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番外1025 裁きの槍

 マスティエルの巨大な剣が暴風のように迫る。重力翼を操作して退避すれば、凄まじい勢いで剣が通り過ぎていった。質量が違い過ぎるというのもあり、至近距離を紙一重で避ける、というのは危険が伴う。よって大きく回避する必要も出て来るが、そうすると反撃が一手遅れてしまう。そこを覚醒能力で補う。


 鋭角な軌道で折れ曲がって突っ込めば、マジックサークルの展開に伴い、四方八方から形成された暗黒の弾丸が降り注いだ。

 周辺の魔力の変化を察知して射出点を予測。放たれる弾幕をすり抜けるように突き抜けて、すれ違いざまに術式を叩き込む。覚醒能力で思考速度や魔力制御を加速しているので、必然的に魔法の展開も速く、有効射程自体も延びている。

 レゾナンスマイン。音の爆弾がマスティエルの胸像がいる座標を捉え、爆裂を起こした。


 砕けた身体から漆黒の液体を撒き散らしながらも、爆発で受けた傷が内側から見る間に盛り上がって塞がっていく。元がアンデッドのような姿だから傷が治ったとは言い難いが、破壊した分だけダメージにはなっている。膨大な質量をもつから生半可な事では致命傷にならないだけで。


 呪法も試しているが、融合しているゴーレムに呪いの類への備えがあるというところまでは判明している。封印術とは違ってこちらは自動発動なのか、届かない。あまり刺激すると目覚めを早めさせてしまう危険が大きく、みんなの消耗もあって封印されている状態では迂闊に呪法戦を仕掛けられなかったというのも事実だ。


 カウンターとでも言うように呪法を仕掛けた数だけ、向こうからも呪いを作用させようとする干渉波が放たれ、それをこちらが対抗の干渉波で無効化するという……呪法戦に関してはマスティエルの化身と戦った時のような形になってしまっている。


 カウンターの呪法も少しずつ変化が齎されていて、その都度干渉波を対応して変えなければならない。ハッキング合戦のようなものだが、手の内を暴き切って対呪法防壁を突破するにはまだかかりそうだ。


 だがまあ。ルセリアージュの放った巨大な黄金の剣が魔獣の首を刺し貫いたり、ゼヴィオンの掲げた大火球が炸裂したり、ネレイド族や深みの魚人族の祖霊達が顕現して氷の弾幕を張ったり突撃したりと――共に戦っている面々も凄まじい勢いで奮闘している。

 大きな一撃を受けて、尚何事も無かったかのように高速再生してくるのは、耐久力と相まって非常に厄介ではあるが。


 だから――この戦いにおいて俺がすべき事は、巨人とマスティエルの胸像の持つ力を引き受け、可能な限り攻撃を叩き込んで削ぎ落とし、その体内の奥深くに潜んでいるゴーレムに一撃を届かせるという事になる。


 またも唸りを上げて迫ってくる巨人の剣。魔力光を噴出させて横っ跳びに避けるが、二段構えとばかりに弾幕を展開してくるのが鬱陶しい。分解術式も叩き込んでみたが、あの剣そのものも再生してしまう。


「行こう」


 新たにマジックサークルを展開すれば、手の中にあるウロボロスが楽しそうに唸り声を上げて応える。竜杖の先端から斬馬刀のような斥力の刃が出現して――。それを以って迫る巨人の刃を受ける。打ち込まれる角度と質量、勢いを分析。

 受ける角度、斥力の働く方向を変えて巨人の刃とそれを受ける衝撃を受け流す。剣と斥力刃の間に火花を散らしながら、すり抜けるように巨人の刃を最小限の動きで抜けて、光魔法の弾丸を、火球を、雷撃を叩き込む。


