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番外1020裏 冥府動乱・2

 プルネリウスの構築した結界とディフェンスフィールドがアイオーンを押し留める。空間に構築された不可視の壁に、しかしアイオーンは構わず尖った指先を揃え、魔力の輝きを纏わせると、そのまま片腕を突っ込んできた。

 光る壁面に沿って火花が散って、軋むような音を立てながら片腕が結界内部へと突っ込まれ、アイオーンの手首のあたりから黒紫色の閃光が走る。


「くっ――!」


 プルネリウスが更に展開した防壁がアイオーンの手首から走った閃光を受け止めた。重い衝撃が、二度、三度と空気を震わせ、防壁を支える為に前に翳したプルネリウスの腕を揺らした。


「そこまでだっ!」


 冥精達が魔力弾を撃ち、槍を構えてアイオーンに向かって突っ込む。

 アイオーンは腕を引き抜くと後ろに飛ぶ。迫ってくる魔力弾に向かって腕を払えば、装甲表面に輝きが走って、天使達の魔力弾が弾き散らされた。先程閃光を放った手首の射出口から暗黒のブレードを展開すると、獣じみた咆哮を上げながら、切り込んできた冥精達を迎え撃つ。

 冥精達の魔力とアイオーンのブレードが交差して火花が散る。通路の左右から切り込む冥精達に、アイオーンの両腕が凄まじい速度で振るわれた。


 拮抗できたのは僅かな間だけの事。アイオーンの翼がはためくと、黒い風が押し寄せてきて、それに吹き付けられた冥精達の力が削がれる。同時に踏み込んでブレードを振るえば――受け切れずに通路を大きく後ろに弾き飛ばされた。


「ぐ、おおおおっ!」

「おのれっ!」


 代わりというように後ろに控えていた冥精達がアイオーンに突っ込んでいく。


「マスティエルは……アイオーンの中から実験機1機を確保しているという話だったな。対神格者や、対冥精に特化させた、のか。あれは」


 プルネリウスが歯噛みする。マスティエルが自ら改造を続け、神殿内部に配置した特別製。それが今相手をしているものの正体だ。最初から神気や冥精、昇念石由来の力に対して相性の良い能力、装備で固められている。


 儀式場に続く通路でアイオーンを押し留めているプルネリウス達ではあったが苦戦しているのは傍目から見ても明白だ。ユイ達は……その光景を見て眉根を寄せた。

 ユイとヘルヴォルテ、ベリウスは冥府側の協力者という立場やリヴェイラを守るという事もあって、プルネリウスと冥精達がアイオーンの相手を買って出たが……相性差が顕著だ。

 精霊にしても物理に寄っている自分ならば、という思いがあるのだろう。


 そこで――リヴェイラの祈りの言葉が一区切りを迎えた。ここからは歌を聴かせて、先王の心を慰めるという段階に入っていくはずだ。


「ユイ殿――!」


 祭壇に向かい合っていたリヴェイラが声を上げる。名前を呼ばれたユイが見やれば、リヴェイラは振り返り、そして視線が合うと微笑んだ。ユイもまた、少し驚いたような表情でリヴェイラを見ていたがやがて真剣な表情になって頷き返す。


「……二人とも。リヴェイラちゃんの守りを、お願いして良いかな? あれは多分……この中じゃ、私の相性が一番いいと思う」

「……分かりました。ユイさんが危険になったら、私達の内どちらかも割って入るかも知れません。リヴェイラさんの事は必ず。ユイさん自身も無理はせずに」


 ヘルヴォルテの言葉にベリウスもにやりと笑うように牙を見せて応じる。


「うんっ。行ってくる……!」


 二人の言葉に屈託のない笑みを見せたユイは、通路の向こうでプルネリウスや冥精達と戦っているアイオーンに視線を向ける。

 全身から闘気と火花を漲らせ、薙刀を構えて腰を落とし。そして爆発的な速度で飛び出した。プルネリウスの頭上を、冥精達の脇を抜けて――。


 冥精達を黒い風とブレードの一振りで弾き飛ばしたアイオーンだったが、直後に衝撃を受けて、大きく後ろに弾き飛ばされていた。空中で体勢を立て直し、獣のような唸り声を上げながら飛び込んできたそれを見やる。


