番外1013 洞穴とゴーレム
基地内部の立て籠もり用の設備を構造強化等で補強しつつ、例によって簡易の厨房、トイレ等、生者に必要な設備を設置。
各々体力や魔力回復をしつつも出撃までの間をゆっくり過ごさせてもらう。
出撃前に食事をという事で、厨房でおにぎりを作ったりして。現世組はそれで腹ごしらえだ。具材は現世から持ち込んだ食材で色々だ。醤油や味噌を塗って焼いたものもあって、匂いだけでも食欲をそそる。各種おにぎりとヒタカのお茶、それに果物類といった消化に良いメニューになるように意識している。
「んー。美味しい」
「私も……魔力が満ちてくるので心地が良いであります」
と、にこにこしながらおにぎりを食べているユイである。すぐ近くにリヴェイラも腰を落ち着けて、マジックポーションから魔力を吸収して洞穴への突入に備えているようだ。
『マジックポーションによる魔力回復にも、質によって味というか……感覚的な違いはあるのかしら』
『リヴェイラちゃんの様子を見ている限りだと、テオドール様のマジックポーションは感覚的にも良さそうに見えますね』
リヴェイラの様子を見て、思案するように顎に手をやるローズマリーと、楽しそうに笑うアシュレイである。
「まあ……普通に飲むとポーション全般、微妙な味だけどね」
あれで疲れている時は気分の切り替えになって良いかも知れない、等とアルバートと話をした事もあるが……。
「そうなのでありますか? このポーションは良い感じでありますが」
と、リヴェイラは明るい表情で返し冥精達も笑って同意していた。リヴェイラも含めて、冥精達にはポーションも好評なようではある。魔力だけ吸収する形だからだろうか。
「ユイ殿は、現世の鬼族と聞いたが、相当な魔力を宿しているのだな」
「ふむ。近縁としては行く末が楽しみだ」
冥府の鬼達もそんな風に言いながらマジックポーションの蓋を開けて魔力を蓄えているようだ。
『お食事の用意ができましたよ』
そこにフォレスタニアの作戦室にクレアがカートで食事を運んできた。大皿の上には……やはりおにぎりが盛り付けられている。
フォレスタニアの作戦室でもこちらに合わせた料理を用意し、現世と冥府でみんな一緒に同じような食事をとろうというわけだ。
『ん。美味』
ツナマヨのおにぎりを口に運んで頷くシーラである。マルレーンもその隣でにこにこしながらおにぎりを口にしていて、前線基地ではあるがほのぼのとした雰囲気だ。
「ふふ。こうした雰囲気は悪くないな。ポーションの事を抜きにしても力が蓄えられているのが分かる」
と、ベル女王達もそんな光景を見て表情を綻ばせていた。
冥精達は人と関わりの深い精霊達だしな。負の想念に耐性を持っているのもそうだが、こういう明るい雰囲気は力になるようで、他の冥精達の魔力も活性化しているのが分かる。
まあ……何というか神格者や亡者達と良い関係を築いているのも分かる気がする。
『テオドール達の事を頼みますね。私達の力も届かないわけではないのですが、些か制約があるようですので』
ティエーラが言うと、ベル女王は頷く。
「勿論だ。直接的な干渉は難しいが、加護を通してという事ならば妾からも返せるものがあるからな」
胸に手を当てて答えるベル女王に、ティエーラも柔らかい表情で静かに頷いていた。
そうして食事も一段落すると、いつものようにイルムヒルトがリュートを奏でてセラフィナとリヴェイラが一緒に歌声を響かせていた。
暖かな雰囲気の曲調。澄んだ歌声は楽しそうなものだ。お茶を飲みつつ、リラックスした時間を過ごさせてもらう。
「良いね。前線基地でこんなにのんびりできるとは思ってなかった」
『そうであったなら良かったです』
俺の言葉に、モニターの向こうでグレイスが微笑む。
