番外1014 その先にある平穏へと
メダルゴーレム達を配置してから少しの間、外の様子を見ていたが……基地を取り囲んでいる周囲の怪物達の動きに変化は見られず……どうやら一先ずは大丈夫そうだ。
息をついてから基地の奥で待っているみんなの所に戻る。
「メダルゴーレムの配置については大丈夫そうです。ただ入口の天井部分――暗がりの影に何か潜んでいそうではありますね」
と、洞穴入り口に配置が済んだ事や、映像情報から分かった事についてみんなに聞かせる。
「何かあった際に門番にして、足止めから挟撃したり、奇襲を仕掛けさせたりする役回りか」
「そうした動きをすると思われます。ただ僕達の送り込んだメダルゴーレムもそうですが、こういうのは発覚してしまうと効果も激減してしまいますし……このままであれば結界の展開で頭上の――門番役に関しては弾き飛ばされるかと思いますが」
ベル女王の言葉を受けて首肯する。
「ふむ。問題はなさそうだな」
「はい。洞穴内部への潜入時も含めて、入り口の部分は大丈夫そうです」
「それを聞いて安心した」
俺の返答にベル女王は満足げに頷く。
門番がメダルゴーレム達の排除に動かない時点で向こうには探知できていないという事でもあるしな。斥候を敢えて泳がすという選択もないわけではないが。
「それから……隊列も今の内に組んで、移動の仕方を確認しておきましょう」
人数が多いので最前列に俺、最後尾にバロールを置く事になるか。隊列の合間合間の補助にメダルゴーレム達に術式を刻んで……カドケウスにその都度変形させて穴埋めしてやれば、色んな状況に対応して隊列を維持したまま動けるようになるはずだ。
その辺の事を説明していく。隊列の中心部に護衛対象であるベル女王とリヴェイラが来るのは変わらないから……やはり中心部にカドケウスを配置する事になるだろう。
「そうなると、妾がカドケウスを連れて行けばよさそうだな」
そう言ってベル女王がその腕に黒猫の姿をしたカドケウスを抱える。何だかベル女王も楽しそうであるが。
「カドケウスに話しかければテオドール殿にも伝わるのであれば、部隊全体への伝達等もしやすいでしょうな」
「それも利点ではありますね。カドケウス自身も陛下の護衛役として動いてもらいましょうか」
ディバウンズの言葉に頷く。原初の精霊達のように、魔力反応から外界を捉えているベル女王ではあるが、通信機に表示される文字には魔力反応があるからな。それでやり取りをしても意思疎通は可能だ。
そんなわけで実際に隊列を組み、隠蔽フィールドを展開しながら前後左右に上下を加えた移動をして――カドケウスのフォローを交える事で穴が出ないように動く。洞穴内に足跡等は残さないよう、移動中は飛行していくのが良いだろうと、飛行したまま動いてみたが、なかなかいい感じだ。問題なく動かせそうで俺としても安心である。
隊列の要所要所に遁甲札も配って、効果を切らさないように進んでいけば尚隠密性が高くなる。
「では……テオドール殿の移動の補助と護衛は私達が」
「そうですね。隠蔽の術式を維持しながら空中を移動するのは消耗もするでしょうから」
と、冥精達が申し出てくれる。
「移動の補助となると……邪魔ではありませんか?」
「抱えるにしても背に負うにしても、完全に翼そのものだけで飛行しているわけではありませんからね。人ひとりぐらい軽いものです」
そう言って笑う天使である。
「殿を守るのも我らの役目です。バロール殿は私達が抱えてお守りします」
冥精達は随分気合を入れている様子である。バロールをにこにことしながら撫でたりしていて。
「では……そういう事なら、よろしくお願いします。魔力反応については可視化しての探知が可能なので、索敵も力になれる部分があるかなと」
改めて俺からもそう伝えると、冥精達は嬉しそうに二つ返事で了解してくれる。
隊列全体に簡易に合図を送って動きを制御する、というのもここで少しだけ予行練習しておくとしよう。