 薙刀を構え、闘気を立ち昇らせるユイの姿がそこにはあった。


「ユイ殿……!」

「今のうちに、回復と封印結界を。あいつは私が!」


 プルネリウスの言葉にユイは振り返らずに答える。


「かたじけない……。助力感謝する。結界は止めるし、儀式場には、あのアイオーンを通さない。約束しよう」

「うんっ!」


 プルネリウスの言葉にユイはにっこりとした笑みを見せた。両腕のブレードを構えて突っ込んでくるアイオーンに、自ら迎え撃つようにそのまま突撃していく。膨大な量の闘気を纏う薙刀と、暗黒のブレードが激突して衝撃波とスパーク光が散った。




 変じていく。軋むような音を立てて。アイオーン達が更なる変異を見せる。

 サンダリオと戦っていたアイオーンの変化は――言うなれば魚類か鮫、水棲哺乳類の類かも知れない。翼を構成するパーツが背ビレのように変形し、装甲とその下の素体が流線形に変化していく。


「これは――」


 サンダリオと相対していたアイオーンが急加速する。強い水の魔力を纏うサンダリオに対応して戦えるように変化した結果だろう。

 アイオーン達の装甲、素体は魔法的な処理を施された半霊体だ。性質の変化によって後天的に形を変える特性を最初から持っていた。


 黒い怪物達と融合したような変異も、それによるものだ。そして半霊体の器を持ちながらもベルディオーネ女王ではなく先王の眷属に近い存在であるが故に、冥精達の干渉も届かない。


 サンダリオが身体から神気を噴き上げれば、アイオーンもまた全身から黒い火花を散らして力を引き上げる。


 サンダリオの剣が閃けば、その身を守るように展開されていた水の輪が形を変える。蛇剣と空中で激突して、重い衝撃と共に水が散り、再び意思を持つようにサンダリオの周りへと集まる。

 鞭と鞭を空中で打ちつけるような。影さえ留めない速度で、幾つもの斬撃と斬撃が衝突する。神気と魔力を宿したその斬撃の軌道は――普通の鞭ともまた違う。互いにどこからでも変化して相手を切り裂く事が出来る。

 大渦を巻くような、長大な斬撃の応酬。割って入ろうとした黒い怪物達を巻き込んで両断していく。


 頭上から降り注ぐように迫ってきた蛇剣の先端を、転身して皮一枚で避ける。振り抜かれる水の雫が針のようにアイオーンの装甲表面に突き刺さり、膨張して炸裂。その動きを乱す。

 体勢が崩れた所にサンダリオが左手から水の剣を形成して踏み込むが、アイオーンの左腕からも近接用ブレードが展開してそれを阻んでいた。


 火の出るような至近で切り結びながら、アウトレンジから内側に向かって蛇剣と水の鞭が降り注いでは激突する。サンダリオとアイオーンが視界外の攻撃に対応できる理由は単純明快だ。サンダリオは元人間の神格者ではあるがネレイドの祖霊達に受け入れられて同調しているし、アイオーンは複数の黒い怪物と融合している……謂わば群体である。


 故に、互いに多面、多角的な戦闘を得意とする。

 その結果が瞬き一つで両断されるような一閃が飛び交う空間だった。意識の外から降り注ぐ鞭の斬撃と、互いの剣技によって正面から切り伏せるような攻防。

 転身し、弾き、受けて飛び退り、跳ね返るように突撃して。サンダリオとアイオーンが交差する。


 その時だ。アイオーンの背後にマジックサークルが浮かぶ。咆哮と共にアイオーンの額から黒い閃光としか形容しようの無いものが放たれた。


 下方から上へと。広大な空間を切り裂くような一撃は――サンダリオを捉える事こそなかったものの、神気をかき乱していく。


「闇……いや、邪法? 冥精や神格者への対策か……!」


 サンダリオが声を上げる。一からの改造こそ神殿内部に配置されたアイオーンしか施されてはいないが、下層にて身を隠しながら、術式を一つ二つ追加するぐらいの時間がマスティエルにはあった。

