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番外1022 幾つもの想いと共に

「話していた方法なら儀式にも干渉しないだろうからな。私からも……お願いしたい」

「では――始めたいと思います」


 頷いて各所に連絡するための水晶板をその場に置いて、儀式場から祭壇側へと出る。

 大結界は特定の対象――つまり先王を封じ込める為のもので、リヴェイラは間をすり抜ける事ができたし、マスティエルも……転移魔法を用いて結界と隔壁を通り抜けてきた。


 内側から生じた存在が外に出て来るというのは想定外だったのだろう。隔壁がなければ祭壇部分までは踏み込めてしまう。元々余人の立ち入りが禁じられていた、というのはこのあたりにも理由があるだろうか。


 ベル女王の加護も働いているのか、ぼんやりとした光が俺の身体の周りに宿る。大結界の隙間を通り抜けて俺も祭壇の前まで移動した。


 さて。では始めよう。先王が眠りから覚めていない今なら……。いや、今だからこそできる事がある。

 祈るような仕草のままで歌声を響かせるリヴェイラの隣に立ち、覚醒状態となって金色の魔力を纏う。両手で持ったウロボロスを中空に捧げるように立ち、地面に描かれた魔法陣に干渉しないよう、空中に立体的なマジックサークルを展開する。


 掲げた杖の上に光の楔が出現する。封印術をより高度な術式にしたものである。封じるのは……根源の渦に由来する因子や特性だ。

 今まで集めた情報や、マスティエルとの戦いで収集した情報を元に術式を構築していく。マスティエルとの直接戦闘で魔力をぶつけ合ったり、呪法を叩き込んだ事で更なる情報収集もできたからな。


 あいつは冥精の力、つまり先王に由来する力と、根源の渦に由来する力の両方を使っていた。だから根源の渦に由来する力を可能な限り弱めて封印してしまえば、先王としての性質が強くなり、儀式の補強ができるというわけだ。

 マジックサークルの中で構築される光の楔が膨れ上がり、見る間に巨大になっていく。楔の周囲に光の鎖が回転するように出現して。


「行けッ!」


 楔を補強できるだけ補強してウロボロスを振り下ろせば、見上げるような巨大な楔が光の鎖を尾のように引いて、先王の身体――渦巻く暗黒の海の中に突き刺さる。

 眩い輝きを放ちながら叩き込まれた封印術が効力を発揮して、暗黒の海の表面から光の鎖が幾重にも飛び出して絡みついていく。獣の顔のようなものが暗黒の海から現れて咆哮を上げるが、それもまた光の鎖に絡め取られて沈んでいく。


 これで終わりではない。封印術に関しては幾つも重ねがけできるわけではないが、呪法ならば更に重ねる事ができるからだ。


 根源の渦が持つ侵食や変異の特性を封じた所で、更に術式を構築していく。

 ベル女王の想いや、話から聞いた先王のイメージや願いを術式の中に込める。冥精としての性質を補強し、根源の渦が持つ性質を掻き乱すような……そんな呪法だ。


「これは――」

「綺麗……」


 プルネリウスやユイが構築されたそれを見て、声を漏らす。


「恐らく、話していた可能性を実現できると思います。前に進めて、良いですね?」


 ベル女王に、尋ねる。ベル女王は俺の言葉を肯定するように加護を強めて応えてくれた。


 淡く暖かな光を散らして構築されていく、それは天使の姿にも似ていて。

 意図したわけではないが、呪法のイメージとして構築された存在というには神々しい。大きな光の天使が、抱擁するように両手を広げる。暗黒の海を包むように。光の帯が広がって、幾重にも包んでいく。


 ――繋がった。呪法をかけるという事は、相手との繋がりを持つという事でもある。

 先王に最初に用いた封印術は、根源の渦の力を弱める意味もあるが、呪法で相手との繋がりができた際に向こうからの侵食を受けることを未然に防ぐ意味合いもある。


 そうして、呪法での先王との回路を安全に構築した上で術の中に想いを込めていく。


 先王は――冥府を総べる王として魂を支配するような権能を持ちながらも、決してそれを行使しなかった。

 生者達の罪に心を痛めていた事。自身が災厄を引き起こしてしまった事を察知して、冥府の平穏の為に礎となって眠りについてしまった事……。失敗があったにしても、その心の在り様の優しさに起因している。


 ベル女王とリヴェイラの歌の……穏やかな内容。鎮める為の儀式にしてもその優しさを裏付けていて。だからこそ俺は、先王が冥府の平和のための礎として眠り続ける事を、許容したくない。それに眠り続けるだけでは問題が解決しないという事も、マスティエルという存在が証明してしまった。


 生者の持つ業が破局や罪を生む、というマスティエルの言葉も、一面では事実だ。だからそうした事に向けられる澱みや歪みが根源の渦と結びつき、長い年月の間に積もり積もってマスティエルという存在を生む一因になったのだろう。


