番外1021 再会と眠れる王と
天を突くような吹き上がる光の柱の中で、マスティエルが崩れて消えていく。
術式を制御しながら転移魔法の反応であるとか本体の魔力反応の行方を見ていたが、魔法炎で焼かれて魔力の制御を掻き乱されている状態では、転移魔法の発動など無理だろうし、そういった反応は感知していない。魔力反応も消えたようだ。
マスティエル自身に食い込んだ呪法……ウイルスプログラムのようなものだが、あれに関しては最後の最後まで対象に食い込んで効力を発揮していたが、その反応も消失した。本体の方までは呪法が飛ばないように組み上げていたから想定通りの結果ではあるかな。
魔法炎の合成は……魔法の発動が難しくなるから呪法返しもできなくなるな。まあ、自分が似たような事をやられた場合の対策も考えておこう。
視線を向けるとデュラハンも頷いていた。まあ、マスティエルに関しては問題無さそうだ。
マスティエルの消失……というよりは魔法炎を受けたあたりから黒い怪物達の挙動も大分怪しくなっていたが、統制下から外れたり新たに増援が出るという事もなくなり、大半は自然に消失したり、残ったものも各個撃破されているようだ。
ヴァルロスが姿を見せたからか、テスディロスも随分と張り切っているようで、楽しそうな笑い声を上げながら、凄まじい勢いで残った怪物達を撃破していくのが見える。
組織だった行動や状況に合わせた変異をしないなら、あの黒い怪物達もそこまでの脅威にはならないか。出現する事そのものが、まだ問題が完全に解決したわけではないという意味でもあるが。
状況を確認して一先ずの息をつき、それから母さんと、ヴァルロスやベリスティオの所に飛んで移動する。
「ええと、その。ありがとう。助かったよ」
何と言うべきか迷ったが、まずは助けてもらった事に、礼を言っておくべきだろう。
話したい事はそれぞれで違うけれど、まだ予断を許さないからゆっくり話せる状況ではないし、そこについては共通している部分なので。
「うん。テオが無事で良かったわ」
母さんが目を細めて笑う。ああ……。何というか。
本当に胸の奥が温かくなるような、そんな優しい笑みだった。水晶板の向こうでもグレイス達が少し涙ぐんで手を取り合ったり、抱擁し合ったりしている。
それから母さんは、ヴァルロスとベリスティオを見やる。
「良いのか? 久しぶりの親子の再会だろう?」
「まだ、ゆっくり話をしていられる状況ではなさそうだからね。テオも……まだ気を張ってくれているもの。私も、我慢しないとね」
「そうだね。まだ、やらなきゃいけない事がある」
ヴァルロスの言葉に母さんがそう返す。俺もそんな母さんの言葉に笑みを返して応えると、納得したというように二人は頷き、俺に視線を向けてくる。
「では……伝えておくべき言葉だけでも」
ヴァルロスはそう前置きしてから、俺を真っ直ぐに見据えて言う。
「礼を言うのはこちらの方だ。約束を違えずに力を尽くしてくれている事に、感謝する」
「そうだな。オズグリーヴや隠れ里の者だけでなく、オルディア、だったか。あの娘も守っているようだし、私からも言葉を違えずにいてくれる事に、礼を言う」
ヴァルロスに続いて、ベリスティオも俺を見て言葉を紡ぐ。
二人を見て頷くと、ヴァルロスとベリスティオは小さく笑って目を閉じたり、頷き返したりしてくれた。
本当は……状況が許してくれるなら話をしたい事は色々あるのだが、一先ずこれから行動を共にするに当たっては、今は十分過ぎる言葉を貰っていると思う。ある程度、現世の魔人達の状況については把握しているようにも見えるし。
俺達がベル女王に視線を向けると頷く。
「では、神殿内部に移動して儀式の続きを進めていくとしよう。マスティエルの言葉を聞く限り、そう安心していられる状況でもなさそうだ」
「外の露払いは任せておけ」
「安全な場所での休息も必要そうな面々もいるしな。ここは譲ってもらおう」
ヴァルロスが掌から黒い火花を散らしながら言うとベリスティオも魔力を漲らせて不敵に笑う。まあ何というか……魔人達から一目置かれるわけだ。統率されていない黒い怪物達では問題にもならないだろうな。
