番外1020表 因果結集
膨大な魔力が渦のように流れ込んでマスティエルの力が増していく。先王――いや、渦から分かたれた衝動から魔力を供給されているのか。
余剰魔力の黒い雷が周囲に散り、やや緩慢な動きで俺に向かって諸刃の大鎌を構え――。
次の瞬間、間合いを潰す。ウロボロスと大鎌が激突して衝撃が走り、そのままの距離で打ち合う。
横薙ぎの一撃をウロボロスで逸らして跳ね上げる様に魔力を込めた打擲を見舞えば、上半身を逸らすように避けて、反撃への反撃とばかりに胴体回りを回転してきた大鎌の先端が、躱した一撃目と同じ方向から迫ってきた。
間合いを詰める。掌底から魔力衝撃波を叩き込むが、冥精であるが故か、それとも膨大な魔力を持つが故か、衝撃ごと飲み込まれた、という印象の感覚があった。
大鎌の柄に対して垂直に付けられているハンドルを引いて、背後から刈り取るような斬撃が迫る。ウロボロスを突き立てて背後からの一撃を防御しながら俺自身はウロボロスの石突側を握ったまま垂直に跳ぶ。
回避する勢いに乗せて、頭上から奴の背中に向けて、火花を散らすウロボロスの一撃を振り抜けば、転身してその一撃を避ける。
マジックサークルが展開。突き出される掌から黒い雷が放たれる。奴がマジックサークルを展開した時にはこちらもマジックサークルを展開して魔法を構築していた。土魔法第6階級ソリッドハンマー。
形成される大岩に漆黒の雷が叩き込まれ、一部を砕かれながらもマスティエルに高速度で打ち出すと同時に横に跳ぶ。叩き込んだ大岩が二つに切り裂かれて、マスティエルが突っ込んできた。
神殿。ピラミッドの斜面上に場所を移してウロボロスと大鎌とで切り結ぶ。一撃を受け止めた瞬間。水が溶けるように大鎌が実体を失ってウロボロスを通過したところで再度実体化した。そのまま振り抜かれる。側転して斬撃を避けながら爪先から奴の目を狙って光弾を放てば、マスティエルも大きく後ろに飛び退いて避けた。
そのまま反転して突っ込んでくるのかと思いきや、マスティエルは構えながら俺を睨む。
「貴様の魔法には……発動する規模に比して普通はあるべき、溜めがない。私の魔法を見てから特性を見抜いた。そこまではいい。だが事前に用意していたかのように後出しで転移を阻害したり、土の魔法を選択していたな?」
マスティエルの、その問いかけには答えない。ウロボロスを構えて魔力を高める事で応える。
「であれば、未来予知か、時間への干渉か。いずれにせよ生者には過ぎた力だ。より強い力を手にしようとする。そんな業を持つから大きな罪業や破局を生むのだろうな」
憎悪を込めながら、笑う。生命は存在し続けるためにより良い環境だとか、自らの力――領域を拡大する事を望むものだが、それが罪や失敗に繋がる、と。そう言いたいのか。
「お前も……根源の渦の衝動から生まれたからか。大してやろうとしている事も変わらないように見えるがな。普通の冥精とは目的が違う」
そう言うとマスティエルは歪んだ笑みを見せた。
「そうだ。意識を宿してしまった以上……ただあの無意識の海と封印の内で眠るだけの事を良しとするなど、馬鹿げた話だ。私は私として在るために前に進む」
そうして、魔力の火花を散らしながら言い放った。
「何を憚る事があろうか? 根源の渦とて私と由来が同じ存在であるというなら、支配してみせるさ。そうなれば……この身を焦がす衝動や憎悪からも自由になり、あの愚かな王が思い描いた理想すらも、実現されるだろうよ」
片目を見開いて、それが素晴らしい事とでも言うように、笑う。
そう、か。やはり話に聞いた先王でもなく、普通の精霊とも、邪精霊とも違う。
生命の抱える業と、先王の想いや冥精としての目的意識だとか。そういうものが歪んで混ざってしまった結果が、これだ。
存在したいと願うのは分かる。それは否定しないし、できない。
