番外1015 暗黒の中へ
隊列を組み、迷彩フィールドを維持したままで前線基地を出て進む。ゲンライやレイメイ、シュンカイ帝に貰った遁甲札も起動させて隠密性を高めている。
隊列の俺の位置は――先頭を行く二人の天使の次という事になる。
「フィールド内ならお話はできる、のでしたね。術式の維持は問題ありませんか?」
と、俺を背中に乗せてくれている天使が尋ねてくる。
「大丈夫です。安定していて集中しやすいですよ」
「それは何よりです」
と、生真面目な様子で頷く。背中に乗せて貰っているのは少し申し訳ないが……滑空するように音も無く滑るように移動しているので実際安定性が良い。冥精達は暗がりでも視界が通るし、俺としてもフィールド維持と周辺の魔力反応感知に集中できる。
隠密行動なので隊列の進む速度はどうしても少し遅めになってしまう。怪物達に察知されないよう、慎重に進んでいく必要があるからな。封印はまだ大丈夫との事だが、不確定要素もあるから、もどかしい状況だ。
眠りの封印結界もあって大部隊での突入ができないから、数の上では向こうに利がある。マスティエルもどこかに潜んで状況を見ているだろうし。
強行突破はそれ以外どうにもならなくなってからの最終手段、という事になる。
そうして、俺達は慎重に高過ぎず低すぎない高度を保ちつつ、洞穴入り口に差し掛かる。
フィールドの少し内側に微かな光のフレームを展開して、その範囲内ならば行動可能というのを後続の面々に示す。
入り口付近は映像情報を事前に受け取っているという事もあり、敵の位置は把握している。迷彩フィールドに包まれたまま、俺達はぽっかりと空いた暗黒の穴――洞窟内部へと潜入した。
相変わらず洞穴の奥底に巨大な存在感を感じる。
ティエーラ達のような始原の精霊に近い気配だが、ラストガーディアンに感じたのと同じような荒々しさがあって……。所々に黒い怪物達が蠢くだけの静寂の洞穴と相まって、重苦しい緊迫感が満ちている。
今は暗視の魔法ではなく、消耗をできるだけ抑える為に魔道具を使っているが、洞穴内部は――今までの整備されていた地下通路とは違う。本当に自然の洞窟といった雰囲気だ。
鍾乳石や岩陰のような障害物は少なめで見通しが利きやすいのは……こちらにとってプラスか。というより、不意打ちを受けないように考えて作られている。自然の洞窟に見せかけられていても、ここが作られたものであるからだ。緩やかな角度でカーブを描き、下へ下へと続いていく洞窟。
入り口はやや狭いが内部はある程度の広さがある。仮に部隊での集団戦闘になっても動くスペースは確保されているし、怪物が溢れ出してきた時に入り口で詰まる。こちらから攻める事もできるし……隘路になる入り口で迎え撃って守る事もできるように考えられている。
とは言え、黒い怪物達は姿形をある程度自由にできるようだから……環境に合わせて戦力の最適化ができる。洞穴内のような狭い場所で戦うのはやはり有利とは言えまい。地下施設に抜けてしまえば広々としているらしいので、各々制約もなく動けるようになる。
と、少し洞穴内部を進んでいくと正面に魔力反応が見えた。眠りの封印結界だ。洞穴はまだ先に続いているので、結界の展開している範囲が広いな。
「結界が見えました。警戒して停止して下さい」
先を行く二人と俺を背負っている天使に伝えつつ、黄色い――バツの形をした光を掲げると、部隊がゆっくりと停止した。警戒して停止、の意味だ。警戒して進めなら丸い形。色と形で分かりやすく指示を出すというわけだ。これが赤なら敵に見つかった、となる。
マル、バツの概念が通じるかどうかは微妙な所だったが、バツなら封鎖されていて通れないから停止。マルなら真ん中を通って進める、というイメージで伝えたら全員納得してくれたし直感的に分かりやすいと言ってくれた。
「眠りの封印結界です。やはりというか……境界線付近に敵もいますね」
