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番外1020裏 冥府動乱・3

 幾条もの光芒が走り、黄金の剣が飛び交う。ルセリアージュの操る舞剣をアイオーンのハルバードが受け止めて。蟷螂の副腕で弾いて真っ向から突っ込んでくる。


 ルセリアージュにとって、変異アイオーンははっきり言えば相性の悪い相手、と言えた。黒い怪物達と融合した群体であるが故に立体的な攻防を得意とし、重厚な装甲を纏い、痛覚も恐怖もない。


 ルセリアージュの操る22本の黄金の舞剣は、相対する敵にとっては常に恐怖の対象であった。視覚外、認識外から実体化する刃に切り裂き、貫かれれば、致命まで行かずとも勝敗は大きくルセリアージュに近付く。


 だが――怪我や痛み、恐怖の概念すらないアイオーンは黄金の舞剣を目にしてもただそうあるものとして対処してくる。副腕による手数の多さも舞剣に対応をしやすくしているだろう。


 それでも。ルセリアージュにとっては戦いを忌避する理由にはならない。

 どんな相手であろうが、切り刻み、地に縫い付けて勝ってきたのだ。ゴーレムであろうが魔法生物であろうが。ましてや、今日の戦いは特別だ。


 上下左右。主腕と副腕。ルセリアージュの手にする剣と舞剣との間で、一対一の戦いとは思えない程の、凄まじい密度で剣戟の応酬が巻き起こった。


 大きく弧を描くように回り込んでくる副腕の斬撃を、同じく弧を描いて飛来した黄金の剣が迎え撃つ。踏み込んできたアイオーンの頭部を刺し貫くように。実体化した黄金の舞剣が真横から飛来。頭部を後ろに逸らしながらハルバードを跳ね上げれば、両腕に握った舞剣で交差させて受け止める。


 退かない。互いに退かない。足を止めて切り結んでいるはずが、群がる怪物達は刃圏に踏み込む事も、アイオーンの支援をする為の砲撃を行う事も許されなかった。

 その一切はルセリアージュに届く事は無く、横槍を入れようという動きを見せた者から正確無比に黄金の舞剣で貫かれている。


 薄く広く展開した黄金の霧は、その領域に踏み込む者を見逃さない。

 生前は魔人としての特性で感情を読み取っていたが、魔人でなくなった今は別の手段を模索する必要があった。

 だから――黄金の霧を感知の網としても活用する術を新たに身に着けたのだ。それにより、生前と遜色のない舞剣の結界を構築している。


 能力行使に高い制御能力を必要とするが故に、ルセリアージュもまた多対一の状況や、多面的、立体的な戦いを得意とするのだ。アイオーンの手数が多くとも、それに対応して舞剣を操ってみせるという自負があった。かき鳴らされる剣戟の音色と共に、無数の火花がルセリアージュとアイオーンの周りで散る。


 苛立ったような咆哮と同時に変異が起こる。翼が軋むような音を立てながら大きく広がって、黒紫色に透ける翼が結晶のように変質した。ルセリアージュがそちらに視線を向けた次の瞬間。展開した翼から、結晶が弾丸のように叩き込まれた。


 攻防の中に、更に結晶弾までが入り混じる。退かない。ルセリアージュは退かない。放たれる結晶弾を黄金の舞剣で撃ち落として、両腕の剣でアイオーンの振るうハルバードや蟷螂の鎌とも切り結んでみせる。

 相殺した舞剣が虚空に散って迫る結晶と共に砕け、虚空に形成された舞剣が次々と放たれる結晶弾と空中で衝突して爆ぜる。


 前髪が、服が。僅かに切り裂かれて散るが、獰猛に目を見開いて笑うルセリアージュまでは届かない。暴風のような攻防の中で無造作に間合いを詰めて、跳ね上がった蹴り足が攻防の間隙を縫ってアイオーンの腹部を捉える。