「分かった。もし封印が解けた場合、解放された力が上に向かうように作られているらしいから、神殿直上には入らない方が良い」
「承知」
「んー。私は……大人しくしていた方がテオも集中できるのかしら?」
と、背中に光の翼を展開して、母さんも怪物達と戦い出しそうな雰囲気を見せているが。
「あー。そうかも知れない。回復役になってもらえると助かる」
「分かったわ」
と、母さんは明るく笑って応じていた。
そうして、展開していた保全部隊に集合の号令がかけられ、神殿内部……大広間で待機という方針が伝えられる。損耗状況の確認を進めつつ、回復できる者は回復するといった具合だ。アイオーンとの戦いでリネット達も手傷や消耗もあったが、冥精達なら亡者や神格者の回復もできるとの事だから諸々安心だ。
テスディロスやウィンベルグは「ヴァルロス殿のお手伝いを!」と気炎を上げていたが「では、魔力を温存しつつ、神殿入り口を守っておけ」と返されて神妙な表情で頷いていた。
オズグリーヴもベリスティオとは久しぶりの再会だから挨拶をしていたようではあるが、雰囲気は悪くなさそうだ。
いくつか残っているマジックポーションを少し残しながら渡しつつ、大広間からベル女王と共に地下にある儀式場へと向かう。
「すまぬな。現世に留まっていたそなたの母を、巻き込むような事をしてしまった」
「いえ……。きっと母さんは、こうして助けに来る事を望んでいたと思います。そういう人ですから」
母さんの行動や判断は、母さんのものだ。それについては尊重すべきものだろう。
それに、母さん達からベル女王に祈って呼びかけたようだしな。その辺はまあ……冥府の状況や上層の様子を知った今となっては、不安に思う事も無い。
後は……今の騒動を解決すれば……母さんに関しては何も心配はいらない。そう思えば……気合も入ると言うものだ。
「おお、ベルディオーネ陛下。ご無事で何よりです」
「ああ。良かった……!」
と、地下通路の向こうでプルネリウスやユイ、ヘルヴォルテやベリウスが顔を出す。バロールとウィズも飛んできて、ウィズが俺の方に戻ってきて帽子として収まり、ウロボロスやカドケウス、ネメア、カペラとも挨拶をし合っていた。うむ。
「ただいま。ユイ達も無事で良かった」
「うんっ」
ユイもにっこり微笑んでこくんと頷く。大分疲れているようではあるので、各種ポーションを渡しておこう。
「今の状況は?」
「リヴェイラ殿が頑張ってくれておりますが……状況は芳しくないですな」
「化身が戦いに身を置く事で本体を刺激する、というのがマスティエルの狙いであったようだからな」
ベル女王とプルネリウスが言葉を交わす。
「妾も、リヴェイラに力を送り、共に歌を捧げよう。他の者への説明や作戦があれば、そなたの判断を頼りにしている」
「承知しました」
地下通路を抜けて、儀式場に到着したところで、ベル女王も結界の向こうにいるリヴェイラと先王を見据えながらその場に片膝を突き、祈るような仕草を見せる。そうして、リヴェイラに合わせるように歌声を響かせる。
リヴェイラとベル女王の歌声が重なる。澄んだ歌声が広がって。
祭壇に向かい合うリヴェイラは柔らかく淡い光を纏っていたが、その身体に纏う光が強くなり、ベル女王もまた身体に同じような光を纏う。
結界の向こうの先王……渦巻く暗黒がうねる。魔力反応からすると、活性化している部分と鎮静化している部分があって……歌声がきちんと影響を及ぼしているのは間違いない。眠りを維持するだけでなく、目覚めてしまった時に鎮めるための歌でもあるのだろうが……眠りを維持できるかどうかは俺の見立てでは半々といったところかも知れない。
「各所に残した水晶板を使えば、連絡は何処にでもできます。それと――幾つかまだ打てる手もあるかと」
みんなで祈りを捧げ、歌を届けるというのは正攻法ではあるが、先王がまだ眠っている段階で、マスティエルという邪魔者を排除できた今だからできる選択肢も増えている。
そのあたりの方針、非常時の対応策も打てる手の一つという事で可能性も含めて作戦会議中に話をしてあるからな。プルネリウスに伝えると俺の言葉に神妙な面持ちで頷いた。