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170 老婦人ミハエラ

「みんな、怪我は?」


 まず状況の確認である。


「私は大丈夫です」

「同じく。ラヴィーネにも怪我はありません」


 グレイスとアシュレイは大丈夫と。マルレーンと視線が合うと笑みを向けてきた。大丈夫なようだ。


「こっちも問題ない」

「私達も怪我はしてないわ」

「うん。平気」


 シーラ、イルムヒルトとセラフィナ。全員怪我はしていない。

 クラウディアに関しては竜籠で先に町に降り立ってもらい、もし門を突破された場合、転移魔法で住民たちの避難をしてもらうという作戦で動いてもらっている。


「あ、ありがとうございます。助かりました」


 と、町の警備兵が頭を下げてくる。やや引いているような気もするが、気にしないことにしよう。


「町の中に敵は?」

「な、何とか防いではいたので大丈夫です」

「念のために確認を」

「分かりました」


 町の中に走っていく警備兵に続いて中に足を踏み入れると、丸太を組んで作った防柵の向こうに、知っている顔を発見した。


「テオドールお坊ちゃま……? グレイスも……?」


 長身痩躯の女性だ。見事な白髪ではあるが姿勢が真っ直ぐで絵になっている。細剣の柄頭の上に両手を重ねて堂々と立っている姿は、元侍女というより軍人と言ったほうがしっくりくるような風格さえ感じさせる。

 ミハエラ女史、その人だ。


「お久しぶりです」

「ミハエラ様、ご無沙汰しております」


 グレイスがスカートの裾を摘まんで挨拶してみせる。ミハエラは僅かに戸惑っていたようだがそこはそれ。丁寧に礼をしてから言う。


「お久しぶりです。お二人ともお元気そうで何よりです。こちらはこの町の代官トーマス様。そして、あれは私の養女のセシリアです。セシリア。お2人に挨拶を」


 名を呼ばれると、広場で怪我人に包帯を巻いていた女性が立ち上がり、こちらに向かって頭を下げてくる。


「はじめまして。セシリアと申します」


 養女と言っていたが……歳若いダークエルフの少女だ。


「お2人が外の敵を撃退してくださったのですか?」

「そういうことになります」

「お、お知り合いですか?」


 ミハエラの隣にいた男……トーマスが尋ねてくる。少し小太りだが人の良さそうな男だ。一応武装しているが、あまり剣が使えそうには見えない。


「昔、私がお仕えしたガートナー伯爵家に縁のある方々です」

「そ、そうでしたか! 私はこの町の代官を任ぜられております、トーマスと申します!」


 トーマスは俺達がミハエラの知り合いだと解ると安心したのか相好を崩し、折れんばかりに頭を下げてお礼を言ってくる。


「何があったんですか?」

「そ、それが――。昨日からリビングデッドやらゴーレムやらに町の周囲を包囲されてしまいまして。常備兵達に応戦させていたら賊が攻めてきた次第でして……」


 なるほど。リビングデッドにスケルトン、後は簡易ゴーレムに粗末な装備を身に着けさせただけだったりして、かなり水増ししている部分もあったようだしな。

 盗賊団の実人数というか規模の見積もりについては、もう少し下方修正しても良いのかも知れない。


「ミハエラさんとセシリアさんはどうしてここに?」

「私どもにも多少は武芸の嗜みがありますので。セシリアは――歳若いから賊の相手などするのは止めるように言ったのですが」

「ミハエラ様が前に出るのなら私も出ます。怪我人の手当など、人手は多い方が良いに決まっていますから」


 ミハエラが言うには、いざという時主人を守れないようでは使用人失格だから武芸の1つぐらい当然、ということらしい。

 連中が女子供や老人など取るに足らないと思っているとしたら矜持というものがあると、門が破られたら応戦するつもりでいたそうだ。

 また……随分勇ましいことだ。あんな風に率先して前線の後ろで仁王立ちでいられたら警備兵達の士気もかなり上がって、さぞかし奮戦したのではないだろうか。代官のトーマスは有事には些か頼りなさそうだしな。


 ともかく、安否を確認するべき相手は見つかった。戦った後の後始末をまずやっておかないといけない。


 町の住人と協力し、無力化されている連中を順々に縛り上げ、町の中に連行していく。

 たまに茂みに隠れてやり過ごそうという者もいたが、そういう連中はシーラとイルムヒルトがきっちり炙り出してくれている。


 拘束して転がされている連中を見やる。装備はバラバラ。連中が何か正式な武術を学んだかどうかは定かではないが、使う技術もまちまちで、正規兵という印象は受けない。


 だからと言って背後関係がないと片付けてしまうにはバリスタなどやることが用意周到で大がかりに過ぎる。

 単純に凄腕の魔術師がいるだけというのも考えられるが、様々な可能性を視野に入れておくべきだ。竜籠でなく飛竜にも対応できるだけの装備を奴らは持っていたのだから。


「あんまりこういう手合いは見せたくなかったし相手にしたくなかったな」


 町の広場で佇んでいたクラウディアに言うと、彼女は苦笑して小さく首を振った。


「そうね。でも私だけについての話なら、そんなに気にしなくていいのよ。いつ、どこにでもこういうことはあるわ。月の民が清廉潔白だったかなんて言えば、そんなことはないのだし」

