番外1017 古き奈落の都
出口の部分に昇念石を抱えたメダルゴーレムを残し、同化を確認したところでその場から少し移動する。近くに怪物がいては落ち着いて状況把握もできない。
封印の施設全体は――思っていた以上に広いな。かつての拠点……下層の都市部に相当する場所だったからか、あちこち建物が残されている。
ただ……目指すべき場所は明確で間違えようがない。禁忌の地に入ってからずっと感じていた魔力を今も感じるからだ。
今俺達が立っている山の斜面から見て真正面。大通りの突き当たりに鎮座する大きな建物。そこから巨大な魔力を感じる。
建物は……例えるなら景久の記憶にあるマヤ文明のピラミッドを更に大規模にしたような建築物、と言えば良いのか。
四角錘の頂点に神殿状の建物があり、大きな入り口が土台であるピラミッド下部に口を開けていた。上部の神殿部分と、下部のピラミッドの門と。どちらからも建物内部には入れるそうだ。
かつて冥精達の拠点だったそれは、その後封印用の施設となって改装されはしたが、内部構造は分かっている。
俺達が向かうべきは地下部分だ。正門から入り、大広間から地下に降りて、羨道を通って……先王の封印されている大玄室と祭壇を目指す必要がある。
プルネリウスは、羨道から繋がる部屋の一部に眠りの封印結界を展開する魔道具が移されているのを見ている。封印施設の維持に必要な資材を収めた部屋がそれだ。だから、この場所を目指す必要がある。
封印に絡んだ設備のある施設だから、あまり外から破壊したり壁抜きしたりして直接向かうわけにはいかないというのが些か面倒だが。
「しかし、この分ではアイオーンの予備知識は参考程度にしかならないかも知れませんな」
「あれだけ変貌していては、な。装備品については名残があるようだが……」
オズグリーヴが大通りの向こう――正門を守るように立つアイオーンを見て言うと、ベル女王も眉根を寄せた。
「他の場所で動きがないのも……前線基地の見張りと、アイオーンの改造に集中していたから、とか?」
ユイが首を傾げる。「ありそうな話だね」と俺が首肯すると、襟元から顔を出したリヴェイラも神妙な面持ちでアイオーンを見やっていた。
「だが……中々に面白そうだ。均一の変化ではないようだしな」
ゼヴィオンはアイオーンの力を感じ取っているのか、楽しそうに笑いながら魔力を漲らせていた。ゼヴィオンの言うとおり、アイオーンは悪魔のような姿に変貌しているが、それぞれが均一というわけではない。個体ごとに異なる変異を起こしているように見える。
「まあ、ゼヴィオンの奴は置いといてだ。街がこの様子なら、一先ずは何処かの建物を使って身を隠せば、テオドールの魔力回復ぐらいはできそうじゃないか?」
そんなゼヴィオンの様子に肩を竦めてからリネットが提案するように言った。
「確かに。移動してきただけの我らの魔力消費はともかく、術式を維持してきたテオドール公とバロールは消耗もしているだろう」
プルネリウスがリネットの言葉に同意し、俺に視線を向けてくる。
「そうですね。余力はありますが、魔力補給をした方が良いのはその通りです。隠密行動は精神力を削りますから、一息入れた方が集中力の回復にも繋がるでしょうし」
そう言うと、冥精達も自覚があるのか頷いていた。
保全任務の為にベル女王やリヴェイラが動けば、迷彩フィールドで姿を隠していても他の要素で発覚してしまう可能性が高いと見ているが、だとしてもそれまでは……ギリギリまで姿を隠しておいた方が良い。
「では……部隊規模で休めそうな場所に心当たりがある。その場所に向かい、敵の気配がなければ、休息の時間を確保するとしよう」
