表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1789/2811

番外1018 堕天使マスティエル

 迷彩フィールドを維持しながら、休息に使った建物を出る。

 魔力は回復して充実している。体力も温存できているし、集中力等の精神面でも悪くはないように思う。

 同行している面々も魔力が研ぎ澄まされているように感じられる。相当士気が高いな。


「あれは上層で襲ってきた怪物……でありますか?」


 大通りに出た所で……リヴェイラが街角を指差す。ああ。上層でプルネリウスとリヴェイラを襲撃した、鈎爪を備えたタイプの怪物か。建物の上や街角に立って、通りを高所から覗きこんだり、巡回したりしているように見える。


「そうだね。これで襲撃を企んだ者とアイオーンを乗っ取った者が同じっていうのは確定したかな」


 マスティエルの姿はまだ確認していないが、変異アイオーンと鈎爪が戦闘状態にならず同じ場所にいる時点で、両者が同じ組織に所属、または同一人物であるというのは間違いない。


 鈎爪に関しては……黒い怪物を元に、より細やかな制御が利くように改造されているか、そういう魔法生物かという推測を立てていたが、今の状況を見る限りだとその辺も間違えていなさそうだ。或いは……変異アイオーンを作る為の副産物という見方も今ならできる。


 ある程度複雑な命令を聞きこなせるのなら、離れた場所に送り込んで命令を遂行させたりといった作戦行動をさせるにはうってつけなのだろう。


「召喚や送還は可能かもしれないけれど、手を加えられている存在だから、アイオーンと同じく、出したり消したりまでは自由にはできないのかな」


 だから他の怪物が見張り程度しか配置されていない中で、アイオーンと共に巡回や警備に当たっている、というわけだ。


「つまり……駆けつけてくるまで時間か魔力がかかる戦力、という事になりますね」

「そうなるね」


 俺達のやり取りを聞いていたリネットは、少し思案していたが、何かに気付いたというように声を上げる。


「ああ。召喚術師としての立場で言わせてもらうと、術者不在の場所に手勢を送り込むのは遠隔になればなるほど結構大変なもんでな。他の場所への襲撃はそう何度もできるもんじゃないから、ここにいる連中が今更他の場所にちょっかいをかけに行くって事は……ないとは言わないが、微妙なところだな」


 リネットがそう言うと、サウズと繋がっているノーズのモニターに向かってマルレーンがこくこくと頷いていた。


「では……後顧の憂いなく、目の前の事に注力できそうだな」


 ベル女王が言うと冥精達も気合の入った表情を見せ、迷彩フィールドを維持したままで大通りを進む。

 やがて封印の施設――神殿が近付いてくる。


 正門は開け放たれているが、その両脇を変異アイオーンが門番のように固めている。


「待って下さい。開け放たれている部分から結界が構築されているようです。あれは……」


 言葉と同時に部隊停止の信号を出す。みんなもそれを見て取ったのか、警戒感を露わにした表情で動きを止める。

 正門の奥は大きなホールになっているようだ。そのホールの中心に魔法陣の光が走っていて、その魔法陣の中心部には一人の男が佇んでいた。


 大鎌を手に……目を閉じて立つ、黒い色の髪の天使。……いや。背中の翼は黒く染まっている。あれは堕天使、とでも言えば良いのか。魔法陣の中心で、動かずにいる。


「……マスティエル」


 ベル女王が眉根を寄せて言う。やはり。あの天使が、そうか。


「刻まれている魔法陣は……罠ではありませんね。探知系の術式でしょうか。あの場所に踏み込めば分かる、と」


 さりとて建物にダメージを与えれば元々の結界に影響を与えるから伝わってしまう。

 俺達が前線基地の中で反応を消したから、自分達の探知をすり抜ける術があると看破した上で、必ず通る場所で待ち受けていた、というわけか。さて。ここからどうするべきか。


 その答えは――ベル女王が先に出してくれた。


「……良かろう。ここに来て真正面から受けて立つと言うのなら、妾もまたそうしよう。だが……そうだな。あの者とここで言葉を交わす事になるなら、皆に伝えておく言葉がある」