 敵として冥精や神格者を想定して対策を取っていたのだ。プルネリウスやディバウンズがその対象だったのだろうが、相手がサンダリオでも効果は発揮する。


 邪法に近い術式。再びマジックサークルを展開したアイオーンは身体に邪気を纏うと、そのまま突っ込んでくる。

 先程と似た展開。しかし神気で維持している水の鞭が邪気に押し負けてしまう。結果として、サンダリオ本人が引き受けなければならない攻撃が増えて、アイオーンに押し込まれる結果となった。


 雨のように降り注ぐ斬撃に、防戦に回る展開が増えていく。一瞬の間隙を突くように跳ね上がったアイオーンの膝蹴りを、神気の防壁で受けるも、サンダリオの身体が後ろに弾かれる。空中で踏みとどまったサンダリオに、アイオーンが突進していく。


「サンダリオ!」

「問題ない! 割って入るのは危険だ!」


 声を上げるドルシアに、サンダリオは答える。答えて、揺らぐ神気を固め直すように集束させると、そのまま神気に輝く二刀を以ってアイオーンと切り結ぶ。


 一撃一撃が交差するごとに互いに干渉し合って弾ける神気と邪気。だが神格者と違って、アイオーンの邪気はあくまでも術式によって齎されているものだ。邪気が揺らいで減衰したとしても関係がなく、アイオーンの動き自体が精彩を欠く事はない。


 ドルシアが祈りを捧げ、サンダリオに力を供給する。ネレイドの祖霊達もそれに応える。それでも――足りない。押し勝つにはまだ足りない。

 激突。衝撃。減衰を受け、押し負けて後ろに弾かれる。サンダリオの闘志に陰りは見えないものの、戦況が傾いているのは明らかだ。


 アイオーンが咆哮を上げて踏み込んでいく。蛇剣の一部から、邪気が閃光となって走る。目を狙って放たれたそれを、すんでのところでサンダリオは上体をそらして回避。大きく体勢を崩したサンダリオの脇腹に、更なる変異を遂げたアイオーンの――先程までは生えていなかった尾が叩き込まれていた。


「ぐっ!?」


 吹っ飛ばされたサンダリオに向けて、アイオーンが両腕を開く。口に当たる部分がめきめきと音を立てて開いた。邪気が口腔内部に集束していく。


 それを目にしたドルシアの背筋に冷たいものが走った――その時だ。突如、強い力が流れ込んでくるのを感じた。それは――。


「あなた、達は――」


 にやりと笑ってサンダリオの所へ向かう影を――見た、ような気がした。知っている気配だ。冥府上層で交流した事がある。深みの魚人族。その、祖霊達。

 戦いの最中にあるサンダリオもドルシアも、与り知らない事ではあったが、二人が冥府で戦っていると、現世にいる深みの魚人族にも連絡が行っている。その報を受けた深みの魚人族もまた、二人の必勝を祖霊に祈願したのだ。


「ああ――」


 サンダリオが声を漏らす。そうして、懐かしい友に会ったというように穏やかな表情で笑った。


 次の瞬間。アイオーンの口腔から巨大な邪気の奔流――暗黒の閃光とでも形容すべきものが放たれていた。サンダリオの身体ごと黒い奔流に飲み込まれる。


 遺跡を揺るがすような爆発が巻き起こる。それでも――ドルシアの表情は絶望していない。


「お――おおおおおおおおおおおっ!」


 爆風を突き抜けて。眩い輝き――迸るような神気を纏うサンダリオがアイオーンに向かって突っ込んでいく。温かな力で自分を守るネレイド達の気配と。剣を、身体を支えてくれる力強い戦士達の気配をサンダリオは感じていた。