 有効打、というには余りに軽い一撃だ。それでもルセリアージュは笑う。


「制御能力で私に張り合うには、100年は早いのではなくて?」


 苛立たしげな咆哮。

 魔人でなくなったから感情の感知はもうできないが、憎悪を向けてきているのは今のルセリアージュから見ても瞭然だった。それこそがルセリアージュの狙いでもある。感情を読めるという事は経験から次の手を推し量る事が可能だから。


 ルセリアージュに張り合うようにアイオーンの脚部が跳ね上がる。間合いを開けずに転身して避けると同時に、身体の周囲に連なるように展開された舞剣の群れが、アイオーンの装甲ごと削って火花を散らす。


 舞い踊るような動きに合わせて無数の舞剣が連なって、一つの重い斬撃として見舞われる。その動きは、既存のいかなる武術とも違う。故にアイオーンに蓄積された戦闘技法の情報では対応が一手遅れる。

 魔力を込めたハルバードを合わせようとすれば、今度はルセリアージュの動きそのものがフェイントとなる。全く逆方向から舞剣が押し寄せて、装甲の隙間に叩き込まれた。


 削り取るような火花と耳障りな音が響いて、それでもアイオーンは止まらない。通らない。装甲の隙間から素体に向けて黄金の剣を叩き込んで尚、切り裂けないように弾性を持たせるような変質をして見せた。装甲の下の素体。関節が真逆の方向に曲がって通常の生物では有り得ない角度からハルバードの斬撃を見舞ってくる。


 叩きつけるような一撃。複数の舞剣で受けて攻撃を逸らしながらも、戦い方が変わったと、ルセリアージュは感じた。その方面での勝敗は譲ると開き直ったのだろう。アイオーンの取った戦法はやや変則的ながらも速度と力を前に出したものだ。


 それは――正しい。ルセリアージュの耐久力は高いとは言えない。変身ができない現状では尚更だ。

 舞剣も質量で押されれば――対抗する手段がないわけではないが、大型の剣を構築した場合は小回りも効かないし魔人であった頃よりも一撃の威力が落ちている。テオドールとの戦いも、互いの力押しに負けたのが敗因に繋がったところがある。


 だから、ハルバードの一撃に剣を合わせ、鋸のように引き切ろうとする結晶の翼を掻い潜り、首をはねる軌道で振るわれた蟷螂の鎌を展開した舞剣の傾斜で逸らす。


 ルセリアージュは二度、三度とすれ違いざまに舞い踊るような動きと共に舞剣を展開する返し技を見せた。

 金属音と火花が散るが、弾性に満ちた素体を切り刻むには至らない。副腕が跳ね上がりルセリアージュの肩口を浅く薙ぐ。


 異変は副腕が引き戻されようとするときに起こった。黄金の霧の中から複数の舞剣が出現するのは今まで通り。だが、副腕ごと取り込むように複雑に絡み合うように実体化したのだ。

 戻せない。折りたたまれて背中に一個のパーツとして戻るはずの副腕だが、黄金の舞剣を巻き込んでしまった事により、途中で止まってしまう。


「そこッ!」


 弾丸のような速度で舞剣が降り注ぐ。通常、霧の濃さに剣の大きさが比例して実体化するが、この場合は小さく鋭い舞剣が高速で叩き込まれた形だ。アイオーンも避けようとはしたが、副腕に絡んだ舞剣がそれを許さない。絡みついたままでも、実体化している以上はルセリアージュの制御下にあるのだ。飛翔する事で、アイオーンの体勢を崩す。

 装甲の隙間はともかく、機構部の変異は間に合っていなかったのか、副腕の根本に短刀型の舞剣が突き刺さる。


 片方の副腕が脱落した。破壊されて突破口にされる前に自切したのだ。大上段。振り下ろされようとするハルバードに、ルセリアージュは霧を展開して見せた。打ち、降ろせない。霧に向かって打ち込めば舞剣を実体化させて動きを止めてくると判断してのものだろう。

 アイオーンの選択は、間合いを開く、というものだった。結晶弾による弾幕を張りながら大きく上空へ飛ぶアイオーンに、ルセリアージュもまた足元に黄金の舞剣を構築すると、それに乗って飛ぶ。