 そう。そうだな。避けては通れないなら、冥府を預かる者の矜持として、真っ向から受けて立つというのは、精霊の在り方を考えるに、最も力を発揮できるかも知れない。

 ベル女王の言葉に、保全部隊全員の視線が集まる。


「封印の施設にて眠る存在は、妾に連なる者だ。冥府の為を想っていたが、それ故に引き起こしてしまった災厄を自ら引き受け、後を妾に託し眠りについた。結果に間違いはあったが、気高い想いに変わりはないと、妾は信じている。その時の真実に関しては広める事で冥府に生まれ出る者に影響が出る懸念があると伏せられたが――」


 ベル女王は一旦言葉を切り、それから顔を上げて真正面にマスティエルの姿を捉える。


「その想いや、妾の今日までの行い、今の冥府の在り方に、悪意や害意……そして恥じるべきものは何もない。マスティエル……あの者がどこかで真実の一端に触れたか、妾に連なる者と何かしらの関わりを持ったかは定かではないが……その事だけは今、ここで妾を信じてついて来てくれた皆に、はっきりと伝えておく」


 そうだな。真正面から相対したら揺さぶりをかけてくるかも知れない。冥府の為に伏せたい真実が伝わってしまうかも知れないし、そこには触れずにいきなり戦闘になるかも知れない。どちらに転んでも良いように、その上で冥府への影響が出ないように伏せるべき部分は伏せての言葉。


 そのベルディオーネ女王の想いは……冥精達にも伝わっている。1人1人頷いたり、拳を握ったりして。


「陛下は私達に任せながらも、問題が持ち上がれば心砕いておいででした」

「その想いは伝わっております。陛下が気高い想いを持っていた方だと言うのなら、それはきっと私達にとっても真実なのでしょう」

「どのような話を聞かされようと、我らが揺らぐ事はありません」


 冥精達が真剣な表情で言う。ベル女王は少しの間、その言葉を噛み締めるようにしていたが、やがて顔を上げる。


「……そうか。では、あの者から神殿を取り戻しに行くとしよう。信じてついて来てくれるそなた達に応える為にも、妾は冥府を総べる女王であり続けよう」

「おおっ!」


 と、声を小さめに抑えつつも、拳を突き上げる冥精達である。そんな光景にリヴェイラもにこにことした笑みを見せた。

 気合も士気も十分だ。最低限の作戦を練り、それから――ベル女王の言ったように真っ向からマスティエルの待ち受ける場所へと向かう。


 大通りを神殿に向かって進んでいく。距離を縮めて、向こうからも十分に認識できる位置まで来たところで、迷彩フィールドを一つ一つ解いていく。


 気付いたマスティエルが顔を上げた。閉じていた目を薄く開き、こちらを見やる。


「……そうか。反応が途切れたから姿を隠す手段か転移系の術がある、とは思っていたが、ここまで入り込んでいたか」


 感情の伝わってこない、冷たい声。俺達が姿を見せても、アイオーンも怪物達も、即座に襲いかかってくるわけではないようだ。


「……何故だ? そなたは何の為にこのような行動に及んだ?」


 ベル女王がマスティエルを見やって問いかける。マスティエルはベル女王に冷たい視線を返すと、口を開く。


「私は……初めから私の為に行動しているに過ぎない。だがベルディオーネ。貴女には恨みはないよ。現世からやってくる連中は、古来から進歩がなくてその限りではないから、甘い顔をしている今の冥府の在り方は気に食わないがね」


 マスティエルの言葉を受けて――ベル女王は眉根を寄せた。そうしてマスティエルに手を翳す。

 薄く笑うマスティエルの様子にベル女王はかぶりを振る。


「やはり……妾の支配は及ばぬか。そなた……そなたは冥精ではあっても妾の眷属ではあるまい。だが亡者達をそのように断じるその気性は、あの気高き御仁に直接連なった存在……とも考えにくい。そなたは……何者だ?」