 かつて海賊達相手に共闘した時のような、懐かしさがそこにはあった。サンダリオは――その想いの限りを剣に込める。

 マジックサークルを展開。更なる邪気を噴き上げるアイオーンは――退かない。獣じみた咆哮と共に自らも真っ向からサンダリオに向かって突っ込んでいく。蛇剣を引き戻して連結させると、近接用ブレードと共に十文字の斬撃を以ってサンダリオを迎え撃つ。


 神気と邪気が干渉しあい、すれ違いざまに凄まじいスパーク光が弾けて広がった。両腕を振り抜いたアイオーンと、一刀を大上段から振り下ろした体勢のサンダリオ。


 背中合わせで暫しの間停止していた両者であったが、先に動いたのはサンダリオであった。軽く剣を払って振り返れば――アイオーンの身体には右肩から左膝まで、真っ直ぐに光る斬撃の痕が残されていて。身体が斜めにずれると共に、斬撃痕から神気の輝きが噴出していく。蛇剣もブレードも、諸共に切り裂かれて脱落して――完全に身体が左右に分かたれたと同時にサンダリオが切り裂いたアイオーンが爆発した。




 ゼヴィオンにとっては多対一という状況はいつもの事だ。元々魔人であり、炎熱という覚醒能力も持っていたから、仲間を隣に置いて戦うという事は無かった。

 レイスとなって能力が少し変わった事を自覚したのは、魔人でなくなった自分の力を確かめていた時の事だ。熱が及ぶものを、選ぶ事ができるようになった。


 炎に耐性を持たせても燃え上がってしまうという事を理解していて、黒い怪物達はもう迂闊に近寄る事をしない。牙弾や魔力弾を放つが……その何もかもがゼヴィオンに届く前に燃え落ちていた。


 自然現象とは違う、魔法的な炎なのだとゼヴィオンは自身の力を理解している。魔人であった時は近付くあらゆるものを焼き尽くす暴力的な呪いの炎であったが、今の炎熱はゼヴィオンの意思で統制されているのだ。


 元魔人達の中にあっても、ゼヴィオンの変化は大きい。

 一瞬の出力であるとか身体の頑健さであるとか、焼かれる者への瘴気侵食であるとか。魔人でなくなった事で失ったものはいくつかあるが、代わりに自身の制御の精緻さがあれば違う事ができるようになった。