だが他者との落とし所を見つける気がないとするなら、冥精にとっても生者にとっても、それは脅威であり敵でしかない。ぶつかり合って、どちらかが消えるまで終わらない。
様々なものが混ざって歪んでしまっているが、結論は単純な話だ。結局は我を通すか通されるかという、弱肉強食の理論でしかないから。
「だとするなら負けて淘汰されても文句はないな?」
「くくく、淘汰されるのは貴様らだがな!」
俺の言葉に凄絶な笑みを見せて。翼を広げたと思うと余剰魔力の雷を纏いながら凄まじい速度で突っ込んでくる。
こちらもヴァルロスの重力翼を展開して加速。一撃を叩きつけるように交差した。反転。神殿の上空で残光を残しながら幾度も絡み合って激突し、弾かれては切り込んでいく。
覚醒魔力をして打ち負けない程の膨大な魔力。世界に跨る存在の規模、とでもいえば良いのか。それが大きすぎる為に、奴に流れる時間へ干渉して直接操作するのは――少なくとも戦いの最中では難しいだろう。
俺自身に流れる時間への干渉であるとか、外に現れた現象への干渉はできる。だが――前提として転移を阻害するための手札を確保しておかなければならない。奴は――俺自身と戦いながらも、リヴェイラに直接手を下しに行く事を諦めてはいないからだ。
事実、切り結びながら、俺の阻害術式を無効化しようとしている。それを更に無効化する術式を組んで――結果として、いたちごっこのような魔法構築と互いの放つ術式への干渉波を放ちながらの戦闘となっている。
アイオーンを作った事もそうだが、先王の記憶と冥府に蓄えられた知識。本体から供給される魔力。そうした物が組み合わさった結果、大概の事ができるだけの魔法的知識と魔力量、そして制御能力を持っているのだろう。
馬鹿げた速度で流れる景色の中で、慣性を無視するような鋭角軌道で折れ曲がって、高速度ですれ違いざまの攻撃を叩きつけ合う。眼前に迫ってくる大鎌の刃をすり抜けるように回避して転身。背後から打撃を見舞えば加速して反転。頭上に向かってウロボロスを振れば衝撃が走って互いに行き違う。
そんな攻防の中でも手の中でせわしなく紋様を変えるマジックサークル。合わせるようにこちらの手の中でもマジックサークルが展開して、機を見計らったように干渉波が広がる。呪法の心得もあるのか、解除に対するカウンターが仕込まれていて。
こちらも打撃を放ちながらも干渉波を組み上げて放ってやる。呪詛に対する呪い返しのカウンター。互いの呪詛が可視化されて、獣と髑髏が互いを食らい合って消滅する。
メキメキと音を立てて、奴の肩口が黒い水のような不定形なものになったかと思えば、竜の頭部のようなものに変形し、そこから閃光を放ってきた。
通常の魔法ではマジックサークルからでは偽装しても術式を読まれて対応されるから、もっと奴の根源に沿った能力の行使をしてきたわけだ。根源の渦が宿す衝動が形を成したものと言えば良いのか。
放たれる閃光が空を引き裂いて、天地を飛び回りながら二度、三度と回避して突っ込む。大上段。ウロボロスを叩きつけた瞬間に放たれる閃光を皮一枚で避けて、分解術式で構築したダガーを竜の頭に叩き込む。
苦悶の表情を浮かべながら眉間を抉られた竜の頭がマスティエルの体内に引っ込んでいく。代わりに差し伸べるように伸ばした左手から、百足の大顎のようなものが飛び出して俺の胴体を切断するような動きを見せた。
ネメアとカペラが、左右から迫る大顎をそれぞれ止めて。集約させた魔力衝撃波を真っ向から百足の頭に叩き込めば、内側から弾け飛ぶ。
吹き飛んだ百足の断面から大鎌が飛び出して、鞭のようにしなりながら斬りつけてくる。半身になって避ければ、寸前までいた空間を引き裂くような一撃が通り過ぎていった。