「それでも久しぶりの遠出だしさ」

「……そう、ね。ありがとう」


 クラウディアは目を閉じて微笑むと、小首を傾げて言う。


「さて。私にできることはあるかしら? あなたは私の魔力消費を気にしているみたいだけれど、循環錬気で余裕があるのだから多少は動けるわ」


 言われて、少々考える。


「こいつらだけ転送っていうのはできる?」

「可能よ」


 ふむ。そういうことなら……。通信機でメルセディアと連絡を取る。


『問題が発生。目的の町に着いたところ、盗賊団を発見して、これを撃退しました。こちらの損害は軽微。町の常備兵と自警団に怪我人多数。倒した賊は町で捕えて監視しておける余裕があるかは微妙なので、迷宮地下1階あたりに転送してしまいたいのですが、受け入れ態勢を取ってもらえますか?』


 迷宮地下一階は構造が変化しない。拘束して大きめの部屋に転送してしまえば事足りるだろう。

 ややあって、返信が来る。


『了解しました。捕えた賊の人数を教えてください』


 大体の頭数と転移させる先を伝える。後は向こうの準備が整い次第出荷というところか。飛竜隊を派遣するかもしれないが、到着は遅くなってしまうだろうな。




「息災そうで何よりです。よく主人に仕えているようですね」

「ミハエラ様のご指導の賜物です」


 状況は一段落。久しぶりの再会となった侍女師弟と言えば良いのか。穏やかな笑みを返すグレイスに、ミハエラは静かに頷いた。

 ……何というか。2人にしか分からない空気感があるな。


「お2人はどうしてこの町へいらしたのですか?」


 多少怪我人の手当も落ち着いたのだろう。セシリアが質問してくる。

 逃げた連中は――。途中から迂回して山中へ向かっているな。どこかに別の拠点があるのだろう。

 まずここに来た本来の目的というか、ミハエラへの打診から済ませてしまおう。


「いえ。実はミハエラさんに使用人の育成と指導をお願いできないかと」

「ミハエラ様にですか?」

「友好的な魔物達を使用人として雇うという話になりました。色々事情もあるので信頼がおけて、実績もある方にと思いまして」

「それで私に、と……」


 事情を話して聞かせると、ミハエラは頷く。しばらく考え込んでいるようだったが、やがて口を開いた。


「お声をかけていただけて大変名誉なことですが、私はこのように既に老いさらばえた身。グレイスの指導に向かう際、これが私の最後の奉公と心に決めておりました」


 それに、多人数の育成と指導となるとどうしても長期の仕事となってしまうために責任が持てないとミハエラは言う。

 ……そうか。残念だが――このへんは仕方がないな。


「ですが――そうですね。その役にセシリアを推薦したく思うのです」

「わ、私ですか?」


 セシリアは驚いたように目を丸くしている。


「私は老い先短い。この娘が出自で不自由しないようにと、教えられることは全て叩き込んできたつもりです。養女ということで身贔屓ではありますが……きっとご期待に沿えるものと存じます」


 武芸さえ使用人の嗜みと公言して憚らないミハエラが、全て叩き込んだと太鼓判を押したのだ。グレイスの話を聞く限り、彼女は仕事に私情を挟むような人物でもないし……セシリアに任せるのも良い選択なのかも知れない。


「ご心配であれば私もタームウィルズに同行し、少しの間セシリアの仕事ぶりを監督させてもらえればと思うのですが……」

「そういうことでしたら。ですが、当人の意志を確認しないと」


 俺がそう言うと、セシリアは居住まいを正し、真っ直ぐにこちらを見据えてきた。


「……そこまでミハエラ様が私を信頼してくださるのであれば、私に否やはありません。どうかよろしくお願いします」

「分かりました。こちらこそよろしくお願いします」


 話は纏まった。通信機にも受け入れ態勢を整えている最中だと連絡が来ている。町に飛竜隊もやってくるそうだ。

 ……さて。となれば、残る問題は逃げた連中だ。

 片付けるべきものを片付けて、きっちりと後腐れのないようにしておかないとな。

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