 その変化をゼヴィオンは自分を打ち破った魔術師の少年に近い、工夫次第で強くなれる変化だと感じ、技量を磨いて活用する事に喜びを見出している。


 とは言え、今自分が身を置いている戦場は、生前とあまり変わらない。空中で切り結ぶアイオーンと無数の黒い怪物達。群がる一切合財を燃やすだけの話だ。

 そう。そうすればベルディオーネ女王達を守る冥精達の負担も減らせるだろう。テオドールと共に戦っていると言えるだろう。

 自分の得意としてきた多対一の戦いが、誰かの力になる。その事に、ゼヴィオンは新鮮さと共に、少しだけ昂揚のような物を感じる。


「また――違った楽しさがあるものだな。目的が明確で、仲間がいる戦いというものは」


 そう言って笑って。ゼヴィオンは足元に展開したマジックシールドを蹴って、アイオーン目掛けて突っ込んでいく。


 相対するアイオーンは槍で迎え撃つ。ゼヴィオンの握るレイスの大剣が大きさに見合わない馬鹿げた速度で叩き込まれ、アイオーンの魔力を帯びた槍がその一撃を逸らす。

 引き戻されて矢継ぎ早に放たれる刺突を、ゼヴィオンが木切れでも振るかのように無造作に払い、剣戟の音をかき鳴らす。


 目を見開き、視覚を集中させる。生前使っていた爆裂の魔眼は失ったが、今の魔法的な特性を持つ炎ならば同じ事ができる。

 アイオーンの周囲にゼヴィオンの拡散した魔力が集中していき、突如の爆裂が起こった。が、アイオーンはお構いなしにその只中を突っ切ってきた。


 生物ではなく無機質な兵器。ゼヴィオンの放つ炎熱も、アイオーンを丸ごと焼き尽くすまでには至らない。


 アイオーンは魔法、呪法への防御能力も備えている。だからまずは装甲を引き剥がして制御術式等の構造部分に炎熱を叩きこんでやる必要がある。


 要するに、きっちりと切り伏せれば――或いは耐久能力を超える一撃を叩き込めれば燃え上がるという事だと、ゼヴィオンは感覚的に理解していた。


 頬のすぐ横を掠めて行く槍の穂先。ゼヴィオンへの即席の対抗策として構築したのか、冷気を宿しているらしい。その能力に。突き込まれる槍の鋭さに。ゼヴィオンは牙を剥いて笑う。


 卓越した動体視力と膨大な戦闘経験による先読みを以って、閃光のような速度で叩き込まれる槍の穂先を避け、掠めさせ、打ち払って斬り込む。

 人外の機械的な反射速度と群体の認識能力でゼヴィオンの剣を受け、払い、渦巻く冷気を浴びせかけるように刺突を見舞う。


 そうしている間にも、アイオーンの身体の末端部は透ける氷のような変化を見せている。融合した怪物達がゼヴィオンを倒すために自身の性質と半霊体の器を変化させているのだ。それを見て取ったゼヴィオンは、ますます楽しげに、愉しげに、笑い、嗤う。


 殺意をむき出しにする獣と相対しているようだった。相対するものを殺そうとする負の想念。喉笛を食い破ろうとする獣の意思。アイオーンの身に宿るものはそれだ。その殺意。敵意。悪意。そういった強い意思を乗せられた槍と剣を交える事が、嬉しくて仕方がない。


 魔人であれば心地良い食事となったのだろうが、今はそれもない。そうではなく、単純に自身を倒そうという強い意思が乗った技と、切り結ぶ事がゼヴィオンは何より楽しかった。魔人である業すらも越えた、それはゼヴィオンのサガとも言える。


「作り物かと思っていたが、なかなかどうして、愉しませてくれるッ!」


 ゼヴィオンの昂揚に乗せられるようにアイオーンも猛々しい咆哮を響かせる。

 槍の周りの氷の嵐が渦を巻いて、大上段から叩きつけるように撃ち落としてきた。

 それを、手の中に溜めた白熱する球体で迎え撃つ。小さな炎熱はゼヴィオンの手を離れるや否や膨れ上がり、真っ向から叩きつけられる氷の渦とぶつかった。


 小型の太陽のような白熱弾と氷嵐が激突、ひしゃげて複雑な方向に膨大な熱波と冷気、爆裂をまき散らす。巻き込まれた黒い怪物達が燃え上がり、凍りつき、吹き飛ばされて。その爆裂に互いに自ら飛び込むように、ゼヴィオンとアイオーンが突っ込んではすれ違いざまに斬撃と刺突を交錯させる。


 天地を入れ替え、攻守を入れ替え。それは何者も近付けない獄炎と極冷の円舞。

 炎と氷が絡み合って天高くから石造りの街並みへ。大剣を振り抜かれて弾き飛ばされたアイオーンが柱を砕き、石畳を砕いて反転。ゼヴィオンに体当たりをするかのような薙ぎ払いを見舞えば、後ろに弾かれて遺跡の家々を砕いて。


 瓦礫を撒き散らかし、斬撃と共に石畳を溶かし、溶けた岩を凍らせながら刺突を返し。ゼヴィオンとアイオーンが幾度となく交差する。


 互いに相手の存在ごとねじ伏せようとするかのような戦い。その中にあって、ゼヴィオンは新たな可能性を感じていた。半霊体で構成されているアイオーンが、変化を見せた事に。