即座にウロボロスを跳ね上げて打撃を見舞う。百足が左腕の形に戻って引き戻され、手にした大鎌の柄で俺の一撃を受け止める。鍔迫り合いのような形になって、周囲に大きな火花を散らす。
重力制御と魔力放射で鍔迫り合いに押し負ける事はないが――不意に大鎌の形が不定形になってすり抜けた。今度は、予期している。大鎌もまた奴自身の存在に起因して、そういう形に固めているものなのだろう。
シールドを多重展開して檻を作る事で大鎌の行き場を無くし、ウロボロスの先端から斥力の刃を形成して、重力制御で勢いをつけて、マスティエルの肩口から斬撃を叩き込み――振り抜く。
袈裟懸けに斬撃を浴びせる形になった。普通の生命体ならば今ので戦闘不能になってもおかしくない手応えだが、冥精であるマスティエルには致命傷にはならない。
斬りつけられた断面は渦巻く暗黒。即座に塞がって、大鎌を手の中に形成し直すと、そのまま斬撃を浴びせてきた。
逸らして攻撃を叩き込む。攻撃が交差して激突する度に衝撃波が俺とマスティエルの間を分かつように広がる。
溶けるようにウロボロスをすり抜けてくる大鎌を、シールドで囲えば身体の中に大鎌が溶けて。別方向から大鎌が迫る。返し技への返し技。シールドを展開しながら拳を跳ね上げて大鎌の軌道を逸らす。
槍のような蜘蛛の脚部がその背中から飛び出して、それを展開した黄金の舞剣で刺し貫き、空中に縫い止める。動きを止めたそこに――。
「焼き払えッ!」
金色の魔力にゼヴィオンの炎熱特性を乗せて。極炎の熱波を構築して浴びせかける。蜘蛛の脚が焼け焦げ、マスティエルは飛び退る。
下がりながらも熱波の範囲から抜け出し、そのまま大鎌を振るえば、巨大な斬撃波が凄まじい速度で迫ってきた。飛び越えるように飛翔し、幾度か折れ曲がるような軌道で突っ込む。
魔力の消費は――問題ない。ティエーラや現世のみんな、冥府のみんな。大きな力が流れ込んで、いくつもの力で背中を支えて貰っているような。そんな感覚がある。だから――先王本体から力の供給を受けているマスティエルとも、問題なく戦えている。
翼をはためかせて飛翔する、並走しながら切り結ぶ。
斬撃と打撃の交差。弾ける衝撃波。大鎌の刃が紙一重の空間を切り裂き、踏み込んで一撃を繰り出して、互いの術式への阻害術式を組んで打ち出す。構築する呪法と呪法がぶつかり合って周囲の空間でひっきりなしに弾け飛び、武器を打ち合わせれば、変形した獣の口が現れ、そこからの光芒が閃く。正面から光弾を叩き込んで相殺。巨大な爆風が広がる中、魔力反応目掛けて突っ込む。
単純な攻防、武芸という話をするならこちらの方がやや上だ。
ただ、人型に近い形をしていても、それは見せかけでしかない。内に宿した因子を変異させて解き放ってくるから――かなり変則的な攻防になる。
掻い潜って分解術式や斥力の刃を叩き込み、削り取る。それが――即座に再生されてしまう。打撃や刺突、斬撃を無数に応酬する中で、マスティエルは崩されない程度の攻撃を敢えて通しながら、その場での反撃を見舞ってくるという戦法も見せてきた。
至近戦。打撃も織り交ぜられて、攻撃を受け、逸らす度に軋むような、重い衝撃が突き抜けて行く。不死……いや、不滅に近い、か。削っても本体からの供給ですぐさま回復してしまう。
「やはり、な。貴様への力の供給よりも、本体が近い私の方が力の集束も、速い」
敢えて受けようとする打撃の中に呪法を織り交ぜるが、それには反応してまともに貰わないように受け止めてくる。
僅かに頬のあたりを切り裂かれる、が、浅い。踏み込んでウロボロスをかちあげれば打撃を受けながらも笑って後ろに跳ぶ。
マスティエルが掲げた大鎌の上に、巨大なマジックサークルが展開され、膨れ上がる暗黒の塊が生じた。凄まじい魔力の放射。
大規模な魔法――現象の展開の速さは精霊故。それは覚醒能力で補って同等にまで上がっているが、自身の方が魔力の供給速度が上だ、と?