 高速飛行しながらの斬撃の応酬。凄まじい速度で行き違いながら、一撃を見舞う。優位なのはアイオーンだ。素体が切り刻みにくい性質に変化しているのもそうだし、黄金の霧は空間に展開しておかなければならない。機動戦になっては実体化させて随行させるしかない。さりとて、攻撃してくるのを待っている、というわけにもいかない。他の仲間達に横槍を入れられては自分が受け持った意味がないからだ。


 交差する度に重い金属音が響く。剣に対しても速度と力を叩き込む事で制御するルセリアージュの身にも幾分かの反動が伝わる、というのは、ここまでの戦いでアイオーンも気付いている。


 更にアイオーンが速度を上げる。翼が魔力を宿し、形態が僅かずつ変化して、更なる速度を追究する形態へと。速度の上昇はすれ違いざまの破壊力の上昇でもある。


 火花が散って。とうとう破壊力が舞剣の耐久力を上回る。すれ違いざまの一撃が舞剣を砕き、受け損ねたルセリアージュの前腕を、浅く切り裂いていた。


 凄まじい速度で遠ざかり――流星のような速度で旋回して十分な加速度と共に再度の突撃を見舞う構えを見せる。


 それを見て――ルセリアージュは笑った。ルセリアージュの身を覆い尽くす程の黄金の旋風が巻き起こる。危険を察知したのか、突っ込んできていたアイオーンの軌道が逸れる。

 手にした長剣は黄金の舞剣ではなく、レイスのものだ。


「これは前回の敗北からの、私にとっての課題でもある。では――力比べと行きましょう」


 黄金の旋風がレイスの剣に絡みついて。その切っ先がアイオーンに向けられると同時にルセリアージュの姿がその場から掻き消える。


 凄まじい速度で一瞬にして高高度まで飛んだかと思うと、慣性を嘲うかのような軌道で飛翔する。

 レイスの剣を核に、身の回りに螺旋状に渦巻く刃を纏う事で、自身を巨大な黄金の光弾と化す。

 テオドールが自分を倒す際に使った術――テンペストドライブを参考にしているのは間違いない。馬鹿げた機動力で逃げるアイオーンを追う。


 アイオーンの選択は――間違っていない。変異したアイオーンの速度もまた凄まじいものになっていたし、何時までも維持し続けられる技でもないからだ。凌いでさえしまえば、アイオーンに有利な戦況となる。


 誤算があるとするならば、ただ――ルセリアージュのその業が、桁違いだったという、ただそれだけだ。火花を散らしながら逃げの一手を打つアイオーンに、あっという間に肉薄していく。ばら撒かれる結晶弾を物ともせずに微塵に削り散らす、それは攻防一体の奥義。

 維持するだけで身体が軋むような負荷とまともな神経では耐えられない重力加速度の中で、それでもルセリアージュは笑う。あの少年に、少しは追いつく事ができただろうか、と。


 逃げ続ける事ができたのは、僅かな間だけだった。

 触れた瞬間に巻き込まれて、いつぞやルセリアージュ自身がそうなったように、アイオーンの身体が木切れのように二度、三度と弾き飛ばされる。装甲も弾性もお構いなしに削り散らし、抉り飛ばして。


 レイスの剣の切っ先が胴体の中心を正確に捉え、アイオーンの身体を撃ち抜いていった。胴体の大部分を削り散らされて、突き抜けたルセリアージュが、渦巻く刃を解除する。剣を振り抜けば、その後方で胴体の大部分を抉り飛ばされたアイオーンがバラバラになって落下していく。数瞬遅れて、僅かに残った胴体から火花が散り、四肢と頭部を巻き込んで爆発する。




「来なっ!」


 片目を見開き、牙を剥いて笑うリネット。空間を右に左に跳んで、魔獣に変異したアイオーンが迫る。すれ違いざまの斬撃の応酬。

 絶妙な角度で受けて斬撃の軌道を逸らしながら、もう一方の手――逆手に魔力刃を形成して反撃を見舞っている。


 一撃を見舞い合った次の瞬間には互いに通り過ぎている。振り向く事もせずにシールドを蹴って跳び、笑いながら振り向きざまの斬撃を放てば、アイオーンの一撃と大剣の一撃が激突して火花を散らした。