 だけれど……どの時代にもそれを正そうとする者がいたのもまた事実で。その事はきちんと、伝えておきたいと思う。


 魔力嵐の為に自分の身を迷宮の核としてその人生を長い間捧げてきたクラウディア。

 死睡の王の所業を止める為に、封印を維持していた母さんもそうだろう。


 ヴァルロスやベリスティオだって、戦いを引き起こしはしたけれど同胞達の行く末を案じていたのは同じだ。敵であったはずの俺に、未来を託してくれた。信じて、くれた。


 エルベルーレ王の行いを止めようとして、死後も尚心を砕いてきたパルテニアラやネフェリィとモルギオン。


 魔人との戦いの中で知り合った人達や、ルーンガルドや魔界で出会った人達。彼らの顔や、その行いとそこに込められた想いが、いくつも脳裏を過ぎる。それを想いに込めて伝えていく。


 痛みを受けて身を二つに分けながらもそれでも地上に生きる生命を許し、見守ってくれているティエーラとコルティエーラ。分かたれた世界を維持しようと力を尽くしていたジオグランタと歴代の魔王達……。


 それに今こうして想いを伝えている俺だって、沢山の人に支えられてここにいる。母さんの事で怒りや恨みを抱えていたけれど、みんなはそんな俺でも受け入れて、支えてくれた。


 先王――それは貴方もそうなんだろう。ベルディオーネ女王もプルネリウスも、受け取った想いを無にしないために、今も尚、儀式を続けて祈りを捧げている。


 沢山の人の、歌と祈りが聞こえる。冥府の者達だけではなく。現世でもみんなが先王への歌を口ずさみ、その想いを無にしないために、平穏が続くようにと祈っている。


 眼前に広がる渦巻く暗黒の中に――そうした想いに強く反応する力と、それとは逆に逃れようとする力を感じた。


 獣の咆哮が聞こえる。暗黒の海が激しくうねって、そこから幾つもの怪物じみた形が浮かんでは鎖に縛られて沈み……その中から何か――人の形が盛り上がってくる。

 眠ったように目を閉じていて、脱力して動かないけれど、俺が込めた想いに強く反応していて。


「ああ……。父上……」


 ベル女王が、歌を止めて声を漏らす。

 そう。そうだ。その姿は威厳のある壮年ではあるが、ベル女王に面影がある。これが先王本来の姿なのだろう。


 強まる冥精の力と、反発して乖離していこうとする力を感じる。封印術や呪法から逃れる事で、削られて、奪われていく力を最小限に抑えようとしているのだろう。


 そう。これこそが俺の狙いでもある。

 根源の渦から分かたれた存在が生き物の業だというのなら、自分の力や領域を拡張していくのを本質とする存在であるが故に、自身の力が削られていくのは耐えがたい苦痛だろう。


 元々先王とは別の存在なのだし、取り込んだものを吐き出してしまえば別個の存在に戻るのだから。それに……先王にかけられた封印術と呪法からは逃れる事ができる。


「だがまあ……逃がさないがな」


 先王とは別個の存在だと認識できるところまで、それが乖離したところで封印術を叩き込む。改めて他者への侵食能力を厳重に封印してしまう。


 かつては業や衝動という……魂ですらない存在であったかも知れない。けれど、マスティエルのような人格を生み出す程に歴史を経ているのだ。今なら……打ち滅ぼす事もできよう。


 封印術が効果を発揮するのと同時に先王が暗黒の海から放り出されていた。それを中空で受け止めて祭壇の前に横たえる。仮想循環錬気を行って状態を確認していくが……ああ。大丈夫そうだな。ベル女王と仮想循環錬気をした時に近い。不自然な存在は宿していないように見えるから、今ので切り離されたようだ。


 その向こうでは暗黒の海が段々と縮んでいくのが見えた。先王の力を失った後に残った存在が、形を成そうとしているのだろう。


「今、確認してみましたが余計なものはくっついていないようです」

「父上と分離した、と。そんな日が本当に来るとは……」


 ベル女王は信じられないという表情を浮かべながらも言った。

 上手くすれば儀式に反応する部分とそうでない部分の性質の違いを利用して、こうした状況に追い込めるかもという可能性は、作戦会議の中で話をしていた。

 場合によっては封印されている存在と一戦交えるかも知れないというのも、保全部隊のみんなは覚悟の上でここにいるが……まあ、体勢を立て直す時間ぐらいは作れるか。


 カドケウスを神殿大広間に移して状況を見ていたが……外では黒い怪物達も活動停止し、残らず消失していくのが見える。

 先王と融合しているから、冥府全体に影響を与える事ができたわけだしな。


「そうなると、歌と祈りは……別個の存在となり、届かなくなる、か」

「はい。しかし、あれを叩き潰せば全てが解決するでしょう。目覚める前に強固な封印術を叩き込みました。僕が健在である限り、侵食能力は機能させません」


 冥精の力も失ったから、かなりパワーダウンしているのも間違いない。それでもまだ、相当な力を秘めているのも事実だが。


「では――保全部隊全員との連絡を。力が弱まっているから目を覚ましても封印はもちそうだ。それに……分離が成された以上は、父君の事も話をする事もできよう」

「承知しました」


 ベル女王の言葉に、プルネリウスが頷いて、俺が出しておいた水晶板モニターで現在の状況を各所に通達していた。

 これで……ようやくお膳立てが整っただろうか。体勢を整えた上であれを叩き潰せば、冥府の過去からの因縁を終わらせる事ができる。

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