ベル女王が斜面から少し大きめの建物を指差して言う。中央からも離れていて……位置的には重要そうではないな。建物の保存状態も良いように見えるので黒い怪物達がいなければ大丈夫そうだ。と言っても……この場所は敵地だ。居場所を察知されたらどこでも黒い怪物達が出現してくるとは思うが。
そうして辿り着いた建物の周りと内部を確認してみたが、どうやら黒い怪物は顕現していないようだ。建物内部に遁甲札を貼り付け、迷彩フィールドで覆う。
広々としたホールがあって、そこに腰を降ろせば少し休息を取れそうではある。あまりのんびりできる時間はないが、マジックポーションを飲んで身体に馴染ませるぐらいの事はできるだろう。
みんなでなるべく集まって腰を落ち着ける。あぐらをかくようにしてバロールを抱え、フィールドを維持してもらったままで魔力補給。同時に俺もマジックポーションを飲む、というわけだ。充電しながら使用するようなもので効率は良くないが、フィールドの形を制御する必要はないし、何より敵が出現している場所ではないので、注意もそこまで必要ない、というのは気が楽だ。
「どうかな? 休息にはなりそうか?」
「この分なら、何本かマジックポーションを飲めば十分に回復すると思います」
ベル女王の質問にそう答えると「それは何よりだ」と相好を崩す。
あまりゆっくりはしていられないが、実際に禁忌の地の最奥――この場所やアイオーンの変貌を見た上で作戦の細部に修正を加える時間ぐらいはあるだろう。
「仮にマスティエルが待ち構えているとすれば神殿1階の大広間か、或いは地下の羨道と繋がっている大部屋あたりと思われる。絶対に通る場所だからな」
これまでの事から眠りの封印結界への対策というのは……奴もしている可能性が高いな。逃げ隠れせずにこの場所で俺達を迎え撃つつもりなら、の話だが。
「迷彩の術はマスティエルに通じるかしら?」
ルセリアージュが尋ねてくる。
「どうかな。現状、怪物達の感覚は誤魔化す事はできているけど、相手次第でちょっとした違和感から気付かれる可能性はある。過去にはザラディとヴァルロスにも特殊な感知法と遠距離から直接波動を広げられて居場所を特定されたっていう例があるし」
「あの二人なら……確かにやってのけそうね」
真剣な表情で応じるルセリアージュである。ハルバロニス由来の隠蔽術も、シリウス号の移動で違和感があったから気付いたしな。
「というわけで僕の考えとしては――マスティエルが避けては通れない場所に陣取っているなら、迷彩で誤魔化しきるのは難しいと考えています」
そう伝えると、ベル女王はかぶりを振る。
「それは……致し方あるまい。マスティエルと戦う場所として見た場合、悪くないかも知れぬな。あの建物はかなり堅牢に作られているから、怪物達を大挙させて襲わせるというわけにもいかない」
なるほどな。その場合、相手の戦力としてはマスティエル自身とアイオーン、それから入り口から詰めかけてくる怪物達という事になるのだろう。空間が限定されるのでディフェンスフィールドや昇念石を活用しやすくなる。
いずれにしても……マスティエルさえ倒してしまえば、黒い怪物達が組織だった行動を取ることもなくなるし、明確に妨害してくる敵もいなくなる。所在が分かってしまえば、こっちとしても遠慮する必要がない。
迷彩を探知できなかった場合は……問答無用で叩き潰してしまえば良いだけの話だし……動機などはそれこそ制圧してから聞けばいいだけの話だ。
他の場所に隠れて潜んでいるのなら……それこそ儀式を滞りなく進めて行けば良いのだし。
そうこうしている内に、バロールの魔力も溜まり、マジックポーションも馴染んで、俺の魔力も回復する。
「魔力は――もう大丈夫ですよ」
「承知した。そなた達は?」
「緊張も良い具合にほぐれたと思います」
回復した事を伝え、ベル女王が確認を取れば、みんなも「もう大丈夫」と頷く。
よし……。では、大通りの先――先王の封印されている場所へ向かうとしよう。