 リネットは自身の身体の周囲に展開したマジックレギオンとの同調によって敵の動きを視覚によって捉えずとも正確に把握している。


 代わりに砲台として使う事を止めていた。迎撃は不用意に接近する黒い怪物達専門。リネット目掛けて叩き込まれる弾幕は、己の体術とマジックレギオンの感知能力を以って回避し切る。頬を、肩を、脇腹を、魔力弾が掠めて通り過ぎていくが、被弾はない。弾幕の只中を突き抜けてアイオーンに肉薄。魔力を込めた斬撃を叩き込めば、装甲の曲面で弾くようにアイオーンが受ける。


 次の瞬間、跳ね上がるような斬撃が見舞われていた。察知して転身。すぐそこをアイオーンの一撃が引き裂いていく。


 リネットは生まれ付き強い種族である魔人だった、という事もあり、興味が魔法研究に向いていたという事もあって、同格以上の強者との戦いという経験は乏しい。

 それでも。いや、だからこそ人間であるテオドールに技術戦で後れを取ったという事実が、冥府に身を置いてからのリネットに、大きな影響を与えていた。


 あの動きを再現するには。その延長上に何ができるか。もう一度戦ったならば。自由な魔法研究をできる立場でもなかったから、その才覚や知識の全てをレイスとしての任務の為という名目で、戦闘の為の訓練と技術開発に注ぎ込んだのだ。


 斬撃と弾幕を掻い潜ってシールドを蹴って跳びながら、剣を振るう。頭の中が真っ白になるような極限の集中。迫りくる刃をマジックレギオンとの同調で軌道を先に認識して身をかわす。


 彼我の速度差は最短距離を突っ切る事で埋めて、避けられない軌道の魔力弾のみを魔力を込めた拳で打ち抜いて。

 高速度で飛び回りながら魔獣と幾度となく交差する。

 凄まじい速度で迫ってくる刃を掻い潜っての反撃。上体を逸らしてアイオーンが避けたかと思えば獣の後足のように変形した脚部が凄まじい勢いで跳ね上がる。皮一枚を切らせて反撃への反撃を回避。至近から関節部や装甲の隙間目掛けて魔力弾を叩き込む。


 魔獣は群体による認識能力で察知すると、魔力を集中させて受け止め、体勢を崩す事なく空を駆ける。稲妻のようにジグザグの軌道を描いて飛行すると、咆哮を上げながら迫ってくる。


 牙を剥いて笑い、迎え撃つ。体重を乗せた一撃を、足裏にシールドを展開して受け止めて。その、次の瞬間。集束する魔力を感じて、リネットの直感に冷たいものが走った。シールドを解除して身を翻すのと、左腕のクロスボウが変異して、通常在り得ざる方向にスパイクのような散弾をばら撒くのがほぼ同時。

 装備しているクロスボウではリネットに対して効果が薄いと、接近戦用の武器へと変異を起こす事で作り替えたのだ。


 反応はしたが避け切れないものが混じっていた。脇腹を掠めていった散弾。熱いような痛みが走る。半霊体の身でありながら痛みというのもおかしな話だが、亡者達の身体というのはそういう作りになっている。致命傷に至らなかったのはマジックレギオンによる感知があったからだろう。


 それでも。リネットは止まらない。身体が破損しても精神が壊れない限りは亡者の致命にならないと知っているからだ。痛みは集中の阻害になりこそすれど、機能の低下に繋がらない。だとしても近接の攻防の中にスパイクの散弾を混ぜられては、どうしても防御せざるを得ない。察知して回避する事で攻撃に注いでいたリソースを防御に割かなければならないという事だ。


 だが、先程受けた手傷や魔力の配分よりもリネットには気になっている事があった。

 レイスとしてベルディオーネ女王と共に冥府の為に戦っているからか。それともテオドールの仲間達が現世で勝利を祈っているからか。或いは月の民の流れを汲む者として、覚醒したテオドールと共に戦っているから、か。