冥精達は精鋭という事もあり、合図の覚えも早かった。フィールド内部に何種類かの色の光球を浮かべて、予め決めておいた通りに対応した動きをしてもらうというものだが、少しの簡易訓練で纏まった動きができるようになった。即席ではあるが、今回は時間制限もあるからな。やれる中でやれる事をするしかない。
そうして隊列も決まったところでそれぞれの役割に応じて、魔道具起動の為の契約魔法を行い、分配していく。
広域型魔道具の担当に関してはベル女王とプルネリウスは変わらず。ディバウンズに一つを預かってもらう事で、いざという時の前線基地の面々が打てる対応の幅を増やしつつ、オズグリーヴにも広域型魔道具の一つを頼む。広域型を預かる事でオズグリーヴがオフェンスに回るのは難しくなるが……まあ、そこはそれというか。防御に徹するのであれば、オズグリーヴはその中で間違いのない動きをしてくれるだろう。
「確かにお預かりします。テオドール公の信頼には応えましょう」
魔道具を受け取ってオズグリーヴが言う。かなり気合の入った表情をしているが。
後は……対策魔道具の実際の効果か。これが効果を及ぼさず、昏倒する者が出てしまった場合は……前提が崩れるので一時撤退を選ばざるを得ない。
効果があっても手違いやミスで結界に引っかかって昏倒する者が出てしまった場合は、目覚めるまで待っていられないので、現世に送って治療を後回しにして作戦行動を続行という事になるが。
対策魔道具という前提が崩れたら保全任務は難しくなる。洞穴内部に踏み込んで即倒れるわけではなく、どこから昏倒してしまうかも分かっているので、その辺りでの部隊行動は慎重に慎重を重ねて行きたいところだ。
そうして諸々の最終的な確認や分配を終えたところで……洞穴に向かって出発する事となった。フィールドを展開したまま洞穴方面に向かう。
洞穴に向かう門は外開きだ。外の様子を魔力感知やハイダーからの映像で確かめつつ迷彩フィールドを展開し、門の可動範囲にマルレーンの幻影を張り付けてから門を開いていく。
見た目には門は開いていないように見える、という状態になったわけだな。
ベル女王に視線を送って頷く。ベル女王は俺に頷き返すと皆の前に立って、同行する面々に声を響かせた。
「妾を信じてついて来てくれるそなた達の想いと、義によって助太刀をしてくれる現世の者達に……まずは感謝を伝えたい。そなた達の想いにはとても感謝している。故に、妾も冥府を預かる者として、全身全霊を賭して此度の問題を解決すると伝えよう。危険の多い任務ではある。だが……どうか、今しばらくの間、妾に力を貸して欲しい」
「勿論です。我ら一同、ベルディオーネ女王陛下のお力になります!」
「おおおッ!」
ベル女王の言葉に、潜入組、居残り組を含めて、冥精達が武器や拳を掲げて気炎を上げる。
「僕達もです。冥府の問題は現世にもいずれ及ぶもの。であればその行いを正しいと信じられる陛下と共に問題の解決に当たりたいと考えるのは当然の事です。共に参りましょう」
俺も現世組の代表として、答える。現世組のみんなが俺の言葉に同意するように居住まいを正して応じる。
それを受けたベル女王は――両手を広げて力強く宣言する。
「そなた達の気持ちはあい分かった! ならば妾達はこれより先、運命を共にする戦友である! 目指すは禁忌の地最奥! 肩を並べ……背中を預け、困難を打ち払い苦難を切り抜けて、その先にある平穏な明日へと共に進もうではないか!」
「おおおおおッ!」
冥精達と現世組と。その場にいる全員が拳や武器を掲げて気合を入れる。水晶板の向こうでグレイス達も応援しているというようにこちらの様子に合わせて声を上げた後、俺に視線を合わせるようにして頷いてくれた。
「ベルディオーネ女王陛下、並びにテオドール境界公、出陣!」
そうして俺達はディバウンズ達が敬礼で見送る中、幻影の門を突き抜けて前線基地から出陣する。黒い怪物達の動きに……変化はない。では――このまま慎重に洞穴の奥へと進んでいくとしよう。