 弾幕、弾幕。凄まじい密度で撃ちこまれる魔力の弾丸と胸像が放つ魔法を避け、打ち消し、短距離転移で突き抜けて斥力の刃をマスティエルに叩き込む。

 間合いの内側に踏み込んでしまえば巨人の剣も無効化しやすいが、そもそも質量が違う。奴にとっては体当たりでも十分。俺を迎え撃つように肩を叩きつけてくる。

 分解魔法のバリアで抉り取るように受ける。


「はああああっ!」


 裂帛の気合と共に斥力の刃を突き立てたまま、爆発的な魔力光推進で巨人の肩から胸に向かって横一文字に切り裂く。傷口から黒い液体を噴き出しながら巨人と胸像が表情を憎悪に歪ませながら咆哮を上げる。


 マスティエルの胸像が動きを見せた。額の中に埋まっていた腕がめきめきと音を立てて外に出たかと思うと、俺に向かって暗黒の閃光を放ってくる。

 空間ごと切り裂くような閃光の斬撃。あちこちに開いた目から放たれる光弾。四方八方から降り注ぐ光芒。応射と爆発。流れる景色の中で放たれる雷撃。建物が迫ってくるかのような巨人の斬撃と斥力刃の火花。呪法の干渉波同士がぶつかって弾けて無数に砕け散る。


 胸像の目が大きく見開かれたかと思えば、そこから魔眼の呪力が放たれた。それを――こちらも仕込んでいたカウンターの呪法で受ける。恐らくは石化の呪法だろう。


 胸像の上げる怨嗟の咆哮が振動波となって。咄嗟にシールドで受けるが魔力衝撃波のように突き抜けてくる。逆位相の波を展開して咆哮を叩き潰し、制御能力を全力で稼働させながら切り結ぶ。


 頭が真っ白になっていくような高密度の攻防。巨人の指に斥力の刃を叩き込んで剣を取り落させるも、黒い液体が吹き出し、傷口同士を糊のように繋ぎ止めて剣を手元に引き戻す。


 巨人が上体を逸らすようにして間合いを無理矢理開くと、剣に漆黒の火花を散らしながら視界を埋め尽くすような、巨大な斬撃波を叩き込んでくる。短距離転移で斬撃波の向こう側へ飛んで、次の術を。次の次の術を展開して撃ち合い、斬撃と呪術を応酬する。


 めまぐるしい攻防の中で、巨人と共に獣の首が二つ、正面に向き合うように並んだ。気が付けば隣にヴァルロスとベリスティオがいて。ほんのわずかな間ではあるが、互いの出方を窺うように、睨み合うような形で攻防が、止まる。


「――調子は?」


 視線は正面に向け、構えたままでヴァルロスとベリスティオに尋ねる。


「悪くはないが、再生能力が厄介だな」

「確かに、埒が明かんな。奴の魂そのものに衝撃を叩き込んでやろうと思っているのだがな。その手の術には強固な対策が施されているようだ」

「呪法防壁があるんだ。破れたら合図を送るから、その時は思う存分やってくれ」

「期待していよう」


 そんなやり取りが終わるか終らないかの内に巨人と魔獣の首が動きを見せる。同時にヴァルロスとベリスティオが左右に飛んで。俺が真正面に突っ込んでいく。


 即席で呪法を組んで、ヴァルロスとベリスティオに向かって飛ばす。呪法と言っても双方向で意識を繋げるだけの無害なものだ。単独で埒が明かないならば、連係を図れば良い。それをやれるだけの実力は――互いに持っていると見込んでのものではあるが。


 呪法を通じてこちらの意思を受け取ったヴァルロスとベリスティオからも反応がある。次の瞬間、それぞれの動きが変わった。

 巨人の斬撃を回避して振り下ろされた瞬間に、その座標に向けて黒点が現れる。巨大な重力球。ヴァルロスの術だ。剣を握る巨人の腕を重力球に捕捉し掌を押し潰しながら粉砕していく。ヴァルロスに向けて迫る弾幕はベリスティオの放つ閃光が爆裂させて搔き消し、ヴァルロスと対峙している首にまで閃光が叩き込まれていた。