 正確な理由は分からない。ただ、自分の物だけではない、大きな力の流れを感じるのだ。


 他者の感情を取り込むのは魔人としての生で慣れているが、それとも少し違う感覚だった。もっと、その力の流れに身を任せてみるのも一興なのかも知れない。


 そう意識すれば、呼応するようにレイスの大剣にはめ込まれた昇念石が反応する。

 この大剣は、中層を管理するランパス――ヘスペリアが手配してくれたものだ。ランパスや亡者達との交流の中で生み出した昇念石を組み込んでくれたものだ。


 あのお人好しのランパスや亡者の子供達とも共に戦っているという意識が、心強いもののように感じられて。


 きっとどれだけの力を注ぎ込んだとしても、この剣は応えてくれるのだろう。大きな流れを受け入れて、手足に、身体に力を注ぎ込む。剣を交えるほどに、攻防の速度が増していく。


 だがまだ、魔獣を打ち砕くには足りない。

 魔人であった頃の瞬間的な破壊力が足りない。覚醒魔人達のような、問答無用の能力をリネットは持たない。

 だから単純に。もっと速く、より強い一撃を放つために、取り込んだ魔力を自身の内側で練り上げて高めていく。あの少年が、自身との戦いでそうしていたように。


 受け入れた力を、更に練り上げる。練り上げる。スパイク弾を受ける為にシールドに力を割き、斬撃を受け止める度に削られても。少しずつでも力を高めていく。


 手傷や攻防での衝撃で、自身の身体――器への負担もある。勝負を仕掛けた時に限界を超えてしまっていれば、敗れるのは自分だろう。斬撃の衝撃に身体は軋むような痛みを訴えてくる。それを――魔獣も気付いている。速度と身体能力で勝るのだ。それを活かして削り続ければ。高めている魔力をいなして、本命の一撃さえ食らわなければ。勝敗の天秤は自分に傾くと知っている。


「今ッ!」


 気が遠くなるような衝撃。撃ち出されるスパイク弾。幾度も切り結び、弾かれ、叩きつけては吹き飛ばされ。反転して突っ込む。その攻防の中で、互いに真っ向から突っ込んでいく形になった。


 その瞬間にリネットは練り上げた魔力を剣に込めた。大剣を眩い輝きが包み、凄まじい魔力の奔流が刃となる。直撃すればアイオーンを切り裂くには十分な一撃。

 それを――アイオーンもまた膨大な魔力を剣に込めて、受け切る構えを見せた。


 残光を残しながら飛んでいき、牙を剥いて袈裟懸けに振り下ろされるリネットの一撃に、アイオーンが最短距離を貫くような刺突を合わせる。


 無音の閃光が奔る。アイオーンの刺突はリネットの肩口を貫いて切り裂いていたが――。

 背後から叩き込まれた斬撃で、アイオーンの上半身は剣を握る腕ごと、半ばまで切り裂かれていた。理解の外、認識の外からの一撃だった。


「――悪いな。有る手札は何だって使う性質なんだ」


 にやりと、リネットが笑う。大上段から斬撃を振り下ろしたはずの、その手には遁甲札が握られていた。これによって群体の認識や探知能力に齟齬を起こし、殺し切るのに十分な魔力を込めた大剣は、アイオーンの背後に位置するマジックレギオンに向かって召喚術や転移術の応用で送り込む。


 出し抜かれた事に気付いたアイオーンが憎悪の咆哮を上げてスパイク弾を放つが、もう既にリネットは有効範囲外に下がっていた。その手に――マジックサークルが閃くと、大剣の柄にはめ込まれた昇念石が反応するように輝きを見せた。


 魔法生物を操るように。笑うリネットが手を振るえば、大剣に宿る膨大な魔力がアイオーンの身体の内側に向かって解放される。上半身を内側から爆裂させられ、幾つかの部品に分かれながら魔獣は地に落ちて行った。爆風を突き抜けて、大剣が高速回転しながらリネットの手元に戻ってくる。