だから大魔法の打ち合いになってすら勝ちの目があると見ているわけか? ならば、俺にその一撃を当てる為にこいつは何をするのか。
その視線が、地上に向けられる。笑うマスティエル。その視線の先にはベル女王を守って戦うみんなの姿があって――。
俺にではなく、暗黒の砲弾を地上に向けて放とうとするマスティエル。
重力翼を制御し、魔力光推進で加速。射線上に割り込むように回り込みながら、俺もマジックサークルを展開する。光魔法第9階級スターライトノヴァ――。
火花を放つ暗黒の塊と巨大な閃光が激突し、ウロボロスを通して、大魔法同士の激突で生じる重い衝撃が走る。互いの術式が干渉し合って雷が禁忌の地の外壁を焦がしていく。
そこに――黒い怪物達が突っ込んできた。シールドを構築して受け止めるが、先端が骨の槍のように変異した怪物が、シールドを侵食するように抉ってくる。ネメアとカペラが払いのけるが、多勢に無勢。シールドを突き抜けて、脇腹を抉られて――。
そこまで、だった。こちらに向かって突っ込んできていた黒い怪物達の一団が、それ以上の膨大な黒い球体に包まれて、一点に集束されるように押し潰されていく。
俺の術ではない。この術――この術は――。
「――久しいな。相変わらず、お前の周りは騒々しい事だ」
声の方向に目を向ける。そこに俺を守る様に立つあいつの――ヴァルロスの背中があった。
「お、おお……」
オズグリーヴが声を漏らす。もう一人の魔人、ベリスティオが腕を振るえば閃光が奔って、再び集まろうとしていた怪物達が爆発の中に消える。
「だがまあ、約束は守ってくれているようで、感謝はしている」
そして、もう一人。
「――テオが戦っているみたいだから。女王様にお祈りしてお願いをしたら、この場に出る事ができたの」
背後から、懐かしい声がする。抉られた脇腹の痛みが、消えていく。引いていく。ああ。そう。そうか。ベル女王が。
自分が力になれると言う場面なら、そうするように願うだろう。あの上層の様子なら……きっとまた、何時だって会う事ができる。冥府に行って欲しくない、というのは、きっと俺の我儘なのだし。
だから、勝つ。込み上げてくる想いを術に練り込むように、スターライトノヴァを押し込む。拮抗していた大魔法であったが、こちらの術式が押し始めた。
「ちっ!」
不意に負荷が無くなる。こちらの術が一気に押し切って爆発が起こった。ここに来ての助力もある。単純な出力勝負では形勢が悪いと見て、この場での押し合いは譲った形か?
「行くよ。あいつを、どうにかしないと」
「ええ。行ってらっしゃい」
「決めてくるといい」
魔力は回復し切っていないが、転移魔法があるので奴に自由にさせるわけにはいかない。真横に飛んでいくマスティエルの魔力反応目掛けて、こちらも突っ込む。干渉波を放って転移魔法を阻害。反転して切り込んでくるマスティエルの攻撃を受け止める。
その時だ。眠りの封印結界が解除された。あちこちで戦っていたアイオーンも叩き潰されているようだ。眠りの封印結界の解除は――神殿下部でアイオーンが倒されて、プルネリウス達の行動が自由になった結果だ。
「これで、儀式も滞りなく前に進む」
ウロボロスと大鎌で押し合い、火花を散らしながらそう言うとマスティエルは笑う。
「くく。亡者の加勢が来た程度で調子に乗っているようだが。貴様らとの闘争……その昂揚によって我が本体の覚醒は近付く。ベルディオーネの化身が儀式を行おうが、既に無駄な事だと知れ」
闘争の中での昂揚。闘志が本体を呼び覚ます、と。最後に待ち伏せをしていたのは、最初から戦いになっても封印を解く算段があったから、か?
だとするならリヴェイラの身柄を抑えようとしたのは何故か。最初から戦いを仕掛ければ良いだけなのに。
「お前を叩き潰せば関係のない話だ。本体は先王の意識と無関係じゃいられないから、化身を切り離して活動しているんだろう?」
幾らでもやりようはある。最大の協力者を内包しているという事でもあるし、呼びかける事のできるベル女王や、リヴェイラは健在なのだから。俺の言葉に、マスティエルは笑みを深めた。
「そうだな。だが、お前にはそれが可能だったとしても、最早できない。何故わざわざこんな話をしたと思う? やや手古摺ったが、生者や亡者相手なら先程鎌で付けた頬の傷だけで事足りるからだ! 冥府を総べる王の権能という奴を見せてやろう!」
「権能、だと!?」
ベル女王が目を見開く。
「くく、知らぬのも無理はない。冥府が始まって以来、行使された事のない力だからな!」
大技の撃ち合いに持ち込んだのは練り上げた魔力で受ける事もできないようにだ、と。