 俺もまた展開したメテオハンマーをベリスティオと対峙していた魔獣の首に向かって撃ち込む事で、行動そのものを阻害している。それらの一連の動きが、ほとんど同時。


 次の瞬間には元々互いが担当している相手に向かって切り込んでいって。思わぬタイミングでの同時攻撃を食らって、動きの止まった巨人や首に思うさま攻撃を叩き込んで離脱する。


『なるほどな』

『面白い』


 愉快そうなヴァルロスとベリスティオの反応があった。


『支援するわ』


 と、その時だ。カドケウスがそんな声を伝えてくる。ベル女王やリヴェイラの所に残していた、母さんの声だ。


『開け、鬼門よ!』


 今度はユイの声。空間に黒い穴が開いたかと思えば、光の楔が幾本も何もない虚空から現れて、こちらに向かって魔法を展開しようとしていたマスティエルの胸像を貫く。胸像が目を見開き、動きそのものが止まる。


 封印術に連なる術だとは思うがもう少し身体の束縛に寄った拘束術式のようだ。俺の封印術とも干渉しない……母さんのものか。あちらは、ユイとの連係。遁甲札で位置を変えながらの攻撃ではあるが、後方からの直接支援とは。ユイの鬼門も、相当な有効射程を持っているようで。


 母さんとユイにも、ヴァルロス達に送ったのと同じ呪法を送って。バロールを中継役にして貰って術式制御の負担を分散する。あちこちに連絡用の呪法を飛ばしながら。


 そうして、飛ぶ。飛んで、光の戒めを砕いたマスティエルの胸像の首を、斥力の刃で刎ねる。すぐに繋がってしまうが、展開していたマジックサークルが途切れた。

 ヴァルロスとベリスティオが俺に合わせて敵に攻撃を叩き込んで。俺へと飛んでくる応射を母さんの展開した光の壁が阻んで、弾幕に隙間が生まれる。


 飛び交う光芒をすり抜け、炸裂する爆圧を受け流し、斬撃を逸らして反撃を。

 無数の攻防の中、呪法で繋がったみんなとの連係の質、速度が目に見えて上がっていく。その分だけ、全体が攻勢に出られる場面も増えて。しかしそれでもまだ、再生能力も膨大な魔力も衰えを見せず咆哮を上げて巨大な顎から閃光を放出し、対空砲火をばらまいてくる。

 まだ。まだだ。もう少し。もう少しだけ。


 幾つもの術式を重ね、祈りによって流れ込んでくる大きな力を整えて放ちながらウロボロスを振るい、ネメアとカペラがシールドを蹴って、魔力光推進で逆方向に飛翔して。

 力を送ってくれる現世や冥府のみんなと。この場で肩を並べて戦う、みんなと。共に戦っている感覚。いくらでも力が高まっていくような。そんな感覚があった。

 また、新たに流れ込んでくる大きな力。上層に住む住人達や……それにこれは、先王か。後方で意識を取り戻して、俺達のために力を送ってくれているようだ。


「来た――!」


 そうして凄まじい数の魔法と呪法、斬撃を応酬しながらもウィズが解析を進めていたが――その呪法戦の解析が、終わる。


「解析した! 少しだけ時間を!」

『よかろう』


 ヴァルロスの返答と共に。みんなの意思が重なって。そこかしこで大技が炸裂する。全身から火花を散らすヴァルロスが、極大の重力球を放って、巨人も隣接する首も、その力場の中心に捉えようと膨大な力を放出した。

 その中でマジックサークルを展開。対呪法の機構を阻害する呪法を構築する。


 突っ込む。奴に突っ込む。俺の意図を理解したヴァルロスが重力球を霧散させれば即座に弾幕が殺到。それを母さんの展開する光壁が散らして道を作る。

 肉薄したマスティエルの胸像が、掌に暗黒を集中して俺を迎え撃つ。大上段。ウロボロスの先端を叩きつけるように両手で構えて。


「ジャアアッ!」

「受けろッ!」


 獣じみた声と共に凄まじい勢いで突き込まれた貫手が肩口を掠める。

 俺の一撃はと言えば、マスティエルの胸像の頭部に突き刺さっていた。


 攻撃に乗せて、直接対抗呪法を叩き込んでやれば――体内奥深くに潜むゴーレムにそれが届く。


 ――今ッ!