 そうだ。それはマスティエルの正体に繋がる話でもある。

 マスティエルが特殊な探知法でベル女王やリヴェイラの位置を掴んでいるとするなら、「その可能性もある」と前線基地で話をしていた。


 例えば、先王に繋がりのある存在。分体や化身、使い魔といった存在であるなら、離れた場所にいても女王やリヴェイラの存在を感知する事ができても不思議ではない。

 下層の拠点に向かう時にピンポイントで威力偵察というように敵が現れたのも……そうした探知法を持っていたからではないかと推測した。


「そうだ。私はあれの海の中から生じ、分かたれた一片に過ぎない。そういう意味では貴女とは姉と弟に近いか? だが同時に本体から離れ、結界を抜けて行動するには化身としての器を得る必要があった。あの小さな冥精……リヴェイラとも近しいのかも知れないな」


 それは……根源の渦の衝動と融合し、封印された先王の……眠りの中から発生した、と言えばいいのだろうか? 別人格か。それとも巨大な存在という環境の中から生じた、別の存在としての意識か。

 今の冥府の在り方や、亡者達に対して否定的な感情を向けるのは先王の元々の人格に、渦に由来する攻撃性が混ざり合ったような……そんな印象を受ける。

 マスティエルは自分の掌を見やり、握り潰すように拳を作る。


「自分が何故生まれたかなど、どうでもいい話だ。この胸に渦巻く激情……旧態依然として変わらずに業を重ねる生者や罪人どもへの怒りが、他の誰かに理解できるとも思えない」


 マスティエルの表情が憎しみに歪む。


「そして、そんな者達のために、意識が生まれてより我が身を縛りつけるあの封印を……忌々しく思っている。私はこれからも私が私として存在していくために、本体の封印を解くだろう。より多くの力を引き出し、冥府を、現世を、私の思うように変える。それが望みだ。分かり合えるとも、思っていない」


 大鎌を振るえば、足元に展開していた魔法陣が光の粒となって砕け散る。そうして、膨大な魔力が重たい風のようにマスティエルからこちらへと吹き付けてくる。


「生まれて来る事は……止めようがない。存在する事そのものを否定しようとは思わない。けれど……いや、だからこそ、それを伝えていれば互いに譲歩したり、落としどころを見つけて、共存する道を模索する事だってできただろうに」


 ベル女王はかぶりを振る。そうだ。ベルディオーネ女王陛下や、今の神格者や冥精達なら、きっと。

 そんなベル女王を、マスティエルは薄く笑って睥睨する。魔力を込めてウロボロスを構えれば、そんなマスティエルの視線が、初めてこちらに向いた。


「お前は……初めから騙し討ちを選んでまで、そんな身勝手な変革を望んでいる。なら――お前は俺にとっても敵だよ」


 長い時間で、先王が変容したからこうなったのか。それとも衝動と融合した環境から生まれて来たのか。どうであれ封印を選んでベル女王に後を託した、当時の先王の想いとは異なるものだろう。

 それにこいつは、封印の意味やベル女王の気持ちを知っていて尚そんな方法を選んだ。ヴァルロスやベリスティオとの約束もある。こいつには現世も常世も、何一つとして好き勝手にはさせない。


「……生きたまま冥府を訪れてきた魔術師……テオドールだったな。お前がいたからベルディオーネも目覚め、リヴェイラも帰ってきたというわけだ。その魔力……。お前は……私の邪魔になりそうだな」


 膨れ上がる魔力と共に、マスティエルの目が細められる。周囲に満ちる負の魔力が共鳴して黒い怪物達が、空に、地に蠢き、アイオーンが呼応するように魔力を迸らせ、衝動を解放するように天に向かって咆哮を響かせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