 極論を言ってしまえば、冥府にあるほとんどの触れられる物質は、性質こそそれぞれで違うものの、半霊体で構成されていると言っていい。自分の器もそう。今手にしている、この剣もそうだ。


 冥精達がレイスの為に鍛えた剣。ゼヴィオンが生み出した昇念石を核として嵌め込まれた大剣は、冥府における自身の相棒でもあった。とにかく自身の魔力をよく通し、自身の意思に良く反応する。だからこそ、瘴気剣に代わる新たな武器足り得た。


 今の自分は魔人ではなくなり、身体を変化させる力はない。変身は呪いを基点とする魂に起因する力。

 それでも。できるという確信めいたものがあった。器はともかく、この剣ならば。


 生前の変身のイメージを。感覚を。攻防の中で剣に練り込んでいく。槍と切り結びながらゼヴィオンの剣が白々と輝き、そして形を変える。


 そうして振るわれた重い一撃に、アイオーンの身体がブレるように後方に弾き飛ばされる。獣のような唸り声を上げながら、それを見やる。

 右腕の先と一体化したような。それはゼヴィオンという男の人となりを示すような。猛る竜の顎がそこにあった。


 軋むような音を立てながら竜が大きく口を開けて、アイオーンの姿を真っ向から捉える。膨大な力が口腔内から生じて、白々とした白熱を宿す。


 避けられない、とアイオーンは判断した。背中を向ければ竜の口腔に溜まった熱量が解放されて、篝火に飛び込む羽虫のように焼き焦がされるだろう。

 それ以上に、アイオーンは逃げも隠れもするつもりがない。言ってしまえば、攻撃衝動に偏ったその在り方が、ゼヴィオンとの戦いに当てられていた。退いてしまえば、渦巻く攻撃衝動も憎悪も。何もかもに意味がなくなる。


 自身の身の内に宿る怪物達の在り方を、力を。アイオーンとしての構造の変化を。全て攻撃に注いで、真っ向から撃ち抜こうと、アイオーンは両手を前に翳す。その掌の先に圧縮された冷気の渦が巻いていく。放たれる一撃の反動を予期するかのように、翼が変形して自身の身体を地面に縫いとめた。


「来るがいい……ッ!」

「オオオオオオオオッ!」


 牙を剥いて笑うゼヴィオンと、咆哮を響かせるアイオーン。互いが真っ向から全霊をかけた一撃を解き放つ。炎と氷。相反する力ではあったがどちらの力も視界を真っ白に染めて。


 膨大な力と力が、両者の中間地点で激突する。互いを打ち消し合うような、相反する力がぶつかり合って、衝撃波が回りの怪物達を巻き込んで吹き飛ばす。均衡を崩すために横槍を入れようとした怪物もいたが、余波だけで燃え落ち、凍りついて砕けていく。

 軋むような音を立てながら、互いの力が互いの力を飲み込もうと押し合い、術式を支える両者の身体に膨大な負荷がかかる。笑うゼヴィオンの身体と、アイオーンの身体に亀裂が走った。


 勝敗を分けたものがあるとするなら。それは膨大な力の放出という、通常は有り得ざる行為に、慣れているか否かという点だったのかも知れない。


 過負荷の中で力の放出制御を一瞬誤って、アイオーンの身体の一部が砕ける。それでもアイオーンは力の放出を止めようとはしなかった。が、だからこそ崩壊は、止まらない。


「見事だ」


 ゼヴィオンの称賛の声。均衡が揺らいで、大炎熱がアイオーンを飲み込んだ。遺跡の街並みを抉り砕いて、結界で守られた壁に激突するまで、射線上の一切合財を白熱の極炎が焼き尽くしていった。

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― 新着の感想 ―
 冥界戦は全部好きですが、特にサンダリオの戦いが好きです。  故国を護るために自身の存在を抹消することで戦い、愛する人と添い遂げた彼自身の格好良さはもちろん。神格を得るにまで至った彼が生前で積み上げた…
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