みんなやリヴェイラ。それに冥精達の楽しそうな様子に、改めて気合を入れて作戦に臨む理由ができたというか、それでいて良い具合に肩の力を抜く事ができたというか。
「みんなの体調はどう?」
『私達の方は良好よ。ルシール先生やロゼッタさんの問診でも問題はないみたい』
ステファニアが答えてくれる。ああ。それは良かった。
『ふふ。こっちの事は心配いらないわ』
『だから……無事に帰ってきて下さいね』
俺の様子を見て微笑むクラウディアと、こちらを見て伝えてくるエレナである。
「ん……。きっちり解決してみんなで一緒に帰ってくるよ」
『はい。みんなでお帰りをお待ちしていますね、テオ』
そんなグレイスの言葉に頷いて、もう一杯お茶を貰う。そうしてフォレスタニアで最近どんなことがあった、等と他愛の無い話題に花を咲かせて、穏やかな時間に身を委ねるのであった。
みんなとのんびり過ごさせてもらい、一休みして体力も魔力と共に気力も充実したところで……いよいよ作戦行動に移る。
まずは昇念石を持ったゴーレム達を洞穴入り口に送り込むところからだ。
土魔法で薄い石材を生成。そこに隠密運搬用の能力に特化させたメダルゴーレムを組み込んで起動させる。
シーカーやハイダーに似たような見た目のゴーレムが、四角い箱――コンテナを背負っている、というデザインだ。このコンテナに必要なものを入れて運搬してもらうというわけである。
「ふむ。テオドールの作るゴーレムは何というか、見ていて和むものが多いな」
「気に入って頂けたなら幸いです」
ベル女王とそんなやり取りをしつつ、コンテナの中に映像中継用のハイダーやゴーレムメダルと昇念石、遁甲札を入れていく。必要なものを全て入れて蓋を閉じる。ゴーレムが変形していき、自然石のような姿になった。石の質感等々は、禁忌の地の平野にある石と合わせたものである。コンテナと一体化したハイダーが視界確保の為に少しだけ顔を出して……水晶板モニターから映像が来ている事を確認したら準備完了だ。
この運搬用メダルゴーレムに関しては……コンテナに入れたものを、秘密裏に入り口まで運ぶ役割を負う。
他のメダルゴーレム達の役割は、定点に留まって昇念石の起動と入り口を封鎖する事だからな。役割分担をさせて運搬専門のゴーレムを用意し、隠密性を高めた性能を持たせた、というわけだ。
洞穴入り口へのメダルゴーレムの配置は前提だ。そこで失敗したらその後の作戦も変更を余儀なくされてしまう。
同時に、運搬ゴーレムに組み込んだ迷彩フィールドが黒い怪物達に対して有効かを調べる斥候でもある。これで黒い怪物達が察知できなければ……洞穴内部に潜入しても発覚を遅らせることができるはずだ。
「では、ゴーレムを配置していきます」
というわけで、洞穴入り口側が見える外壁へと移動し、外に出る前に迷彩フィールドを展開してからゴーレムを送り出す。
俺の展開した迷彩フィールドから外に出る前に、運搬ゴーレムは自前の迷彩フィールドと遁甲札を起動させているので……離れてしまえば位置の確認はこちらからもできなくなる。
運搬ゴーレムの置かれている状況は、同行しているハイダーからの中継映像が頼りだ。
基地内部にいるカドケウスとの五感リンクで中継映像を見てみる。今現在……外壁を伝って降りて――結界から外に出て、洞穴入り口に向かっているところだ。
暫く外壁から周囲の様子に変化がないか見守っていたが……空を飛び回っている目玉達に動きの変化は見られない。これは――迷彩フィールドで探知の目を誤魔化せている、という事かな。
前線基地から洞穴入り口まで……少し距離があるが、運搬ゴーレムはそこそこに素早く移動できる。音もなく地面を滑るように移動して……やがて洞穴入り口に辿り着いた。後は地面と同化し、メダルゴーレム達を入り口に配置してやれば作戦の第一段階は完了だ。