「捉えたぞ」


 マスティエル本体に手を翳すベリスティオの、喜悦を含んだ声。ベリスティオが目を見開き、牙を剥いて……力を込めて掌の中にある見えないものを握り潰すような仕草を見せれば、強大な余剰魔力が全身から白いスパーク光となって広がる。


 反応は――劇的だった。攻撃を受けても意にも留めないといった様子だったマスティエルの胸像や巨人、獣の首、巨獣の胴体が痛苦から逃れるように身を捩らせて、苦悶とも憎悪ともつかない咆哮を一斉に上げたのだ。全身から火花を散らして反撃すらもままならない。


「いつまでも維持はしていられんぞ? 今の内に、押し切れ!」


 ベリスティオの言葉。ここぞとばかりに皆の大技が火を噴く。あちらこちらで凄まじい爆裂が巻き起こって。


 俺もまた、遺跡の遥か上空に飛ぶ。目指すはマスティエル本体の直上。眼下の戦いを目にしながら、それを。その一点を見据える。


 ウロボロスを頭上に掲げて、マジックサークルを展開する。練り込む。流れ込んでくる魔力と、体内にある魔力を全て。覚醒能力を使って時間感覚を引き伸ばし、時間の許す限りにその一撃を練り上げる。


 斥力の斬馬刀を何倍にも大きくしたような白い輝きの奔流がウロボロスの先端から噴出する。光闇複合……スピリットバニッシャーの、応用系。名付けるならば――バニシングドライブ。

 掲げたウロボロスの先端。光の槍をその一点に向ける。いくつもの魔獣の首と巨人に護られた――胴体の中心部。目指すはベリスティオの技の、作用点。そここそがマスティエルの根源であり大元であり魂であり心臓部。


「――ギ」


 奴の背中に生じた目と、俺の視線が合う。牙を剥いて笑って。

 そのまま光の槍を構えて、直上から突っ込んでいく。魂への攻撃を食らって痛苦に悶えながらもそれだけはさせないと俺に向かって放つ。光芒を、閃光を、吐息を解き放つ。そのどれもが届かない。当たらない。頬を掠める光弾。空間に現れた鬼門に吸い込まれ、重力球が飲み込み、煙の渦が弾き飛ばして。


 俺の攻撃に合わせるように、笑うベリスティオが力の放出を止めて手を振り払った、次の刹那だ。


「つ、らぬ、けえぇえッ!」


 上空から声を響かせながら一直線に。光の槍が奴の一点、魂を貫く。胴体を貫通。地面に縫い止めるように串刺しにすれば、信じられない物を見るように背中の大きな目が見開かれ、一瞬遅れて絶叫が響き渡った。

 集束させた術式を解き放ってウロボロスと共に大きく後方に飛べば、光の槍は組んだ術式の通りに奴を大地に縫い止めたまま、その力を四方へと茨のように広げていく。


 刺された傷口から黒い液体を噴水のように周囲にばら撒きながら。首が、巨人が、胸像が、断末魔の長い長い悲鳴を上げる。


 串刺しにされた傷口を中心に身体のあちこちに亀裂が走り、余剰魔力が迸って。

 亀裂から白い閃光が四方八方に広がり――そうして術式が最終段階に向かう。スピリットバニッシャー本来の形に戻るように白い光の柱が大きく広がって噴き上がり、奴の身体を消滅させながら飲み込んでいく。魂を最初の段階で貫かれたからか、身体の末端部分に抗う術はなく……脱力しながら噴き上がる光の中に、砕けて散っていくのが見えた。

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― 新着の感想 ―
 かつてない規模と連戦の戦いも決着!  これまでのテオドールの戦いは基本的にラスボスと一人で対峙しながらも皆の想いが背中を押してくれる形でしたが、ここに来て彼と並び立てる力を持った有数の強者たちと共闘…
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