「悪くない感覚だ。ま、力を借りられない場合は、別の手を考えるとしようか」




 神殿に配置されていたアイオーンは、マスティエルが造り上げた最初の一機だ。他のアイオーンが簡易化や妥協されている部分があるのに対して、この個体はそういった部分がない。

 アーキタイプと呼称されるそれは、対冥精、対神格者の兵装を抜きにしても、最も優れたスペックを有しているからこそ、神殿に置かれたのだ。黒い怪物達を取り込んで悪魔のような姿になってはいるが、高度な制御術式により他のアイオーンのように攻撃衝動に引っ張られるという事もない。


 そんなアーキタイプに、躍り掛かる小柄な影が一つ。ユイだ。

 精霊、それも冥精に近しい存在とはいえ、紛れもない生者というのは、流石にアイオーンの仮想敵として想定外ではある。冥精の力を減衰させる黒い波動も、ユイにとっては少し不快な感覚、程度の効力しか持たない。


 暗黒のブレードと、闘気を纏う薙刀が交差して一撃ごとに重い衝撃波を散らす。馬鹿げた速度で振り抜かれるブレードを、薙刀が撃ち落とす。長柄の武器であるが故に、手元の動きを先端で何倍もの力に増幅してのける。それでも。一太刀交えるごとに、重い衝撃が突き抜けてくる。見た目以上に強大な魔力をブレードが宿しているのだ。闘気を漲らせて支えれば、ユイをすれば受けられない事はないが。


 アーキタイプは斬撃と同時に踏み込む。大きく後ろに引いた左腕。尖った指先が揃えられて、腹を撃ち抜くように放たれていた。凄まじい速度で叩き込まれたそれを、尋常ならざる動体視力と反射神経で捉えて半身になって避けている。返し技とばかりに迷いのない掌底が叩き込まれた。小柄な少女の物とは思えない重い打撃がアーキタイプの身体を揺らす。跳ね上がる膝でユイの掌底を受けていた。噴出する暗黒のブレードが短くなったかと思うとそのままの間合いで切り結ぶ。


 薙刀であったはずのそれはアーキタイプに合わせるように刀に変化していた。間合いの変化に対応しながらも、両者の武器が影をも留めない速度で振るわれ、ぶつかり合い、掠めて、行き違う。

 ユイが側転しながら変形した薙刀を振るえば、打点をずらすようにアーキタイプが踏み込む。振るわれるブレードを、闘気を纏った肘と膝で挟み込むように止める。

 噴出を止める事でブレードを一瞬消して、居合抜きのような構えから横薙ぎの斬撃を見舞う。


 ブレードが空間を薙いだときには、ユイは逆さまの体勢のまま、手で天井に向かって飛んでいた。広々とした地下通路ではあるが、ユイとアーキタイプにとっては床も天井も壁も足場になる。互いに反射を繰り返して立体的に動きながら幾度も武器を叩きつけてスパーク光を散らす。


 それを――プルネリウス達は見守るしかない。迂闊には割って入れない。黒い波動を受けてしまえばユイの足を引っ張ってしまう事さえ有り得る。眠りの封印結界を解除しに動くのも難しい状況だ。


 対策魔道具は首飾りとして装備しているから、おいそれと破壊される心配もない、というのは安心できる材料ではあるだろうか。

 だが、ユイは気付いている。自分が仲間達を背に負うような位置取りになると、アーキタイプの魔力が不自然に高まる事に。恐らくは、通路から儀式場に向けて、直線上の敵を撃ち抜くような切り札を有している。だから、その位置取りで止まる事はできない。仮に隙を作らずに無理矢理それを撃とうとするなら、出鼻を挫く事はできる、とは思うが。


 アーキタイプが左腕を前に突き出し、マジックサークルを展開すると、ユイもまた印を結ぶ。テオドールにマジックサークルの偽装の仕方について講義を受けている為に、見切りと対処が非常に早い。ユイ目掛けて放たれた巨大な雷は木気。