そう言って。マスティエルは足元に魔法陣を展開する。そうして、全方位に黒い風のようなものが広がった。
吹き抜けていく――。ゾッとする程冷たい。深く冷たい水底のような。ああ。この感覚。知っている。それは死の風だ。
術の構成としては呪法に似ている。マジックサークルを見て取って咄嗟に返し技を構築したが、それは何の意味も無かった。
先王の権能。それは恐らくこの世界の魂を総べる力。僅かな傷一つで対象を影響下に置き、魂を奪うというような。冥府を総べる、死の神としての力。
だから。当然の結果として。
重力翼が四散する。力を失ったように落下していく俺に、マスティエルはにやりと笑った。
だから――。
俺には意味がない。返し技も構築していたが、その意味も無かった。
手刀をマスティエルの身体目掛けて叩き込む。
「見込み違いだったな」
「な、に!?」
驚愕の表情を浮かべたマスティエルが大鎌を振るう。回避しながら体勢を立て直し、シールドを蹴って、大きく後ろに跳んだ。信じられないというように俺を見てくる。
「何故、今ので死なない!? そんな事が……そんな事があるとするなら……!?」
理由を答える必要はない。ウロボロスを構えるも、かなりの衝撃だったのか、驚愕の表情のままで、俺を見てくるマスティエル。
そうだ。そんな事があるとするなら、この世界に由来する魂ではない、という事だ。冥府の王に紐付けられた魂ではないから、そこを起点にした呪法の対象にはならない。
魂が別の世界から迷い込む何らかの原因……例えば次元の歪み等で、この世界に違う世界から魂が迷い込むような事があったならば。
それがきっと、俺という存在なのだろう。先王の封印が解けかかって次元の歪みが生じたと記録にはあった。時期としては俺がテオドールとして生まれる、少し前の出来事だ。
他ならない冥府での歪みだったからこそ、魂がこちら側に落ちるような事になった。
輪廻の渦に落ちても、記憶の漂白も上手くいかなかったのは、別の世界の魂だったから……波長か何かが違っているのかも知れない。
並行世界の俺は自分の意思で地球や並行世界に干渉しているけれど、それ以前の原因……多分、最初の切欠として地球の記憶を持った俺が生まれた、というのはそういう事だったのだろう。
だがまあ、それを説明して――マスティエルが理解できるとも思えない。話すだけ無駄だ。
「優しい王なんだな、先王は。そんな力を持っていて、振るうのを良しとしなかった。そういう力をわざわざ使った事は気に入らないが……それより、お前に謎解きをしている余裕があるとでも?」
「な、に? ぐっ!?」
マスティエルが胸のあたりに手をやって苦悶の声を漏らし、身体が揺らぐ。
勝ち誇ったところでの意識の間隙だ。直接術式を叩き込んで効果を出してやるには充分過ぎた。
「な、んだ、これはッ!?」
背中から、極彩の炎が噴き出す。何と言えば良いのか。あれは魔力を燃料として乱してしまう魔法炎だ。ローズマリーがオルジウスの絵の中に囚われた時に使っていたあれだ。あれを合成する呪法生物を直接叩き込んでやった。
眠りの封印結界には対策をしているようなので、封印術には対抗手段がある事を想定して呪法に付随する特殊な攻撃で相手の行動の阻害を狙った。内部から魔力の流れを乱されて、魔法行使や呪法の解除ができるのなら、それこそ驚きであるが……まあ、効果は十分なようだ。
ウロボロスを構えて魔力の火花を散らし、重力翼を再び展開。みんなが、力を送ってきてくれている。まともに魔力供給もできなくなっているマスティエルと違い、俺の方は魔力が急速に回復していく。
「貴、様ごときに――!」
最後までは言わせない。全速力で突っ込んで、すれ違いざまにウロボロスの一撃を叩き込んでいた。弾き飛ばされるマスティエルを追うように、高速飛行しながら一撃、二撃と、楽しそうに唸り声を上げるウロボロスを叩き込んで、右に、左に跳ね飛ばす。
「がああッ!」
咆哮。こちらに向かって伸ばした腕が、形を変える。竜の顎のように変形して――そこまでだった。竜の顎から光が放たれる事はなく、身体のあちこちから極彩の炎が噴き出し、変形したそれも崩れてしまう。
翻って。こちらの魔力はこの短期間ではあるが、回復し切っている。相手が冥精であるというのなら、使うべき術式は決まっている。こいつは本体の所にも、根源の渦にも、還さない。
「う、お、ぉおあおああああぁああああッ!」
展開したマジックサークル。術式の規模にマスティエルが声を上げた。構わず、術式を発動させる。光、闇複合術式スピリットバニッシャー。
「失せろ」
ウロボロスを振り上げれば、巨大な光の柱がマスティエルを飲み込んだ。