そう伝えると各々頷く。適度に緊張している様子はあるが士気が高いからか、総じて怖気付いたり肩に力が入り過ぎたりといった雰囲気はないな。実力を発揮しやすい、良い状態だと思う。
「では、まず私が広域型の機能を確かめる為に結界に」
と、先頭の天使が胸に手を当てて申し出てくれる。
「分かりました。広域型の範囲は隠蔽の範囲とほぼ同じです。これを」
四角い箱の形をしたメダルゴーレムを渡すと天使は意を決したような表情で頷いた。もし意識を失った場合、倒れたり地面に落ちたりする前に、メダルゴーレムが結界の範囲外へと引き戻す役割を負う。
「封印結界の範囲は、赤い光の線を出して知らせますね」
「分かりました」
中央付近に陣取るように浮遊している黒い怪物を避けるように、できるだけ端に寄る。
迷彩フィールドと広域型魔道具の範囲を示す光のフレームの先端が、赤い光のライン――眠りの封印結界に侵入する。ゆっくりと部隊全体が間合いを詰めていき、頃合いを見て進行停止の合図を出す。
実験役を買って出てくれた天使は……そのまま少しだけ前に進む。赤いライン――封印結界に手を伸ばして、やがて触れる。
みんなの見守る中、そのまま迷彩フィールドと広域型魔道具の範囲から出ないように気を遣いつつ、身体を封印結界の中に収めた。
「大丈夫――なようです」
天使が自分の手を握ったり開いたりして確認を取った後、こちらを見やって頷く。
「では、個人携行用の魔道具を」
「はい」
そういうやりとりを交わしてから、天使は魔道具を起動させる。それらを確認してからベル女王に合図を送った。
「では、こちらの魔道具は一旦停止させる」
こうする事で、広域型に続いて個人携行型の性能を確かめる、というわけだな。ベル女王の魔道具が効力を停止させる――が、封印結界内部にいる天使の様子に変わったところはない。
「問題ありません」
そう言って、少し安堵したかのように息をつく。
「おお……」
「良かった……!」
天使の言葉に保全部隊の面々が小声で湧き立った。フィールド内はもう少し普通の声で話しても大丈夫だが……やはり近くに敵の斥候がいるから心情的に小声になってしまうというのはあるか。
「素晴らしい。これで洞穴奥まで進める。テオドール公もだが、アルバート王子達にも感謝をせねばな」
ベル女王が笑顔を浮かべ、再度広域型を機能させた。
光のフレームに沿って、一人一人小さなトンネルを抜けるように封印結界の内側へと進んでいく。浮遊している怪物が時折、気まぐれに揺らぐように動くので、迷彩フィールドに触れられないように形を変えたり、移動を一瞬止めたりと、全員が慎重に行動してその場所を通過する。
最後に、バロールを抱えた殿の冥精が結界を越える。
「これで全員だな」
と、リネットがこちらを見てくる。
「ああ。見張りの怪物にも変化はないようだし……」
俺がそう言うと、プルネリウスとベル女王も頷いた。
「テオドール公のお陰で部隊員の行動の自由も確保できたな」
「――隊列を組み直して洞窟の奥へと進んでいくとしよう」
そうして再度隊列を組み直し、下方向の傾斜が続く洞穴を先へ先へと進んでいく。下方から感じる重圧は変わらず。
俺の感覚で表現すると、何か巨大なものがそこに鎮座している、という印象がある。足元の先に山があるというか、何というか。
荒々しく剣呑な気配ではあるが……今はただ、在るだけだ。封印されているし、未だに眠っているというのも間違いない。まだ、封印はもつだろうが……。
やはりというか、マスティエルの所在が気になる。封印結界を罠としたなら自分は対策をしている可能性はあるから洞穴の奥にいるというのは可能性として非常に高いだろう。
俺達の介入によるベル女王の目覚め、リヴェイラの復帰等は想定外としても、どこまでなら想定して対策しているのか。籠城しての時間稼ぎだけならこちらとしても動きやすいのだが……今までの動きを見る限りかなり周到な印象があるからな。油断せず、きっちり対応していきたいところだが、さて。