 木気を打ち破る金気を宿す薙刀が振るわれれば、雷が四散してしまう。


 仙術や陰陽術までは知識がないアーキタイプにとってみれば理解しがたい光景だ。明らかに少ない力で霧散させてしまったのだから。

 魔法戦は力の無駄と判断したかアーキタイプが間合いを詰めれば、ユイは闘気を漲らせて迎え撃った。


 またも、暴風のように両者が立体的に切り結ぶ。通路の端から端まで高速度であちこちを足場に反射を繰り返すようにしてすれ違いざまにブレードと闘気の薙刀が交差する、その瞬間に一瞬だけブレードを消して再び噴出させれば、薙刀をすり抜ける様にして、首をはねる軌道で斬撃が迫る。


 先程の攻防から予期していたのか。それとも見てから反応したのか。上半身を大きく逸らして避ける。そのままの体勢で薙刀を振り抜くがマジックシールドを斜めに展開してアーキタイプもまた避けている。何事も無かったように通り過ぎ、地面に石突を突き立て垂直に跳び上がるユイと、神殿の床に爪を突き立てて急制動をかけたかと思うと弾丸のように突っ込むアーキタイプ。


 天井を足場にアーキタイプを迎え撃つ。膨大な量の闘気を纏い、黒紫色の火花を散らすアーキタイプと真っ向から打ち合う。互角に切り結んでみせる。大人と子供以上の体格差を物ともしない膂力と闘気。修業を積んだ鬼族であるが故の馬鹿げた身体能力。


 但し、それは万全な体勢で真っ当に斬り合いをした時の話だ。


 アーキタイプの背中から突起が分離する。小さな水晶のようなシルエットを持つそれが一旦離れた位置へと広がり――水晶から光弾が走る。アーキタイプの特殊兵装だ。

 側転側転。立体的な弾幕から逃れるように横へ飛ぶユイに、アーキタイプ本体が追い立てるように斬撃を見舞う。


 薙刀で受ける。動きを止めたそこに、殺到する弾幕がユイを捉えた。シールドを展開すれば小規模な爆裂が立て続けに起こった。爆風に乗る様に、大きく後ろに跳ぶ。


「火の気を以って、金気を剋す!」


 鉱物である水晶は土気から生じる金気。故に火気で滅ぼす事ができる。

 広がった爆風がユイの結ぶ印と共に、炎に変じて渦を巻いて広がる。本体であるアーキタイプは意にも介さないが撃ち出された水晶は燃え上がった。

 だが、本体が生成すれば水晶は作り直せる、簡易の魔法生物のようなものであるから。水晶への対応分だけ遅れた手数。それを利用して押し切ろうかとするように火花を散らす斬撃をユイへと叩き込む。


 薙刀でそれを受け止めれば、ユイの身体に重い衝撃が走った。歯を食いしばるユイ目掛けて、アーキタイプの蹴りが跳ね上がる。だが、それでも止まらない。薙刀を変形させて受け流しながら、ユイは紙一重で蹴り足を避けて懐へと踏み込むと、反撃とばかりにコンパクトなモーションで掌底を放つ。


 眩い仙気が炸裂。左手から防壁が展開して互いに後ろに吹っ飛ばされた。アーキタイプは右手で床を引っ掻くようにしながら制動し、大広間で止まる。強烈な一撃だったが、アーキタイプにとっては致命傷と呼べる一撃にはならなかった。

 仙気の一撃を光の防壁で受け止めてみせたのだ。左手のマニピュレーターは破壊されたが、距離が開いて向かい合った時には、膨れ上がる魔力がその胸のあたりに宿っていた。


 位置取りは――アーキタイプの狙い通りであったかも知れない。制動を効かせて大広間から通路を挟んで儀式場。仲間達を背負う形。仮にプルネリウス達は結界で耐えられるかも知れないが、ユイに逃げ場はない。ヘルヴォルテが前に出ようとするも、それをユイは手で制する。


