲間に敵し得ないのは分かっている。俺の目標はドノヴァンとライオネルだ。
真っ直ぐ突っ込むが、腰の剣に手をかける賊どもが、目標との直線上に立ち塞がる。
「邪魔だ!」
魔力を纏ったウロボロスで大きく薙ぎ払って人垣ごと吹き飛ばす。
「舐めるな!」
ドノヴァンは退くでもなく、目標と見定められていることを察したらしく応戦に転じた。杖の先にマジックサークルが展開し、闇魔法第4階級ファントムイーターが放たれる。
牙を持つ霊魂のような、簡易魔法生命体を放つ魔法だ。
同時に複数発射。かなりの手並みではある。左手にシールド展開。ファントムイーターの攻撃を防ぎながらウロボロスで打ち払う。
「ライオネル! あいつは相当やばいぞ! 接近される前にゴーレムを出せ!」
「ああ!」
ライオネルが答えると、クレイゴーレムが複数出現する。ドノヴァンが闇魔法、ライオネルが土魔法。これで両者の役割もはっきりしたか。
だが向かってくるでもなく、ゴーレムを作り出したライオネルは即座に逃げに転じる。壁に向かって土魔法で穴を空けて逃走経路を作るつもりのようだ。
だが、甘い。
ライオネルの足元。影の中から硬質化したカドケウスの槍が飛び出す。
「何っ!?」
ライオネルの足を串刺しにするかと思われたが、奴の胸元で何かが弾けて、カドケウスの不意打ちは失敗に終わった。
やはり。防護のアミュレットを身に着けていたか。カドケウスの不意打ちは失敗に終わったが、ライオネルが作った壁の穴を塞ぐようにカドケウスが立ち塞がる。そのままライオネルに追随させるように槍の穂先を向けさせて、その選択の幅を狭めさせていく。
要するに、動いたら即座に攻撃するぞと見せることで逃走用の手を取らせない。
「メ、影水銀なのか……? いったいいつから――。いや、何だこの異様な動きの速さは……?」
俺は立ち塞がるゴーレムに一切構わず、ジグザグに間を縫ってその背中に打ち掛かった。
「ライオネル!」
俺のウロボロスによる一撃に対し、ドノヴァンが割って入る。黒い球体が生まれて、叩き込んだウロボロスから魔力が吸い取られて威力が殺されたのが分かった。一旦後ろに飛んで距離を取る。
闇魔法第5階級ブラックドランカー。魔力を飲み込み、魔法攻撃を打ち消す防御魔法だ。
この反応速度と魔法の選択。ドノヴァンの方は――相当実戦慣れした手練れだ。だが、まずはライオネルからだ。
闇魔法使いで死霊術を得意としているドノヴァンは、死体が用意されていないこの場では兵力を作り出せない。逃走経路とゴーレムを作れるライオネルからまず叩き潰す。
巨大なマジックサークルを展開。その規模にドノヴァンとライオネルが目を剥く。
「なんだ……その馬鹿げた――」
答えず、ドノヴァンに向かって飛ぶ。応戦しようとしたドノヴァンの目の前で転移魔法が発動。一瞬にしてライオネルの背後に回り込んだ。
「転移……魔法?」
おおよそ第8階級程度の魔法。続けざまに魔法を放つのは相当な無理をする必要があるが、今回はその必要もない。
ライオネルはぎりぎりでマジックシールドを背中側に展開したが、それも無駄。
シールドに向けて掌底を叩き込むとライオネルが苦悶とも驚愕ともつかない声を上げて前のめりに崩れ落ちる。
飛来したファントムイーターをカペラの炎の吐息が迎撃、ライオネルの頭部にエアバレットを叩き込んで完全に沈黙させながらも、シールドを蹴ってドノヴァンへと踏み込む。その全ての動作が殆ど同時。
「う、おおおおっ!?」
レビテーションを発動。飛び退って離れようとする。だが甘い。そこはまだ、俺の間合いだ。
「ぐああっ!?」
離脱しようとしたドノヴァンの足に、袖から飛び出したネメアの牙が食い込んでいる。振り回す。その過程でグレイスと視線が合った。彼女はその手に賊の襟首を掴んでいる。
「グレイス!」
「はいっ!」
グレイスが男を振りかぶり、そのまま砲弾のように投げつけてくる。
「待――」
そのまま遠心力を付け、ドノヴァンを男に向かって叩き付ける。ドノヴァンはシールドで激突を防ぐが、そこまでだった。後方から突撃した俺の膝蹴りが、ドノヴァンの後頭部に突き刺さってシールドとの間に顔面を挟み込んでいたからだ。ずるずると崩れ落ちるドノヴァンは、完全に白目を剥いていた。