「転移は――拙いかも……。ああ。本当、すごい、な。世界には、こんな強い人達が沢山いて」


 ユイが、少し俯きながら呟くように言った。「けれど」と。付け加えるように声を漏らす。


「負けるわけにはいかないんだ。私は――ラストガーディアンだから」


 目を見開いて、そのままアーキタイプを真っ直ぐに見据える。薙刀を構える四肢から闘気の火花が散った。

 初めての強敵との戦いの只中にあって、ユイはその強さに憧憬や昂揚を覚える。

 戦いの中に愉しみを見出してしまうのは鬼族に連なる者のサガというべきなのか。血が騒ぐという形容の意味を、ユイは理解した気がした。


 次の瞬間。アーキタイプの胸部装甲が大きく開く。そうして、そこから巨大な暗黒が放たれた。通路を埋め尽くす程の膨大な暗黒の砲弾。


 両腕を前に突き出すようにして――ユイはそれに飲み込まれた。


 いつまで続くか定かでない程の、膨大な力の奔流。大気を震わせ、余波が黒い雷となって周囲を焼き焦がす程の圧倒的な魔力放射。当たれば塵も残らない。


 やがて力の放出が終わり、膨大な闇も集束するように消えていく。溜め込んでいた魔力を放出した、はずなのに。

 鬼の少女がいたあたりに、アーキタイプは蟠る闇を見た。円形のそれは、空間に開いた穴のように見えた。どこに繋がっているとも知れない闇の洞。


 その闇が……一点に集まっていく。


「閉じて」


 静かなユイの声と共に穴が何事も無かったかのように消える。ユイは、変わらずそこに立っていた。但し、凄まじい魔力を放射している上に角の部分が眩い輝きを放っている。


 鬼の通力。ユイが行使した異能はそれだ。卓越した力を持つ鬼族だけが至る、それぞれの魂の在り方に準じた力。

 鬼の力の使い方、引き出し方は一通りレイメイに習っていたのだ。ユイの実力ならばそう遠くない内、鬼族の本質に目覚める時に、理解して使えるようになるだろうと。そうレイメイは太鼓判を押していた。


 ユイの通力は――空間干渉というべきか。異空間を構築し、その中に物を自由に出し入れする事ができる。膨大な力の奔流も、八の字を描くように異空間を展開してやれば、何処にも向かう事はない。

 門――。そうだ。門を閉じた後も力が行き場を求めて異空間内部で荒れ狂っているのが感覚でユイには分かる。だが、問題はない。


 魔界という異界の成り立ちを考えれば、そこを守るラストガーディアンを目指す自分には合っているような気もするし、扱いに細心の注意を払う必要がある、とも思う。

 だとしても、あれだけの力を飲み込んで尚、余裕を感じた。魔力嵐のような、災厄に準じるような力でない限りは、恐らく問題はないと感じられる。だからこそ、間違いがないように異能を使う必要があるだろう。


 飲み込んだ膨大な力をすぐ隣に感じながらもユイは踏み込む。アーキタイプもまた、ユイの不可解な力を分析しながらブレードを展開して応じるように突っ込む。斬撃が交差。一方的にアーキタイプが打ち負ける。


 それもそのはずだ。先程叩き込んだはずの力の奔流。その一部を斬撃と共に叩きつけてきたのだ。ブレードが押し負けて右腕が後方に弾き飛ばされる。


 無防備になったそこに、容赦も呵責もなく踏み込んでくる。


 掌底。掌底。正拳。踵落とし。何気ない動作と共に、先程アーキタイプが叩き込んだはずの膨大な魔力が、接触の瞬間に解放される。黒い衝撃波となってアーキタイプの巨体が右に左に弾けた。最後の踵落としを頭部に食らい床に向かってへばりついたところで、ユイが両手を横に翳す。


「開け」


 丸い穴が翳した手の先――アーキタイプの左右に展開。異空間がどう繋がっているのかはユイにしか分からないが、開いた二つの穴から先程放出した魔力の奔流が同時に飛び出して、アーキタイプを左右から挟み込むように飲み込んだ。


 そうして、力の放出が終われば。アーキタイプの上半身は消し飛んでいた。ユイの角から輝きが薄れると共に丸い穴が閉じていく。


「疲、れた。名付けるなら――鬼門、かな?」


 そう言ってユイは、アーキタイプの魔力反応が無くなった事や異空間に溜め込んだ魔力を全て放出した事を確認して、その場に座り込むのであった。

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